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#4 罠

「嫌な予感? 今は戦場に向かってるから、みんなピリピリしてるんだ。その感情を感じてるだけじゃないか?」

「いや、そういうのとはちがって、もっとなんていうか、どす黒い企みのような、そんなものをこの行く先から感じるの」


 魔女、いや、古来より強力な巫女の勘というものはよく当たるものと言われていた。今から何百年も前の戦国の世では、その勘の冴える巫女は重宝され、時に戦場(いくさば)に連れ出されたことすらあるという。

 その巫女であるサヨが、悪い予感がするといっている。恨みの感情といえば、それが敵である可能性が非常に高い。


「場所は、特定できるか?」

「いや、ここじゃわかんない。もっと高くて見晴らしのいいところに行かなきゃ……」

「じゃあ、行こう」

「えっ? で、でも……」

「皆の命がかかっている。ちょっと待ってて、艦橋の上の見張り台に入れないか、許可をもらってくる」

「あ……」


 男恐怖症のサヨだ、当然のことながら、ここを出て艦橋の真上に行くなんて、とんでもないことだろう。が、事は命に関わることかもしれない。

 サヨは徴兵された魔女の中でも最大の魔力量を誇る。そのサヨが、悪い予感を訴えている。それが何なのかを特定できなければ、取り返しのつかない結果を招くかもしれない。

 第二砲塔を出て艦橋へと向かう。が、その途中で砲雷科の二番手といわれるスザキ上等兵曹に出会ってしまう。


「どうした。お前の持ち場はここではないはずだが」


 どこか冷徹で、刺すような声を発するお方だ。が、事は急を要すると思った僕は、敬礼しつつこの上等兵曹にこう告げる。


「サヨ、いや、魔女殿が、この行先から嫌な予感がすると申しております」

「嫌な予感?」

「かつて、巫女は戦場(いくさば)の近くに仕掛けられた罠や隠れた大軍を予見できたとされております。敵が大規模な罠や、大部隊を隠している可能性があります。彼女を高い場所に連れていければ、その場所を特定できるかもしれません」


 そう僕が告げると、しばらく考え込む上等兵曹だったが、僕にとんでもないことを言い出す。


「トウゴウ伍長」

「はっ!」

「その魔女殿を、今すぐ抱きかかえて俺の後ろについてこい」

「は?」

「男が苦手だとは知っている。だから、目を閉じさせたまま連れてくるんだ。急げ」

「はっ、承知しました!」


 いきなりサヨを連れて来いと言い出したぞ、この上等兵曹は。僕は言われるがまま、まずは第二砲塔に向かう。


「ええっ、タクヤが私を抱き上げたまま、外に出るの!?」

「事は急を要する。スザキ上等兵曹が先導し、艦橋の最上部へと向かうようだ」


 そう僕が言うと、両手でサヨを抱き上げる。


「さあ、外に出るよ。目を閉じて」

「う、うん」


 もう本人の意思確認などしている場合ではない。僕はこの魔女を抱き上げたまま、外に出た。

 通路を通り抜け、艦橋の中にあるエレベーターの前に立つ。すでにエレベーター前にいる士官に、スザキ上等兵曹が事情を説明し終えていた。


「艦長よりエレベーターの使用許可が下りた。直ちに上部へと向かう」


 士官でも、大尉以上でなければエレベーターを使うことはできない。が、今回ばかりはさすがに急な階段を大事な魔女を抱えて登るなど危険な上に時間がかかる。そこで上等兵曹が気を回してエレベーターの使用許可を艦長から取り付けてくれた。

 が、そんな場所に、よりにもよってそこに、砲雷長が現れた。


「おい、貴様ら、魔女を連れ出して何をしているか!」


 まずい、その怒声と迫力に、サヨが怯えている。が、そんな僕とサヨの前に、スザキ上等兵曹が立ちはだかる。


「魔女殿が、この先に不吉な予感を感じると申しております。ゆえに、その場所を特定すべく、最上部へと向かう途中であります」

「そんなもの、気のせいであろう」

「すでに艦長の許可も取っております」

「だからといって、エレベーターを使うとは何事か! 貴様ら、たるんでいるのではないのか!?」


 まさにこのスザキ上等兵曹に拳を振り上げようとしたその時、この上等兵曹は砲雷長に向かってこう言い放つ。


「ならばこの先で起こることすべてに、砲雷長が責任を取ってくれるのですね。すでにこの件は、艦長の了承を得ているのです。わずかな遅れによって、我が艦のみならず、艦隊を危険にさらしてしまった場合、砲雷長の一存でそれがなされたと報告することとなりますが、いかがいたします?」


