夜の街で
友永はひどく不機嫌そうだった。
もちろん、喜んでヤクザに会いに行く人間はいないだろう。駿河は彼と共に支倉の所属する暴力団事務所へと向かっていた。
小倉雪奈が生きているのをおそらく最後に見た重要参考人。
「お前、何がそんなに嬉しいんだ?」
不意に友永から訊ねられ、駿河はちらりとバックミラーで自分の顔を確認した。
いつもと変わらない気がするが。
「何でもありません」
そうかい、と相方は相変わらずムスッとして黙りこむ。
支倉の所属する暴力団『魚谷組』の事務所は繁華街のど真ん中、1階に風俗店、2階にバーという雑居ビルの三階にあった。
友永は相変わらずしかめっ面で、支倉はいるか? と挨拶抜きに踏み込んで行った。
ソファに座っていた二人のが若いチンピラが立ち上がり、ドスの効いた声で睨み付ける。
「なんだてめぇは?!」
「警察。支倉のホモ野郎はいるかって聞いてんだよ」
すると二人は苦笑して答えた。
「ここにはいませんや」
「どこにいる?」
「……さぁ? 流川辺りじゃないッスか?」
そうかい、と言って友永はスタスタとビルを出て行く。
駿河も後を追いかける。流川はすぐそこだ。
今夜も夜の街は衰えることのない賑わいを見せ、仕事帰りのサラリーマン達が赤い顔をしてふらふら歩いている。支倉がどこにいるのか友永には検討がついているようだ。
すると、あの……と若い男の子が声をかけてきた。
周と同年代ぐらいだろう。はっと目を見張るほどの美少年ではないが、愛嬌のある顔立ちをしている。
「友永さん、ですか?」
「そうだが?」俄かに警戒心がわく。
「潤さん……支倉さんに迎えに行くよう言われて来ました。こちらへどうぞ」
少年は二人の刑事を事務所から100メートルほど離れた別のビルに誘導した。狭いエレベーターに乗り込み、4階のボタンを押す。
『エモーション』と看板のかかった店に入り、ドアを開けた途端に大音量のBGMが耳をつんざく。
薄暗い店内では、赤や黄色や青の照明が混じり合い、若い男女が身体を揺らして踊っている。こういう場所が麻薬取引の温床であることを、刑事達は皆認識している。しかし今、問題はそのことではない。
支倉は店の一番奥、カウンター席に座っていた。連れはいない。
「潤さん、お連れしました」と、少年が声をかける。
ありがとう、と支倉は少年の頬に軽くキスした。
それから真っ青な飲み物のグラスを片手に、彼は刑事達を笑顔で迎える。
「てめぇ、どういうつもりだ?!」友永がつっかかる。
「たった今、弟達から連絡がありましてね。刑事さん達が私を探しているという話でしたので、無駄足を踏ませないようにとの配慮です」
「それはどうも……なんて言うとでも思うか? 表に出ろ。こんなうるさいところじゃ話にならない」
「注文の多い方ですね」支倉は肩を竦めて、裏口から外の非常階段に出た。
駿河は秘かに心配していた。
友永は今、冷静ではない。
しかしそのことを指摘したところで余計に熱くなるだけだ。
いったい何があったというのだろう?
ムッとした熱気のこもる夜風が頬を撫でる。地上では今夜も、酔漢達が大声を上げながら歌ったり怒鳴ったり、楽しそうである。
「聞きたいことはただ1つだ、お前が小倉雪奈を殺したんだろう?」
支倉は肩を竦めた。
「……乱暴な方ですね、いきなりなんですか?」
駿河はなおも何か言いかけた友永を制し、代わりに訊ねた。
「小倉雪奈さんをご存知ですか?」
「オグラ……? さあ……」
本当に心当たりがないようだ。
「ハンドルネームはスノードロップ。出会い系サイトで知り合って、あの台風の晩、尾道でお会いになりましたね? 目撃情報があります」
すると支倉はああ、と得心がいったようだ。
「彼女、そんな名前だったんですね。ああいった相手とはお互い本名など名乗り合いませんから、知りませんでしたよ」
駿河はなおも何か言おうとした友永の足を、全体重をかけて踏みつけた。
視界の端で相方が物凄い顔で睨んでいるのを捉えたが、とりあえず無視。
「彼女がMTホールディングス社長の高島亜由美氏の娘であることはご存知でしたか?」
「えっ? そうだったんですか?!」
これが演技だとしたらたいした役者だ。
「いえ、まさか……こちらは顔とプロフィールだけで選んでいますからね。そんなバックボーンなんて知る由もありませんよ」
「嘘をつくな!」またも友永が食ってかかった。「初めに宮島を守る会に所属していた桑原圭史郎が、推進派の何者かに殺害された。だから報復のために高島亜由美の娘を殺した! それがお前らのやり方だ!!」




