0-6. やり直し旅は、国境の外から①
――それから、ひと月が過ぎた。
辺境の丘では、雪解けの風が吹いている。
今はまだ何も芽吹いていない土が、ゆっくりと春の訪れを待ち望んでいた。
「うぅ……まだまだ肌寒いな。まあ、地下牢よりはマシだけど。いろんな意味で」
あの夜が明けたあと、私――ルクレリアは、予定どおり国外追放となった。
読んで字のごとく、国外への追放……国境の外に放り出されたのだ。
それに、そのうち夢が覚めるか、元の世界に戻るんじゃないかと思ってたら……結局、いつまで経ってもこの乙女ゲームの世界にいた。
悩んでみても仕方ないので、とりあえず……ルクレリアとしての日々を、今も淡々とこなしている。
もちろん、不安は山ほどあった。
このままどうなってしまうのか、永遠に元の世界に帰れないのか。
(そもそも私、もしかして死んでる? これっていわゆる異世界転生?)
しかも、元貴族とはいえスタート地点が国外追放後。
処刑されなかっただけマシ、みたいな。
……とはいえ、地下牢から出されたあとは、思っていたほど非道な扱いは受けなかった。
まず「長すぎて邪魔だろう」と言われて、髪を切ることになった。
ルクレリアのお気に入りだった黒曜のドレスも、旅用のシンプルな衣服に着替えさせられた。
そのとき、腰の小さな革袋に、いくらかの路銀と折り畳まれた紙切れを押し込まれた。
「最寄りの宿までの地図ですので……そこから先は、ご自由に」
親切……というよりは、「せめてそこまでは自力で行ってくれ」という事務的な配慮みたいだった。
そのあと、見送り禁止ということで家族やトマとの別れもないまま、馬車で国境の外まで運ばれた。
ひとりで馬車から降ろされると、「はい、さようなら。後はご自身で」って感じで、馬車はあっけなく走り去ってしまった。
ただ、初めての馬車旅だったものだから……ここだけの話、乗っているあいだは年甲斐もなく内心ではしゃいでいた。途中までは。
(思ったより、馬車の椅子って硬いんだなあ……降りるころにはすっかりお尻が痛かったし、できればもう馬車での長旅はしたくない……)
でも、そう贅沢ばかりも言っていられない。
この世界では、「神聖な力」と呼ばれる不思議な力こそ存在するけれど……たとえば世界中どこへでもひとっ飛びできるような便利な魔法なんて、残念ながらないのだ。
そんなことをぼんやり考えていたところで――
「ルクレリア様!」
と、後ろから声をかけられた。
フードを被ったトマが、少しの呆れと心配が入り混じった顔で、私に外套を手渡してくる。
「春の訪れはまだ先です。外出の際は外套を忘れずに……と、いつも――どころか、昨日も言ったばかりでしょう」
トマについても、旅に出てから初めて知ることばかりだった。
彼は意外ときっちりした性格で、危なそうな芽は片っ端から潰しておきたいタイプらしい。
一方の私はというと、ズボラってほどじゃないけれど、どうしても詰めが甘い。
おかげで、ちょっと気を抜くとすぐ小言が飛んでくる。
まるでお母さんに注意されているみたいで……ルクレリアがトマに冷たかったのも、お小言の多さが一因だったんじゃないかな、と少しだけ思った。
「ごめんなさい……つい忘れちゃうのよね」
へへ、と、口角を引きつらせながらぎこちなくはにかむ。
ルクレリアの表情筋は相変わらず強張ったまま、いまだに柔らかくならない。
そんな私に、トマは少しだけ寂しそうな顔をしたあと、黙って外套を着せてくれた。
……実はトマには、「目の前にいるルクレリアが、中身だけ別人」だなんて、まだ何も話していない。
言うべきかどうか、何度も悩んだけれど……結局、今はまだ言わないことにした。
絶対いつか、私もルクレリアも元に戻れる。
私自身もそう信じたかったし、余計なことを言ってトマを無駄に混乱させたくなかったから。
かといって、悪役令嬢でなくなったルクレリアの振る舞いかたもわからないから……もうヤケだとばかりに、「ルクレリア」を意識しつつも、基本は私らしく振る舞っている。
それをトマがどう感じているかはわからないけど……ただ、あの寂しげな顔が答えなのだろう。
そればかりはどうしようもないことだけれど……せめて私は、ルクレリアに命の危険が迫らないよう気をつけなくちゃ。
――なぜなら。
「ルクレリア様。何度も申し上げること、本当に申し訳なく思ってはいるのですが」
トマが真剣な顔つきで喋り始めたので、私も背筋をピンと張り、真面目な面持ちで話を聴く。
「お願いですから、ルクレリア様は……もう少し、気を張ってください。またいつ命を狙う者が現れるか……まさか、追放されたあなた様と合流するため、『裏のルート』を使ったおかげで――こんな情報まで掴むとは」
ため息をつくトマに、縮こまる私。
……本来、怒られるべきは「ルクレリア」なんだけど。彼女の自業自得というか。




