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三連装砲の魔女  作者: ディープタイピング
第二部 戦線拡大編
36/39

#36 鉄壁

 極寒の北の海は、文字通り凍てついていた。

 戦艦「震洋」の甲板には分厚い霜が降り、砲身からは無数の氷柱(つらら)がぶら下がっている。南国の暑い気候から、いきなり極寒の地だ。身体が、ついていかない。僕の吐く息は白く濁り、ウィストリア製の防寒着を重ね着していても、芯から冷え切るような寒さが全身の体温を奪っていく。

 だが、その寒さを忘れさせるほどの異様な光景が、僕らの眼前に広がっていた。


『前方、ペトロマンスク港を視認! 艦影多数!』


 水平線の彼方にそびえ立つ、黒々とした巨大な陸地。鋼鉄とコンクリートで覆われた、異形の巨大要塞――バリャールヤナ連邦国の本拠地、ペトロマンスク港だ。

 僕が甲板に出て双眼鏡で覗き込むと、その港内にはびっしりと軍艦が停泊しているのが見えた。その向こう側には、巨大な砲身がいくつも見える。

 まさに、要塞都市だ。


「……百隻はいるな。いや、もっとか」


 隣で同じように外を見ていたスザキ大尉が、重々しく呟いた。

 敵の中枢基地なのだから、それくらいの数がいても不思議ではない。だが、奇妙なのはその動きだ。百隻以上もの大艦隊が、誰一隻として動こうとしない。港内に停泊したまま、あるいは港の出口付近で単縦陣を組んだまま、まるで時間が止まったかのように微動だにしないのだ。


「また、ですね。あの『見えざる壁』を展開し、我々を待ち構えているということでしょう」


 僕が言うと、スザキ大尉は忌々しそうに頷いた。


「間違いあるまい。しかもここは奴らの本拠地だ。おそらくだが、バハナ沖で遭遇した急造の壁とは比べ物にならない、強固な防御陣地を築き上げているはずだ」


 僕らの後方には、スラヴィア共和国の精鋭艦隊と、ウィストリア共和国の巨大な航空母艦群が控えている。世界連合艦隊の総力をもってすれば、いかに堅牢な要塞だろうと叩き潰せるはずだ。だが、あの壁を突破できなければ、どんな巨砲も航空機も意味を成さない。


『共同司令部より発令! 全艦、戦闘用意! これよりペトロマンスク要塞へ攻撃を開始する!』


 艦長の号令が、伝声管から響き渡った。


『まずは前回同様、全艦の魔導砲を一点に集中させ、敵の第一防壁を突破する! その後、潜水艦部隊による雷撃で内側を掻き回す!』


 作戦はシンプルだった。これまでの戦術の踏襲だ。が、今回は通用するのか? そうは思いつつも、我々はそのいつもの攻撃態勢に移る。


「サヨ、砲撃準備だ!」

「うん!」


 第二砲塔の中で、サヨが宝玉を両手で強く握りしめる。彼女の白い息が、淡く光り始めた宝玉に吹きかかる。


『目標、港湾入り口に展開する敵艦隊中央! 魔導砲、一斉射撃用意!』


 艦長の号令とともに、僕は砲塔を旋回させ、照準を合わせた。


八百万(やおろず)の神々よ、極寒の海に潜む悪しき盾を、貫き砕きたまえ! 清めたまえ!」


 サヨの祝詞が響き渡ると同時に、「震洋」の三連装砲が轟音を上げ、三本の青白い閃光を放った。周囲の僚艦、そして戦艦「櫻火」からも魔導の光が放たれ、一つの巨大な光の槍となって敵の防壁に突き刺さる。

