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異界処理班2

 三人目の被害者は客引きの若い男だった。

 このあたりでも客引き行為は取り締まっているのだが、それでも人通りの多い時間帯は人混みにまぎれてうろうろしている。


 人通りが多いのは都合がよく、レイが男と話ながら歩いている後ろを他の所員でついて行った。


「すいません。変なのに襲われたと聞いたのですが」


「ああ、俺だよ……」


 快く返事をしてくれたものの、仕事が滞るのを嫌がっているようにも見えた。

 遠くを見回ししながら歩く速度をわずかに早めたのも、何かを警戒しているからかもしれない。


「あっわかりました。では要点だけ手短に聞くので」


 レイが素早く察して情報を引き出しにかかる。

 ここで対応が遅れるとだんだん口が重くなることを知っているからだ。

 それに仕事柄か動きやすい格好をしているため、都合が悪くなったら走って逃げられるかもしれない。


「ああそうしてくれ。こっちも暇じゃないからな」


 きつそうなお兄さんだなあ。レイ怒らさないといいけど。

 ミロ以外も同じ気持であっただろう。


「どこをどのくらいをやられました?」


「背中を切りつけられた。ほら」


 協力はしてくれるようで、裾をめくっただけで包帯に巻かれた腹部があらわれる。


 それを後ろから見ていたアキネがつぶやく。


「目が……」


 ミロが隣で歩いていた彼女を見やると目を押さえて何やら苦しんでいる。

 また変なこと考えてるんだろうな、この人。


「浅くてよかったよ。それに相手が人間じゃなかったしな」


「恨まれるようなことに心当たりがあるんですか?」


「……君たちは何を聞きに来た?」


 雲行きが怪しくなると同時に男はこちらへ振り返る。


 まずいなあ。これだれが収集つけるんだろ。

 ミロは不安になってレイの顔色をうかがう。

 表情こそ満面の笑みだが、その両手のひらは握りこみながら縦によじる。まるでバットのグリップを確かめるように。


 レイが振りかぶろうかというところで一声あがる。


「まあお兄さん。上からすでに言われてると思うけど、私達になにかあったらどうなるかわからないよ?」


 自信ありげに笑うのはトナミであった。

 他の所員は嵐を予感するが、少し距離をとるのが精一杯だった。


「上って……社長の知り合いか」


 ばつの悪そうな顔で男が言う。

 瞬き多くあたりを見回すため、動揺が用意に読み取れた。

 それを見てレイが繋ぎ直す。


「そうそう。その心当たりももしかしたら力になれるかもしれないですよ?」


「そうか……」


 男から詳しい話を聞くに縄張り争いでもめているらしく、それで警戒していたらしい。いつもは上で処理されるはずのことなのだが管理の悪いグループでは末端まで伝わってしまったため、争いが現場に持ち込まれてしまった。

 そのため、いつ武力闘争に移ってもおかしくないのだという。


『これは? どうする?』


 キリーが皆に目配せする。

 当然皆の反応は芳しくない。


 街で争ってほしくないけれど、手を加える余地がないのにどうしたらいいんだろう。


「簡単だよ。お兄さんを襲ったそれを捕まえればいいんだよ」


 トナミが独断で話しはじめる。すでに答えは見えているらしい。


「要は場所取りでしょ? だったら誰しも危ない場所は避けたいよね」


「あのなあ。俺だって自分の見たものが信じられないんだぞ。そんなものを信用して大の大人が喧嘩すると思ってんのか?」


「当たり前じゃん。もう何人も死んでるんだよ? さすがに大の大人でも命は惜しいよね」


 何人も死んでるの!?

