#7 帰投
海峡を挟んだ反対側のゼムゲニー島攻略は、意外にあっさりと片付いた。
我々がオリフォゼムリャ島を攻略している間に、二時間ほど遅れてやってきた第一艦隊がやすやすと接近し、魔導砲による一斉砲撃で要塞を破壊したという。敵がすべての艦艇をこちらに回してきたおかげで、第一艦隊を阻むものはほとんどなかった。唯一、要塞砲のみが反撃してきたが、魔導砲を前にあっさりと破れた。
翌日、増援の陸軍上陸部隊がゼムゲニー島に上陸し、あっという間にその島をも落としてしまった。
せめて艦隊を二分していたなら、第一艦隊もあっさりと要塞を破壊できず、少なくとも一方の島は守り切れたかもしれない。
我々の側に、スレイン海峡にいた敵艦隊すべてを引き付けてしまったことで、皮肉なことに敵は両側も島を失ってしまった。
にしても、不可解だな。どうして敵は、こんな極端な作戦に出たのだろうか?
我が第二艦隊にだけ、警戒していたとしか思えない。しかし、なぜ?
確かに三連装砲を撃てる魔女が乗る戦艦震洋がいるが、その艦だけを警戒するというのも変な話だ。しかも、あれだけ艦隊を集中させておいて、結局は我が艦を仕留めることはできず、要塞も破壊されてしまった。
が、今回ばかりはさすがの震洋も無傷とはいかなかった。
三発被弾したのは知っていたが、他にも魚雷二本、駆逐艦の小口径砲の弾が七発、当たっていた。左舷後方艦底より浸水し、排水ポンプが稼働していた。
それだけならばまだいいが、問題は駆逐艦の弾の一発が、側面の副砲塔の第二砲雷科の詰め所の一つが破壊され、そこにいた五人が戦死した。
「スレイン海峡で戦い、死んでいった敵味方の奮戦を讃えつつ、敬礼!」
甲板で、艦長がそう告げて艦前方に向かって敬礼した。甲板に並んだ者たちも、一斉に敬礼する。
が、この場では、一つの「異変」があった。
普段、姿を見せないはずのサヨが、僕のすぐ脇に立っていたのだ。それも、軍服姿ではなく、巫女の衣装をまとって現れたのだ。
甲板には大勢の男たちが並んでいる。男を拒絶気味なサヨが、これほど男が密集した場所に姿を現すこと自体がとんでもないことだ。が、サヨは震えながらも一礼し、戦死した五人に対し祝詞を送っている。
「か、掛けまくるも畏き、五名の御霊は石槍大伸、神都の社の深い林の木々に、禊ぎ祓いたまえしこの時に、か、かの者たちの禍事、罪、穢れあらむをば、は、祓へ給ひ清め給へと白すことを聞こし召せと、恐み恐み白す……」
神事で読み上げられる祝詞が書かれた紙を、震える手で読み上げながら五人の御霊だけでなく、自身の魔導砲で亡くなった大勢の敵兵にも向けて、鎮魂のための儀式を続けている。
顔が真っ青で、なるべく周りと目を合わせまいとしつつも、その場を立ち去ろうとしない。時々、船が揺れて倒れそうになるのを僕に支えられるこの巫女は、どうにか祝詞を読み終えて、その役割を終える。
と、同時に艦長が帽子を脱ぎこの巫女に頭を下げる。他の兵士たちも次々と帽子を脱ぎ、頭を下げて礼を示す。その祝詞の書かれた紙を艦長に手渡すと、そこで気が抜けたのか、心耐え切れずに卒倒し、後ろに倒れる。それを僕は受け止め、艦長に敬礼する。
と同時に、海軍旗に包まれた、亡くなった五人の遺骸が次々と海に投げ込まれる。
「ささげーっ、筒っ!」
その度に、銃声が轟く。その五人の海葬を見送りつつ、我々は敬礼を続けていた。
こうして、海葬の儀はどうにか滞りなく終わる。
「魔女、いや、巫女殿を部屋に送り届けます」
「うむ、頼んだ」
僕は気を失ったサヨを抱えて第二砲塔の扉を開き、中にある狭いベッドの上に寝かせる。
そのまま僕は第二砲塔を立ち去ろうとするが、その時サヨが目を覚ます。
「た、タクヤ……」
何か言いたげな顔だ。喉でも乾いたのだろうか。僕は戻り、サヨの前に座る。
「どうした?」
「ええと、特に用事はないんだけど、ちょっとだけ、傍にいてほしいなぁと」
