#6 攻略
岩? そんなものがあるのか。僕の眼では見えないが、どうやら巫女の眼には見えるらしい。
「タクヤ、早く艦長に伝えて!」
敵砲弾の着弾による水しぶきを浴びながらも、いつになく凛々しく叫ぶサヨを、僕は扉の中へと引き込む。そして、分厚い扉を閉じた。
要塞を狙える岩陰ということは、つまりは敵要塞に七千メートル以内に近づくことになる。その周辺には当然、敵艦隊もいる。そんな岩陰程度でどうにか防げるものなのか?
が、今はいたずらに時間を浪費している場合ではない。まもなく、陸軍の上陸船艇が接近を開始する。その前に、主力の要塞を無力化しなければならない。
魔女の勘を、信じるしかない。そこで僕は砲声が響く中、伝声管に向かって叫ぶ。
「第二砲塔より艦橋! 魔女殿より進言、右前方に岩礁あり、その岩陰から敵要塞を狙える、とのことです!」
さて、唐突に進言してはみたものの、果たして艦橋に僕の声は届いたのか? 届いたとして、敵艦隊に向かって突っ込まない限り、岩には接近できない。そんな無謀な作戦を艦長が了承するのか? 返答もなく、不安に襲われるが、しばらくして返答が来た。
『艦橋より第二砲塔、当該岩礁の位置を把握! これより震洋は岩礁の陰に突入す!』
その声の主は参謀の一人だ。と同時に、岩礁の陰に向けて舵が切られる。
『面舵三十度! 最大戦速!』
『おーもかーじ、最大戦速、ヨーソロー!』
艦長の号令と、航海士の復唱が聞こえてきた。艦が急速に右へ向きを変え、遠心力により第二砲塔内のサヨの机の上に置かれたラムネの瓶が床に落ちる。
「サヨ、僕に捕まってろ」
「う、うん」
方向転換だけでなく、集中砲火を受けて艦が大きく揺れる。これほどの大型艦が、まるで内火艇に乗ってる時のように揺れる。無論、他の十一隻も応戦してくれているだろうが、まさに敵の艦隊に飛び込もうとする震洋に砲火が集まるから、その揺れは半端ない。
命中率は、夜戦だと二パーセントほどといわれている。とはいえこの数の砲弾の 中、さすがに当たるんじゃないのか?
『水雷戦隊に打電、雷撃、および魔導砲で反撃せよ、と』
味方に我が艦の援護を命じる艦長の声が伝声管越しに聞こえてきた、その直後だ。聞いたことのない爆発音が鳴り響く。
ドーンという腹の底に響く音、明らかに砲撃音ではないその音の直後に、大きく船が揺れる。
『直撃弾! 左舷前方、第一砲塔近く!』
『被害状況、知らせ!』
なんてことだ。主砲付近に敵の砲弾が命中したらしい。続いてもう一発、後方からも同じような音が鳴り響く。
『続いて、後部甲板上に着弾!』
『後部乗員、被害状況を知らせよ!』
続けざまに二発目が命中した。無事なのか?
『被害状況、前方にほぼ損傷認められず、後部甲板上、木板のみ損傷! 浸水は皆無、攻撃、航行に支障なし!』
『よし、進路そのまま、最大戦速!』
『進路そのまま、最大せんそーく! ヨーソロー!』
さすがは我が国の最新鋭戦艦だ、二発程度の被弾ではびくともしない。機関音と、砲撃音を奏でながら、なおも前進する。
『回避運動、取舵三十度!』
『とーりかーじ!』
今度はさっきとは逆方向に揺れる。床に落ちたラムネ瓶がゴロゴロと転がる。
僕は、第二砲塔側面にある窓から外を見る。敵の砲撃による閃光が、目的の岩礁を浮かび上がらせる。
その時、艦長が回頭を命じる。
『面舵いっぱい!』
『おもーかーじ!』
『機関室、スクリュー反転、急げ!』
次の瞬間、大型の戦艦とは思えないほどの、信じがたい動きをする。回頭しながら減速するから、ちょうど艦が横滑りをするような動きをしている。
と思うと、ガリッという音が響く。着弾ではない、何か石のようなものが当たった、そんな感じの音だ。
もしかして、岩礁にこの艦の側面を当てたのか? 無茶苦茶な操艦だな。
『第二砲塔、砲撃用意!』
艦長から、いきなり砲撃用意の号令が届く。僕は復唱する。
「第二砲塔、砲撃用意します!」
『敵要塞、方位、左八十七度、仰角十三度!』
第二砲塔から出る魔導弾は、弾道を描かない。まっすぐ進む閃光が放たれるから、そもそも砲塔を上方に向ける必要がない。
が、今回の相手は島の上部に立つ要塞だ。さすがに砲塔を上に向けざるを得ない。
僕は一人、指示通りに砲塔を回転させる。そして、普段は使うことがない上下方向レバーを引く。砲身の角度が、徐々に上がる。
砲身と平行な照準器を覗く。その十字の中心に、うっすらと灰色の建物が見える。時折、要塞砲による砲撃によって光るそのわずかな砲火で、建物を捉える。
どうやらこの岩礁、二つの岩山からなり、その狭間にこの第二砲塔がいる。その両側の岩のおかげで、次々と敵の弾がその岩の表面に着弾する。
岩礁に守られながら、魔導砲が要塞を捉える。サヨは砲塔にある宝玉に手を触れて、祝詞を唱える。
「八百万の神々よ、岩鉄に閉じこもる邪悪なる敵を、撃ち払いたまえ、島を清めたまえ」
宝玉が白く光り出し、サヨがもつ膨大な魔力が込められる。その先には三つに分かれた伝播菅を介して砲身に伝えられる。
その砲身が、一斉に光を放つ。
照準器を覗くが、真っ白な光で覆われて見えない。実際には青色に光っているはずだが、暗がりに慣れた目には眩しすぎるその魔導砲の閃光は、白い光の塊にしか見えない。
が、しばらくしてドーンという衝撃音が届く、と同時に、艦が少し揺れる。照準器を覗き込むと、あの灰色の建物が真っ赤に燃えている。
鉄が燃える。サヨの魔力の力は、鉄や岩をも液状に変えてしまうほどの高熱な光を作り出す。
なぜ、サヨの魔導砲だけ「三連装」なのか? 実はその膨大な魔力に理由がある。
一門の砲では、とても耐えきれず砲そのものが暴発する。サヨの魔力には、通常の魔導砲では耐えられなかった。試行錯誤の結果、三分割に分けることで、ようやくこの魔女の魔力をさばけるまでになった。
その三門の魔導砲により、敵要塞は破壊できた。後は陸軍に任せて、この場を去るしかない。
が、三十隻もの敵艦艇が岩の向こう側にずらりと並んで、我が艦に狙いを定めている。実際、盾となる岩に次々と着弾する音が聞こえる。
こんな敵砲弾が雨あられの中、どうやって離脱する?
