#31 援軍
バハナ王宮での騒動から数日後。カルタエナ港の水平線が、無数の黒煙で覆われた船団が現れる。
そう、待ちに待った援軍の到着だ。灰色に塗られた、猛々しい軍艦旗を掲げた二十七隻の艦艇は、まさに世界の海を制すると称されたほどの威容を放つ。
「あれが、スラヴィア第六艦隊か」
第一砲雷科の面々が、感嘆の声を漏らす。
整然とした隊列で入港してくるのは、最新鋭の戦艦を含む二十七隻の大艦隊。我々が沈めた、あのキング・オブ・インヴィンシブルの二番艦である、プリンス・ヘンリーを伴い、圧倒的な威容を放っている。この艦隊の到着と入れ替わるように、傷ついた第七艦隊の艦艇は、修理のためにシンドゥのドックへと回送されることとなった。この元気な第六艦隊と、我々第二艦隊の残存艦で、バリャールヤナを迎え撃つことになる。
一方で、我が皇国からの援軍である「第四艦隊」八隻は、まだ到着しない。
暗号電文によれば、ようやくルマク島を出たところで、ここバハナまではあと八日もかかるという。旧式艦ゆえの足の遅さに、僕は改めてため息をついた。
「まあ、そう焦るな、トウゴウ伍長」
スザキ大尉が、一通の報告書を片手に詰所へ入ってきた。
「そうはいいますけど、あちらは四十六隻、こちらはたったの十三隻ですよ。同盟と呼ぶには、差が大きすぎはしませんか? さすがにこの落差に、我が公国軍人として耐えられません」
「その遅れている援軍だが、一つだけ朗報がある」
「えっ、砲雷長殿、朗報ですか? まさか、羊羹の差し入れがたくさんあるとか」
横から割り込んできたサイゴウ伍長の軽口を無視し、砲雷長は無表情に手に持った報告書を見て、一言こう告げる。
「新型の魔導砲が、運び込まれるそうだ」
「えっ、新型の魔導砲ですか!?」
今度は、サヨが目を輝かせて反応する。
「軍工廠が、総力を挙げて開発した試作砲だ。『三式魔導砲』という、小型ながら、心臓部に超高純度の宝玉を使用しており、膨大な魔力にも耐えられるとされる代物らしい」
これまでの魔導砲は、サヨのような強大な魔力を持つ魔女の場合、宝玉が耐えきれず暴発していた。そのため「震洋」では、巨大な宝玉と、その力を三つの砲身に分散させる「三連装」という特殊な形状をとっていた。
だが、この新型はこれまでとは異なる、新しい設計だという。
「高純度の宝玉が魔力を効率的に変換し、さらに冷却機構も一新されている。つまり、理論上はサヨ殿の全魔力を、一撃で放出できるそうだ」
「えっ、一度に……放出?」
サヨが自分の手のひらを見つめる。
あの「見えざる壁」。前回は全艦の一斉射撃で無理やりこじ開けたが、二重の壁には阻まれていた。
だが、この新型砲による一点集中の極大射撃なら、あるいは一撃で壁を貫けるかもしれない。
「その新型砲は、旧式の戦艦『蓬雷』に搭載されているそうだ。まずは試射を行い、結果が良好であれば、魔女殿とトウゴウ伍長には蓬雷に移乗してもらうこととなる」
ああ、そうか。確かに三連装砲よりも強力な砲を備えた艦となれば、そちらに移乗するのはやむなしだ。が、せっかく慣れた震洋を離れ、いくら新型魔導砲を備えたとはいえ旧式の艦に移乗するのは、どこか切なさを感じずにはいられない。
ということで、我々は悶々としつつも、とにかく援軍の到着を待った。
だが、敵は我々の準備が整うのを待ってはくれない。
『敵艦隊接近! 方位九〇! 数、六十隻!』
援軍到着まであと三日というところで、バリャールヤナ艦隊再び姿を現したのだ。しかも今度は、六十隻という大艦隊だ。
「六十隻だと……本気でバハナにいる我々を潰しに来たか」
警報が鳴り響く中、我々は出撃した。
海上で対峙する両軍。敵は予想通り、艦隊を停止させ、あの鉄壁の防御陣形を敷いている。
『スラヴィア第六艦隊より入電! 「我、潜水艦部隊を以て敵防御を突破せんとす」以上です!』