身体の震えが続いている。心細いのだろう。僕はその傍らに座り、こう尋ねる。
「無理することないのに、第二砲塔から祝詞をささげてもよかったんだよ」
「そ、それはそうだけど……」
サヨにしては珍しいな。あれほど大勢の兵士が集まる場に立つなど、ついこの間、いや、昨日でも想像できなかった。なぜサヨはわざわざ表に出て、あの五人、そして敵兵を弔おうなどと思ったのか。
「わ、私、そろそろ強くならなきゃ」
そんなサヨが、おかしなことを言い出す。僕は返す。
「いや、十分強いだろう。昨晩だけでも要塞一つと戦艦一隻を破壊したんだ。これほどの力を持つ魔女なんて……」
「そういう力じゃなくて、心の方だよ。男の人が、二千人もの乗員が乗っているんだよ。いつまでもこんな狭い場所で、タクヤばかりに頼るわけにはいかないから」
サヨはサヨなりに、気にかけてるんだな。それもそうだ。あれほど大きな戦果を上げながらも、男を拒絶し引きこもるというのはあまりにもちぐはぐな態度だ。持っている魔力の多さからは想像もつかないほど小さなこの身体からは、僕には知る由もない葛藤が渦巻いている。その結果として、今日のあの場での祝詞だったのだろう。
で、これで終わりかと思いきや、なんと今度は食堂にその姿を現す。
周りの乗員が、唖然とした顔で見ている。震える手でトレイを持ち、烹炊所から炊事係より出される食事を受け取っていた。が、あまりにも激しい震えに、僕は片手でそのトレイを支える。
「無理しなくても、僕がいつものように運ぶから」
「い、いや、そういうわけにもいかないから……」
そう言いながら、席に着くサヨ。そのサヨを、物珍し気に眺める乗員たち。
「あの、魔女殿はなぜ、食事に?」
その乗員の一人が、思わず尋ねる。涙を浮かべつつも、その魔女はたどたどしく答える。
「なななななな、慣れなきゃと、おおおおお思ったんででです!」
大丈夫かな、サヨ。持ってるスプーンから、ぼろぼろと御飯がこぼれ落ちてるぞ。
「なるほど、なれば我々も協力して、魔女殿に慣れていただかなくては」
「そうだそうだ!」
乗員らは意気揚々だが、当の魔女はそれどころではない。このまま第二砲塔に帰した方がいいんじゃないのかと思うほど、身体の震えが止まらない。
が、そんなサヨが一口、食事を口にする。なぜかそこで、周りから歓声が沸く。
「おおーっ!」
まるで珍獣の見世物のような光景だな。しかし、そこで勢いづいたのか、次々と食事を放り込むサヨ。ますます盛り上がる周囲の乗員たち。
で、食べ終えたサヨは、僕に肩を抱えられながら、ふらふらとその場を後にする。出入り口でガタガタと震えながらも敬礼しつつ、食堂を後にする。
案の定、第二砲塔に戻るや、ベッドで寝込んでしまった。
「まあ、頑張ったんじゃないのか?」
勇気を振り絞った相手に、無理をするなとは言えないし、言いたくない。それを口にすれば、サヨの行為を無駄にすることになる。それよりも、その大いなる進歩を称える方がサヨにとっては欲しい言葉なのではなかろうかと。にしては、そっけない返しではあるが。
「うん、頑張った」
が、そんな僕の言葉に満足したのか、この魔女はベッドの上で笑顔を見せる。それを見て僕は、安心した。
このまま、男恐怖症が治ればいいのだが。
サヨがここまで男を拒絶するようになったのは、父親の影響だ。
膨大な魔力を持つサヨを、父親は快く思わなかった。それはもう、想像を絶するほどのキツい仕打ちをされたのだと聞く。
だから、幼いころに父親から引き離されて社に連れてこられたサヨは、僕との初対面の時も当然、僕から逃げようとした。が、その時は結果的に僕はサヨの命を救うことになった。それがきっかけで、僕だけを拒絶しない理由となる。
しかし、それ以外の男となるとなかなか上手くはいかない。でも、いつまでもこのままでいいとは、サヨ自身は思っていないことがよくわかった。
まだ、一歩目だ。百歩の道も、一歩から。今日はその大いなる一歩が踏み出せた。
