S.C.S.P
喉が、体が、心が。
からからに渇いて悲鳴を上げている。
だけど欲しいのは水じゃない。
甘い、飴を。
舌が痺れて、痛みを訴えかけるような甘さで。
甘い、甘い痛みを。
「夏美」
カーテンを開け、暖かな日差しの中でお気に入りの紅茶を飲みながら読書をしていた。
そんな穏やかな午後、夏美は呼ばれた声に反応して、読んでいた本から目を離す。
呼んだ当人は目が合うとふっと微笑い、夏美と反対側のイスに座る。
「貴方がここに来るなんて。仕事はどうしたの?」
窓際に置いた白い丸テーブルに、男性――昌樹は両肘を付いて手を組み、そこに顎を乗せる。
その慣れた仕草を見ながら、夏美も微笑う。
「休憩中なんだ。近くで仕事してたから、寄った」
「そうなの。お疲れ様」
休憩中にも関わらず着崩すことのないスーツは、昌樹の真面目な性格をよく表していた。
珍しい客人にお茶を出そうと、夏美が席を立つ。その様子を昌樹はただ見つめている。
その目は、大切なものを見ているような優しいものだった。
自分と同じ透明なティーカップに茶色い液体を注ぐ。
無意識なのだろうか、夏美はどこか嬉しそうな表情をしている。
シュガーポットから角砂糖を2つ取って入れると、音を立てないようスプーンで前後に混ぜる。
「はい、どうぞ」
スッと昌樹の前にカップを置く。
紅茶のいい香りが湯気と共にふわりと昌樹の鼻をくすぐる。
ありがとう、と一言言ってから入れ立ての紅茶を飲んでから、昌樹は笑って夏美を見た。
「名前を呼ぶまで俺が来たことに気付かないなんて、よっぽど集中してたんだな」
そう言い、チラリと先程まで夏美の読んでいた本に目をやる。
淡い色と優しいタッチで一組の男女の横顔が描かれている。
その表情は、なんとも切なそうだ。
表紙の絵とタイトルから恋愛物であることがわかる。
夏美は恋愛小説を好んでよく読んでいた。
その他のジャンルも読まないわけではないが、そんなに多くはないだろう。
現に、昌樹は夏美が恋愛物以外の小説を読んでいるのを見たことがない。本人はファンタジーや推理物も好きだと言っているから、多分読んでいるのだろうと思うだけである。
「うん、面白いからね。これ禁断の恋愛がテーマなのよ」
「禁断の?」
「兄妹の話。妹が兄に恋をするの」
ふと目を伏せて、表紙に手を当てる。
それの内容を思い出し、浸っているかのように暫し沈黙が続いた。
哀しいような、切ないような表情の夏美はなんだか儚げで、思わず昌樹は声をかけた。
「夏美…?」
ハッとした様に夏美が目を見開いた。
「あ…ごめん、ちょっとぼーっとしちゃった」
眉尻を下げて夏美は笑った。
昌樹には夏美の考えていることがなんとなく分かっていた。
だが、それを言葉にすることは出来なかった。
言葉にしてしまえば、きっとこうして会うことも出来なくなるだろうと思った。
この静かな、暖かい時を失いたくなかった。
「ねぇ」
「…なんだい?」
優しい口調で答えれば、夏美も優しく微笑む。
けれども、それはすぐに切なげな表情に変わる。
「お母さんから聞いたんだけど……結婚、するんだって?」
それを聞いた昌樹の眉がピクリと動く。
組んでいた手を解くと、今度は膝の上に置いた。そして困ったように笑いながら、ティーカップに手をつけた。
「俺から伝えようと思ってたのに、母さんに先越されちゃったな」
「本当なのね…」
「お見合いでね。会社の上司の紹介なんだ。素直で可愛らしい人で、俺のこと気に入ってくれたらしいんだ」
「…そう」
一息置いて昌樹は紅茶を飲む。
口付けたティーカップの中身は、少し温くなっていた。
お互いに目を合わせないまま、どことなく気まずい空気が流れる。
日当たりのいいこの場所は暖かい筈なのに。
心が、冷めていく。
その空気を破るかのように、夏美は明るい声で言葉を発した。
「よかったじゃない!もういい歳だもの、当然よね。
…………お兄ちゃん」
昌樹は、ぐっと下げている左手を強く握った。
何かに耐えるかのように、強く強く。
夏美の明るい声が、顔がどこか曇って見える。
無理をしているのがバレバレで、痛々しくて、壊れそうで
―――『 』しくて。
夏美の瞳を見てしまえば、抑えられなくなりそうな感情を昌樹は目を反らすことで押し込んだ。
その様子を、夏美は悲しそうに見つめる。
「…好きなの?その人のこと」
その問いに、昌樹はどう答えるか迷った。
答えなければいけないこと、答えたいことが重ならないからだ。
だけど本当は答えたいんじゃない。
『応えたい』のだ、夏美の想いに。
昌樹の気持ちは、夏美もわかっていた。
自分の問いが彼を困らせることもわかっていた。けれど言わずにはいられなかった。
そう、これは『エゴ』だ。
その言葉に悩み、揺れて、留まって、『夏美』を見て欲しいと。
まるで子供のように、都合の良い展開を期待する。
例え期待は裏切られるのだと、わかっていても。
「この手で」
「今すぐ」
「あなたを抱き締められたなら」
『どんなに幸せだろう』
頭の中を巡る想い。
俯いて、奥歯を噛み締めて押し込む。
叶わない。
叶うはずのない『恋』は終わりを知らない。
始まらない『恋』に終わりは来ないのだから。
「……悪い。そろそろ行くな」
昌樹が席を立つ。
止められるものなら、止めたいと夏美は思った。だがそれが出来るほど夏美は子供ではない。
昌樹も同じだ。
二人の恋が成就された時に周りに与える影響は少なくない。
特に家族は決して理解を示さないだろう。
行かないでと、心で呟いたところで何も変わりはしない。
だから二人に与えられた選択肢は一つだった。
「お幸せに」
笑って見送ることだけ。笑って告げるだけ。
「ありがとう」
笑って手を振るだけ。
振り向かずに立ち去るだけ。
静かにドアは閉められた。
変わりない筈の室内がやけに広くて、急に寂しさが込み上げる。
『さようなら』
夏美はティーカップを持ち上げ、口付けた。
中身の紅茶は、すっかり冷めてしまっていた。
甘い甘い飴で、甘い甘い痛みだけが残る。
優しいから、思い合っているから『壊す』ことなんて出来なくて。
それでも、それでも、『貴方』の幸せを心より祈っています。
冷めてしまった紅茶を煎れ直そうと、夏美は席を立った。
まずは、読んでいただきありがとうです!
なんだかヤマのない作品となってしまいましたが、ご愛嬌で(汗)
タイトルは
「甘い飴、甘い痛み」の英訳を省略したものです。わかりにくいですね(苦笑)では、感想・評価お待ちしてます。辛口大好物です!
ありがとうございました!




