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なりたくもないアイドルになってしまった上に人気度投票で一位になってしまった。

作者: 黎井誠
掲載日:2016/09/04

 「明日、引っ越すから荷物まとめろ」


 夕食後、父さんがいきなりそう宣言したのは、忘れもしない二〇一四年四月五日の出来事です。

 わたしは戸惑いました。

 明日から新学期が始まり、高校二年生としての生活が始まるというのに。

 咄嗟に、今日はエイプリルフールかと思ってカレンダーを見ると、既に四月四日までの欄にバツ印がついていたので違う事が分かりました。

 だからわたしは


 「……へ?」


 という間の抜けた声を出すのが精一杯でした。

 そして暫く静寂が続きましたが、それがわたしの「何処へ?」という問いによって破られました。

 その答えは、「東京」でした。

 わたしはますます混乱しました。

 何故そんな、遠い遠い所へいきなり引っ越さなくてはならなくなったのか、と。

 その問いの答えは、転勤だろうと半ば確信しつつも聞いたのですが、それとは全く違いました。


 「お前がアイドルになるからだ」


 父さんは確かにそう言いました。

 また、静寂が訪れました。

 それを追い払ったのは、またもやわたしでした。


 「何故?」


 そんな簡単な問いで。

 でもその答えは簡単ではありませんでした。


 「私が送った、アイドルグループへのお前の履歴書が通ったからだ」


 その文章を理解するのには時間が掛かりました。

 大嫌いなテストの国語の問題でさえ、こんなに難しくはなかったでしょう。

 そして答えを出したわたしは、もう一度、同じ言葉を発しました。


 即ち、「何故?」と。


 父さんは「お前ならなれると思ったからだ」と、さっきよりも理解しがたい答えを出しました――いいえ、それは答えと言えるものではありませんでした。

 次の瞬間、わたしは叫びました。


 「厭だっ!」と。


 しかし、聞いてくれませんでした。

 いや、聞いてはいましたが、聞き届けてはくれませんでした。

 酷い話です。


 「もう、通ってしまったんだ」


 そう言って、頑なに、わたしの反論を許しませんでした。

 そうして、わたしはアイドルにさせられ、上京しました。



 ***



 上京して、引っ越しが終わって、通わせてもらえる高校も決まった所で、わたしはアイドルグループの事務所に連れていかれました。

 出てきた男の人に上から下までじろじろと品定めされ、「合格」と言われました。後で知ったのですが、その人は事務所の所長でした。


 その後、数十人位の同世代の女の子たちがいる体育館の様な、でもそれより狭い、壁の一面に鏡のある部屋に通され、その子たちの前で「新しいメンバーだ」と紹介されました。

 拍手と目線と笑顔が冷たかったのを覚えています。氷の槍に刺されたらこんな感じなんだろうな、と思いました。

 そして女の子たちが散らばる中の端っこに立たされ、「コーチや他のメンバーを見ながら踊りなさい」と言われました。

 わたしは頑張って体を動かしました。



 次の日から、学校が終わってすぐに事務所に行くように言われ、そうしていました。

 その寒くて冷たい部屋で踊りと口パクの練習をさせられました。

 そんな日々が続きました。

 やめたかったのですが、やめ方が分からず、所長に聞いてみても「君はやめてはいけない」としか言われませんでした。



 ある日、ステージに出る事が決まったと所長から言われました。

 ある子は嬉しそうに歓声を上げ、ある子は、ぴょんぴょんと、自分は可愛いと思っているらしい飛び跳ね方を実践していました。

 そしてそこで今やっている曲をやらされることになりました。

 ステージに出てから、そういった事が増えました。

 しばらくすると、テレビにも出演する事が多くなり、「知名度が上がった」と所長が楽しそうに笑う事が多くなりました。



 数年後には国民的なアイドルグループへと成長し、メンバーも百人近くに増えました。

 そんな中、人気度投票が行われました。

 わたしは一位になりました。

 だから今ここで喋っているのですが。

 本当に一番人気があるのは、最近ドラマやCMに多く出演している柳井みやびちゃんです。わたしは知名度がまだまだ低いので、一位になりようがない筈です。

 では何故、一位になったのか。

 それは、投票結果が嘘だからです。

 父さんは政界の大物です。

 自分の知名度を上げるために、わたしを人気度投票で一位にさせるように所長に多額の賄賂を渡したのです。

 だからわたしはここにいます。



 わたしは、小さい時に母を失いました。だから記憶にありません。

 でも父さんが世界一愛した人でした。

 その穴を、権力で埋めようとしていたのです。

 権力を、わたしで得ようとしたのです。

 そうする為にわたしをアイドルに仕立て上げました。

 有名になったわたしに、父さんの宣伝をさせる為に。

 わたしは、父さんのペットでした。

 でもわたしにだって人格がある。

 だから反旗を翻す事にします。


 即ち、家出をしてどこか父さんのいない所で暮らす、という事です。


 わたしは体調を崩したふりをして、家でこの映像を撮り、投票結果の感想として生放送しています。だからこんな事を言っても誰にも妨害されていないのです。父は遠くにいますし、実は所長にも協力して貰っているからです。