と、サヨが勇気を振り絞ったその日の夕方には、艦内中にとある伝令が伝えられる。それは、帰投命令が出たというものだ。
ああ、やっと陸に帰れる。
ほっとしたその矢先に、サヨの努力をぶっ潰しかねない、ある事件が起きる。
その日の夕方も、サヨは食堂へと出向く。
が、その時に現れた人物が悪かった。
「なんだ、引きこもりの魔女が出てきていると聞いたが、本当にいるな」
太く、ふてぶてしい話口調。そう、この艦でもっとも威圧感を持つ人物、あの砲雷長だ。
その砲雷長が、サヨの前にドカッとすわる。
「ひっ!」
この圧倒的な雰囲気は、普通の男でも拒絶体質のサヨにとっては、伝説の怪異が目前に現れたほどの衝撃だろう。
それを分かっていて、この男はがつがつと威圧的にサヨの前で食事を始める。
「早く食え、魔女。でなければ、いつ敵が来るか分からんぞ」
などと、いちいち挑発的な言葉をサヨに投げかける砲雷長。当然、サヨの食事は進まない。
困ったものだ。このまま食事ごと、サヨを連れ出すか? だが、下手に僕が動けばこの砲雷長はさらに騒ぎ立てる可能性がある。
サヨの父親というのも、こんな感じの人物だったのだろう。
ガタガタと震える手では、箸がご飯や総菜をつかめない。砲雷長も、それを知ってかわざとゆっくりと飯を食っている。とことん嫌な男だ。
「おい、魔女の食事が進んどらんぞ。世話役の伍長、さっさと魔女を補佐せんか」
と、とうとう矛先が僕にまで回ってきた。しかし、何をしろと……が、そんな僕とサヨの横に、スザキ上等兵曹が座って来た。
「随分と威圧的ではありませんか、砲雷長」
皆が口にしないことを、我が砲雷科の二番手と目されるこのお方は平然と口にする。それを聞いた砲雷長が、どんとテーブルを叩いて反論する。
「おい、俺のどこが威圧的だというんだ!」
「そういうところですよ、砲雷長」
「俺は元々、こういう性格だ。上等兵曹ごときに言われる筋合いはない」
ああ、ますます怒らせたぞ、どうするんだ、スザキ上等兵曹。もうサヨの顔が真っ青だ。
が、このスザキ上等兵曹、砲雷長の威圧に屈しない。
「そんな砲雷長に、一つお尋ねしたいことがあります」
「尋ねる? 何をだ!」
「いえ、オリフォゼムリャ島攻略戦の最中の話ですよ」
「あの戦闘でのことか、それがどうした!?」
「我が砲雷科の乗員の誰に尋ねても、砲雷長を見なかったという時間が少なくとも五分間、存在するんですよ。それも、あの要塞破壊の戦闘中に、です。その時、砲雷長はどこにいらっしゃったのですか?」
それでふと僕は、あの時のことを思い出した。言われてみれば、砲塔への発射準備の指示を出すのは砲雷長の役目だ。第一、第三砲塔に至っては発射指示も砲雷長が出すことになっている。が、あの時はスザキ上等兵曹か、参謀長が代わりに出していたと聞いた。
言われてみれば、妙な話だ。あの大決戦の真っ最中に、砲雷長はどこにいたのか? この上等兵曹の問いに対し、砲雷長がこう答える。
「か、厠にいただけだ。急に腹が痛くなった。やむを得んだろう」
「ほほう、あの大戦闘中に、厠ですか」
「なんだと! お前、俺を愚弄するつもりか!」
「いえ、事実を申し上げただけです。生きるか死ぬかのその刹那に、呑気に厠に座っていられるなど、なかなかの肝の太さですね、と」
「なんだと、おい! もう一度行ってみろ!」
ますますサヨが震え上がっている。僕は思わず。サヨの両肩を抱き寄せた。が、上等兵曹は構わず続ける。
「私個人の疑問ではありません。参謀長より、確認せよとのお達しです。なにせあの時、砲撃指示を出していたのは小官と参謀長なのです。その間、砲雷長がどこにいたのかと思うのは、当然ではありませんか?」
自身よりもずっと上の人間の意志で、スザキ上等兵曹が動いていると知った以上、砲雷長といえどもこの二番手の人物に手を出すことはできない。そんなことをしようものなら、あらぬ嫌疑をかけられることになる。そのまま砲雷長は黙ってさっさと残りの食事を食べ切ると、さっさとその場を去っていく。
