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プロポウズ

作者: 星賀勇一郎
掲載日:2025/10/19





ねえ、杏奈。

今日、僕はセージの種を撒いたんだ。

セージってさ、パワーストーンの浄化に使われたりしてるよね。

あの仄かな香りを感じていると自分も浄化されるような気がして好きなんだよ。

元々はインディアン、今はネイティブアメリカンって言うんだっけ。

彼らが宗教的な儀式に使ってたって事から、浄化する事の出来る植物って事になったらしいけど。

早く育ってくれたらいいな。

そしたらさ、一緒にセージの香りを感じながら、美味しいコーヒーでも飲もうよ。






今日のお昼はチャーハンを作ったよ。

冷蔵庫に有ったハムとミックスベジタブルを使ってさ。

料理を始めた頃はこんな簡単な料理でも一時間位掛かってたけど、今はチャーハンなら五分もあれば作れる様になったよ。


付け合わせのスープはインスタントだけどね。


オムライスを作ってみたいって思ってるけど、卵を上手く焼ける自信がなくてさ。

美味しそうなフワフワのオムレツを乗せてさ、ナイフで真ん中を切って開くオムライス。

あれに憧れてるんだけどね。






杏奈は覚えてるかな、少し前に僕がネットで買って失敗したコート。

縫製も甘くて、肩がきつくて、袖は長くて。

返品も出来なくて、ずっとクローゼットに掛けてたんだけどさ。

フリマサイトに出したらさ、十分で売れたんだよ。

しかも買った値段で。

送料は僕持ちだけどさ、誰かに使ってもらえるならコートも幸せだね。

でも、あんなに肩幅狭くて、腕の長い人なんているのかな。

もしかしたら宇宙人が買ったのかもしれないね。






私にはこんなメールが毎日やってくる。

何かの間違いで届いているのだろうけど、トシという男性のメール。

初めは気持ち悪くて、こんな人のメールが届く事があるのか、ネットで調べたり、携帯電話会社に訊いたりしたけど、あまり事例はない。

会社のIT部門の同期に訊いてみたけど、「特に変なメールじゃなければほっとけば」と軽くあしらわれ、翻意ではなかったが、私はその意見を採用する事にした。


本当に日々の出来事を恋人とやり取りしているメールで、内容からすると、私に届いたメールは彼女にも届いているようで、彼女からの返信もちゃんとトシには届いている感じのやり取り。

