信じる理由
仕方ない。周は美咲と一緒に迎えの車に乗り込んだ。
その時、義姉の携帯電話が着信音を告げた。
『あ、孝ちゃんのことなんだけどね、さっき思い出したことがあるの!』
傍にいる周にもはっきりわかる大きな女性の声。誰だ?
『昔の彼女が今、福山に住んでるの。芦田川の近くだって! 名前はね……』
美咲は礼を言って電話を切った。
それから広島市内にあるマンションに戻るまでの2時間弱、車内はひたらすら無言だった。
誰も何も言おうとしない。猫達さえ黙って静かにしていた。
「周、君は僕の言うことを信じられないようだね」
家に戻って開口一番、賢司はそう言った。
「俺は自分の目と耳で確かめたことしか信じないことにした。身内だからとか、他人だからなんて関係ない」
彼が和泉のことをどんなに悪く言おうと、自分は彼を信じる。
すると彼は肩を竦めて、
「まぁそれはいい。だが、僕の言うことには従ってもらう」と言った。
「……なんだよそれ?」周は反感を覚えて賢司を睨んだ。
「君を保護して監督するのは僕の責任だ。何と言っても未成年だからね。いつか和泉っていう刑事が言っていただろう? 君を養っているのは僕だ。逆らうことは許さない」
「勝手なこと言うな!」
「勝手なのは君たちの方だろう。しばらく二人とも家から出るな。美咲、君もそろそろ仕事は辞めてくれ。まるで僕の稼ぎが悪いみたいじゃないか」
美咲は顔色を変えた。
「結婚する時に約束したはずよ! 仕事は続けてもいいって」
周は初めて彼女の大きな声を聞いた。
しかし賢司は冷静に、
「決定は変更することもある。気まぐれで言っている訳じゃない。君の仕事場は何かとスキャンダルだらけじゃないか。僕に恥をかかせたいのか?」
「それは……!」
美咲が何か言おうとするのを手で制し、周は言った。
「確かにな。俺もあの時、義姉さんが人質にされた事件の挙げ句は学校での肩身が狭かった。どいつもこいつも面白半分にあれこれ聞いてきて……うんざりした。あぁいうのはもうごめんだね。それに猫達だって義姉さんが家にいてくれた方がいい。なぁ? プリン」
三毛猫に話しかけるが反応はない。
代わりに美咲が目を見開いて驚いている。
「君はわかってくれたんだね、周」賢司は微笑んだ。「そういうことだよ、美咲。僕は少し出掛けてくる」
兄の姿が完全に見えなくなったのを確かめてから、周は鼻を鳴らした。
「……なんて、本気で言うとでも思ってんのかよ」
「……周君?」
「伊達に12年あいつと兄弟やってないよ。とりあえず言うこと聞いたフリすれば納得するからさ」
美咲は眼を丸くしている。
「12年……?」
彼女が気になったのはそっちだったようだ。周は現在17歳。
「俺、5歳の時に藤江の家に引き取られたんだ。産まれてすぐ母親が亡くなって、叔母が育ててくれたけど、その叔母も病気で亡くなったんだけど……ガンだったんだ。優しくて明るい人で……義姉さん?」
驚いたことに美咲はいきなりぽろぽろと泣き出してしまった。
「ど、どうしたんだよ?!」
「ごめんなさい、ちょっと……」
義姉は自分の部屋に入って少ししてから、目を赤くしてリビングに戻ってきた。
プリンが甘えた声で鳴いてすり寄り、彼女は猫を腕に抱き上げて目尻をこする。
「ごめんなさいね、なんでもないの」
なんだったんだろう? 少し気になったが今はとにかく、
「それよりさ、とりあえず和泉さんに相談しよう? 孝太さんのことホントに見張ってるかもしれないし」
「そうね……」
「そんな顔すんなよ。仕方なかったっていうか、行き違いっていうか……」
美咲はきっと自分を責めている。
自分が彼を疑ったことで深く傷つけてしまったと。