0-2. 推しの本音が、想像以上に重かった
「あー、いや、気にしないで! 国外追放もそうだけど、ちょっと予想外のことで驚いてるだけだから!」
反射でついついその場を取りつくろうとして……しまった、と気がついた。
だってこれじゃ完全に、ルクレリアのキャラ崩壊だもん。
更なる玉の輿を狙うルクレリアにとって、トマはただの側近。
それゆえあまり興味がなく、基本は冷たい塩対応なんだよね。
幼馴染のような存在もいない私にはわからないけど、幼少から一緒に過ごしていてもこんなものなのかな?
本物のルクレリアだったら多分、
「は? あなたごときが私の心配だなんて、ずいぶんとまあ偉くなったものね?」
とか返しそうな気がする。
でも私には、できない……っ!
ゲームの中の推しキャラと向き合って話せるなんて、現実じゃありえない。
夢だろうがなんだろうが、このチャンスを逃したくない!
それに、このシーンはもともと――断罪で心が壊れてしまった「ルクレリア」が、ヒロインへの恨み言を呟くだけで終わってしまう。
だから、少しでも時間を稼ぎたくて……なんとか台詞をひねり出した。
「えっと、その……トマ? 私、今まで自分がどんなに酷いことをしてきたのか……こうして追放が決まって、ようやく気づいたの。もう遅すぎるとは思うけど、私は本当に……最低な人間だったわ」
そう言って、トマに負けないくらいの憂いの表情を浮かべてみる。
現実では、悲しいことはあっても何かを憂うようなことはない。
だから、こんな表情をするのは初めてかも。
(うまくできてるかな?)
上目遣いにトマの様子をチラッと見てみると――
「鳩が豆鉄砲を喰らったようだ」って、こんな時に使うんだな。
トマは口をポカンと開け、目まで大きく見開いた。
あの眉まで勢いよく跳ね上がっていて、怪訝を通り越してまさに驚愕の表情だ。
その反応も当然……ルクレリアなら、こんなこと絶対言わない。
都合が悪くなると大袈裟に騒いで、すぐ人のせいにする。
終いには誰かに濡れ衣を着せて、その相手がどれだけ酷い罰を受けても、痛くも痒くもない。
ラッキーとすらも微塵も思わず、すぐにケロリと忘れてしまう。
そんな悪役令嬢「ルクレリア」がとても言わないような言葉を、私はいま口にしたのだ。
しばらくの間、トマは声にならない言葉を紡ごうとしていた。
喉の奥で、かすかに息が震えている気がする。
やがて――視線を落とすようにそっと顔を伏せ、ようやく絞り出したのは……消え入るような声。
「そんな……ルクレリア様……」
存在そのものが、今にも崩れ落ちてしまいそうなほど儚い響き。
その声が「ゲームのキャラ」ではなく、「目の前の生きた人間」から零れたものだと思った瞬間――背筋にゾクリと、冷たいものが走った。
今まで画面越しに眺めていた光景を、ただのフィクションとして処理していた私の頭が……突然、「これは現実だ」と認識し始めたみたいで。
どう反応していいのかわからなくなり……私は彼の次の動きを、ただ待つしかなかった。
数秒の静けさのあと――トマの肩がわずかに動いた。
バッと顔を上げると、鉄格子に手をかけ握りしめる。
焦りがそのまま出た表情から、思い詰めたような気配が一気に迫ってきて……私は息を呑んだ。
「あなた様は……そんなヤワなかたではありません! 幼い頃から『家名に恥じぬ者であれ』と育てられ、いつも誇りを胸に立っておられた……!」
そこまで一気に言ったところで、トマの声がふっと落ちた。
ずっと胸の奥に押し込めていたものを、ようやく言い始めたような……そんな気がした。
「もう覚えておられないかもしれませんが……塞ぎ込んでいた私の手を、あなた様が取って……外へ連れ出してくださった。あのときからずっと、あなた様の背中が……私を前に進ませてくれているのです」
そこで、トマの言葉がいったん途切れた。
ほんの一瞬、小さく呼吸したあと、吐息のように言葉をこぼす。
「……私には、『光の女神の化身』と讃えられるあのおかたよりも……あなたのほうがずっと、眩しかった」
そう言い終えたトマは、荒くなった呼吸を整えながら、また顔を伏せた。
その額から汗がひと粒、ぽたりと床に落ちる。
(……こんなに寒いのに?)
その違和感に気づいた瞬間、胸の奥がギュッと掴まれたように痛んだ。
設定資料集では、「トマはルクレリアに密かな想いを寄せていた」の一行だけ。
それなのに今、目の前の彼は――そんな淡い言葉では足りないほど、むき出しの「誰かを想う」感情を見せている。
そして、彼が口にした「光の女神の化身」は、このゲームのヒロインのことだ。
側近騎士として主に肩入れするのは当然だとしても――物語の中心にいるヒロインを持ち出してなお、迷いなくルクレリアのほうを選んでしまうくらいに。
(重い……メインキャラ並みに、重い……)
そんな、設定からぼんやり想像していた「好意」と、目の前でこぼれ落ちた「生々しい想い」との落差を突きつけられた瞬間――彼の解像度が、一気に上がった気がした。
頭の中が処理しきれなくなって、じわじわと真っ白になっていく。
その間にも、鉄格子を握るトマの手には、ギュッと力が込められていた。
……ゲームでは、このシーンでトマの出番はおしまい。
その後どうなるかなんて、誰も知らない。
でも、この焦燥した姿を見ていたら……ここから彼が「無事に生きていく未来」を想像するほうが難しくて、得体の知れない不安だけが胸を締めつけた。
鼓動がどんどん速くなる。
ただの「不遇な推しキャラ」だったはずなのに――目の前の彼が、ひとりの「助けを求めている人間」にしか見えなくなっていく。
どうしたらいいのかわからなくなって、それでも何かしないと……今にも彼が、壊れてしまいそうで。
気づいたら――鉄格子を握るトマの手に、自分の手をそっと重ねていた。
触れた瞬間、彼の指に一瞬力がこもる。
「!? ルクレリア様……!?」
トマは顔を上げ、驚いたように目を見開く。
それから私の手をそっと振り解き、鉄格子からも手を離した。
「やはり……いくら騎士という位をいただけたとはいえ。私のような卑しい者が……気高いあなた様に抱いてよい想いではありませんでした」
トマは、今度は顔を伏せることはせず、私から目を背ける。
どうしてこんなに卑屈なんだろう……そう思った瞬間、胸が詰まった。
原因は、ルクレリア――私が今まとっている「彼女」が、彼にキツくあたってばかりいたせい。
(今こうして触れたことさえ……きっと「やめなさい」って咎められたように受け取っちゃうんだ)
私は慌てて首を振り、釈明するように口を開いた。
「違う、違うのトマ。そうじゃなくて、私は――」
その時、私の頭の中に……存在しないはずの記憶が、蘇ってきた。