トシの彼女が返信するメールは私には届かない。

この彼女、杏奈さんのメールアドレスが私のアドレスと似ているのだろうか。

私はそう考えて、このトシからのメールを日々、覗き見している。

たまに添付される写真や誠実そうな文章が今では楽しみにもなっている。


ちょくちょく息詰まる仕事の合間にスマホを開き、トシからのメールを読む。

今も見出しに入れる文字のグランジがイメージ通りに行かず、何度もやり直しているところで、朝から三通来ていたメールを読んだ。

読んだからと言って返信する事は絶対にない。

中学生の時にポストに入っていた、「吉野美和子様」と書かれた、姉宛てのラブレターをそっと開けて読んだ事があった。

それに近い背徳感があり、少しだけスリルに近いモノを覚えている。


「吉野」


編集長が大声で私を呼ぶ。

私も大声で返事をして席を立つ。


私もこの出版社に勤めてもう十年。

いわゆる「イイトシ」になった。

トシと杏奈の様な恋愛に憧れる。

もう憧れているだけではいけない歳なのかもしれない。

だけど、こんな生活をしていると恋愛なんてしている時間はない。

それで良いのか……。

と自分に問いかける事も増えた。






転職って難しいよね。

慣れ親しんだ環境を捨てるってのは本当に勇気がいる事だし、転職後の人間関係を一から作って行かなきゃいけないってリスクもあるし。

僕の場合はフリーランスだから、普段はあまり意識する事もないけど。

けど、キャリアアップを考えての事だったら僕は応援するよ。

違うな。

杏奈が決めた事なら無条件に応援する。

頑張れ。






へぇ、杏奈さん転職するんだ。

良いな。


私は車窓から街の明かりを見た。

転職。

何度考えたかわからない。

けど、どうしても勇気がなくて踏み止まるしかなかった。


今日も終電の一本前の電車で帰る。

長時間の仕事でコンタクトが乾き、我慢できずに途中で眼鏡に変えた。

少し幅の広がってしまった眼鏡が時折ズレる。

これを何度も指で持ち上げながら電車のドアに体を預ける。


雑誌の編集。

これはとてもやりたかった仕事だった。

だけど、薄給な上、拘束時間も長い。

最近でこそ「コンプライアンス、コンプライアンス」と流行語の様に繰り返される労働者側の「権利主張」で休日は取れる様にはなった。

入社した当時は一週間自宅に帰れないなんて当たり前の時もあった。


「コンプラなんて上手く行ってる会社でのみ有効な言葉だ」と当時の編集長は言っていた。

コンプライアンスって別に労働者側の権利主張ではなく、「適正な業務の遂行を確保するための体制の構築」の事なのだ。

そんな事を実現するのが難しい業界はまだまだ多く存在している筈だ。


電車を降りて、人も疎らな改札を出る。

この時間に食事の出来る店は少ない。

それもあって、行きつけの店は決まって飲み屋。

一人で居酒屋に入るってのも抵抗があり、一人で入っても浮かないバーによく行く。

バーのカウンターでパスタなんかを食べながら、ジンライムを飲む。

でも今日はお酒を飲む気分でもなく、コンビニで数品しか残っていない弁当と自分への細やかなご褒美にスイーツを買った。

コンビニ弁当ってのは、まったく進歩がない。

十年前にここに引っ越して来た時にも感じたけど、どれを食べても同じ味に思える。

だから残っている弁当が何であっても問題ない。

お腹が満たされればそれでいい。

それに引き換えコンビニスイーツのレベルはどんどん上がって来ていて、ケーキ屋で買うスイーツと比べても遜色のないレベルのモノもある。

言うなればこのスイーツを食べるための弁当って事になるのかもしれない。


マンションの鍵を開けて、部屋に入ると明かりを点けてコンビニの袋をテーブルの上に置く。


「ワンルームは止めた方が良いわよ。病むから」


姉が経験からそうアドバイスをくれたので、少し遠いが家賃の安い郊外に部屋を借りた。

それはそれで居心地が良く、今度は引っ越すのが億劫になる。


「馬鹿ね。ワンルームから抜け出したくて、頑張るんだよ。初めから広い部屋に住んじゃうと、そこそこの仕事しか出来なくなるわよ」


姉のアドバイスの話を会社の先輩にしたら、そんな言葉が返って来た。

その先輩は去年、会社から数駅の所にマンションを買った。

だけどまだ独身。


「もうマンション買っちゃったし、これで犬でも飼えば結婚なんてしないだろうな」


と笑っていたが、彼女にとっては由々しき問題なのも今の私には分かる。






お帰り。

疲れてるだろう。

ちゃんと飯は食ってるかい。

風呂に入って、ゆっくり休みなよ。

明日も仕事だろう。






トシからメール。

と、言っても私宛じゃない。

杏奈も今帰宅なんだね……。


