春霞
物心つく前から音に関心があった。といっても、雅な音楽ではなく、人の喧噪、車が通る音、祭囃子など、とにかくうるさい音ばかり好きだったので、親からも、変な子だと不思議がられていた。
ある程度大きくなって、自分の感情がある程度制御できるようになっても、祭囃子などの音が聞こえるとどうしても行かずにはいられなかった。
学校は那智学園。
この国で、一番の役職といったら御影である。どんな身分の者でもチャンスのある役職。帝の遠い親戚である者でもこの役職を目指す者は多い。その御影の養成所がこの那智学園である。
かくいう、オレは帝の遠い親戚。別に御影にならなくても食っていける。
目標のない学校生活はつまらないが、昼食時だけは好きだった。食堂に集まる人の声。食器の音。料理の音。すべてが耳に届いて、心地よかった。それはもう、自分が昼食を忘れるくらいに。
そんな毎日の中、珍しいことが一つ。
「今日、兄様の息子様がいらっしゃいますよ。寄り道しないで帰ってらっしゃいな」
母の兄様はたくさんいるのだが、こういう言い方をする時は大抵一番上の兄様を指す。なんでも一番上の兄様は帝の御傍でお仕えしているとかなんとか。とりあえず自分とは比べものにならないくらい高い地位にいるのは確かだ。
「はーい」
こういう時はもちろんおやつが出るから、反発して遅く帰るよりも早く帰った方が得というものだ。
つまらない学校生活をだらだら過ごした後、寄り道をしないで真っ直ぐ帰った。
兄様はもうすでにいるようで、お高そうな車が止まっていた。
「ただいまー」
「おかえりなさいませ。奥様から、桜の間に顔を出すよう託っております」
「はーい」
早々に、自慢の息子をお披露目か、と一応身嗜みを確認してから桜の間へと入った。
「失礼いたします」
厄介なことにならなければいいな、なんて考えながら、幼い頃、嫌になる程教えられた所作で障子を開ける。
顔を上げた先には凛々しい顔立ちの男性がいた。
「久しぶりだね、駿君」
「お久しぶりです。光源伯父様」
「逞しく育ったじゃないか。うちの紗羅とは大違いだ」
例の息子か、と頭の中でシルエットが浮かぶ。見たことがないのだ。シルエットなのは当然である。
「そうだ、先程、庭の方に行ったから、一緒に遊んでやってはくれないか?」
「私でよければなんなりと」
「うむ。では、頼んだ」
私なんて一人称つくづく自分に似合わないな、なんて思いながら一礼して部屋を去る。
庭の方、といわれてもこの屋敷の庭は広い。まあ、伯父様の庭に比べれば小さいものだろうけれど。
暫く歩いているうちに、空気というかなんだか風の音のようなものが聞こえてきた。
「空から?」
でも、今日は晴天で風も穏やかなはずだ。なのに風の音?と不思議に思いながら庭を歩いていくと、歩いて行っている方角から風の音が大きく聞こえる。
「なんだ・・・」
木の葉を風が揺らした。
肩の上で切り揃えられた髪は幼さを残す顔をより幼く見せていて、体まで小柄なものなので自分より年下のように思えるのだが、雰囲気がそう見させていない。凛とした雰囲気はこちらの背筋が伸びてしまう程鋭くて清らかだ。
「・・・・。」
「紗羅」
「紗でいいよ、駿」
従兄弟の紗羅で間違いなかった。
「なにしてるんだ?」
「皆そう聞くんだね。べつに何もしてないよ。ただ、葉っぱを見ていただけ」
風に舞う木の葉を見ていた、だろうか。
ここに来るまでの少し強い風が嘘のように今は風圧を感じない空間を成していた。
「駿は学校楽しい?」
「別に。紗は?」
「普通。でも少し面倒かもしれない。・・・・よく分からない」
ずい、と顔を近づけて瞳を見た。黒く綺麗な澄んだ瞳。
普通、なのに、なんでこうまでして清々しい気持ちにさせるのだろうか。
「なに?」
「うん。決めた。紗羅のこと、オレが守る」
「いいよ、別に。御影がついてるし」
「オレが守る」
「勝手にすれば」
歩き出す紗羅の後をついていく。
やはり、風は穏やかで、空気が澄んでいた。
なぜ、紗羅についていきたいのか、分からない。
でも、何かが変わる気がした。
できれば評価が欲しいです(;´・ω・)