 バリンッという、分厚いガラスが砕けたようなすさまじい音が海上に轟いた。


「第一の壁、崩壊を確認!」

『今だ! 駆逐艦隊、雷撃戦開始!』


 スラヴィア艦隊の潜水艦部隊に加え、我が駆逐艦隊も一斉に魚雷を放つ。白い航跡が何十本も海面を描き、無防備になったはずの敵艦隊へと殺到していく。

 前回までは、これで二枚目の壁の水中部分をすり抜け、敵艦に打撃を与えられた。

 が、今回は違う。

 僕らの期待は、無残にも打ち砕かれた。


 ドーンという鈍い爆発音が、連続して響く。だが、水柱が上がったのは、敵艦のどてっ腹ではなく、敵艦隊の数百メートル手前の海面だった。


「魚雷が、弾かれた?」


 僕が驚愕の声を上げる。

 その光景から察するに、放たれた魚雷はすべて、見えない壁に激突して爆発してしまったのだ。


「馬鹿な……二重目の壁すらも、水中まで完全にカバーしているというのか!」


 スザキ大尉が双眼鏡を握りしめたまま呻いた。

 そう、バハナ沖での急造の壁とは違うのだ。ここはペトロマンスク、奴らの絶対防衛線。時間をかけて構築された防御システムは、空から海中まで、文字通り一寸の隙もない「鉄壁」を完成させていたのだ。

 その後、スラヴィア艦隊が通常砲で一斉射撃を試みたが、すべての砲弾が二枚目の壁に弾かれ、虚しく海に落ちるだけだった。

 さらに厄介なことに、港の奥にある陸砲は壁の外にいるためか、こちらに無数の砲弾の雨を降らせてきた。距離はおよそ三万メートル。通常砲で、ギリギリ届くかどうかの距離。相手は動かないものの、射程は四万以上あるようで、こちらが攻撃を加える前にあちらからの砲撃を喰らうことになる。

 サヨはあと一発、魔導砲を放つことができるが、この三連装砲だけでは二番目の壁は破れない。かといって、陸上の砲台を撃つには遠すぎる。

 百隻以上の艦隊が、一斉に敵の港から離れるしかなかった。


「……困ったものだな、二重、三重どころではない規模の防御壁が張られていると考えるしかない。しかも、一晩で内側から壁を強化されたなら、こちらがいくら壁を日に一枚、破壊し続けたとしても、無限にそれを続けなくてはならない。打つ手なし、だな」


 スザキ大尉がこれほど弱音を吐くのも珍しい。が、この砲雷長の言葉が示す通り、世界連合艦隊は初日の攻撃を諦め、一旦距離を取り作戦を練り直すこととなった。

 そして、翌日。

 凍てつく海の上で、僕らは再びペトロマンスク要塞と対峙していた。


『作戦を変更する! 本日は魔導砲の一点集中砲撃を二度に分け、二重に壁を削り取る!』


 昨夜の合議の結果、単純だが確実な方法が選ばれた。第二艦隊と第四艦隊の全二十一隻の魔導砲をタイミングをずらして連続で一点に叩き込み、二重目の壁を無理やりこじ開けるという力技だ。


「サヨ、体調は大丈夫か?」

「うん、ちょっと寒いけど、大丈夫。それに、魔力は一晩寝て回復したよ」


 サヨは青水晶のペンダントを握りしめ、宝玉に向かった。砲塔の上には、分厚いコートを着込んだアーティたちシンドゥの魔女が三十人、待機している。ちなみにサヨの三連装砲は二番目を撃つため、やや遠くから放たれる。それはつまり彼女たちの「導く力」を使い、一万を超える距離から長射程で叩き込む。


『第一波、遅れて第二波、放てぇっ!』


 艦長の号令で、再び魔導砲の斉射が始まる。

 最初の青白い閃光が、一枚目の壁を崩壊まで至らずとも、わずかな穴を開けた。そのわずかな隙を抜いて、第二波が二重目の壁に突き刺さる。激しい火花と空間の歪みが発生し、やがて凄まじい衝撃音と共に、二枚目の壁が粉々に砕け散った。