私はそのメールを読みながらテレビを点けた。

テレビなんてBGM代わりで、内容なんてまともに見る事の方が少ない。


深夜の面白くもないテレビを見ながら、私はコンビニの弁当を開けた。


私は割り箸が苦手で、コンビニ弁当と言えども自分の箸を使う。

袋の中に入っていた割り箸を持ってキッチンへ向かうとその箸を引き出しに入れて、自分の箸を取る。

おかげで貯まった割り箸で引き出しはいっぱい。

引き出しの下の棚にもビニール袋に入った割り箸がいくつかあった。

この割り箸の数だけ、私は何かを食べてる事になる。

床に置いたリュックを開けて、会社に持って行った箸箱を出し、シンクに置いた。


「マイ箸なんて吉野って意識高いのね」


なんて同期の貴子が言っていたが、単に割り箸が苦手なだけ。

最近は外食すると割り箸でない箸を置いている店が増えたので、私には有難い話。


味のしないお弁当を食べながら、テレビを見ていると着信の音がスマホから鳴った。

私はスマホの画面に視線をやり、指で画面を撫でる。






土曜日は時間通りで良いかな。

いちごのデザート食べに行こう。

いちごが美味しい季節だからね。

その前に僕が食べたいお蕎麦の店にも付き合ってもらうからね。






お蕎麦といちごのデザートか……。

良いな。


私はお蕎麦といちごのデザートを食べられる事に「良いな」と思った訳ではない。

デート。

トシと杏奈がデートする事に良いなと思った。


デートなんて何年してないんだろう……。


味のしなくなったコンビニ弁当の蓋をして、箸を置いた。


私だっていちごのデザート買ってきたし……。


弁当を食べるのを止めて、デザートのカップケーキの蓋を開け、プラスチックのスプーンを突き刺す。

割り箸はダメなのに、スプーンは大丈夫。

私はそのスプーンを咥えたまま、冷蔵庫からペットボトルの紅茶を出した。

そしてまたテーブルに戻る。

座る場所も決まっていて、その部分だけ、ラグの毛が拉げている。

私はそれを見て、スプーンを咥えたまま、大の字に寝そべった。


何か虚しい。

私が望んだ世界ってこんなんだっただろうか。


やけに眩しいLEDの蛍光灯が目を射す。

私はじっとその光を見つめて、体を起こした。


ダメダメ……。

こんなんじゃ。


カップケーキを一気に食べて、紅茶を飲むと、食べ掛けの弁当とカップケーキのカップを袋に入れて、箸をシンクに置いた。


お風呂に入って寝よう。


私は服を脱ぎながらお風呂へと向かった。






気が付くと朝だった。

目を閉じて再び目を開けると朝。

損をした気分で体を起こす。

いつ眠ったのかも覚えていない。

寝ても疲れが残っている感覚が年々酷くなっている気がする。

私はベッドから抜け出して、冷たい水で顔を洗った。

そして、またテレビを点けると、冷蔵庫から、昨日の夜に半分飲んだ紅茶とヨーグルトを出して、朝の情報番組を見ながら食べる。

これが朝食。

もうこれを十年やっている。


着信音が鳴る。






おはよう。

今日は僕も出掛ける予定で、今、朝飯を食ってる。

しっかり食って、一日頑張れ。






トシからのメール。

最後にコーンフレークとコーヒー、ヨーグルトの写真が付いていた。


私はヨーグルトを食べながらその写真を見て微笑む。

ヨーグルトが私と同じモノだったからだ。


会社の近くでサンドイッチでも買おう。


何故かその写真を見てそう思った。


私宛ではないメール。

それに私はいつも励まされている。

そう考えると可笑しかった。


私は着替えると部屋を出て、ドアを蹴った。






空は曇っていた。

雨が降る感じはないが、いつものように曇った空。

ここに来て晴れた空を見上げた記憶はあまりない。

いつも曇った空を見上げている記憶しかない。


私はICカードを改札に翳すと入ってきた電車に飛び乗った。


上着のポケットの中でスマホが振動する。

四方から押されながら、スマホを取り出して、画面を開く。






最悪だよ。

事故で電車が止まってるみたい。

復旧に時間が掛かりそうだから、別の線を使うよ。

そっちは影響ないかな。






トシはどうやら駅で立ち往生を食らっているらしい。


そう言えばトシって何処に住んでるんだろうか……。


私はふと思った。

電車の中にあるモニターに事故の情報などが流れる。

昔は紙の吊り広告だったのに、今ではモニターになり、入れ替わり立ち替わり映像でコマーシャルが流れる。

そのコマーシャルの合間に路線図が出て、事故などの状況を知らせてくれる。

しかし、今日は順調に動いているみたいだった。


この辺の人じゃないのかな……。


私はモニターを見て、視線を窓の外に移した。


