#5 海峡
『機雷源、突破!』
サヨが見つけた「罠」、すなわち大規模な機雷源に道が開かれた。艦隊が辛うじて通り抜けられるその道を通り、我々はついにスレイン海峡に突入したことを見張り員が伝える。
両側には、島がある。こちら側から見て右側が「ゼムゲニー島」で、左側が「オリフォゼムリャ島」と呼ばれている。読みにくい名前だ。
この読みにくい島を奪い、その名前を変えるべく、我々はこの二つの島の攻略を果たす。無論、名前を変えるのが目的ではないのだが。
この島さえ取れてしまえば、バリャールヤナ連邦国は東方の外洋に出られなくなる。となれば、講和に応じるかもしれない。もともと、我々もバリャールヤナ連邦に敵うとは思っていない。国力が十倍近くも違う国を相手に、戦えていること自体が奇跡だ。
その奇跡の元がまさしく「魔女」であり、「魔導砲」でもあるのだが。この強力兵器に支えられて、我々はどうにか戦えているというのが実態だ。しかし、圧倒的物量を持つこの敵を前に、いつまでも魔女頼みとはいかない。
それに、その魔女を支えるのは相当大変なことだ。
「魔女の世話係などに甘んじやがって、軟弱者め!」
などといわれ、砲雷長から時折、殴られる日々が続いた。ついさっきは、とうとうスザキ上等兵曹までが殴られる羽目になった。
艦隊を救うために行動を起こした者を、このお方はどうして殴るのか?
理不尽極まりない。それが軍隊だと言われればその通りだが、何と戦っているのかと、時々砲雷長の行動が分からなくなることがある。
「どうしたの、タクヤ」
サヨに呼ばれてハッと僕は我に返る。わずかだが魔力を使ったサヨがラムネを飲み終え、そのまま僕の顔をじっとのぞき込んでいた。
他意はない。空き瓶を渡そうとしてるのに、うわの空で全然受け取ろうとしない僕を不思議そうに眺めている。その顔が近すぎることに気付くのは、我に返ってからだ。
「あ、いや、なんでもない!」
「なんでもないことないでしょう、今、完全にうわの空だったよ」
「いや、だって、これから戦闘が始まるんだ。どういう戦いになるのか、つい考えてしまっててさ」
「ふうん、そうなの?」
まさか砲雷長のことを話すわけにはいかない。僕はこれから起こるはずの戦いに思いを巡らせていた、ということにした。
「大丈夫だよ、私の一撃で、要塞ってのを叩き落としてあげるから」
と、自信満々に言うサヨだが、僕にはどうしても気がかりなことがある。
先ほど、何重にも張られた機雷源を突破した。が、それ自体が不自然極まりない。
確かに、我々の侵入を防ぐためにはあの厳重なまでの機雷源は有効だ。しかし、逆に敵の艦隊もスレイン海峡から外に出ることができない。
つまり、我々が夜陰に紛れてスレイン海峡に突入すると分かってないと、あんな罠を張ることはできない。
おかしいな、わざわざ寄港することなく海上補給してまで急いでこの海峡に突入してきたというのに、どうして味方の行動を制限することになるあの罠を、タイミングよく張ることができたのだろうか?
単なる偶然か。それ以上に、直前にあれだけの大勝利をした我が軍が、スレイン海峡を攻めてくることくらい想定していたはずだ。我が軍の動きを想定した敵が、大急ぎで機雷を敷設した……と考えることもできるが、それにしても少し腑に落ちないところがある。
『オリフォゼムリャ島要塞まで、あと二万三千!』
『通常砲台、左砲戦、七十度! 砲撃用意!』
夜襲とはいえ、敵もそろそろこちらを捉える頃だ。こちらは夜目が効く見張り員だと一万八千メートル先までを捉えることができる。
が、その前に機雷源を排除している。その爆破の時間から、我が艦隊の動きを読んでいる可能性が非常に高い。しかし、我が軍が右側のゼムゲニー島か、左側のオリフォゼムリャ島のどちらを先に攻略するかなど、敵の知るところではない。
が、艦長はまず、左にある島、オリフォゼムリャ島から攻撃すると決めた。これは事前に知らされていない。我々もたった今、知ったばかりだ。
『陸軍第五師団より入電、機雷源を突破し、要塞攻略の備えは万全。いずれの要塞を攻撃するか、直ちに知らされたし、以上です!』
伝声管を通じて、陸軍の上陸部隊が接近しつつあることを知る。師団ということは、少なくとも一万人以上の攻略部隊だ。それほどの大部隊が、我が艦の艦長、すなわち第二艦隊司令官にどちらの島を攻略するかを尋ねてくる。
が、暗号電文であれど、その狙いがオリフォゼムリャ島であることを知られては困る。そこで艦長はこう打電するよう、通信士に伝える。
『陸軍上陸師団に返電、「川越山よりシラサギ来る」と』
