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三連装砲の魔女  作者: ディープタイピング
第二部 戦線拡大編
39/39

#39 平穏

 あのペトロマンスク港の戦いの日から、五か月の月日が流れていた。


 サヨが放った新型の三式魔導砲による極大の一撃と、それに呼応して僕の中から溢れ出した「修復」の魔力。破壊と再生という相反する二つの力が交錯した結果、バリャールヤナ連邦国の誇る難攻不落の巨大要塞と、百隻を超える無敵の大艦隊は、文字通り跡形もなく消滅した。

 絶対的な力を持っていたはずの「見えざる壁」ごと、彼らの軍事力の中枢は完全に粉砕されたのだ。

 主力艦隊と本拠地を同時に失ったバリャールヤナの最高指導者は、ついに完全に戦意を喪失した。もはや彼らに、世界連合艦隊に対抗する術も、気力も残されてはいなかった。

 ほどなくして、隣国のメリディアナ帝国を仲介とし、停戦交渉が開始された。


 交渉のテーブルには、ウィストリア共和国の特使、スラヴィア共和国の代表、そして我が東方連合皇国の全権大使が並んだ。長きにわたる激しい議論の末、バリャールヤナ連邦国はすべての侵略行為を永久に停止し、武力によって占領したすべての領土を返還するという条件を呑むこととなった。

 と同時に、これはスラヴィア共和国にとっては不本意なことだが、ルマク王国、そしてアーティたちの祖国であるシンドゥ大公国の独立も、国際社会の場で正式に承認され、揺るぎないものとなった。

 世界を巻き込んだあの大戦は、こうして終結した。

 僕らは生き残った。恐ろしい殺戮と砲撃に明け暮れる日々は終わり、海には再び、静かな波音だけが響く平和が訪れた。

 季節はめぐり、木々が色鮮やかな紅葉に染まる秋になっていた。

 そして僕とサヨは、まさに約束を果たすために、故郷である霧隠の町へと帰ってきていた。

 山々に囲まれた、静かで小さな町。澄んだ冷たい空気が肺を満たし、遠くから聞こえる川のせせらぎが心を落ち着かせてくれる。もちろん、激しい砲撃音も怒号も、耳をつんざくような爆発音もない。ただ、落ち葉を踏む乾いた音だけが足元で鳴っている。

 僕らが向かったのは、町の高台にひっそりと佇む霧隠神社だ。

 幼い頃、足に怪我をして怯えていたサヨを背負って登った、あの長い石段。あの日から、僕たちの運命は交わり始め、遠く離れた異国の海へと繋がり、そして再びこの場所へと戻ってきたのだ。


 今日は、僕とサヨの婚儀の日である。


 神社の控え室で、僕は黒い紋付袴に身を包み、緊張で微かに震える手を膝の上で握りしめていた。軍服以外の正装なんて久しぶりすぎて、どうにも落ち着かない。

 ふと、障子が静かに開く音がして、顔を上げた。

 そこには、息を呑むほど美しいサヨの姿があった。


 雪のように真っ白な白無垢に身を包み、綿帽子を深く被っている。その下から覗く色白の肌と、ほんのりと紅を差した唇。かつて、父親の虐待による男恐怖症で僕の背中に隠れてばかりいた少女は、過酷な戦争を生き抜き、世界を震撼させるほどの力を発揮した最強の「三連装砲の魔女」となり、そして今まさに、僕の妻になろうとしているのだ。


「タクヤ……なんか。変じゃないかな?」


 サヨが少し恥ずかしそうに、はにかみながら尋ねてきた。


「変なもんか。世界で一番、綺麗だよ。見惚れてしまった」

「えっ、それじゃ普段は、見惚れてないってこと?」

「まさか。でも今日のサヨは、特別なのは間違いない」


 僕が素直な感想を伝えると、サヨは顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。相変わらず、褒められ慣れていないところは昔のままだ。