「騒がせてすまなかった。だが、砲雷長といえども、先の戦いでの最大の功労者である魔女殿を威圧するなどもっての外だ。しかも先も言った通り、責務を果たしていない。そのような者を気にしないでいただきたい」
そう言うと、食事を始めるスザキ上等兵曹。が、サヨはそんな上等兵曹が報復を受けるのではと心配になったのか、何か言おうとしている。
「あああああの……じょじょじょ上等兵曹殿! あのようなことを言って、後で……」
どうやらスザキ上等兵曹が後で報復されないかと心配になったようだ。そこで言葉を絞り出し、どうにか尋ねようとしている。それを察した僕が、付け加えた。
「大丈夫なのですか、上等兵曹殿」
「大丈夫だ。現に伍長もあの時、砲雷長の指示を聞かなかっただろう? 仕方なく俺が代理として砲撃用意を指示したものだから、参謀長が不審に思ったのは事実だ。それは、職務放棄に当たる。いくら上官でも、そればかりは見逃せない」
冷徹な話口調ではあるが、決して威圧感はない。むしろ、部下やサヨを守ろうとするその毅然とした態度にサヨは、むしろ安心したようだ。
しかし、危なかった。砲雷長があのままの態度を続けられていたら、サヨはもう二度と、食堂には来なくなるだろう。せっかくの勇気が、水の泡となるところだった。
事実上の副砲雷長とも言うべきこのお方によって、救われた。
「ねえ、もしかして、あの砲雷長って人にいつもやられてたの?」
第二砲塔に戻ったサヨが、僕にそう尋ねてきた。どう答えようかと迷ったが、ごまかすのもよくない。いつかは知られることだ。
「ああ、そうだよ」
「やっぱりそうだったんだ。なんて横暴な人なの?」
「まあ、こういってはなんだが、軍隊なんてそんなものだよ。上等兵曹が特別なだけだ。だから、サヨは気にしなくていい」
「そうもいかないよ。艦長とかに相談できないの?」
「特段、悪いことをしていなければ、いくら砲雷長の態度が悪いからといっても取り合ってはくれないよ」
「えっ、人に危害を加えることは、悪いことじゃないの?」
「軍隊の場合は『指導』の一環だから、別に殴られることは……」
と、僕は言いかけたところで、ふとサヨの抱えるトラウマを思い出した。そうだった、サヨにとってはこの「指導」が「当たり前」だと思わせちゃいけないんだった。
「だ、大丈夫だよ。徴兵魔女に対しての暴行はたとえ指導であっても禁じられてるから、サヨはそういう目に遭わない。それに……」
まだ不安げなサヨに、僕はこう言ってのける。
「いざという時には、僕がサヨを守る。だから、大丈夫だ」
それを聞いたサヨは、ようやく笑顔を取り戻した。僕も、ほほ笑み返す。
うん、いつ見ても飽きないな、この笑顔。
できれば一生、見ていたい。
「そ、そういえば、帰投してるんだったっけ」
「そうだよ。あと四日後には、櫻坂港に到着する」
「櫻坂か……」
サヨと僕は、山深い霧隠町というところの出身だ。サヨは、その名も霧隠神社という社の巫女だった。
山に囲まれた町の中の小さな社だが、その起源は古く、何でも初代皇帝陛下が千七百年前にこの皇国を統治なされたときに戦った最大の敵が、この社に祭られているオオヤマノヌシである。残された神話によれば、このオオヤマノヌシが皇帝陛下に国を譲られ、自らは冥府の神としてお隠れになった場所が、この社のある場所とされている。それを代々祀る宮司は皇帝陛下の親族から別れた五十六家が務めるとされる、由緒ある社だ。
その中で務める巫女で、もっとも力ある巫女がサヨだった。天候をも動かすと言われるほどの莫大な力で、干ばつの時は雨を降らせ、長雨の時はその雨を止ませることができた。
このため、魔導砲が発明されるや、その力を試されるために軍工廠へと駆り出されるが、この時、男拒絶症が仇となり、そのおかげで付き添いの侍女が何人もついたと言われる。
