奴隷制をめぐる攻防
アメリカ南北戦争にも影響する英仏の奴隷制に対する動き
マルクス共産主義につながっていく流れを整理しました
強欲の大西洋( 三角貿易と巨万の富 )
1750年、イギリスのリヴァプール港
商人紳士のアーサーは、入港する黒い船を眺めて満足げに微笑んでいた
英仏は、大西洋を時計回りに巡る「三角貿易」の主導権を激しく争っていた
その仕組みは、どこを走っても暴利が転がり込む夢の集金システムだった
まず、アーサーの船は本国で作った安い銃やガラス玉を積んでアフリカへ向かう(第1のルート)
現地の王に武器を渡し、敵対部族を捕らえさせて「商品(奴隷)」として買い叩く
次に、彼らを船底へすし詰めにし、大西洋を渡ってカリブ海やアメリカ南部の広大な農園へ運んで高値で売り払う(第2のルート)
最後は、奴隷たちが血と汗を流して作った「砂糖、タバコ、綿花」を買い込み、本国へ持ち帰って高く売り捌くのだ(第3のルート)
1周するだけで元手が何十倍にも跳ね上がるこの悪魔のシステムが、ロンドンやパリの銀行を潤し、イギリスで「産業革命」を推し進める莫大な軍資金となった
奴隷は高価な資産だからこそ、主人は壊さないために最低限の食事と小屋を与えたが、人権は皆無だった
特に女性や子供は、白人の気まぐれな性暴力と差別の地獄に晒された
奴隷の鎖は、英仏の繁栄を回すドス黒い歯車だった
冷徹な計算( 正義の罠 )
1830年代、フランスの港町ナント
思想家のジャックは、世論が「奴隷制は非人道的だ!」と正義に燃える裏で、工場の資本家(新興豪族)たちがニヤリと笑うのを見た
英仏は奴隷制を廃止する
しかしそれは、資本家たちの冷徹な計算だった
「奴隷はメンテ費用(固定費)が高すぎる、だったら、名目上は『自由な労働者』にしてしまえばいい、買い取り費はゼロ、給料だけを払い、体を壊したら1円の補償もなく即クビだ、メンテはすべて自己責任、これこそ人道主義だ!」
資本家たちは「非人道的」という正義の言葉につけこみ、自分たちの負担をゼロにする新しい搾取システムを完成させた
裸の自由( 労働組合なき戦場 )
それから数十年の後、イギリスのマンチェスター
綿織物工場で働く白人労働者のピーターは、煤にまみれて絶望していた
奴隷の鎖から解放され、手に入れたはずの「自由」
しかし、それは地獄だった
1日15時間労働、時給はわずか数ペンス
クビを恐れる女性労働者への性暴力は、職場の上下関係の中で形を変えてそのまま続いた
「俺たちは、守ってくれる主人もいない、ただ使い捨てにされるだけの自由を掴まされたんだ!」
当時、労働者には自分たちの権利を守る「労働組合」という概念がまだなかった
隣の労働者は仲間ではなく、生き残るために枠を奪い合う敵だった
資本家と1対1で戦えるわけもなく、労働者たちは裸のまま、資本主義という名の戦場ですり潰されていった
武器の誕生、そして次の攻防へ
――やがて訪れたある日、ピーターたちはようやく気づく
「1人では勝てない、だが、全員で団結して仕事をサボれば(ストライキ)、資本家を脅かせるのではないか」
これが、過酷な時代に産み落とされた「労働組合」の産声だった
彼らは手を取り合い、自分たちの身を守るための最初の「盾」を作り、血みどろの労働争議を開始する
ピーターたちの闘争は、大西洋の向こうで繰り広げられていたアメリカ南北戦争の行方をも大きく動かすことになる
海の向こうの戦場
アメリカ南北戦争が勃発し、北軍による海上封鎖が始まると、さらに南部(南軍)側もヨーロッパを味方に引き込むため自主的に綿花の禁輸措置 (綿花外交) を行い、ヨーロッパへの綿花の供給は完全に途絶えた
工場は次々と閉鎖され、ピーターたち労働者はまたたく間に失業と激しい飢餓に苦しめられることになる
綿花不足に喘ぐイギリスとフランスの両政府は、経済的利益と政治的野心から、奴隷制を支持する「南部」へ軍事介入し、北軍の封鎖を破ろうと裏で画策していた
資本家やメディアが「南部に味方すれば 綿花が手に入り、仕事も戻る」と世論を煽り、誰もがその利害に誘惑される状況のなかで、労働者たちが選んだのは「人間の尊厳」だった
彼らは、人間を家畜のように扱う奴隷制への激しい憤りから、明確に南部を拒絶したのだ
「奴隷の血で洗われた綿花など、一枚たりともいらない!」
飢えに耐えながら、海の向こうの黒人奴隷たちの自由のために叫ぶ彼らの団結は、国境を越えて広がっていった
「もし南部に介入すれば、国内で制御不能の大暴動が起きる」
そう確信させた労働者たちの地鳴りのような声は、英仏両政府の足元を震撼させ、国家の外交方針をねじ曲げる巨大な政治的圧力となったのである
1863年、リンカーン大統領が「奴隷解放宣言」を発効すると、英仏政府は完全に大義名分を失い、南軍への支援を断念せざるを得なくなる
大西洋を越えた労働者たちの気高い連帯に、リンカーン大統領は「崇高な英雄的行為の模範」と深い感謝を捧げた
名もなき人々の声が、歴史の歯車を正義へと回した瞬間だった
ロンドンの大英博物館の片隅で、この光景を冷徹に見つめていた男――カール・マルクスが不敵な笑みを浮かべて『資本論』のペンを走らせる
「奴隷制をめぐる攻防」は終わらない
鉄の鎖から、組合なき裸の自由へ
そして、武器を手に入れた労働者たちの反撃へ
歴史はただ、戦いの名前を変えて続いていく