「おいおい、式の前からそんなに熱々じゃ、こっちが火傷しちまうぜ」


 突然、からかうような大きな声が響き、控え室の縁側にドカドカと足音が近づいてきた。

 見れば、戦艦「震洋」で苦楽を共にした第一砲雷科の面々が、見慣れた軍服姿ではなく、各々が用意した私服や礼服姿で立っていた。


「サイゴウ伍長にスガノ上等兵曹、サクライ上等兵まで来たのか」

「来ちゃ悪いのかよ、トウゴウ曹長……いや、今はただのトウゴウさんと呼ぶべきかな。お前らの晴れ舞台だ、遠く櫻坂から、駆けつけるに決まってるだろうが」


 サイゴウ伍長がニヤニヤと笑いながら、僕の肩を力強く叩く。サクライ上等兵も、深々と頭を下げて祝いの言葉を述べてくれた。


「本当におめでとうございます。お二人のおかげで、我々はこうして生きて故郷の土を踏むことができました。第一砲雷科一同、心からお祝い申し上げます」

「みんな……本当に、遠いところまで来てくれて、ありがとう」


 サヨも白無垢姿のまま、深く頭を下げた。すると、人混みを掻き分けて、さらに見知った顔が現れた。


「まったく、こんな山奥の田舎町まで足を運ばせるなんて、とんだ迷惑ですわね」


 相変わらずの高飛車な口調、豪奢な着物を見事に着こなし、手には扇子を持ったその女性は、戦艦「櫻火」の魔導砲手であり、安国神社の巫女であるヒトツバシ兵長だった。


「ヒトツバシ兵長……来てくださったんですね」

「勘違いなさらないで。冥府の神に挨拶をしておくのも、現世を司る安国神社の役目というだけですわ。それに……」


 ヒトツバシは扇子をパチンと閉じ、その視線を僕の後ろに向けた。


「ジロウさんが、どうしても部下の晴れ姿を見届けたいと仰るものですから、付き合ってさしあげただけですわよ」

「おい、何を言っている。お前がついて行きたいと言ったから連れてきたんだろうが」


 と、その高飛車な巫女の後ろから現れたのは、かつて砲雷長として僕らを指揮したあの切れ者、スザキ少佐だった。彼は昇格し、大尉から少佐になっていた。そんなスザキ少佐は端正なスーツ姿で現れた。


「スザキ少佐、お久しぶりです」


「ああ。二人とも、見違えたな。特に魔女殿……いや、カンザキ殿。その衣装、とてもよく似合っている。戦場での軍服姿も凛々しかったが、やはり平和な世にはその姿が一番だ」

「ありがとうございます、少佐殿。ヒトツバシさんも、わざわざ遠いところから、本当にありがとうございます」


 サヨの言葉に、ヒトツバシは「ふん」と鼻を鳴らしながらも、まんざらでもない様子で顔をそらした。この二人の奇妙な関係も、平和になった今となっては微笑ましいものだ。

 さらに、境内の方から、聞き慣れない異国の楽器の陽気な音が聞こえてきた。

 障子を開けて外を見ると、そこには色鮮やかなシンドゥの民族衣装を纏った三十人の女性たちが、楽しげに舞を舞っている姿があった。


「アーティ!」


サヨが思わず声を上げると、列の中心で踊っていたアーティが満面の笑みでこちらへ駆け寄ってきた。


「サヨ! タクヤ! おめでとう! 我ら、独立の祝祭、終わり、すぐ、東方の船、乗った。間に合った!」


 褐色の肌に金色の装飾品を輝かせたアーティは、サヨの両手を握りしめ、目を輝かせた。


「この国、とても奇麗。木が、赤く、黄色い。シンドゥに、ない景色。サヨの生まれた場所、素晴らしい、ところ」

「ありがとう、アーティ。それに、遠い国からみんなも来てくれて、私、本当に嬉しい……」


 かつて、共に死線を潜り抜け、世界の理をねじ曲げるほどの強大な魔力を分け合った異国の戦友たち。彼女たちがこうして遠い海を越えて祝福に駆けつけてくれたことは、僕らにとって何よりの喜びだった。


