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三連装砲の魔女  作者: ディープタイピング
第二部 戦線拡大編
35/39

#35 北進

 南国の生ぬるい風を背に受けながら、バハナ王国のカルタエナ港を出港した僕らの目の前には、かつてないほどの威容が広がっていた。

 東方連合皇国、スラヴィア共和国、そしてウィストリア共和国。この三カ国の艦隊を合わせれば、百隻を超える大艦隊となる。見渡す限りの海を埋め尽くす鋼鉄の船が、白波を立てて北へ、北へと進んでいく。


「壮観だな。これほどの艦隊が一つにまとまって進軍するなど、歴史上でも類を見ないだろう」


 第一砲雷科の詰所で、スザキ大尉が窓の外を眺めながらそう呟いた。


「後世の歴史家は、この艦隊を何と呼ぶでしょうね」


 僕が何気なく尋ねると、スザキ大尉は振り返ってこう答える。


「後世の連中がどう思うかは知らんが、三か国の司令部が合議した結果、この大艦隊は『世界連合艦隊』と呼称されることになったそうだ。東方、西方、そして大洋の向こうの超大国が、世界共通の敵であるバリャールヤナ連邦国を打倒するために結集したのだ。これほどふさわしい名前もあるまい」


 世界連合艦隊。その響きには、まるで人類の総力を結集したかのような重みがあった。が、ちょっと大げさじゃないかとは思ったのは確かだ。


「しかし、これほどの大艦隊の足並みは揃うのでしょうか? 数が多いだけではありません、言葉も違えば、戦術思想も異なる国々の集まりですし」

「そこは各艦隊の司令官の腕の見せ所だがな。だが、目的は一つだ。ペトロマンスクを叩き潰す。それさえブレなければ、この物量と火力はバリャールヤナにとって間違いなく強敵となる」


 北進を続けるにつれ、空気は日増しに冷たくなっていった。カルタエナ港を出港してから十五日。赤道付近の熱帯から抜け出し、途中、補給を受けながら温帯を過ぎ、やがて寒帯へと差し掛かろうとしていた。甲板に立つと、突き刺すような冷たい風が頬を打つ。時折、雪がちらつき、吐く息も白くなり始めていた。


「うう、寒いね……」


第二砲塔の中で、サヨが身を縮こまらせている。彼女の白い軍服の上には、ウィストリア軍から供与された厚手のウール製の外套が羽織られていた。


「南国の気候が懐かしくなるな。でも、アーティたちの方がもっと大変だろう」


「そうだね。彼女たち、雪なんて見たこともないって言ってたし」


 砲塔の扉が開き、アーティが数人の舞姫(マハラニ)たちを連れて入ってきた。彼女たちもまた、ウィストリア製の分厚い防寒コートに身を包み、耳当てまでつけている。褐色の肌にカーキ色の重装備という出で立ちは、どこかちぐはぐで微笑ましくもあった。


「タクヤ、サヨ。これ、重い。動きにくい。でも、温かい」


 アーティがコートの袖をバタバタと振って見せる。


「我慢してくれ。これから向かうペトロマンスクは、不凍港とはいえ極寒の地だ。その格好でも外に長く出続ければ、凍えるぞ」

「海、凍る……やはり、信じられない。でも、我ら、約束した。最後まで、戦う。舞を舞う時、少し邪魔、でも、脱ぐわけには、いかない」


 アーティは力強く頷いた。彼女たちシンドゥの魔女たちも、祖国の完全な独立と平和を勝ち取るため、この極寒の戦いに身を投じる覚悟を決めているのだ。


「そういえば、サヨ。甘いものの備蓄は十分か? ウィストリアのコーラとかいう飲み物、あれならいくらでもあるぞ」

「う、うん。コーラもいいんだけど、やっぱり私、皇国のラムネの方が落ち着くかな。でも、あのコーラを飲むと魔力がすごく湧いてくるのは確かだから、いざという時のために取っておくよ」