 新しい情報にわかりやすく動揺するミロを、キリーが前に出てカバーする。


「死……え?」


「そういうことだから。協力してもらえるよね?」





 男の情報を頼りに暗い裏路地にたどり着いた。

 路地といってもそこだけは広場になっていて、地面にはも巨大な空調設備か何かのシミができている。


「それにしてもトナミ、バレたらどうするつもりだ? この街にはしばらく出入りしなきゃならないのに」


「なおさら都合がいいね。恩を売って事件も解決」


 トナミは言っても聞かないといった態度で譲らない。


 実際に死者がたくさん出ているとすればこの区画の異界化対処班として失格だ。事務所は大いに責められることだろう。

 でもそんな下手を所長がうつはずないんだけど……。とミロは不信がっているが、それは正しい。


 死者は出ておらず、被害者は全員軽いケガである。しかし、


「異界化対処が縄張り争いを収めるなんて確証のないこと、しばらくしたら絶対にこの街にいられなくなるぞ」


「それは言い過ぎでしょ。連中の危険度を最大まで見積もってもチンピラ止まり。リスク管理ぐらいできてるよ」


 問題は異形の存在が争いの発端であるかどうかだ。

 話を聞くに男は社長と呼ぶ人物との接点も多い。そのため何かの拍子に社長が本当の原因を話してしまうかもしれない。


 それに対しトナミは危険度で話をつけようとしている。

 嘘を許せないキリーは掴みかかる。


「リスク管理ではない! そんなものは0か1かだ! 街の秩序をいたずらに乱すことは許さん!」


 トナミははあ、とため息をつき、全身脱力してもたれかかる。

 しばらくの沈黙に耐え切れなくなったのかキリーが締めくくる。


「……何かあったらお前の責任だ。いいな」


 キリーが手を離すと落下するトナミの体をミロが支える。


「無茶しないでください……」


 と同時に唸り声に一同の視線が集中する。

 それは一目に自分たちとは一線を画す異形であるとミロはすぐに気がつく。





「それで捕獲してきたのがこの大きな犬か」


「運ぶのに苦労したんですよ。精肉店でとってきたらしい肉のせいで血だらけで、体重もあるし」


 所長とキリーが話をつけている横で他の所員が健闘をたたえ合う。


「アキネさん話聞いてたんですね。変なことばかり考えてるのかと思ってましたけど安心しました」


「いや? 話は聞いていなかったけど夜目が聞くから」


 脱力感に襲われるミロと、その横から脱力していて戦力にならなかったトナミが言う。


「ま、私の推理が正しかったということかな」


「トナミさん推理なんかしてましたっけ?」


「してたじゃん! 犯人はあの男のとこの社長あたりで、犬の飼い主だよ。そりゃ遠因とはいえ仲間傷つけられたら怒るよね」


 なんか言ってたことと違うような?

 そんな気持ちをレイが代わって、


「後出しで推理っていろいろおかしくない?」


「根拠なしにあんなこと私がいうわけ無いでしょ。キリーのときは聞かなそうだったから適当に理由をつけただけ」


 結果として丸く収まったわけだし……うーん。


 キリーとの話が終わった所長が気軽に声をかけてくる。


「犬はどうするかい」


「今の推理だと持ち主に返すべきなんでしょうけど……」


「害をおよぼしてたことが争点だったわけだから、保健所にでもいれればいいと思うけどね」


 極力刺激しない方法という点ではトナミの言う保健所はありかもしれない。

 しかしそれは真なのだろうか。主にキリーが烈火のごとく怒り出すのではないか。

 そんな思いがミロを身震いさせる。


「ま、聞いてみただけだよ。本当はこれを明日の朝までに持ち主に返して事なきを得る予定だったのさ」


「何を期待したんですか……」


「飼うとか言い出したら面白いかなと思って」


 あんな凶暴な犬はちょっと……。

 暗がりで見た異形のごとき雰囲気をまとった獣の姿を思い出す。


 レイが思いついたように言う。


「なんで明日の朝までなんだ?」


「社長さん、疑われてて逃がしてないなら見せられるだろって詰められてね。それが明日の朝なんだ」


「殺さなくてよかった。動物を殺すと寝目覚めが悪いからな」


「でも、それなら教えてくれても良かったじゃないですか」


「先入観を抱かないためだよ。犬だと油断してかかって万が一にも死なれちゃこっちも困るのでね」


 なるほど。今回に限っては所長が正しい気がしてきた。


「それに、犬が脱走してないってわかったら、犬が起こした事件はどうなる? こんな大きいのは他にいないからね。異界化の痕跡としてうちに報告が上がる。そうしたら君たちが活動した記録が必要になってくるから、そのための今回の捜査だったの」


「ま、そういうわけで」


 トナミがキリーに歩み寄っていく。

 そして肩をつかみ、振り向かせて言う。


「結局何もなかったんだけど?」


 最高の笑みでキリーを大激怒させたのは言うまでもない。

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