 やがて、神社の太鼓が重々しく鳴り響き、式の始まりを告げた。


 僕とサヨは、仲間たちに見守られながら、神社の本殿へとゆっくりと歩みを進めた。

 本殿の奥深く、神聖な静寂に包まれた空間で、僕らは祭壇の前に正座した。

 神社の巫女が、厳かに祓串はらえぐしを振り、祝詞を読み上げる。


 かつてサヨが戦場で、死にゆく敵味方の魂を冥府へと送るために震える声で唱えていた祝詞とは違う。今日この場所で響き渡るのは、二つの魂が結びつき、新たな生を紡いでいくことを祝福する、希望に満ちた祝詞だ。


 しばし静寂の中、三々九度の盃が運ばれてくる。

 一人の巫女が、静かに僕とサヨの盃に酒を注ぐ。その赤い盃を手に取る直前、サヨがふと僕の方を見た。

 綿帽子の奥、少しだけ不安そうに揺れる瞳。彼女は小声で、しかしはっきりとした口調で僕に尋ねた。


「タクヤ……もう一度だけ、聞くね。私、とんでもない力を持った魔女だよ。世界の理すらぶっ壊しかけたような、そんな恐ろしい魔女を、本当にお嫁にしてもいいの? 航海しない?」


 その問いに、かつての彼女が抱えていた深い孤独と、力を持つ者としての恐れが滲み出ているのを感じた。

 僕は、彼女の目を真っ直ぐに見つめ返し、はっきりと答えた。


「サヨ、僕は君が魔女だからとか、そうでないとか、そんなことは関係ないんだ。僕はただ、サヨだから、ずっと一緒に生きていきたいと思ったんだ。あの八歳の時、崖下で泣いていた君を背負った日から、もしかしたらこの運命は決まっていたのかもしれない」


 僕の言葉を聞いて、サヨの目から大粒の涙が溢れ落ちた。

 彼女は嬉しそうに何度も頷き、そしてそっと盃に口をつけた。僕もそれに続く。


 誓いの盃を交わし終えると、僕らは立ち上がり、本殿の外へと出た。

 そこには、待ち構えていた仲間たちが、盛大な拍手と歓声で僕らを迎えてくれた。


「おーい、タクヤ! 男を見せろよ! 誓いの口付けってやつをよ!」


 サイゴウ伍長がニヤニヤしながら野次を飛ばす。


「そうですぞ! 第一砲雷科の意地を見せてください!」


 スガノ上等兵曹やサクライ上等兵ら第一砲雷科の皆が、手を叩いて囃し立てる。アーティたちシンドゥの魔女たちも、独特の甲高い歓声を上げながら花びらを撒き散らしてくれている。


「まあ、相変わらず騒々しい連中ですこと。でも、それくらいの度量を見せつけるのも巫女の役目ですわね。さあ、早くやっちゃってくださいな」


 ヒトツバシが扇子で口元を隠しながらくすくすと笑い、スザキ少佐も腕を組みながら穏やかな笑みを浮かべて頷いている。

 これだけの人数に注目されて、僕は顔から火が出るほど恥ずかしかった。だが、ここで引くわけにはいかない。

 僕はサヨの方を向き、彼女の華奢な肩をそっと抱き寄せた。

 サヨもまた、顔を真っ赤にしながらも、ゆっくりと目を閉じ、少しだけ背伸びをした。

 秋の澄んだ空気の中、舞い散る花びらと紅葉に包まれながら、僕らは静かに、誓いの口づけを交わした。

 割れんばかりの歓声と拍手が、霧隠の山々に響き渡った。

 戦争という暗く冷たいトンネルを抜け出し、僕らはついに、確かな光の中へと辿り着いたのだ。


 しかしだ、平和が訪れたとはいえ、世界の情勢が完全に安定したわけではなかった。


 停戦条約が結ばれたとはいえ、バリャールヤナ連邦国という巨大な国家が地図から消えたわけではない。彼らはペトロマンスクという中枢を失い、海軍力を削がれはしたものの、広大な領土と陸軍は未だ健在であり、今はただ傷を舐め、内政の立て直しに追われているに過ぎない。