 サヨは胸元の青水晶のペンダントをそっと握りしめながら、少しだけ微笑んだ。僕がカルタエナで買った安物のペンダントだが、彼女はそれを肌身離さず身につけている。


 出港から十七日後、世界連合艦隊は西方列強国の一つ、メリディアナ帝国の港、バルヘシラス港に立ち寄った。

 メリディアナ帝国は、これまでバリャールヤナ連邦国とスラヴィア共和国の間に立って中立を保っていた国だ。しかし、ウィストリア共和国の参戦表明を受け、ついにその重い腰を上げ、我々世界連合艦隊への港の開放と補給の支援を決定したのだ。


「バリャールヤナに面し、交易までしていたメリディアナ帝国が我々を受け入れたということは、実質的にバリャールヤナに引導を渡したも同然だな」


 港を見下ろす甲板で、スザキ大尉が葉巻を燻らせながら言った。


「ええ、これでバリャールヤナは、完全に包囲されたことになりますね」

「そうだな。このバルヘシラス港は、ペトロマンスクへ至る最後の補給拠点だ。ここから先は、バリャールヤナの絶対的な支配圏となる。補給線をこれほど前線まで押し上げられたのは、戦略上、計り知れない価値がある」


 この港は巨大で、百隻を超える艦隊を収容するに十分な規模を持っていた。石造りの荘厳な建物が立ち並ぶ市街地からは、我々を歓迎する市民たちの姿も見えた。彼らもまた、バリャールヤナの脅威に怯えていたのだろう。辛うじて西方との交易の中継地とんなることでバリャールヤナが利益を得て、それが侵攻を食い止めていたが、大艦隊の寄港により、彼らにとって大いなる安心材料となったに違いない。


「タクヤ、見て! あそこ、教会みたいな建物があるよ」


 サヨが甲板の手すりから身を乗り出して、街の中心にある尖塔を指差した。


「あれはメリディアナの国教の寺院だろうな。霧隠神社とは随分と作りが違うけど、祈りを捧げる場所という意味では同じだ」

「うん。世界中に、いろんな神様がいるんだね。でも、私たちの神々も、きっとここまで見守ってくれているよね」

「そりゃそうだろう。現にサヨが唱える祝詞は、世界中どこにいても敵を打ち砕くんだからな」

「そ、そうだよね。八百万(やおろず)の神々は、万物に宿って私の味方をしてくれているのだから」


 サヨは照れたように笑い、再び胸のペンダントを握りしめた。その青い輝きは、鉛色の曇り空の下でも不思議なほど澄んでいた。

 バルヘシラス港での停泊はわずか一日。燃料と弾薬、そして真水を限界まで積み込み、艦隊は再び北の海へと出港した。


「これより先は、遮る島も、身を隠す要塞もない。広大な中海を一直線に、ペトロマンスクへと向かうこととなる」


 スザキ大尉の言葉通り、バルヘシラスを出ると、海は一面の鉛色に染まり、荒々しい波が艦体を揺らした。

 バルへシラス港の出港から、二日後の朝。


『敵艦隊、視認! 方位一〇〇、距離五万五千!』


 凍てつくような空気をつんざき、見張り員の報告が伝声管から響いた。


「来たか。数は!?」


『戦艦を含む、およそ三十隻! 単縦陣で停船しています!』


 三十隻か。おそらくはバリャールヤナの残存勢力の一部だろう。それにしても、またしても停船していると、つまりはそういうことだ。


「懲りない奴らだ。またあの『見えざる壁』を展開して、我々を足止めする気だな」


 スザキ大尉が忌々しそうに吐き捨てた。


 あの壁の厄介さは、バハナ沖での戦闘で嫌というほど味わっている。通常弾も魔導砲も、そして一枚目だけは魚雷すらも跳ね返す。うかうかしていると、潜水艦による奇襲をセットにしてくる、厄介極まりない防御兵器だ。