「やった! 二枚目を抜いたぞ!」


 スザキ大尉の歓声が上がる。それを見た艦長が、次の命令を下した。


『砲雷撃、同時攻撃! 全艦、通常砲による一斉砲撃を加える。撃ち方、始め!』


 我々だけではない、スラヴィア艦隊による砲撃、およびウィストリア軍の航空機隊による爆撃も加えられた。

 三枚目の壁も当然、あるだろう。だが、魚雷さえ通れば、奴らは壁を解除して応戦せざるを得ない。

 さすがの敵も、我が艦隊を相手に崩壊するだろう。僕はそう、期待した。

 だがその期待は、一瞬で落胆へと変わった。


『弾着……効果なし! 敵艦、無傷!』


 観測員からの無情な報告。僕が照準器を覗くと、二枚目の壁の奥に、さらにもう一枚、空気が歪んで見える層が存在していた。


「三重目の壁も、魚雷を通さないだと!? ふざけるな、一体どれだけ強固な防壁を重ねてやがるんだ!」


 サイゴウ伍長が怒声を上げる。

 まさに絶望的なほどの鉄壁だ。どれだけ魔導砲を叩き込んでも、そのたびに新たな壁が現れる。まるで玉ねぎの皮を剥いているようなものだ。きりがない。

 そして、壁を破れずに手こずっている我々を嘲笑うかのように、敵が動いた。


『敵潜水艦部隊らしきスクリュー音を聴知! 発射管への注水音を感知しました!』

『なんだと!?』

『魚雷多数、発射を確認!』

『全力即時退避! 転舵、反転!』


 三重目の壁のすぐ内側、ペトロマンスク港の海面から、黒い潜水艦が次々と出撃してきた。彼らは壁のギリギリのところへ出てくると、その艦首から一斉に魚雷を放った。


『雷跡視認! 取り舵十五、回避急げ!』


 我が艦隊とスラヴィア艦隊に向けて、無数の雷跡が迫る。放たれた魚雷は、我が戦艦震洋にも迫る。


『くそっ、砲雷科総員、衝撃に備え!』


 回避運動を取る連合艦隊だが、陣形が密集しているため避けきれない艦が出る。スラヴィアの巡洋艦と、我が皇国の駆逐艦一隻に魚雷が命中し、巨大な水柱が上がった。

 この震洋にも、一発が命中した。が、幸いにも不発だったのか、あるいは信管が作動し得ないほど斜めに当たったためか、ゴンッという音を響かせただけで済んだ。


『対潜攻撃だ! 奴らを返り討ちにする!』


 艦長の命を受け、被害を受けた味方艦隊から当然、報復として爆雷が放たれる。

 だが、敵の潜水艦は魚雷を撃ち放つとすぐに深く潜航し、三重目の壁の奥深くへと悠々と逃げ帰ってしまった。こちらの攻撃はすべて、またしても見えざる壁に弾かれてしまう。


「なんてことだ。自分たちは絶対安全な壁の中に隠れて、一方的に攻撃してくるなんて」


 僕は照準器の横の壁をドンと叩いた。

 手も足も出ない。これでは完全な的だ。二日目の攻撃も、我々は多大な被害を出しながら撤退を余儀なくされた。

 と、海上では散々な結果に終わった戦いだったが、幸いなことに戦果はあった。

 強固な三枚目の壁が存在すると知ったウィストリア軍の航空隊が、攻撃目標を艦隊からその後方にある陸上砲台へと変えたのだ。

 その結果、多数の砲台が爆撃を受けて炎上。空からの攻撃までは想定されていない敵要塞の攻撃手段の多くは、壊滅に追いやられた。


 そして、三日目の朝。

 事態を重く見た世界連合艦隊の首脳部は、強硬手段に出ることを決定した。

 ウィストリア共和国の航空母艦群から、空を覆い尽くすほどの飛行機が発進した。その数、およそ三百機。彼らの目的は、港湾施設や艦隊ではなく、ペトロマンスクの「市街地」だった。


「砲雷長、なぜ彼らは軍の施設ではなく、街の方へ向かっているのですか?」


 甲板から空を見上げていた僕が尋ねると、スザキ大尉は苦々しい顔で頷いた。


「ウィストリアの司令部の判断だ。あれだけ強固な壁を破るためには、その後方にある民間施設を攻撃するしかない、と。そうすれば、奴らは壁を解き、攻勢に転じるかもしれない、とな」

「えっ、街を攻撃するってことですか? でもそこには当然、一般の市民だっているはずですよ」

「なればこそだ。民間人の犠牲をもって、敵を炙り出す。それくらいしか、敵の艦隊を海上に引っ張り出す術がないというのが、三国の合同司令部の決断だ」


 その言葉を聞いて、僕は背筋が寒くなった。

 双眼鏡で、僕は街の方を見る。上空から、無数の黒い点がペトロマンスクの市街地へと降り注ぐ。

 直後、大地を揺るがすような連続した爆発が起きた。見えざる壁は港湾部を中心に張られており、市街地そのものは無防備だったのだ。

 オレンジ色の炎が次々と上がり、黒煙が空を覆い隠す。遠目からでも、破壊された街の中で何が起きているのか、嫌でも分かる。

 軍の施設ではなく、民家や病院、学校、それら戦いとは無縁な施設が次々と火の海に飲み込まれていく。


「ああ……」


 僕の隣で、サヨが顔を覆いながら嘆く。


「こんなのおかしい。戦いとは無関係な人たちの犠牲を強いるなんて」


 サヨの目から、大粒の涙が溢れ落ちた。


「サヨ……」

「これじゃ、バリャールヤナが私たちの国や、バハナやルマクでやってきたことと同じじゃないの? 民間人を巻き込んで、無差別に殺すなんて……こんなやり方で勝ったとしても、正義なんて言えないよ」