が、戦艦に侍女を乗せるわけにもいかず、唯一、心を開いている男という理由で、僕が転属させられることになったというわけだ。
その工廠のある港が、ちょうど今向かっている櫻坂市にある櫻坂港である。霧隠町から汽車を乗り継いで二日かかる場所にある。帝都「陽京」からだと直通の列車があるが、それでも十八時間はかかる場所だ。
そんな場所に、海軍兵学校や工廠、そして軍令部がある。帝都にも海軍省があるが、作戦の立案や決定は、元々海軍省の補助機関であった軍令部が今は事実上、仕切っている。
もっとも、そんな上の事情など、僕らには関係ない。およそ二週間ぶりの帰投で、ようやくこの揺れる床の上での生活ともほんのちょっとの間、離れられる。
いや、考えてみれば、バリャールヤナ連邦にとって地政学的に、もっとも重要な場所の一つを占拠したわけだ。これがきっかけで、和平交渉が締結されるかもしれない。
となれば、戦艦震洋に乗ることもなくなる。
そんな楽観的な未来に、期待したい。
『艦内乗員に告ぐ! 震洋は櫻坂港沖に投錨、停泊す! 各員、順次下艦せよ!』
などと第二砲塔の中で妄想しているうちに、艦長より震洋が櫻坂港に到着し、下艦命令が出される。
とはいえ、この艦から降りるのは大変なことだ。なにせこの艦には、二千人ほどの人員がいるからだ。
しかも、桟橋につながれているわけではない。大型艦ゆえに、港のやや沖合に停泊している。だから、内火艇や牽引船をつかい、何往復して降りる羽目になる。
全員が下りるわけではない。最小限、艦を維持するための二百人ほどは残るにせよ、それ以外の人員は一斉に降りるわけだ。
ところがだ、男がぎゅうぎゅう詰めの船に、サヨが乗れるわけがない。だから、二、三時間ほど待って、最後の最後に僕と共にひっそりと降りる。
が、今回は違う。
敢えて、同じ砲雷科の人たちと共に、内火艇に乗る決断をした。
サヨにとっては、霧隠山の断崖絶壁の前に立つほどの勇気だろう。第二砲塔から荷物で顔を隠し、僕のカバンにつかまりながら歩く姿から、その覚悟の大きさを推し量ることができる。
「定員乗船! 出発!」
サヨや僕が乗った内火艇が出発する。周囲は第一砲雷科の者がぎっしり乗り込んでいる。その中で押されるようにサヨが挟まって乗っている。
だが、それほど震えを感じない。
「魔女殿は、陸に上がってまず、何がしたいですか?」
砲雷科の一人が、図々しくも尋ねる。
「おおお、お風呂、入りたい……」
「おう、俺も風呂だなぁ。あとは食い物だ。櫻坂名物の羊羹カステラも食いてえな」
「よ、羊羹、カステラ?」
「あれ? 魔女殿は羊羹カステラを知らねえんで?」
「やれやれ、トウゴウ伍長殿。櫻坂名物の菓子を教えねえなんて、ちょっと怠慢じゃねえのか?」
「いや、すまない。僕も知らなかった」
「なんだそりゃ? まあいいや、俺らのおかげで、二人の楽しみが一つ増えたってことだな」
内火艇中から笑い声が響き渡る。それにつられて、ややひきつった顔で笑うサヨ。僕も大いに笑った。
「んじゃ、また出撃の時まで」
こうして、第一砲雷科の連中と別れる。僕は、サヨと共に宿舎へと向かう。
「ご、ごめんね」
ところがだ、急にサヨが僕に、なぜか謝る。
「どうした? 謝られるようなことは何もしていないだろ」
「い、いや、だって、他の男の人としゃべっちゃったから」
えっ、どういうこと? 別に普通じゃないか。だから僕はこう返した。
「喜ばしいことじゃないか」
「えっ、どうして?」
「出撃前は、男の姿を見るだけで震えていたサヨが、同じ砲雷科の乗員たちと話ができるようになったんだぞ。大いなる成長だ。それを喜ばしく思えなくてどうする?」
それを聞いたサヨは、しばらくの間、ぽかんとした顔で僕を見ていた。
「そっか、成長したんだよね、私」
「それよりもだ、さっき教えてもらった羊羹カステラってやつを、買いに行こうか」
「うん、行こう」
こうして上陸した僕らは二人で櫻坂港の桟橋から、この港近くの商店街へと向かった。