何のことか分からない言葉を、通信士に伝える。おそらく「川越山」とは、あらかじめ取り決められた「オリフォゼムリャ島」を示す隠語なのだろう。これでは暗号を解読できたところで、何のことか分からない。
「ああ、多分だけど、川越山というのは帝都の左側にある山だから、左側のオリフォゼムリャ島を指してるんだと思うよ」
その隠語の意味を、この魔女はあっさりと解釈する。
「それじゃ、その後のシラサギ来る、というのは?」
「さあ……第二艦隊のことを言ってるのかな?」
その会話の中で、僕はふと思い出したことがある。そういえば我が戦艦震洋は元々、巡洋艦として設計されていた。その時の名前が「白鷺」だった。が、魔導砲搭載の大型艦として大急ぎで拡張工事が行われ、戦艦となった。そこで帝都周辺の海の名前である「震洋」という名が与えられたと聞く。
つまり、我が戦艦震洋が左側の島であるオリフォゼムリャ島を目指していると、そう伝えたのだろう。これで陸海軍共に、オリフォゼムリャ島攻略で足並みをそろえることとなる。
『さて、敵の艦隊も少なからず出てくるはずだ。総員の、一層の奮闘努力を期待する』
敵はおそらく、その戦力を二分して待ち構えているに違いない。どちらが攻略対象か分からぬ限り、そうせざるを得ない。
僕は第二砲塔の上部扉を開いて辺りを見渡す。灯火管制してはいるが、しばらくして暗闇に慣れた目を凝らすと、艦隊は単縦陣で一斉にその砲塔を左側に向けていた。
まもなく、その島の要塞に、我が見張り員の目が届く一万六千まで接近する。そのタイミングか、あるいは魔導砲の射程七千まで接近してから一斉砲撃か。まだ司令官を兼務する艦長からの命令はない。
そして、まさに一万八千まで接近した時だ。信じがたいものを、見張り員が発見する。
『艦影、多数視認! 数、およそ三十以上!』
なんだって? いきなり我が行く手に敵艦隊が、三十隻以上も現れたというのだ。これは、スレイン海峡を守る敵艦隊のほぼ全軍だ。
これの意味することは、たった一つ。我々がオリフォゼムリャ島を攻略することを察知していたということだ。
が、右側のゼムゲニー島にいる艦隊がこちらに向かってくるまでに少なくとも二十分以上はかかる。つまり、二十分以上前には察知していたことになる。
そんなバカな。乗員ですらオリフォゼムリャ島攻略を聞かされたのは、わずか三十分ほど前だぞ。
あるいはオリフォゼムリャ島から攻略すると最初から賭けていたのかもしれないが、そんなリスキーなことを、守りに徹すればいいだけの敵がする意味が理解できない。
つまり敵は、我々がオリフォゼムリャ島から攻めると分かっていたことになる。どうして敵は、我々の動きを察知できたというのか?
『通常砲塔、左砲戦、四十五度! 敵艦隊に向けて砲撃開始だ!』
『はっ、左砲戦、四十五度! 砲撃戦、用意!』
『撃ち―かた始め!』
その三十隻以上の艦隊に向けて、我が艦隊の砲撃が加えられる。
『初弾よーい! だーんちゃく!』
『弾着観測、左四十補正!』
『敵艦隊、こちらに向けて砲撃を開始!』
『交互撃ち方、発射間隔、二十秒! 第二射、撃てーっ!』
第一、第三砲塔が交互に撃ち放たれる。二十秒といえば、ほぼこの艦の砲台の最短装填時間だ。
が、敵は我が艦隊のおよそ三倍。猛烈な反撃が襲い掛かる。
『敵砲弾、着弾!』
見張り員の叫び声と同時に、猛烈な波の音と爆発音が響く。
「きゃっ!」
思わず声を上げるサヨ。が、直撃はない。とはいえ、前回よりは爆発音が大きい。それだけ大量の砲弾を撃ち込まれたことを物語る。
そんな音が、二十秒おきに襲い掛かる。こちらの発射音もほぼ同じ間隔で追射するが、数が違い過ぎる。
そんな中、我が艦隊は敵の艦隊に接近を果たす。
『上陸部隊は島の裏側から侵攻を開始する。なんとしてでも、上陸船艇への攻撃を阻止せよ』
と、艦長は簡単に言ってくれるが、それほど簡単なことではない。
というのも、三十隻以上の艦隊以外にも、攻撃が加わったからだ。
要塞砲が、こちらに向けて砲撃を加えてきた。
『オリフォゼムリャ島から発砲! 要塞砲と思われます!』
見張り員が絶叫する声が、伝声管越しに伝わってくる。陸と海からの攻撃。それも三倍以上の艦隊に加え、陸上の大口径砲による砲撃まで加わる。
もはや、これまでか。
そう思った時、砲塔の上部扉からサヨが顔を出す。
「おい、サヨ、危ないぞ!」
だが、サヨは砲塔の扉から頭を出す。この第二砲塔のすぐ前には第一砲塔が断続的に砲撃を続けている。あまり頭を出すとその爆風を喰らって吹き飛ばされかねない。僕はサヨの腕を掴むが、そのサヨは砲塔の扉越しに遠くを眺め、こう告げる。
「右に、岩がある! その岩陰に飛び込めば、要塞砲に肉薄できる!」