 彼らの脅威が、この世界から完全に消え去ったわけではないのだ。

 そのため、東方連合皇国の軍令部は、僕たちをただの一般市民として霧隠の町に放置しておくことを許さなかった。


 無理もない話だ。サヨは、単艦で敵艦隊を殲滅できるほどの強大な「破壊」と「放出」の魔力を持つ、世界最強の魔女だ。

 そしてあろうことか、僕自身もあのペトロマンスクでの最終決戦の際、崩壊しかけた物理法則を元に戻し、消えかけたサヨの実体を繋ぎ止めるという、桁外れの「修復」と「還元」の魔力を持つことが判明してしまったのだ。

 国家の最高機密レベルとも言える異能を持つ僕ら夫婦を、軍の監視の目が行き届かない山奥の町などに置いておくわけにはいかない。それが軍上層部の冷徹な判断だった。

 で、結局、僕らが望んだ「霧隠町で普通に働く」というささやかな夢だけは叶わず、僕とサヨは、海軍の重要拠点である櫻坂の街へと戻ることとなった。

 とはいえ、最前線で命を削って戦い抜いた功績は認められ、軍からあるものを与えられる。

 それは櫻坂の街の、海が見下ろせる小高い丘の上の、白壁の可愛らしい洋館だ。

 二人には、大きすぎる家だ。


 そして、櫻坂での新生活が始まってから半年ほどが過ぎた、春の終わりのある日のこと。

 初夏の陽気が心地よい午後、僕とサヨは坂を下り、櫻坂の街の中心部へと出かけていた。

 向かったのは、僕らがかつて戦時中にも何度か訪れた、表通りにある馴染みの「洋茶屋」だ。


「いらっしゃい」


 カランコロンとドアベルを鳴らして店内に入ると、マスターが笑顔で迎えてくれた。僕らは窓際の特等席に座り、いつもの注文をする。


「お待たせいたしました。メルサボン珈琲と、メロンソーダです」


 運ばれてきたグラスには、ルマク王国との交易再開によって再び潤沢に入荷するようになった天然炭酸水を使った、鮮やかな緑色の液体が注がれ、氷が涼しげな音を立てていた。


「わぁ……やっぱりこれだよね!」


 サヨは目を輝かせ、ストローを咥えてメロンソーダを勢いよく吸い込んだ。

 炭酸のシュワシュワとした刺激と強烈な甘味が口の中に広がったのだろう。彼女はグラスから口を離すと、この世のすべての幸せを凝縮したような、極上の笑顔を浮かべた。


「美味しい! コーラやラムネもいいけど、やっぱりメロンソーダは格別だよ」

「そうだな。戦時中の配給不足の時とは大違いだ」


 僕も珈琲をすすりながら、彼女の笑顔を眩しく見つめていた。

 軍服ではなく、淡い桜色のワンピースを着たサヨは、どこからどう見ても普通の可愛らしい女性だ。この細腕で、世界最大の大艦隊の大半を一撃で消し飛ばしたなんて、誰が信じるだろうか。


 窓の外では、港を行き交う商船の汽笛がのどかに響いている。軍艦も多いが、それ以上に世界中からやってくる色とりどりの貨物船が海を賑わせていた。多くは、ウィストリア共和国のものだろう。

