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異界処理班1

 それは一行を値踏みするように睨みつける。一行はその視線に心までも許してしまわないように注意して観察する。

 体は大きく粗い毛並みは一本が針のように尖っている。そして、今にも一行を染めつくさんとしている赤い亀裂は、鋭い牙をもって武器と化していた。

 あたり一面は真っ赤に染まり夜の暗がりに映えていた。


「さっそく誰か生け贄に捧げられたようだね」


「捧げるなんて言うほど偉いものじゃないでしょ、あれは」


 一行の二人がそれを見て言った。

 腕に自信があるのか、仲間たちから一歩だけ飛び出し怪物と相対する。


「思ったより危なそうですし、ここは一回帰りませんか?」


 震え声が強気な二人を止めようとする。


「なに言ってるのミロ、これを放っておいても被害者が増えるだけだよ。……それに見逃したって言ったら所長がなんていうかわからないし」


 言葉を濁しながらたしなめるのはか細い声。言葉こそ勇ましいが彼女もまた、強気な二人の後ろに隠れて怯えながら怪物を見ている。


「いや、みんなここは私にまかせてほしい」


 一行のうち最後の一人は他の仲間を押しやりながら前に出る。

 そして懐から取出した筒に細かな矢を取り付け、そっと吹いた。





 雑多なビル群のなか、とある事務所に務める彼女らは午後のひとときを満喫していた。


「ミロー、あんたお茶淹れなさいよー」


 間延びした女の声はついたての向こうのミロにはっきりと届く。

 ミロはいつものことながら、うんざりしていた。


 所内での評価も悪くは無いと思うんだけど、なんでだろう。


 評価も評判も悪く無い。むしろ良く出来ている方だと口にしないまでも皆思っている。だがそれ以上に彼女のもつ気弱な雰囲気がなんでも押し付けたくさせるのだ。


 ミロはなんとかお茶係を他の所員になすりつけることができないか画策する。

 ゲームをしている者、暗器の整備をしている者、書類仕事に追われている者。三者を見つめ考える。


 二人は仕事に関することをしているから仕方ない。あと一人は、これ朝からずっとしてるけどどうなの?


 朝から代わり映えのしない画面の表示に反感を抱く。

 しかしそれは同じように見えるだけで、なにか別のゲームを改めてやっているのかもしれない。そもそも、ミロにはゲームの違いなどわからないのだ。


 いまちょうど良い場面かもしれないし、止めるのは悪いかな。ああ、でもいつになったら声かけていいのかもわからないし……。


 ミロの悪いクセだった。一つの可能性を追っているとその考えが正しいと思い込んでしまう。そのせいでいつも他の所員に言いくるめられてしまうのだが、本人は気づきもしない。


「……わかりました」


 ついたての向こう、簡易応接間として事務所で一番高いソファーに寝転んでいるレイに声をかけたつもりだった。


「こっちも」「飲んでる暇があるかわからないけど、こちらにも」「コーヒーで」


 目の前のことに集中しており、こちらのことなどまったく意識していなかったであろう三人が口々に乗っかってくる。


 たしかに淹れるなら一度にしたほうが良いけど。でも、そんなこっちの都合も無視してのコーヒー? その上飲む暇がないというのはどういうこと?