 彼女の言葉は、悲痛な叫びだった。

 確かに、敵に大きな損失を与え、壁を打ち消す策としては有効かもしれない。現に、壁の中では慌ただしく兵士らが動く様子が見える。

 しかし、だ。彼らはそれでも壁を解かない。市民の犠牲より、戦いを優先した。廃墟と化した街の脇で、百を超える敵艦隊は依然として、健在なままである。それを防御する、壁と共に。

 サヨは甲板に膝をつき、嘆く。


「うう……自分でも、何のための戦いなのか、分からなくなってきたよ。ただ私は皇国を、攻撃に怯えることのない国にしたいだけなのに」


 両手で顔を覆いながら涙を流すサヨに、僕はなんと声をかければいいか分からなくなっていた。サヨの言う通りだ。が、その皇国を守るために、敵の本拠地を叩く必要がある。

 この冷徹な戦いを、僕は否定することはできない。自国を守る軍人の一人として、合同司令部の下した決断を受け入れるしかない。だが、従軍する巫女であるサヨにとっては、その冷徹さを受け入れる義務はない。

 静かな、しかし力強い声が響いた。


「サヨ!」


 振り返ると、そこにはアーティが立っていた。極寒の中、防寒着を纏ってはいるが、その瞳にはどこか熱い炎が宿っているように見えた。


「アーティ……」


 サヨが涙ぐんだ顔を上げる。

 アーティはサヨの隣に膝を下ろし、彼女の肩を抱いた。


「ウィストリアのやり方、我、嫌い。無関係な、人の命、燃えている。あれは、本当の戦い、違う」


 アーティはペトロマンスクの炎を睨みつけ、そして、ゆっくりと僕らの方へ向き直った。


「サヨ、お前の悲しみ、怒り、分かる。お前なら、秘術、使いこなせる。お前に、託すしか、ない」

「え……秘術?」

「教える。我ら、シンドゥに伝わる、最強の、秘術を」


 その言葉に、僕は思わず身を乗り出した。


「アーティ! それは、世界の理が変わるとか言って、君が頑なに隠していた……」

「そうだ。が、すでに、世界の理、壊れ始めてる。あの、赤い炎、それだ」


 アーティは街の方を指差して、僕にそう告げた。

 言いたいことは分かる。戦いのために、戦いとは無関係な人々が犠牲になる。独立前のシンドゥでも大なり小なり、理不尽な扱いを受けたことだろう。それを拒むために独立を勝ち取ったものの、そのためにたとえ敵であるバリャールヤナとはいえ、理不尽な仕打ちを受ける様を、黙って見ているのは耐え難かったのだろう。