もう少し会社に近いところに引っ越そうかな……。


私はそんな事を考えながら朝の満員電車に揺られた。


会社の近くのコンビニでサンドイッチとコーヒーを買った。

最近のコンビニのコーヒーは美味しい。

コーヒーショップの紙コップを片手に会社に入るのがオシャレだとかで、皆コーヒーショップに寄るようだけど、コンビニのコーヒーの四、五杯分の値段を出す程の味でもない。

そこまでコーヒーの味に拘っている訳でもないし、そこにオシャレを感じる訳でもないので、私はコンビニのコーヒーで十分だった。


「おはようございます」


隣の席のミクちゃんがそう言って席に座る。


ミクちゃん。

名前がミクって訳ではなく、三国さんだからミクちゃん。

最近は社内でも苗字に「さん」付けで呼ぶ様に指示されていて、上司も名前で呼ぶ様に言われている。

編集長だけは全員を呼び捨てで呼ぶ。

そこに違和感はまったくないのだけど。


キーボードを叩きながらサンドイッチを食べる私をミクちゃんはじっと見ていた。

私はそれに気付き、


「どうしたの……。サンドイッチ食べる」


サンドイッチをミクちゃんに差し出した。


「いえ、大丈夫です」


ミクちゃんは両手の掌を見せて、私の勧めを断った。

そして私に身を寄せて来た。


「吉野さん……。今晩時間ありますか」


私は口の中のサンドイッチを飲み込んで、


「今晩は大丈夫だと思うけど、どうしたの」


そう言うとミクちゃんは更に体を寄せて来た。


「オンライン合コンしませんか」


ミクちゃんは屈託のない笑顔で私に言った。






何とか辿り着いたよ。

おかげで一時間遅れだ。

今日は昼めしの時間ないな。






トシはどうやら目的地に辿り着いたようだった。

私は昨日入稿が終わったので、今日は比較的ゆっくりと仕事をしていた。


「吉野、来月号の企画、ナルハヤで頼むぞ」


編集長は大声で言うと、コートを掴み部屋を出て行った。


言われなくてもやってますよ……。


と言い返そうと思ったが、既に編集長の姿は無く、その言葉を飲み込んだ。


今日は入稿後で有給休暇を取っている人も多かった。


ミクちゃんはパソコンで通販サイトを見ていた。

私がその画面を見ると、悪ぶれる感じもなく、ミクちゃんは体を寄せて来た。


「吉野さん、ハンドルネーム考えておいて下さいね」


「ハンドルネーム……。オンライン合コンって本名も使わないわけ」


私もミクちゃんの方を見る。


「そうですよ。お互い気に入って本当に会う事になったら、本名を明かす……。そんな感じです」


私は顔を引き攣らせながら頷く。


「時代は変わったのね……」


私は、クリームがサンドされたクラッカーを口に放り込んで、キーボードを叩いた。


机の上に置いたスマホから着信音が鳴った。


モニターを見ながらそっと手を伸ばし、スマホを手に取る。






杏奈……。

大丈夫か。

返事が無いけど、何かあったのか。

メール見たら返事をくれ。






トシからのメールだった。

杏奈と連絡が取れないらしい。


杏奈、どうしちゃったんだろう……。


今まで、こんな感じのメールは一度も読んだ事がなかった。


忙しいのかな……。


私はそう考えて、スマホを机の上に戻した。






ミクちゃんの選抜メンバーは、ミクちゃんの同期の総務の清水さんと岡崎さん、それに私。

一体どんな選び方をすればそうなるのだろうと考えながら、会社から一駅先にあるオンライン合コンが出来る個室のある居酒屋へと向かった。


個室の壁に大画面のモニターとテーブルの上にそれぞれが映る小さなモニターが備え付けてある個室だった。

どうやら相手もこんな感じの居酒屋から繋いで来るらしい。

そんな事するなら直接会えば良いのにと考えるのは私だけの様だった。


「ここにハンドルネーム入力するんです」


隣に座ったミクちゃんは、私の前のタッチパネルの画面を触り、入力画面を開ける。


へぇ……。

こうなってるんだ……。


私は感心してそのパネルを指で押す。

ミクちゃんは「ミク」、清水さんはサオリだから「サリー」、岡崎さんはタマミだから「マミ」と入力しているのが、大きなモニターに映し出されていた。


私は……。


少し迷ったが、「アンナ」と入力した。


「名前、呼び間違えないでね」


ミクちゃんは私たちを見ながら言う。


マミとかサリーとか魔法使いみたいな名前、間違うわよ……。


私は苦笑した。


それぞれの顔の映像の下に名前が出ている。


何か、多元中継のモニターみたい。


私はそう思いながら、バッグからスマホを出した。






杏奈、今、仕事終わったよ。

どうしたんだい。

何か気に障る事でも言ったかい。

頼むから返事をしてくれ

 