『ウィストリア航空母艦群より発艦開始! 攻撃機部隊が敵艦隊へ向かいます!』


 世界連合艦隊の先陣を切って、ウィストリアの飛行機の編隊が空を覆った。バリャールヤナの艦隊へと殺到し、前回のように上空からの爆撃を試みる。

 しかし、結果は分かっていた。


『報告! 航空部隊の爆弾、命中せず! 空中で爆発しています!』

「やはり、すでに壁を展開済みということか」


 スザキ大尉が双眼鏡を覗き込む。僕も照準器の隣の小窓から空を見上げた。

 飛行機から投下された黒い爆弾が、敵艦の遥か上空、見えないドーム状の何かにぶつかって次々と炸裂している。爆炎が空中で広がり、敵艦には全く被害が出ていない。


「奴らめ、最初から我々を足止めするつもりでここに居座っていたのか」

「どうしますか、砲雷長。これでは航空機も手出しできません」

「ならば、前回と同じ手を使うしかない。魔導砲の一点集中で第一の壁を砕き、その瞬間に潜水艦の魚雷を叩き込む。その後に、航空機隊による攻撃を加えるしかない」


 スザキ大尉は即座に決断し、伝声管に向かって叫んだ。


『艦長、意見具申! 前回と同じ戦術で壁を突破します! 全艦の魔導砲を一点に集中させ、第一の壁を破壊。同時にスラヴィアの潜水艦部隊による雷撃を要請します!』


『それしかないな。ウィストリアの航空部隊には、一時後退を進言する。第二艦隊、前進! 魔導砲の射程まで肉薄せよ!』


 艦長の号令と共に、「震洋」は荒波をかき分けて加速した。


「サヨ、出番だ!」


 僕は第二砲塔内で叫んだ。


「うん、分かってる!」


 今回は、魔導砲の一斉砲撃だ。アーティたちの力を使うまでもないため、彼女らには詰所に待機してもらっている。

 そして、距離七千まで迫る。


『目標、敵艦隊中央! 全魔導砲、一斉射撃用意!』

「サヨ、撃てっ!」


 サヨは宝玉を両手で強く握りしめ、高らかに祝詞を唱えた。


八百万(やおろず)の神々よ、邪悪なる壁を、貫き砕きたまえ! 清めたまえ!」


 「震洋」の三連装砲が轟音を上げ、青白い閃光が一直線に敵艦隊へと放たれた。同時に、僚艦や「櫻火」からも魔導の光が放たれ、一つの巨大な槍となって敵の防壁に突き刺さる。

 一瞬、バリンというガラスが砕け散るようなすさまじい音が、海上に響き渡った。


「第一の壁、崩壊を確認!」

『今だ! 潜水艦部隊、雷撃戦開始!』


 スラヴィア艦隊の潜水艦、および我が駆逐艦隊が、海中と水上から一斉に魚雷を放つ。敵は第二の壁を展開している、前回同様、水中までは完全にカバーしきれていなかったのだろう。

 ズズーンという、敵の戦列の中で次々と巨大な水柱が上がった。数隻の巡洋艦と駆逐艦が魚雷を食らい、大きく傾いていく。それを受けて、止まっていた敵の艦隊が動き出す。


「やった! 突破したぞ!」


 サイゴウ伍長が歓声を上げる。第一の壁を失い、さらに雷撃を受けたバリャールヤナ艦隊は、またしても陣形を維持できなくなった。


『敵艦隊、回頭! 北へ向かって退却していきます!』

「追撃しますか!?」


 僕がスザキ大尉に尋ねるが、彼は双眼鏡を下ろし、怪訝な表情で首を横に振った。


「いや、追うには追うが、それよりもペトロマンスク港に急ぐことを優先する」

「どうしてですか? 今なら大打撃を与えられますよ」

「考えてみろ、トウゴウ伍長。奴らは三十隻という数で現れ、わざわざ航空機も防げるような強固な壁を展開した。だが、破られた途端にあっさりと逃げ出した。反撃の一つもせずに、だ。それが、どういうことか分かるか?」