 僕らはしばらく、他愛もない会話を楽しんでいた。夕飯の献立のこと、庭に新しく植えた花のこと、来月スザキ少佐たちがこちらへ視察に来るらしいという噂話。


 ふと、サヨがメロンソーダのグラスをテーブルに置き、ストローをくるくると回す手を止めた。

 彼女は少し俯き加減になり、色白の頬をほんのりと薄紅色に染めている。もじもじと指先を絡ませながら、何かを言いにくそうにしている。


「どうした、サヨ? 気分でも悪いのか?」


 僕が心配になって身を乗り出すと、サヨはゆっくりと顔を上げ、僕の目を真っ直ぐに見つめた。

 その瞳には、どこか照れくささがあった。


「あのね、タクヤ……」

「うん?」

「私ね……赤ちゃんが、できたみたい」

「えっ……?」


 その瞬間、僕の頭の中は真っ白になった。

 時間が止まったかのような数秒の空白の後、僕はサヨに尋ねた。


「ほ、本当か? サヨ、それ本当なのか?」


 僕は思わず立ち上がりそうになり、テーブルに膝をぶつけて珈琲のカップをガタガタと鳴らしてしまった。周囲の客が何事かとこちらを見たが、そんなことはどうでもよかった。


「うん……昨日ね、お医者さんに診てもらって、間違いないって。秋の終わり頃には、産まれる予定だって」


 サヨは自分のお腹に両手を優しく当て、愛おしそうに微笑んだ。


「そうか……でもそうなると、僕が父親に、サヨが母親になるのか」

「実感ないよね。実は、私もそう。なんだか、変な感じ」


 僕はテーブル越しにサヨの手を握りしめる。

 かつて戦艦の第二砲塔の中で、「夕暮れ時に赤ん坊を背負ったサヨが迎えてくれる」と語ったあのささやかな夢は、ついに現実のものになろうとしているのだ。


 ふと僕は、生まれてくる僕たちの子供の姿を夢想した。


 男の子だったら、僕に似て少し頼りないかもしれないが、手先が器用で優しい子に育ってほしい。キャッチボールをしたり、一緒に釣りにでも行こう。

 女の子だったら、多分、サヨに似て、とびきり可愛い子になるだろう。可愛いワンピースを着せて、一緒にメロンソーダを飲みに来よう。


……ん? 待てよ。


 女の子だったら……それはすなわち巫女、いや、魔女になるということだ。

 そこまで考えて、僕の背筋に冷たい汗がツーッと流れ落ちた。血の気が引くのが自分でもわかる。

 母親であるサヨは、ただの魔女ではない。空間に満ちる大地の魔力をすべて吸い尽くし、世界最大の要塞と百隻の艦隊を一撃で消滅させ、挙句の果てに周辺海域の物理法則すらも崩壊させた、史上最強の「破壊」と「放出」の魔女だ。

 そして、父親である僕も普通ではないことが分かった。サヨの暴走を無意識に抑え込み、崩壊しかけた世界の理を強引に繋ぎ止め、消えかけた魂すらも現世に引き戻した、これまた規格外の「修復」と「還元」の魔力を持っている。

 破壊の極致と、修復の極致。

 そんな、常識外れの力を持った二人の間に生まれてくる「女の子」となれば……一体、どれほどの魔力を秘めて生まれてくるんだ?

三連装の魔女どころではない、とんでもない大魔女が誕生してしまうのではないか?


 僕は想像するだけで恐ろしくなる。もしそんな子が生まれたら、軍令部が黙ってはいない。とんでもない魔導砲を開発して、その砲手にされてしまうのは間違いないだろう。


「タクヤ? どうしたの、急に顔色が悪くなって……なにかあった?」


 サヨが心配そうに僕の顔を覗き込んできた。その無垢な瞳を見て、僕はハッと我に返った。

 自分の子どもの未来に、何を恐れているんだ。

 たとえどんなに強大な力を持って生まれようと、世界を滅ぼすほどの大魔女になろうと、そんなこと、関係ない。

 それは、僕とサヨの愛する子供だ。

 その子が大人になる頃には、戦い方が大きく変わっているかもしれない。現に、ウィストリア共和国の飛行機というやつが、さらに発達しているかもしれない。魔導砲など、無力になるだろう。

 それに、僕には「修復」の力がある。サヨの暴走を抑えられたように、子供の力だって僕が優しく包み込んで宥めてやればいいのだ。


「いや、なんでもないよ。ただ、あまりにも順調すぎて、頭が混乱しちゃっただけさ」


 僕は震えを隠し、満面の笑みを作ってサヨに答えた。


「本当? よかった」


 サヨは安堵の息を吐き、再び極上の笑顔を見せてくれた。

 窓の外では、柔らかな初夏の風が吹き抜け、街路樹の緑が眩しく揺れている。遠くではしゃぐ子供たちの声が聞こえ、平和な日常の音が街を満たしていた。


 未来にどんな困難が待ち受けていようとも、僕らならきっと乗り越えていける。

数々の死線を共に潜り抜け、世界の果てまで一緒に戦い抜いた、僕とサヨなのだから。

 僕は、サヨの胸元で優しく光る青水晶のペンダントを見つめながら、これから始まる新しい家族との騒がしくも愛おしい日々に思いを馳せ、ただ静かに、この尊い平和を噛み締めていた。

(完)

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