フロードの溺愛
ピョロロロロ…
かの御方の1日は優美なさえずりとともに始まります。
今日も朝から彼はとても生き生きとしてらして、侍従に羊皮紙と羽ペンを用意させるとテーブルにつき、何事かお書きになられています。時折振り払う金の御髪、キラキラと煌めく翡翠の瞳、出で立ちその物がとても眩く、愛しく感じられます。
「あぁ、可愛いユリーナ、おはよう。さぁ、この手紙をクリスチナの所へ届けてきておくれ」
と、そうおっしゃいながら、走ってはなりませぬ、殿下!王子たるもの…と語る侍従達の声も何のその。広々とした居室を横切り、開け放した扉を潜りそのまま寝室へ駆け込んでいらした御方は、たいそう待ちきれないご様子で蝋で封した書束をわたくしに差し出されました。
「…ピョロロロロ」
と、ひと鳴きし、わたくしは、腕を大きく広げ開け放たれた窓を飛び出します。
そう、わたくしは、鳥なのです。
蒼く澄み渡る大空を滑空し、クリスチナ・バーレイ伯爵令嬢のもとへと急ぎます。
しかし、その間にも、わたくしに駆け寄られた御方の少し火照った御顔、艶めいたお声が思い起こされます。
…あぁ、フロード様、ずっとお慕い申し上げております。たとえ、私がお届けするこの文がクリスチナ様に宛てた恋文であったとしても。貴方様が私に気付いてくださらなくても。
あぁ、見えてきました。あの黒と金の屋根の御屋敷がバーレイ伯爵邸です。
黒をベースに領地の民から搾り取った税でありったけの金を積んだ御屋根はあまりにごちゃごちゃとして正直たいていの貴族には評判があまりよろしくありませんが、どうやら伯爵はご満悦の様子。よく、ご自分にお味方してくださる一握りの貴族をこの邸に呼んでは高々に自慢なさり、方々は肥太った身体を寄せあっては謀をしているようです。
さて、その御屋敷の奥の棟の大きな窓の1つに停まりコンコンとつつきますと、あぁほら、出てきました。クリスチナ様です。
ゴテゴテに飾り立てられた赤髪にブラウンの瞳の迫力ある美少女です。
待ち焦がれた文が来たので満面の笑みで迎え、震える指で文を私の脚から外します。
「あら、貴女クッキーはいかが?今日はわたくしとても気分がいいのよ」
しかし、わたくしは途端に窓枠から飛び上がりそのまま、羽ばたきます。
…だって、わたくしはすぐにフロード様の許へ戻らなければなりませんし、長居はしたくありませんもの。
「あら嫌だ、素っ気ないこと。」
そのようなことを言いつつも用事は済んだとばかりにすぐさま窓を閉めるクリスチナ様。
なので、わたくしもそのまま、帰ります。
「…ピョロロロロ」
城が近くなったので一声鳴いてみれば、すぐさまフロード様が窓を開けてくださり、お手を差し出しなさいました。わたくしはその御方の掌に収まりそのまま止まり木まで運ばれます。
わたくしが水を頂き、羽の毛繕いを済ませるのを待って、彼は口を開きました。
「私の可愛いユリーナ、今日までお疲れ様。本当にありがとう。でも、もう終わりだから、安心していいよ」
…ぇえ?どういうことなのでしょう。もしかして、わたくし、今日限りで追い出されるのでしょうか。そうなってしまったら、わたくし生きていけませんわ。
「今日クリスチナに送ってもらった手紙は舞踏会の招待状なんだよ。今夜その舞踏会で彼女とその父親つまりは伯爵を断罪する」
…あれ、と言うことはつまりわたくしが今まで運んできた文は恋文ではなく…?
「この日を私はどれだけ待っていたことか。君は恋文だと思っていたかい?私に嫉妬してくれた?ユリーナ、いや、ユリアリナ?ふふ、君がちょっぴり嫉妬して、私の手をつついたこともあったよね?あのときの君はとてもいじらしくて抱き締めたかったよ。鳥だからむりだったけど。君に文を送ってもらってよかったよ。君の嫉妬が見れたからね。」
驚愕で目を見開きフロード様を見上げるわたくしの脳裏にユリアリナ・アーモンド侯爵令嬢だった頃の記憶が蘇ります。
…なんと、気付いていらっしゃったのですね。アーモンド侯爵令嬢だったわたくしは家出し、行方不明の扱いになっていたはずですのに、真実にたどり着いてくださったのでしょうか。
「ようやく、ここまでできたのだ。私は何度もあのクリスチナを城に呼び出し彼女の人間関係を調べ、一人一人に詰問し、ようやく、君に呪いをかけた魔術師を吐かせることが出来た。あの娘と顔を合わせるのは今夜で最後になる。すぐに君の呪いを解かせ、今夜、私の16の誕生会に、あの伯爵を退かせて君との婚約を発表する」
来てくれるね?と尋ねる愛しい御方の翡翠の瞳を見つめて、わたくしは、ええ勿論です、と意味を込めて、ピョロロロロ…と鳴きました。
この音色でフロード様を起こすことはもう無いでしょうけれど、今度は耳元で直接ささやいて差し上げますわ。
今はもうお昼過ぎ、運命の瞬間が刻々と近づいていた。
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