0-3. 彼が、彼女だけの騎士になった日
――私は、「ルクレリア・ド・ベリエール」。
代々続く名家の一人娘にして後継ぎ。
……けれど、私が生まれた頃にはすでに、家はかつての勢いをほとんど失っていた。
社交界での立場も年々弱まり、家を立て直すには――「より高貴な家柄、できれば王家との繋がり」を得るための婚姻が必要とされていた。
私はそのための「駒」。
そう思い知らされるのは、もう少し先の話だ。
まだ何もわかっていなかった幼い頃――ある日、珍しく父上に呼び出された。
「貴族としての務めの一環で、孤児を引き取った。今日からお前付きの使用人見習いとして、まずは家の手伝いを覚えさせる」
そう言って紹介されたのは、私より少し年上の男の子。
年上なのに、男の子なのに、明らかに自信無さげで。
私にすら勝てないんじゃないかと思うくらい、弱っちそうだった。
当時は孤児の意味も経緯もよく知らなくて、ただ「ようやく私だけの子分ができたのね」としか思わなかった。
あの頃は何も考えず、特に嫌がりもしないもんだから、毎日子分を連れ回した。
彼はあまりにもオドオドしてたから、買い出しの時なんかよく街の子どもにからかわれたり、大人たちにバカにされていた。
貴族の娘としてのプライドが高かった私は、「私の子分に手を出すな!」と、よく怒りを撒き散らしていたものだ。
……街中で使用人が堂々と馬鹿にされる程度の家柄。
そんなベリエール家が、わずかとはいえ「誇り」を取り戻し始めたのは、彼――トマが使用人から騎士へと上り詰めた頃からだった。
当時の私はもちろん、家の誰もトマに剣の才能があるなんて知らなかった。
王国騎士団から引き抜きの声までかかった時は、驚きのあまり皆が目を丸くしたほどだ。
なのに私は……その知らせを聞いた途端、どうしようもなく不貞腐れた。
置いていかれる気がして、勝手に腹を立てて……子どもっぽくトマに八つ当たりした。
そんな私に、彼は言ったのだ。
子どもの頃から怯えてばかりいたあのトマが、信じられないほど真っ直ぐな瞳で。
「私はベリエール家の――ルクレリア様だけの騎士です」
その言葉を聞いた瞬間、頬が熱くなった。
自分でも理由がわからず、思わず視線をそらす。
嫌な予感がした。
無意識に抱いたこの気持ちに、名前をつけてしまったら……もう戻れなくなる。
私の立場を考えても、家の未来を想っても、決して抱いてはいけない感情。
……だから気づかないふりをした。
帯びた熱を無理やり冷ますように、心の奥に蓋をした。
トマという存在が私の心に二度と近づかないよう、遠ざけなくちゃ。
そのほうがお互いのためにもなる。
あなたには、私なんかより――
……。
その続きに触れる前に、私の意識は強引に引き戻された。
目の前で、いまだ私から目を背けているトマが――さっき垣間見たルクレリアの記憶の中の姿と重なる。
(嘘……だってこんな話、どこにもなかった……)
ゲーム本編にも設定資料集にも、
「ルクレリアは、ただの側近にしかすぎないトマに興味がなく、いつもキツくあたっていた」
「幼少からベリエール家に仕えるトマは、ルクレリアを密かに想っていた」
――せいぜい、その二行で済まされる関係性しかなかったのに。
でも、今見せられたのは……そんな表面的な言葉じゃ説明できない「ふたりの関係」だった。
ルクレリアはただ冷たかったんじゃない。
トマを好きになりかけた自分に気づいてしまったからこそ、わざと距離を置こうとしていたなんて。
(そんなの……反則でしょ……)
さっきまで、「何でもいいからトマに何か言わなきゃ」と思っていたのに。
今はもう、どんな言葉を選べばいいのか……ますますわからなくなってしまった。
とはいえ、このまま黙っていたら――トマはいずれここから立ち去ってしまう。
今の彼は、国外追放前の「最後の食事を運ぶ役目」を果たしに来ただけ。
私が何も言わなければ、きっとそれきり……彼と向き合って話せる機会なんて、もう二度とこない。
(だったら、せめて……私なりに、少しでも彼の気持ちを楽にしてあげられたら)
「あの、トマ……」
恐る恐る名前を呼ぶと、トマの肩がピクリと動いた。
一拍置いて、ためらいがちにこちらへ顔を向ける。
「さっきの私の話……聞いていたわよね?」
自分の声が、思ったより掠れていた。
なんとか「ルクレリア」らしく喋れるよう、意識する。
「国外追放が決まるまで、何も見えていなかったけれど……これからは、ちゃんと前を向いて生きるつもりよ。この国を離れることにはなるとはいえ、命だけは助けてもらえたし……だから、心配しなくても大丈……夫……」
そこまで言ったところで、トマから表情が消えていたことに気づいた。
その瞳の奥がわずかに揺れる。
「……前を向く、とは」
低く落とされた声が、冷たい石壁に小さく響く。
「それは……罪も罰も、すべてを受け入れ。ひとりで静かに終わりを迎える――という意味でしょうか」
そう言われると……そこまで深く考えてはいなかった。
そもそも、「国外追放」という処分自体が具体的にどういうものなのか、正直よくわかっていない。
たぶん、文字どおり国から放り出される……ってことなんだろうけど。
その先で、静かに暮らしながら……できる範囲で罪を償っていくのが理想なのかな、くらいのイメージしかない。
何をどうすればいいのかなんて、正直、見当もつかなくて……だから、なんだかそれっぽいことを言うぐらいしかできなかった。