 わたしはすぐにカメラを止め、既にまとめてある自分の荷物を持ち、二度と東京に戻ってこなくなります。

 それではみなさん、さようなら。

 政治家、いえ、狂言師でしょうか? そんな父さんとも、さようなら。



 ***



 「よし、計画第二段階終了」


 わたしはそう呟いた。

 カメラは既に止め、SDカードも抜いた。

 これを宅配便で所長に送れば第三段階終了。

 あとは人気度投票の日、父さんが先に出掛けるまでは何もしなくていい。



 ***



 人気度投票の日。


 「行ってきます。今日は人気度投票だ。必ず一位になるのだから、しっかりとするんだよ。私は大事な会議が入っているのでね。見られないのが残念だよ」

 「…………」


 父さんが扉を開けながら言うが、わたしは何も言わない。

 父さんは少し嘆息するが、すぐに取り直し家を出る。


 ――よし、計画第四段階開始。

 わたしはヘアカラースプレーで、黒く長い髪の毛を赤色(・・・・・・・・・・)に染める(・・・・)。普段するように五月蠅く言われているメイクはしない。

 こうすれば、人の視線は髪の毛に向き、わたしの顔に注意は向かない。万が一見られても、アイドルらしいメイクもしていないので、本人だとバレる可能性も少ない。

 そして自分の荷物を持ち、扉を開け、鍵を掛ける。

 その鍵をドアの前に置いて、わたしは呟く。


 「計画第四段階終了!」


 ここまでくれば、成功したも同然。

 わたしはスマホでタクシーを手配。

 そのスマホは、GPSで探知されても居場所が分からない様、植え込みに投げ込む。アドレスは手帳にメモ済みだし、データも消した。

 やがて来たタクシーの運転手にある場所を告げる。



 ***



 二〇一六年十月三日午後三時。

 ――アメリカのとある郊外の田舎村。

 美しい黒い髪をポニーテールにした女が、畑仕事をしている。

 ただ、とても手付きが危なっかしい。仕事に慣れていない様子だ。

 僕はいてもいられなくなって、その子に英語で声を掛けた。

 その子は振り向くが、曖昧に笑ってすぐに仕事に戻ってしまう。

 うーん、どうしたものだろうか。

 もう一度呼んでみる。

 すると今度こそ、こちらへ向かって来た。

 そして話し出す。


 片言の英語で、「ワタシ、英語、ほとんどワカりません」と。


 幸い僕は多くの言語を喋る事が出来たので、

 

 「貴方は何処の国の人ですか。そこの国の言葉を喋れるかもしれません」


 と聞いてみた。

 その答えは、


 「日本(ジャパン)

 

 だった。

 それなら母国だ。

 僕は最近まで慣れ親しんでいた日本語で喋り始めた。

 女はほっとした様子だ。

 その日は、畑仕事のコツを、実践を交えて教えた。

 女は感謝のしるしに、と今日採れた野菜をくれた。


 ただ、分からないことがあった。

 女は、どうみてもアメリカ人の顔つきだったからだ。

 育ちは日本なのだろうが、だったら何故、母親と暮らしているのだろうか。


 次の日もまた次の日も、僕は彼女の所で畑仕事を教えに行った。無論、自分の畑の世話もちゃんとやっていたさ。

 そんな日々を送っているうちに僕等は交際することになり、やがて結婚した。


 ある日、彼女は自分の父親について語った。

 なりたくもない仕事をやらされたのだが、反旗を翻して母親の所に逃げてきたのだと。

 母親は父親と離婚し、故郷であるこの村に戻ったのだが、自分には死んだと説明していたと。

 それがひょんなことで真実を知り、父親に憤りを感じて復讐を計画したと。

 それが成功し、今、ここで幸せになれたんだと。

 彼女が英語が苦手な理由はそういうことだったのか。

 

 「どうやったのだい?」


 と僕が聞くと、楽しそうに彼女は笑い、話し始めた。


 「実はわたし、アイドルだったのよ。それでね……」

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