ドリームジャンボ
「ところで、お嬢さんの雪奈さんのことですが……」
すると彼女に対して良い感情を持っていないようで、店番の女性は顔をしかめた。
「あぁ、あの子ね。中学生ぐらいの頃から何かと問題を起こしていたわ。自分が養女だってわかってからは余計荒れてたなあ。気分屋でね、浮き沈みの激しい子だったわ。高校の先生が、絵が上手いから美大に進んだらどうかって言ってくれたらしいけど、大学まで出してやるお金が……って小倉さん、言ってたわ。でも、資金繰りをどうしたのかは知らないけど、ちゃんと美大に入れて、広島市内で一人暮らしさせてたんでしょ。毎月の仕送りがかさんで仕方ないって言ってたなあ」
そうですか、と和泉が相槌を入れた時、
「あ、ほら。あの人が小倉さんの奥さんですよ」
通りかかった中年の婦人にクリーニング店の女性が声をかける
「あら、こんにちは」
小倉雪奈の養母、奈保子と名乗った婦人は、小柄でふくよかな、典型的なオバさんであった。
着ているものは質素だが、指にはいくつものリングが光り、耳のイヤリングもキラキラ輝いている。
和泉達が名乗ると、こちらへ、と自宅の方へ誘導される。
迷惑そうな顔を隠そうともしない。
「今さらなんですか? あの子は自殺だってことで片がついたんでしょう?」
開口一番。とても娘を失った母親の言葉とは思えない。
たとえ血のつながりはなかったとしても、これでは亡くなった小倉雪奈が哀れだ。
和泉はとりあえず腕試しのつもりで、結衣に質問を任せてみることにした。
「不審点がいくつかありますので、念のために確認に来ました」
「遺書がなかったことですか? あの子は筆無精ですから不思議でもなんでもありません」
「自殺の原因に心当たりは?」
「知りません。進学して広島に行ってからはほとんど音信不通で、ロクに連絡も寄越さなかったんですから」
「雪奈さんがMTホールディングス系列の居酒屋でアルバイトをしていたことはご存知でしたか?」
その社名が出た瞬間、奈保子の顔に動揺が見られた。
「この夏休み期間中、高島社長のお供で生口島へ行っていたことも?ちなみにその島で新聞記者が殺害されて、お嬢さんに疑いが……もごっ!?」
和泉は手で相方の口を塞いだ。
「奥さんそのバッグ、エルメスですよね? しかも限定品の」
小倉奈保子の腕には高価なブランドバッグが提げてあった。
いきなり話が変わったので戸惑いつつも、気付いてもらえたことが嬉しかったらしい。
「え、ええ……」
「とても素敵ですね。それに靴はルブタンでしょう? 時計もずいぶん高級品みたいだし」
「わかります?」
「わかりますよ。いやぁ、経営難で閉店した理容院の夫人が身につけるものとは思えませんね。しかも、娘さんへの仕送りで四苦八苦してるなんていう愚痴をこぼすような主婦が」
ついさっきまでジタバタしていた結衣が大人しくなる。
そして、さっ、と奈保子の顔色は赤くなって青くなった。
「私が何か、汚い手段で得たお金でも使っているっていうんですか?!」
「そんなこと、一言も言っていませんが? 宝くじにでも当たったんだろうかと考えるのが普通の感覚です。ということは、思い当たる節があるんですか? 汚い手段ってやつに」
「冗談じゃありませんよ! これは雪奈の母親が……!」
そこまで言いかけて小倉奈保子は口を噤んだ。
「雪奈さんの母親が誰かをご存知なのですね? そして、彼女が起こした問題をもみ消すために実の母親が口止め料をくれた。そういうことですね?」
「……」
「署までご同行いただいて、詳しいことをお話しいただけますか?」
これは任意だ。
しかし、否と言わせるつもりはない。