「ちょっと皆さん気遣いが足りないんじゃないですか?」


 青筋をたてながら凄みを効かせて言ったつもりの発言だったが、いつもの皆にとってはそれこそいつものこととして反応もしない。

 男に戻れたらまた違うのかな。とミロは自らの性格までは考慮せず思う。男に戻れたとしてもミロは人を恫喝するような言い方はしないだろう。


「わかりました……。トナミさんはコーヒーですね」


 ミロは律儀にもトナミからの「うん」という返事を聞いてから、給湯室へ消えていくのだった。




 給湯室からコーヒーと紅茶を盆に乗せて出てきたミロは異変に気づく。

 床に暗器を広げて手入れをしていたアキネはその暗器ごとおらず、机に大量の資料を広げながら事務に励んでいたキリーもいなかった。

 ただ一人、トナミだけが口に人指し指をあててこちらに沈黙を促すのであった。


 ゆっくりと音を立てないようトナミにコーヒーを渡して耳を澄ます。すると応接間の方から所長の声が聞こえた。


「――三人やられているんだ。万が一を考えて君たちで行ってほしいのだが、さらに面倒なことに物理演算能力まであるらしいんだ」


「ただでさえ私達じゃないと見ることもできないのに、殴ってもくんのかい。それはまた面倒な」


「あ、待った。誤解のないように言っておくが傷は切り傷と刺し傷だ。先入観を抱かないよう、詳しいことは本人に聞いてほしいのだがある程度は危険度を知って欲しくてね」


「一発で死ぬ可能性があるってことね。なんという無法ものか」


「専門家として言っておこう。後手に回ったらおしまいだ」


 豪快に笑う三人と苦笑いする所長。


 なにがおかしいの? 所長も所長でそういうのは断ってくれればいいのに!