「タクヤ、以前、ホセ島、サヨが石碑、触れた、そう、聞いた」

「ああ。その時はサヨが『頭の中に風景が見えた』と言っていた。その後、コーカサス湾の戦いで、サヨは空間に満ちる魔力(マナ)を集めて、第三射を撃った」


 アーティはサヨの目を見つめた。


「あの時、サヨ、感じたもの。それ、この世界、満たす、『大地の呼吸』。我ら、シンドゥの秘術、その呼吸、束ね、一つの力へ、変換する術」


 アーティは言葉を切ると、重々しい口調で続けた。


「お前の、第三射、あれはまだ、大地の魔力(マナ)の、ごく一部。真の秘術、この空間、、そのものを作る、『(ことわり)』を全て吸い上げる」


「大地の魔力を……すべて?」

「そう、それ、使えば、あの新型魔導砲、完全に、使うこと、できる」


 あのバハナ沖で、宝玉ばかりが光って発射できなかった新型の魔導砲。「蓬雷」に積まれたまま、使い物にならないとされていたあれが、撃てるようになるというのか。


「アーティよ、その秘術を使うと、どうなるんだ?」


 僕がゴクリと唾を飲み込んで尋ねると、アーティは静かに答えた。


「あの、幾重もの、見えざる壁、紙切れのように、吹き飛ばす。その背後の、艦隊もろとも」


 それを聞いて僕は、ゾクッとした。それは、まさに神の(いかずち)だ。

 だが、それほどの力があれば、ウィストリアの無差別爆撃など頼らなくても、バリャールヤナの軍事拠点だけをピンポイントで、かつ一瞬で消滅させることができる。


「すごい……それなら、もう市民を巻き込まずに戦争を終わらせることができる!」


 サヨの表情に、希望の光が差した。だが、アーティの顔は険しいままだった。


「喜ぶの、早い。我、なぜ、これ隠していた、理由ある」


 アーティはサヨの両手を強く握りしめた。


「大地の魔力(マナ)、すべて、放出する。その反動、何が起きるか、分からない。最悪、サヨ、お前が、消える、かもしれない」


「……えっ、私が、消える?」


 サヨが息を呑む。それを聞いた僕の頭の中が一瞬、真っ白になる。


「待て! 存在が消えるって……つまりは、死ぬっていうことか!?」


「死、どころでは、ない。魂すら、消える。世界も、どう変わるか、想像、できない」


 つまり、文字通りの「捨て身の戦術」だ。おまけに、世界すらも変えるだって?

 敵の最強の要塞を打ち砕く代償として、サヨ自身の命だけでなく、下手をすれば我々自身も危ういことになりかねない。


「そんなの……絶対ダメだ!」


 僕は叫んだ。


「戦争を終わらせるためとはいえ、あまりにも危険すぎる」


 僕はサヨを庇うようにアーティの前に立った。

 僕らは、約束したのだ。戦争を終わらせて、霧隠の山へ帰り、二人で生きていくと。夕暮れ時に、赤ん坊を背負ったサヨが迎えてくれる日々を、共に夢見たのだ。

 だが、僕の背中を、サヨの小さな手がそっと掴んだ。


「タクヤ……」


 振り返ると、サヨは静かに微笑んでいた。その胸元で、僕が贈った青水晶のペンダントが、燃えるペテロマンスクの街の炎の光で、微かに赤く光っている。


「私、やるよ」

「おいサヨ! お前、自分が何を言ってるか分かってるのか!? どうなるか、分からないんだぞ!」

「分かってる。でもね、タクヤ」


 サヨは僕の目を見つめ、燃え盛るペトロマンスクの街を指差した。


「このままじゃ、もっとたくさんの人が理不尽なまま死んでいく。冷徹なバリャールヤナだからと言って、その市民が死んで、それを見たバリャールヤナがさらに残虐な反撃をして、味方も多大な犠牲を出す。その連鎖が止まらなくなったら、皇国だってたくさんの人が死ぬ。そんな血塗られた世界なんて、私は見たくない」


 彼女の瞳には、かつての男恐怖症で怯えていた少女の面影は微塵もない。そこにあったのは、世界の恨みの連鎖を食い止めようとする「魔女」としての、揺るぎない覚悟だった。


「私がこの力を授かったのには、きっと意味があるの。八百万の神々が、私にこの戦争を終わらせろって、そう言ってるんだと思う」


「でも……約束したじゃないか! 一緒に帰るって!」


 僕は泣きそうになりながらも訴える。

 するとサヨは僕の頬にそっと手を添え、冷え切った指先で僕の涙を拭ってくれた。


「ごめんね、タクヤ。でも、信じて。私、絶対に消えたりしない。タクヤと一緒に帰る。約束だから」


 サヨはそう言うと、アーティに向き直った。


「アーティ。その秘術、私に教えて。新型の『三式魔導砲』を使って、私がバリャールヤナの壁を、全部撃ち抜く」


 アーティはサヨの決意を真っ向から受け止め、深く、深く頷いた。


「分かった。我、同胞の三十人、命を懸けて、お前、導く」


 事態は、後戻りできない領域へと踏み込んだ。

 新型魔導砲を積んだ戦艦「蓬雷」への移乗準備が進められる。僕はもう、サヨを止めることはできなかった。僕にできるのは、彼女の隣に立ち、最後の瞬間までその背中を守り抜くことだけだ。

 ペトロマンスクの空を焦がす炎を見上げながら、僕は腰の拳銃のホルスターを強く握りしめた。

 最終決戦の火蓋が、まさに切られようとしていた。

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