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0-4. 悪役令嬢の罪と、騎士の願い

「終わりというか……自分の過ちを振り返って見つめ直しながら、暮らしていくというか……取り返しのつかないことをしてしまった人たちに、直接償うことはできないけど……それでも、自分にできることをやるつもりよ」


本当なら、直接償わなければならない相手――その筆頭は、言うまでもなくこの乙女ゲームのヒロインだ。

もちろんヒロインは最初から何も悪くなくて、ルクレリアが勝手に敵視していただけなのだから。


ヒロインは、ルクレリアとは違い、誰からも愛される可愛らしい人格者。

私だって普通に好きだ。

……でも、ルクレリアにとっては――それがいちばんの問題だった。


ルクレリアだって、最初は……誰かを蹴落とすことばかり考えるような悪役令嬢じゃなかった。

家の期待に応えるために勉強も社交もきちんとこなし、礼儀や立ち居振る舞いを磨いてきた。

その積み重ねに、生まれつきの美貌も加わって――やがて王族との縁談まで進んでいった。


けれど、ヒロインが現れてからすべてが変わる。

どれだけ正攻法で努力しても敵わず、婚約は一方的に破棄され、「代わりにヒロインを」と推す声ばかりが大きくなっていった。


そのときルクレリアは、人生で初めて「恐怖」を知った。

築き上げてきたものが崩れ落ちる恐怖。

努力そのものを否定される恐怖。

それでも彼女は、かつての栄光を失いつつある名門「ベリエール家」をもう一度立て直すという使命だけは、決して手放そうとはしなかった。


だからこそ、その恐怖と焦りは、やがてヒロインへの恨みと憎しみに形を変え……ついには、ヒロインの命さえ奪おうとする計画に手を染めてしまった。

もしルクレリアが、もっと早く自分の過ちに気づいて、誰かに手を伸ばせていたなら――違う未来だって、あったのかもしれない。


まあ……それじゃ、このゲームのお話は成り立たないんだけど。

それでも、ここまで考えていると知れば、トマだって少しは安心してくれるだろう――そう思っていた。


私の話にじっと耳を傾けていたトマは……やがて目を閉じると、ゆっくりと頭を横に振った。


「いけません……いけません、ルクレリア様。確かに、あなた様の犯した過ちの数々は……償っても償いきれるものではありません。それでも……あなた様の口から、そんな言葉は――」


聞きたくなかった、と、掠れた言葉が聞こえた気がした。


……あ、あれ?

おかしいな……なんか、ズレてる?

私のトマに対する解釈と、トマのルクレリアに対する解釈が。


トマは目を閉じたまま、ポツポツと再び自分の感情を口にし始めた。

一度あふれ出したものに、もう蓋をすることなんてできないみたいに。


「私が……俺が憧れた、ルクレは。俺とは違う、ある意味不遇な生い立ちで。何もかもを背負わされていたのに、いつだってひとりで立っていて。俺より年下で小さな女の子なのに、俺なんかよりずっと強かった」


さっき、ルクレリアの記憶の中でもそう呼ばれていたけれど……「ルクレ」はルクレリアの愛称みたい。

家族をはじめ、ごく近しい相手だけがそう呼ぶことを許されていて、昔はトマもそのひとりだったのだろう。

トマはまるで、その頃の日々をひとつひとつ噛みしめるように、ゆっくりと言葉を紡いでいく。


「俺の体が大きくなってから持った剣は、確かに俺を強くしてくれた。でも……そんなものは関係なかった。どれだけ鍛えても、ルクレには追いつけなかった。あの背中は、いつだって――俺のずっと先にあった」


そう言い終えると、トマは片手を胸に当て、ひとつ深く息を吸った。

その息を吐き出したとき、閉じていたまぶたがゆっくりと上がり――彼の瞳が、まっすぐ私をとらえる。


「私が、剣を振るうことしかできない無能だったばかりに……あなた様のお役に立つこともできず、過ちを共に背負うことすら許されなかった。それでも、せめて……あなた様のためならば、この手を汚すことはもちろん――命も何もかも、惜しくはありません」


胸に当てた手を、そのまま強く握りしめる。

革手袋ごと指に力を込めると、きしむような感触が、かすかにこちらにも伝わってきた。

その鬼気迫った様子に、私は息を呑むことしかできなかった。


「もし、あなた様が……失った誇りを取り戻すために、また険しい道をお選びになるのなら。その罪を共に背負わせていただけるのなら、今度こそ……私を使ってほしい。血に塗れる役目だけは、この手に担わせてほしい。……だから、私と――」


そこでトマは、言いかけた言葉を飲み込むように口を閉ざした。

言えなかったというよりは、最後まで言い切ることを、自分で止めたみたいに。

でも、こんな真剣な顔で、あんな物騒な言葉を重ねられたら……さすがにわかる。


……私は何度もこのシーンをプレイしたけれど。

トマは本当は、この台詞を言いたかったのかもしれない。


――私と、逃げましょう。


それは、子どもの駄々にも似た……あまりにも無茶な願いで。

とても叶うはずがないと、きっとトマだってわかっているのに。

それでも彼なら――誰かを傷つけ、最悪その手を血で染めることになっても。

最期まで、ルクレリアのための道を切り開こうとするんだろうな、と。


そんな姿を、つい想像してしまい……自分の血の気がサッと引いた。

それって結局、破滅の道なんじゃ……どうにか回避できないの……っ!?

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