「ええと、それは……」

「簡単なことだ、時間稼ぎだよ」


 僕は釈然としなかった。確かに時間稼ぎだ。が、敵の潜水艦部隊が現れる様子はない。


「まさか……でも、敵の魚雷攻撃は確認されてませんし、時間を稼いだとは言えないのでは?」

「いや、これは遅滞戦略だ。奴らの真の目的は、本拠地であるペトロマンスク港の防御陣を作り上げるための時間を稼ぐこと。そのために、この三十隻を捨て駒同然に使い、我々の足を止めたのだろう」


 スザキ大尉の言葉に、砲塔内の空気が重くなった。


「ということは、ペトロマンスクには、これ以上の壁が……?」


 サヨが不安そうに呟く。


「おそらくはな。奴らはこの数日で、ペトロマンスクを文字通りの『難攻不落の要塞』に作り変えているはずだ。あの半球状の壁を何重にも張り巡らせ、航空機も魔導砲も寄せ付けない絶対防衛網を敷いているに違いない」


 そのための時間稼ぎであったと知った以上、我々にできるのは一刻も早くペトロマンスクへ到達し、その防御陣が完全に構築される前に叩き潰すことだ。世界連合艦隊は、逃げる敵艦隊を深追いすることなく、最大戦速で北上を続けた。


 気温はさらに下がり、海面には流氷がちらほらと浮かび始めていた。「震洋」の甲板には霜が降り、砲身には氷柱が下がるほどの厳しい寒さだ。


「タクヤ、手が冷たい……」


 サヨが白い息を吐きながら、僕の手に自分の手を重ねてきた。彼女の手は氷のように冷たくなっていた。僕は彼女の両手を自分の両手で包み込み、少しでも温めようと擦った。


「もう少しの辛抱だ。あの要塞さえ落とせば、この戦争は終わるだろう。そうしたら、二人で霧隠に帰ろう」

「うん……絶対に帰る。約束だもんね」


 サヨは僕の胸に顔をうずめ、青水晶のペンダントを強く握りしめた。

 その時、アーティが砲塔の中に入ってきた。彼女の防寒着も雪で白くなっている。


「タクヤ、サヨ。空、暗い。でも、前、見える」


 アーティが指差した先。

 小窓から覗き込むと、水平線の彼方に、黒々とした巨大な陸地が浮かび上がっていた。

 いや、陸地だけではない。それは、鋼鉄とコンクリートで覆われた、異形の巨大要塞。無数の煙突から黒煙が立ち上り、空を黒く染め上げている。


「あれが……ペトロマンスク港」


 僕は思わず息を呑んだ。

 これまでに見てきたどの港とも違う。港全体が要塞化され、無数の砲台がこちらに睨みを利かせているのが、遠目からでもわかる。そして何より不気味なのは、その要塞を覆うように、空気が不自然に歪んで見えることだ。


「見えざる壁……いや、それが微妙に見えている。それだけ強固な壁が、あそこにはあるということか?」


 スザキ大尉が伝声管越しに言った。


『あれを破らねば、戦争は終わらない。第一砲雷科。そして、魔女殿。我が艦のすべての攻撃能力を使い、あの要塞を叩きつぶす!』

「はい!」


 サヨが、大尉の声にこたえる。

 ついに、敵の本拠地ペトロマンスク港に迫った。東方、西方、大洋の三つの力が結集した世界連合艦隊と、バリャールヤナ連邦国の最後の砦。

 凍てつく北の海で、人類の命運を懸けた最終決戦の幕が、今まさに切って落とされようとしていた。僕とサヨは互いに深く頷き合い、それぞれの持ち場へとついた。勝利の先にある、小さな故郷での穏やかな日々を胸に抱いて。

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