 その鋭い言葉に、振り上げたこぶしが止まる。と、その時、エレベーターの扉も同時に開く。


「では行くぞ、まずは上部艦橋に向かう」


 サヨを抱えたまま、怒り顔の砲雷長を前にエレベーターへと乗り込む。一度、上部艦橋へと向かう。

 そこから先は、狭い階段で測距儀のある環境最上部の見張り台へと向かうことになる。エレベーターが付いた先の上部艦橋には、艦長ら士官が複数人いる。


「ご苦労。すぐに上部見張り台へ向かえ」

「はっ」


 艦長直々に命を受け、僕はサヨを抱えたまま階段へと急ぐ。

 そこには二人の見張り員がいたが、一旦、僕とサヨから離れてもらう。そこでサヨはようやく目を開く。

 まだ震えが止まらないサヨだが、その目が何かを見つけ出した。


「て、手前の岩の陰、何かがいます!」


 距離にして千メートルほど先にある岩礁を指差すサヨ。それを聞いた見張り員が、すぐに双眼鏡でその岩礁を見る。


「ひっ!」


 急に現れた見張り員の姿を見て、再び目を閉じる。震えるサヨを、僕は強く抱きしめる。


「大丈夫だ。サヨの見つけたものが何かを、確認しているだけだ」


 しばらくすると、見張り員の一人が伝声管に向かって叫ぶ。


「十一時方向、岩礁の裏に巡洋艦らしき艦影! 軽巡のカフカ―ス級と思われます!」


 やはりいた。しかし、我が第二艦隊は全部で十二隻。たった一隻が現れたところで、我が艦隊の集中砲火を浴びるだけだ。たった一隻で、何をするつもりだ?

 しかし、サヨが再びこう告げる。


「あ、あの船、何かばらまいてる。ちょうど、この船の行く先……」


 それを聞いた見張り員はサヨに敬礼し、すぐに艦首見張り台へ電話で知らせる。


「進路方向に、機雷源の可能性あり!」


 それを聞いた艦長は、直ちに命令を出す。


『第二艦隊、全艦、停止!』


 戦艦震洋の艦長は、第二艦隊の司令官も兼ねている。艦橋後ろより緊急停止を告げる信号旗をかかげて十二隻の艦を急減速させ、敵の「罠」が巻かれているであろう海域へと突入を中止する。

 しばらくして、艦首見張り台より報告が入る。


『敵、機雷源を発見! 二重、三重、いやそれ以上に撒かれております!』


 なんてことだ。危うく敵機雷源に突入するところだった。サヨの勘は、やはり当たった。


「水雷戦隊へ連絡だ。爆雷を投下し、機雷源を破壊して通り道を開ける」


 ちょうどサヨを抱いたまま、上部艦橋へと降り立った時だ。艦長は駆逐艦七隻に、機雷源の排除を命じているところだった。


「いや、魔女殿おかげで助かった。あれに突入していれば、今ごろは我が艦隊は壊滅的な打撃を受け、敗走せざるを得ないところだったな」


 そんな艦長の声を、目を閉じたまま聞いているサヨは、震えながらも敬礼する。僕も、その場で敬礼した。


「第一砲雷科の出番もあるかもしれん。スザキ上等兵曹とトウゴウ伍長は、直ちに持ち場に戻れ」

「はっ!」


 そう艦長に告げられると、三人は再びエレベーターを使い、最下部まで下りて行った。

 が、降りたには鬼の形相の砲雷長が立っている。もはや気配だけでサヨを震わせるだけの気迫で、こちらを睨みつけてくる。

 が、スザキ上等兵曹はそんな気迫に動じることなく、僕にこう命じる。


「艦長からの命令だ。直ちに砲撃用意せよ。砲雷長、おかげさまで前方の機雷源を発見できましたよ」


 といいながら、僕をかばいだてるように砲雷長の前に立ち、敬礼する。僕はスザキ上等兵曹に頭を下げ、そのまま第二砲塔へと向かう。

 途中、ドカッという音が聞こえてきた。スザキ上等兵曹が殴られた音だろう。まったく、この期に及んでも、自身のうっ憤を晴らすことを優先する砲雷長をどうにかできないものか。

 掃海作業のため、駆逐艦隊が前進する。それを阻むべく、敵巡洋艦が出てきた。

 が、魔導砲を搭載した駆逐艦を前に、あっという間に攻撃され沈められる。その後、爆雷を投下し、艦隊が通り抜けられる程度の海の通路を作り出した。

 機雷源を突破した我が第二艦隊は、直ちに突入を開始する。すでに日は暮れており、現地時刻で午後十時を回っていた。

 が、戦いはまさに、始まったばかりだった。

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