意気軒昂な新鋭の艦隊は、前回の我々の戦訓を活かして即座に対潜攻撃を仕掛けた。
が、これまでの戦いを知るスラヴィア第七艦隊と我が皇国第二艦隊にとっては、それがいかに無謀な戦術であるかを嫌と言うほど思い知らされている。おそらく、第七艦隊も引き留めにかかったことだろう。だが、海面下を、第六艦隊の魚雷群が無数の雷跡とともに敵艦隊に迫る。
しかしだ、いや、当然だが、魚雷が敵艦に届く手前で次々と爆発する。
「第一の壁を崩さない限り、水中も防がれる。おそらくは第七艦隊司令の忠告を無視した結果だろうな」
甲板で第六艦隊の攻撃を見ていたスザキ大尉が、そう呟く。
やはりというか、新鋭のスラヴィア第六艦隊は攻め手を欠き、引き返す羽目になる。六十隻の敵艦隊は、その鉄壁の守りの中にとどまる。
このまま放置していても、敵も攻撃はできない。が、今度は潜水艦部隊ではなく、陸上からの侵攻もありうる。先日の王宮への工作兵による攻撃は、その前哨戦だった可能性だってある。
時間稼ぎを、させている場合ではない。スザキ大尉が、詰所の伝声管越しにこう叫ぶ。
『このままじゃ、また何か仕掛けられる……艦長、意見具申!』
『こちら艦橋、具申、許可する』
『第一の壁を、我らが魔導砲による一点砲撃で破り、第二の壁を雷撃で突破する。スラヴィアの二つの艦隊と連携すれば、敵を撃ち破れます』
『……その通りだな。よし、スラヴィア艦隊にも連絡、魔導砲による壁崩壊を行う』
それを受け、スザキ大尉が叫ぶ。
『よし魔導砲、射撃用意! 前回と同じだ、一撃目、一点突破で壁を砕く!』
「了解! サヨ、射撃用意だ!」
「うん!」
第二砲塔内で、サヨが宝玉を握る。
スラヴィア艦隊が囮となり、敵の注意を引き受けている間に、皇国第二艦隊の全魔導砲が火を噴く。
「八百万の神々よ……硬い殻に引きこもる卑劣なる敵の壁を、突き破りたまえ! 清めたまえ!」
ほぼ同時に、第二艦隊から放たれた青い閃光の束が、敵陣中央に集中する。弾着と同時に、大気を引き裂くような音と共に一枚目の壁が砕け散る。
が、その奥にはやはり、二枚目の壁が控えていた。続けて放たれた通常弾が、その壁の存在を知らしめる。
『想定通りだ。雷撃戦用意! 敵のどてっ腹に、魚雷を叩き込め!』
スザキ大尉が伝声管越しに大声で命じる。
敵は水中防御を強化した分、二枚目の壁の出力、特に水中部分へのリソースが割かれていたのだ。一枚目が砕けた衝撃で防御システムが揺らいだその隙を、歴戦の第二艦隊潜水艦部隊は見逃さなかった。
ズズーンと、水柱が五本、敵陣の中で上がった。スラヴィアの潜水艦部隊が放った魚雷が命中したのだ。
『今回も同じだな、やはり二枚目は、水中まで防御できないようだ』
これを機に、スラヴィア・皇国連合艦隊が殺到する。
炎上する五隻を抱え、鉄壁の守りが崩れたバリャールヤナ艦隊は、たまらず撤退を開始する。
「あっけないな。しかし、敵だってこうなることくらい、分かっていただろうに」
砲塔内で汗を拭いながら、僕は呟く。砲塔上部の扉を開き、黒煙をなびかせながら去っていく敵の大艦隊を見守りつつ、僕はこのあっけない戦いの終結にどこか物足りなさと、そして不気味さを感じていた。
敵を追い返すことには成功した。が、何か違和感を覚える。彼らが今度も同じ手で来るとは思えない。もしかすると、より強固な守りを備えて戻ってくるかもしれない。そうなれば、お手上げだな。
それから五日後。
ようやく、皇国の援軍が到着した。
予定よりも二日遅れの到着だ。先のバリャールヤナ艦隊の襲来により、損害を避けるために到着が遅れてしまった。単独では、それほど無力な艦隊ということでもある。
「あれが……『蓬雷』か」
港に入ってきたのは、塗装も剥げかけた旧式戦艦だった。前後には、二連装が二基。しかしその甲板中央には、不釣り合いなほど真新しい、白銀に輝く砲塔が鎮座していた。
