0-1. 地下牢で、推しと出会う
気づけば牢屋の中にいた。
(えっと、どういうこと?)
とりあえずこの牢屋、見覚えがある。
見覚えがあるどころか、ついさっきまでプレイしていた乙女ゲームの背景イラストそのもの。
悪役令嬢「ルクレリア」の悪事が大勢の前で暴かれ、断罪されたあと国外追放となるルートで出てくるシーンだ。
と、いうことは。
恐る恐る自分の服装を確かめると、予想したとおり――無駄に豪華絢爛な黒曜のドレスを着ていた。
彼女のお気に入りの一着だ。
……まあ、ドレスのまま牢屋に入れられるのはどうなの、って思わなくもない。
でも、ドレスじゃなかったら「断罪された悪役令嬢」感が出ないしね。
髪ももちろん、ご自慢の艶やかな黒髪ロングストレート。
ふわふわ金髪ブロンドのヒロインとは全く正反対の容姿。
……ちなみに私も天然パーマの癖っ毛で、この髪は密かな憧れだったのだ。
なので今、ちょっぴり嬉しかったり……って!
(ち、が、うっ!)
ルクレリアが牢屋に入っているってことは、今は国外追放の前夜。
なら私は……自分がプレイしていた乙女ゲームの中に、ルクレリアとして入ってしまったってこと!?
落ち着け、落ち着け私。
乙女ゲームの中に入るなんてあり得ない。だからこれはきっと夢。
たぶん寝落ちしちゃったんだ、全然眠くなかったけど。
……でも、夢のはずなのに。
凍えるような冷たさは、やけにリアルだ。
というか……屋敷の地下牢って、こんなに寒かったんだ。
ちょっとだけ、ほーんのちょっとだけ。
「ルクレリア」に同情してしまった。
そんなことを思っていると、牢屋の外の奥の暗がりから、コツコツと足音が聞こえてきた。
この足音は……まさか!
実はこの乙女ゲーム、もうとっくにクリアしている。
登場人物の中でも特に推 し て るキャラクターが出るこのシーン目当てで、何度もプレイしているのだ。
つまり、今から登場するのは――。
予想どおり、暗い廊下の向こうからひとりの青年が姿を見せた。
短く切り揃えられた髪は濃い茶色で、騎士の装いに身を包み、食器を乗せた盆を手に持っている。
「ルクレリア様……お食事をお持ちしました」
き……来た! 私の推し!
幼少からルクレリアの家に仕える側近騎士のモブキャラ!
その名も「トマ」! 名前も実にモブっぽい!
しかしこのトマ、見た目も設定も実に私好みなのである。
金髪や銀髪、青や黒まで揃った華やかなメインキャラクターたちとは違い、トマ含むモブたちは――艶も描かれず目立たない暗い茶髪に短髪や坊主、あとはどこか野暮ったい髪型など。
それもほぼ使い回し。だってモブだから。
そんなトマの短髪、私的にはクリティカルヒット。
表情パターンの少ないモブだけど、トマには憂いの表情が用意されている。
たとえルクレリアが極悪非道のクソ令嬢、おっと口が過ぎましたわ。
皆に恨まれる悪役令嬢だとしても、たったひとり国外追放されてしまうお嬢様の未来を心配するのは、側近として当然のこと。
それに……立場以上の「何か」があることも、知ってるしね。
そしてその、憂いを帯びた表情のときの眉が。
出番なんてほとんどないモブキャラなのに、メインキャラクターたちに対抗できるほど無駄に端正な眉が、その短髪によく映えるのである。
(やばい……間近で見る本物の「推し」の憂いの顔、思ったより良い……)
その顔をじっと眺めていたら、いつの間にか頭のほうにも視線が吸い寄せられてしまった。
あの短髪……撫で心地、絶対いい。
……いやいやいや、ダメ! オタクの願望が出てる! 一旦冷静になるんだ、私。
はあ……私がルクレリアだったら、絶対トマを選んでるのに。
だってトマは、ルクレリアのことが――
あ。
もしかしてこれ、私の「トマを推したい気持ち」が限界を超えて――妙に感覚だけリアルな、不思議な夢を見てる……とか?
(……うん、きっとそうだ。だって、それ以外に考えられないもの)
半ば納得したように頷く私を見て、トマの表情が今度は憂いから怪訝へと変わった。
わっ、すごい……こんな顔、見たことない。
表情パターンにも無いはず……なんだか、新鮮。
トマは、食事を乗せた盆をいったん壁際の小さな台に置くと、ゆっくりと言葉を選び始めた。
「ルクレリア様。お気は……確かでしょうか? その、国外追放とは……あまりの仕打ちではありますが」
おお、表情に加えて新台詞まで聞けるなんて。
これはもはや、推したい気持ちというより――トマというキャラをもっと供給してほしい願望が、強くなりすぎた結果……のような気もしてきた。
前に、単独グッズなんてほとんどないモブキャラなりに、トマだけを集めた推し祭壇を作ろうとしたことがある。
集合グッズとそれっぽい小物をかき集めて飾ったら……ちょっとした呪物みたいになってしまったのだ。
……まさか、そのせい?
いやいや、そんなわけ……ない、はず。たぶん。




