表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/123

0-3. 彼が、彼女だけの騎士になった日

――私は、「ルクレリア・ド・ベリエール」。


代々続く名家の一人娘にして後継ぎ。

……けれど、私が生まれた頃にはすでに、家はかつての勢いをほとんど失っていた。

社交界での立場も年々弱まり、家を立て直すには――「より高貴な家柄、できれば王家との繋がり」を得るための婚姻が必要とされていた。


私はそのための「駒」。

そう思い知らされるのは、もう少し先の話だ。

まだ何もわかっていなかった幼い頃――ある日、珍しく父上に呼び出された。


「貴族としての務めの一環で、孤児を引き取った。今日からお前付きの使用人見習いとして、まずは家の手伝いを覚えさせる」


そう言って紹介されたのは、私より少し年上の男の子。

年上なのに、男の子なのに、明らかに自信無さげで。

私にすら勝てないんじゃないかと思うくらい、弱っちそうだった。

当時は孤児の意味も経緯もよく知らなくて、ただ「ようやく私だけの子分ができたのね」としか思わなかった。


あの頃は何も考えず、特に嫌がりもしないもんだから、毎日子分を連れ回した。

彼はあまりにもオドオドしてたから、買い出しの時なんかよく街の子どもにからかわれたり、大人たちにバカにされていた。

貴族の娘としてのプライドが高かった私は、「私の子分に手を出すな!」と、よく怒りを撒き散らしていたものだ。


……街中で使用人が堂々と馬鹿にされる程度の家柄。

そんなベリエール家が、わずかとはいえ「誇り」を取り戻し始めたのは、彼――トマが使用人から騎士へと上り詰めた頃からだった。


当時の私はもちろん、家の誰もトマに剣の才能があるなんて知らなかった。

王国騎士団から引き抜きの声までかかった時は、驚きのあまり皆が目を丸くしたほどだ。


なのに私は……その知らせを聞いた途端、どうしようもなく不貞腐れた。

置いていかれる気がして、勝手に腹を立てて……子どもっぽくトマに八つ当たりした。


そんな私に、彼は言ったのだ。

子どもの頃から怯えてばかりいたあのトマが、信じられないほど真っ直ぐな瞳で。


「私はベリエール家の――ルクレリア様だけの騎士です」


その言葉を聞いた瞬間、頬が熱くなった。

自分でも理由がわからず、思わず視線をそらす。


嫌な予感がした。

無意識に抱いたこの気持ちに、名前をつけてしまったら……もう戻れなくなる。

私の立場を考えても、家の未来を想っても、決して抱いてはいけない感情。


……だから気づかないふりをした。

帯びた熱を無理やり冷ますように、心の奥に蓋をした。

トマという存在が私の心に二度と近づかないよう、遠ざけなくちゃ。

そのほうがお互いのためにもなる。


あなたには、私なんかより――


……。


その続きに触れる前に、私の意識は強引に引き戻された。

目の前で、いまだ私から目を背けているトマが――さっき垣間見たルクレリアの記憶の中の姿と重なる。


(嘘……だってこんな話、どこにもなかった……)


ゲーム本編にも設定資料集にも、

「ルクレリアは、ただの側近にしかすぎないトマに興味がなく、いつもキツくあたっていた」

「幼少からベリエール家に仕えるトマは、ルクレリアを密かに想っていた」

――せいぜい、その二行で済まされる関係性しかなかったのに。


でも、今見せられたのは……そんな表面的な言葉じゃ説明できない「ふたりの関係」だった。

ルクレリアはただ冷たかったんじゃない。

トマを好きになりかけた自分に気づいてしまったからこそ、わざと距離を置こうとしていたなんて。


(そんなの……反則でしょ……)


さっきまで、「何でもいいからトマに何か言わなきゃ」と思っていたのに。

今はもう、どんな言葉を選べばいいのか……ますますわからなくなってしまった。


とはいえ、このまま黙っていたら――トマはいずれここから立ち去ってしまう。

今の彼は、国外追放前の「最後の食事を運ぶ役目」を果たしに来ただけ。

私が何も言わなければ、きっとそれきり……彼と向き合って話せる機会なんて、もう二度とこない。


(だったら、せめて……私なりに、少しでも彼の気持ちを楽にしてあげられたら)


「あの、トマ……」


恐る恐る名前を呼ぶと、トマの肩がピクリと動いた。

一拍置いて、ためらいがちにこちらへ顔を向ける。


「さっきの私の話……聞いていたわよね?」


自分の声が、思ったより掠れていた。

なんとか「ルクレリア」らしく喋れるよう、意識する。


「国外追放が決まるまで、何も見えていなかったけれど……これからは、ちゃんと前を向いて生きるつもりよ。この国を離れることにはなるとはいえ、命だけは助けてもらえたし……だから、心配しなくても大丈……夫……」


そこまで言ったところで、トマから表情が消えていたことに気づいた。

その瞳の奥がわずかに揺れる。


「……前を向く、とは」


低く落とされた声が、冷たい石壁に小さく響く。


「それは……罪も罰も、すべてを受け入れ。ひとりで静かに終わりを迎える――という意味でしょうか」


そう言われると……そこまで深く考えてはいなかった。

そもそも、「国外追放」という処分自体が具体的にどういうものなのか、正直よくわかっていない。

たぶん、文字どおり国から放り出される……ってことなんだろうけど。


その先で、静かに暮らしながら……できる範囲で罪を償っていくのが理想なのかな、くらいのイメージしかない。

何をどうすればいいのかなんて、正直、見当もつかなくて……だから、なんだかそれっぽいことを言うぐらいしかできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