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理不尽な男の場合


名前:【識者】メルムサエル


年齢:38211


職業:管理官




 恋をした。

 独り善がりの恋だった。


「愛しています」

 と告げた僕に、彼女は何も返してくれなかった。


 美しい闇色の瞳に、僕が映ることはない。それが歯痒くて。彼女が愛しくて、腹立たしくて……

 ズタズタに傷付け引き裂いてから、この上なく優しく愛でてやりたい。

 そう思い詰めるほどに、僕は彼女に狂っていた。




***


 白い肌は、降り積もった新雪。夜の帳のような、しっとりとした黒髪。一際目を引く紅い唇。そして、すべてを呑み込む闇色の瞳。


 彼女を初めて目にした日、あまりに妖艶なその姿に息を飲んだ僕らは、彼女を自分たちとは別の存在だと認識した。同類や人の子に対しては感じたことのない「欲情」を彼女に対し覚え、同時に恐怖した。

 だから、彼女にレッテルを貼った。


『我々を堕落させようとする、異端の存在だ』


 徒党を組んで彼女を輪から弾き出し、地を擦るほどに長い艶やかな髪を指して「なんて暗くて醜い色だ」とせせら笑った。

 自分たちの金や銀の髪を自慢気に靡かせ「軽やかに輝く色こそが至高だ」と声高に叫んだ。

 僕は、その中心にいた。

 仲間たちに「彼女に心惹かれるなんて、あってはならないことだ」としきりに説いて回った。


 彼女に惚れていいのは、僕だけだから。



 切っ掛けは、彼女が創られて間もない頃。

 色とりどりの花が咲き乱れる庭園。その片隅にひっそりと建つ四阿。

 周囲の視線から逃れるために、彼女はそこに居たのだろう。

 膝を抱え、翼で自分を閉じ込めるように小さくなって眠っている彼女を偶然みつけた僕は、今にも儚く消えてしまいそうなその姿にかつてないほどの昂揚感を覚えたのだ。

 僕が近付くと小鳥がけたたましく鳴いて飛び去り、彼女はびくりと震えて目を覚ました。向けられた漆黒の瞳に、心臓を鷲掴みにされた。


「……待ちなさい」

 すぐ脇を擦り抜けるように出て行こうとする彼女の腕を咄嗟に掴んだ。だけど力加減を間違えたようで、バランスを崩した彼女を抱き止めそのまま大理石でできた床に倒れこんだ。 つまりは、彼女を引き倒して覆い被さったのだ。

 見上げてくる瞳は、まだ創られて日も浅く、これから幾千の美しいモノと出会い輝きを増していくだろう黒曜の原石にも似て。それなのに……どうして僕を映していない。

 彼女は僕を見ているはずなのに、何故その瞳に一欠片の感情さえ込められていないのか。戸惑う僕の視界に入ったのは、白い床に広がり、白い肌に絡みつく、黒い髪。

 それが無性に憎らしくて、だけどとても美しくて。白と黒のコントラストに、僕は一瞬で囚われてしまった。


「……嗚呼……なんて醜くて、美しい……」


 僕は艶やかな黒髪を一筋掬い取って、口付けた。箍が外れてしまえば、もう戻れるわけがなかった。

 彼女の甘く柔らかな白い肌を夢中で味わい、何度も愛の言葉を囁いた。


 彼女は、何も返してはくれなかった。



 思えばそれは、まだか弱かった彼女なりの精一杯の拒絶だったのだろう。だけど僕は、彼女が欲しいと思ってしまった。

 それでも手に入らないなら、壊してしまえばいい──そう考えた僕を、誰が責められようか。



 それからは、仲間たちの前では彼女を酷評して近付く者を排し、庭園の隅で憩う彼女をただひたすら見守り続けた。

 彼女が戦線で頭角を現し始めると「血に飢えた獣のようだ」とこきおろし、罵った。周囲から「少しやり過ぎだ」と諫められても構わなかった。


 彼女を傷付けるのも、傷付いた彼女を見守るのも、全部、僕の役目だ。


 だから、彼女が少しずつおかしくなっているのも、僕だけが知っていた。

 「奴」の存在は面白くなかったけれど、結果的には彼女を壊すいい材料になったから善しとしよう。



 彼女が戦場から消えたと聞いて、僕は嬉々として彼女を捜した。

 「奴」と彼女の愚かで退廃的な交わりに同族たちは眉を顰めて目を逸らしたけれど、僕はその美しさを食い入るように見守った。呆気にとられた創造主が気を持ち直して鉄槌を下すまで、白と黒と赤のコントラストに、僕はただただ魅入っていた。



 その後──

 長い黒髪を振り乱し、創造主に呪いの言葉を吐く彼女は、壮絶に美しかった。

 泣きながら笑う彼女をそれ以上誰にも見せたくなくて、幽閉役を買って出た。


 嗚呼でも……

 僕はもう一度、壊れた彼女を見たかった。


 「奴」の魂が完全には朽ちていないこと、それを取り戻す術があることを、そっと囁いた。

 彼女は僕の中に救いを見出だした。あの時の表情と言ったら……堪らない。




 彼女は【魂の欠片】を探すため、地上に堕ちた。

 欲望渦巻く薄汚れた人の子の世では、ほとんど永遠の命を持つ僕らですら、長く生きられないことも知らず。一度堕ちてしまえば、自力では帰れないことも知らず。


「……騙したのね」


 穢れに当てられて消耗しきった彼女の前に降り立つと、彼女は僕を睨み付けてそう言った。あちらでは見られなかった姿に、胸が躍った。


「大丈夫ですよ。楽になる方法も、帰る方法も、ちゃんと僕が知っています」


 そう言って、必死に見つけただろう最初の【欠片】ごと浄化してあげた。

 烈火のごとく怒り狂う彼女に、僕は狂喜した。



 そうして、僕と彼女のおいかけっこは始まった。


 文字通り身を削るようにして、それでも彼女は【欠片】を集める。僕はそれをただ見守るだけ。

 僕には彼女を逃がした責任者として「堕天した彼女を監視、指導する」という大義名分があった。

 人の子の欲に塗れながら必死に足掻く彼女が愚かで可愛くて、彼女の魂が穢れを溜めて壊れてしまう寸前まで何度も追い込んだ。そうすると、彼女は僕の纏う聖浄な気を自ら強請ってくれるまでになるのだから、実に楽しい遊びだった。

 自分を騙した相手。大切な【欠片】を奪う者。穢れを祓い命を繋いでくれる、砂漠の水にも等しい存在。

 僕を見つめる闇色の瞳には、あの頃にはなかった沢山の感情が溢れていて、逢う度に僕を悦ばせた。


 けれど、僕が一番望むのは、その闇色を絶望に染め壊れた彼女だ。そうなってしまった彼女を大切に閉じ籠めて、真綿で包むように息もできないくらいの愛を捧げよう。



 理解されなくていい。僕の恋心は、所詮『独り善がり』の代物だ。

 彼女は僕を拒むだろう。恨むだろう。それすらも、僕は嬉しいのだ。



 もうじき、彼女は絶望に叩き落とされ、僕の手の中に堕ちてくる。

 だから、愛しい君よ。

 今だけは、仮初めの翼で翔ぶといい。必死に足掻いて、瓦落多を集めて、泡沫の夢を見るといい。


 僕が全部、壊してあげるから──




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