 ミロの心の叫びもむなしく、


「被害者の連絡先もありますし、今回は早く終わるでしょう。あとはいつものように」


「ありがとう。終わったら連絡してくれ。ちなみにタイムリミットは日付が変わるまでだ」


「え、それを早く行ってくれないと……」


「はは。おじゃましたね。それじゃまた」


 そして、ドアを勢い良くしめる音。

 しばしの沈黙。


「いや、黙って突っ立ってる場合じゃないでしょ。早く行かないと」


 トナミの冷静な突っ込みに一同がはっとする。


「そうだった。あ、ミロ遅い! そんなのそこ置いといて、もう行くよ!」


「え、ど、どこへですか?」


「異界処理だよ」


 そう言うなりミロを引きずって出て行ってしまった。

 残されたトナミは一人コーヒーをすすりながら一言「騒がしいねえ」と言いながら、悠然と皆の後を追う。





 通り魔、動物虐待、露出狂、人さらい。そんなものが報道はされても当然のように人による仕業だとのたまう。

 考えてもみてほしい。そんな狂人が存在するのか。なぜそれを自分と同じ人間であるというのに認められるのか。動機の理解できない行動をなぜ簡単に認められるか、と。

 いまどき陰謀論者でももう少しましな動機づけをする。


 そう、その原因は社会の裏にひそむ異界化の影。


 それに対処すべく設立されたあの事務所は、その異形たちと同じく社会に身を潜めながら秘密裏に処理を行う。


 彼女ら――そう、所員は『外見上』女性なのだが、元は男性である。

 それはなぜか。2つ理由がある。

 ひとつは異界耐性を身に付けるための一種、副作用のようなもの。

 ひとつはこの仕事を望まない『彼ら』を『彼女ら』と置くことで、社会的に拘束しておくためだ。


 異界耐性と一口に言っても姿の見えないもの、精神感応を及ぼすもの、有害物質を撒き散らすものと様々だ。

 それをたった一錠の丸薬を口にするだけで耐性がつくというのだから安い副作用と言えよう。


 そんな彼女らは今日も異界処理にあたる。





 レイになおも引きずられながらミロは身支度をしていた。


「ミロー、お茶淹れるためだけにエプロンなんか必要?」


「給湯室に入るとなんとなくしなきゃって……クセですかね?」


「……まあいいや。これから血なまぐさい現場にも行くし、ちょうどいいんじゃない」


 血の気の失せる話にくらくらする。この人たちよくそんなことを笑顔で言えるよね。


 時刻は日の落ちかけた夕方。赤い空の下でエプロン一枚分脱いだだけで肌寒さを感じる。

 これから数時間以内での解決を要求された彼女らは街を疾走する。


 健全な店屋はシャッターを閉じ、薄暗い店内に怪しい色の照明をした店々が厄介な開店を始める。

 街は姿を変えて変動する需要に応えようと挑むが、それは姿を変えて戦い続ける彼女らも例外ではないのかもしれない。


 先頭ではリーダーのキリーが指揮をとっていた。


「このさき曲がったらすぐに最初の被害者の家ね。アポはとってあるからレイで」


「なんで毎回私なの? たまにはキリーもやってよ」


 レイは口角を片方だけつりあげ、にやりと笑う。


「それはー、その、私にはこれからの予定を組んだりだな……」


 予想通りしどろもどろな反応を引き出したレイは心底満足そうだ。

 しかしこれ以上となると怒らせてしまうことがわかっている。


「了解でーす」と軽く敬礼のように手をやる。


「だから、その敬礼は指の位置が……。ああ、もう着いてしまった行って来い!」


 大量のリクエストに処理落ちしたキリーは、かろうじて所員の一人を聞き込みにやる。

 これでも優秀なリーダーなのだが体外的な活動はまったくできない。陰では内弁慶などとそしられているが本人にその自覚はない。


 飲み屋に単身乗り込んでいったレイだが心配はいらない。この街のことについては所員の中で一番詳しく顔も広い。それなりに戦闘力もあるため万が一にも対応可能だ。誰かがついていくと必ず問題を起こすため、むしろレイの聞き込みに支障が出るのが毎度のことである。


 しばらくして、レイが帰ってくると反対方向からもアキネが戻ってくる。


「二人ともおつかれ。どうでした? ってアキネさんはいつの間に行ってたんですか」


 ミロが労をねぎらいながら驚く。


「仄影流無足走だ。真似してもいいぞ。それより、二人目の被害者に話を聞いてきた。時間は限られてるからな」


 アキネは大きく息を吸うのをみて、ミロは嫌な悪寒を覚える。


「被害者は女子高校生。学校帰りにそのむき出しのあんよをべろべろだ。にくいことにそこへ牙をたてたらしく、ぽっかり穴が開いていた。いやー気持ちはわかるが……。あっ血は止まっていたがせっかくなので、せっかくなので手当と称して触れさせてもらったが触り心地は最高だったぞ。これがまたつるつるで、代々実家にある伝説の磨石をも超えるかもしれなん」


 恍惚の顔で不要な情報を伝えてくれるこの人、あてになるのかあてにならないのか。むむむ。


 その趣味にしても今ならいくらでも解消できるのに。とミロは思う。

 一般的に見てもアキネのそれは悪くはない。全体から胴と脚のバランスも取れており、動きやすくゆるめの服装であるからか裾から見え隠れする腰から膝にかけてが妙に艶めかしい。


「そんなに触りたいなら自分のを触っててくださいよほら」


 ミロが言いながらアキネの手を握る。


「あっ、柔らかい手が私の手を包む!」


 一瞬身を固くして本題を続ける。


「……それでいつごろの話ですか、それは」


「ついさっきだ」


 ミロは即答であることと妙に惚気のある声色から、女子高生に行ったという手当のことだと見ぬく。

 そして握った手に力を込めて無言の圧力をかける。


「……いや、3日前だった。間違えただけだ、そんなにしなくても」


 3日前に吸血行為か、これは大変そうだ。とミロは自身の異形データーベースに検索をかけながら考える。

 そこから他の被害者二人とも吸われいた場合は最悪だ。どうにかしないと……。


 後ろから聞いていたキリーが声をかける。


「アキネが犯人ではないことを祈るね。それではレイも報告を頼む」


「私の方は30代後半くらいのオジサン。夜道を歩いていたら背中からざっくり。傷を見せてもらったけど吸血じゃなくて爪あとみたいだった。幸い、異分子も入ってないみたいで膿んだりすることはなく普通の治癒過程に見えたよ」


 手元に集中しているキリーが相槌もうたないため代わってミロが、


「所長の言っていた切り傷の方ですね。傷跡はどこに?」


「背中の真ん中。傷の形から考えて跳びかかったみたい」


「肩口までいってないなら相手はそれほど大きくないのかもしれないですね」


 キリーの手には几帳面にとられたメモ。しなやかな指先から放たれる美しい文字は圧巻の一言だが、走り書きでよいものをあまりに丁寧に書き込むため聞き込み中のほとんどは上の空だ。


「それとここの常連みたいだから店員にも聞いたんだけど、最近どっと老けこんだみたいってさ」


「なるほど。生気吸収の可能性ね……」


 しばらくしてキリーがメモから顔を上げて言う。


「よし、三人目にいこう」


「ちゃんとノートはとれました?」


 レイはまたも意地悪にキリーを煽り立てる。


「ノートじゃない調書だ。レイの悪事をいつか暴くためのな」

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