が、当惑している暇などない。すぐに艦長命令がこの第二砲塔に伝えられる。
『これより我が艦は、岩礁を離脱する。第二砲塔、敵戦艦を狙え!』
第二射を、敵の戦艦目掛けて放てと命じてきた。僕は復唱するしかない。
「第二砲塔、敵戦艦への砲撃用意!」
砲身を水平に下す。艦が動き出すと、魔力を使い、やや疲れ切ったサヨを支える。
「もう一発、行けるか?」
「ら、ラムネ、ちょうだい……」
一撃目でもかなり魔力を使い、血液中の糖分が失われたようだ。それを補うべく、ラムネを二本、一気に飲み干す。炭酸のきいたラムネを勢いよく飲み切ったから、サヨは一瞬、吐きそうになる。
「う……」
「おい、大丈夫か!?」
サヨの背中をさする。およそ、桁違いの魔力を持つ魔女とは思えないほど、小さな身体と狭い背中をしている。が、戦いはそんなサヨの身体のことなど気にかけてはくれない。厳然たる現実が、我々を襲う。
岩から飛び出した途端、また艦が大きく揺れ、爆発音が響く。
『左舷後方、被弾!』
『被害状況、どうか!?』
また弾を食らってしまった。大きく艦が揺れ、魔導砲は発射どころではない。このまま放てば無駄弾で終わる。
『左舷への敵弾頭の貫通は見られず、航行に支障なし!』
『第二砲塔、左七十二度! 照準、敵戦艦ネヴィルィーム級!』
「第二砲塔、左七十二度旋回!」
またしても、敵の大型艦だ。しかも今回は近い。すでに距離五千を切っている。
『第二砲塔、魔導砲、撃てーっ!』
艦長の号令と共に、ややふらつき気味のサヨが宝玉に手をかざす。そして、祝詞を唱える。
「万物に宿る八百万の神々、我が神国に穢れをもたらす悪しき船を、滅したまえ、海を清めたまえ」
再び、白く光る宝玉。と同時に、ドーンという発射音と共に明るい光が放たれる。
僕は照準器を覗き込む。見事に、あの大型艦を捉えた。辛うじて艦の形を残すが、その上で人影のようなものがうごめいているのが見える。
まさに、地獄絵図だな。海に飛び込もうにも、もはや身体中が炎に包まれており、その力もないと見える。いや、あれは炎によって揺らいでいるだけであり、すでに命は絶たれた者の姿なのかもしれない。
『敵戦艦、破壊!』
見張り員からの報告が入る。と同時に、我が艦は全速で離脱を開始する。
『最大戦速、面舵いっぱい!』
『おもーかーじ!』
敵の砲撃が近くで炸裂し、その反動で揺れる艦にはさらに遠心力が加わる。最後の力を使い果たし、僕の腕の中に納まるサヨを、この不安定な中でどうにかベッドの上に座らせる。
そして、ラムネをそっと口に注ぐ。力を使い果たした魔女は、それをゆっくりと飲み干す。
「よくやった。大丈夫かい?」
「うん、大丈夫……だけど、ちょっと寒い」
「寒い?」
「うん、だから、抱きしめて……」
そういって、物欲しげな顔で僕を見つめてくる。僕は、震えるサヨのすぐ脇に添い寝して、身体を抱きしめた。
砲撃音が、徐々に遠ざかる。この艦の無茶な作戦行動と、十一隻の味方の砲撃に助けられて、オリフォゼムリャ島の要塞破壊を成功させた。それどころか、敵戦艦をも一隻、葬った。
それを成した魔女は、小さな身体を震わせて僕に身体を密着させている。
小さな身体だ。だが、その小さな魔女のおかげで、今度の作戦は辛うじて成功した。
さて、その翌朝を迎える。食堂で他の乗員から聞いたのだが、この戦いで味方は駆逐艦三隻が中破、巡洋艦一隻が大破していた。
が、敵は魔導砲と雷撃により、三十隻中八隻を失っていた。残りの艦艇も、何隻かが戦線を離脱した。
なによりも、陸軍がオリフォゼムリャ島を攻略したという知らせが入る。陸軍も牽引式の魔導砲で海岸沿いのトーチカを破壊しつつ、その晩のうちに島の頂上まで占拠した。敵兵八百人を捕虜に取ったという。
こうして、我が国とバリャールヤナ連邦国とを結ぶスレイン海峡の片側を、我々は手に入れたのだ。