トシからのメッセージ。

どうやらまだ返事が無いらしい。

 





合コン相手のモニターが点いた。

「ケンジ」「アキラ」「ヨウイチ」と書かれたモニターに顔が映る。

その瞬間に合コンは始まる様だった。

ミクちゃんが仕切り上手く話しを進めている。


「あれ、もう一人は……」


なかなか点かないもう一つのモニターを見て、ミクちゃんは言う。


「ああ、こっちに来れないから自宅から繋ぐって言ってた。もうそろそろじゃないかな」


ケンジが説明していると最後のモニターが点く。

すると手書きで「トシ」と書かれた紙を持った男の顔が映し出された。


「初めまして、トシです」


私はその顔を見て思わず声を漏らした。






見知らぬメールの相手、トシの顔なんて一度も見た事は無かった。

勝手にイメージしていたトシの顔、それが今、目の前のモニターの中にあった。


周囲は他愛も無い話で盛り上がっていた。

合コン慣れしていない私と自宅から接続しているトシはどうも浮いてしまっている様で、直接会ってする合コンならば、二人で抜け出して……、なんて事もあるのかもしれないけど、オンラインではそうも行かず。


目の前の小さなモニターにいきなりメッセージが表示された。






すみません。

こういうの慣れてなくて。






合コン相手のトシからのメッセージだった。

私もそのモニターを手に取り、タッチパネルでメッセージを返した。






私もです。

どうやら数合わせに呼ばれたみたいで。






僕もです。

同じですね。

しかもオンライン合コンってどうも受け付けない感じです。






私もです。

これは若い人達がやる合コンですね。






私とトシはそんなやり取りをした。







良かったら、連絡先、交換しませんか。

メールでもSNSでも良いです。






私はカメラに微笑んで、スマホを出すとメールアドレスを確認して入力した。

画面の向こうのトシはそれを見て、スマホに入力していた。

そしてすぐにテーブルの上のスマホが鳴った。






トシです。

よろしくお願いします。






それだけが書かれたメッセージが届いた。






こちらこそよろしくお願いします。






私もそれだけ返した。

そしてふとメッセージが来ている事に気付いた。

トシからだった。






嘘ですよね……。

そんなまさか。

今朝から返信がなかったので






ん……。

トシ、どうしたんだろう。


するとすぐにまたメッセージが来た。






週末に会う約束をしていました。

その時にプロポーズをするつもりでした。






つもりでした……って。

ん、どうなってるの……。


私はモニターの向こうのトシに微笑んで、またスマホに視線を戻した。

すぐにメールが入る。






わかりました。

葬儀の日と場所を教えて頂けませんか。






え、葬儀……。

もしかして杏奈が死んじゃったの……。

まさか……。


私は動揺していたのかもしれない。

手が震える。

テーブルの上のビールのグラスを取ると、一気に飲み干した。


またメールが来る。






わかりました。

三月二十一日の日曜、十時ですね。






三月……。

何言ってるの。

今はまだ十二月。

何なの、このメール……。

私は、不思議な事に気付いた。

トシからのメールはいつも一番上に表示されている。

さっきモニターの向こうのトシから届いたメールのメッセージは遥か下の方に表示されていた。


おかしいな……。

着信の日時順に表示される筈なのに……。


私はトシのメールの着信の日付を見る。

それは来年の三月の表示だった。


え……。

何これ……。


私は今までのトシのメールを見た。

すべて今日より先の日付だった。

 





私は顔を上げて、モニターの向こうのトシを見た。

トシはにっこりと微笑み私を見ていた。


延々と続くトシのメール。

その一番下にさっき送られたトシのメールがあった。

そして表示されているメールアドレスはモニターの向こうにいるトシのモノと同じだった。


どうなってるの……。

何なの、このメール……。


私は、騒がしい周囲の音を無くした様だった。

一人静かな暗い部屋に佇んでいる気がした。






いろいろとありがとうございました。






トシからそう書かれたメールが届いた。






また、連絡させていただきます。


吉野美和子様






メッセージの最後にそう書かれてあった。


私はそこに書かれた姉の名前をじっと見つめた。








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