あれが話に聞いていた、新型の魔導砲だ。
その到着の翌日、早速試射が行われることになった。場所はバハナ沖の無人島。サヨは「震洋」から「蓬雷」へと移乗し、その新型砲の前に立つ。
「これが、新しい魔導砲……」
サヨが緊張した面持ちで、高純度の宝玉に手を触れる。僕も見守る中、彼女は静かに祝詞を唱え始めた。
「八百万の神々よ……新たなる矢じりに、力を与えたまえ! 清めたまえ!」
サヨの体から、かつてないほどの膨大な魔力が溢れ出す。
いつもよりも透明度の高い真新しい宝玉が眩い光を放ち、新型の冷却パイプが唸りを上げる。全てが、順調に見えた。
が、異変が起きる。
「……あれ!?」
サヨが苦悶の表情を浮かべる。
おかしい、宝玉には魔力で満たされているというのに、砲身から光が放たれない。
宝玉の中で光がとどまり、行き場を失った魔力が熱となってサヨを襲う。
「熱いっ!」
サヨが弾かれたように手を離し、その場に崩れ落ちた。サヨの汗をうけて、ほんのりと白い湯気を放つ宝玉。ともかく、試射は失敗したのは明らかだ。
「大丈夫か、サヨ!」
僕は駆け寄り、彼女を抱き起こす。
「う、うん、大丈夫。ちょっと熱かっただけ」
幸いにも、火傷には至らなかった。が、なぜだ。理論上は完璧なはずの新型砲が、あれだけの魔力を満たしながらもなぜ魔導砲が撃てない?
その場にいた技術者たちも、頭を抱えている。当然だろう。途中までは完璧だった。あとは伝導菅を抜けて砲身に達することができれば、サヨの膨大な魔力が放たれたはずだった。その思惑が、どういうわけか外れたのだ。
その時、一人の人影が僕らの前に立った。
そう、戦艦「櫻火」から様子を見に来ていた、ヒトツバシ兵長だ。
彼女は、まだ熱を帯びている新型砲の宝玉を冷ややかな目で見つめ、そして静かに告げた。
「やはり……このままでは無理ですわね」
「無理? どういうことですか!」
僕が問い詰めると、彼女は扇子で口元を隠しながら、予言めいた言葉を口にした。
「この砲は、確かに強力ですわ。ですが、器が良すぎますのよ。あまりに純粋な魔力の通り道は、巫女の制御を受け付けないのですわ」
「なんだって? じゃあ、どうすれば……」
「制御するための、なんというか、『鍵』が必要ですわ」
ヒトツバシ兵長は、サヨを見下ろした。
「サヨ、あなたなら感じているはずです。ルマクの戦いで見た、あの『導く力』を」
サヨがハッとして顔を上げる。
「やはり、並の理ではあの砲身に魔力を伝導することはできません。シンドゥの秘術がないと、この砲は撃てないのです」
ヒトツバシ兵長の言葉が、重く響く。
「一つ、尋ねたいのですが」
僕はその安国神社の巫女に尋ねる。
「何かしら、トウゴウ伍長」
「その秘術というのは、シンドゥのものでないとダメなのです? 例えば、安国神社にだって何らかの秘術が伝わっているはず。それを以てあの宝玉より、サヨの力を解き放つことはできないのですか?」
新型砲を扱うには、ただ魔力を込めるだけでは足りない。秘術が必要だという。
だが当然、安国神社にだって何らかの秘術があるはずだ。が、その巫女はこう答える。
「ダメですわ。私の持つ秘術は、すなわち『予言』に関するもの。ところが、シンドゥの持つ魔導の秘術はすなわち、魔力の道を作るもの。まるで性格が違うのです。そして今、必要なのはまさに、その導く力なのです」
そうか、あのアーティたちが使っていた、魔力を「導く」技――そのシンドゥの魔力が持つ力の究極である「秘術」が、この魔導砲を放つためには不可欠だというのか。
しかしだ、アーティは頑なにそれを教えようとしない。
それを語れば、「世界の理が変わる」のだと。
バリャールヤナは、より強固な壁を用意するかもしれない。一方で、期待されていた我々の新型砲は、沈黙したままだ。
その打開策は、サヨがアーティからその秘術を受け継げるかどうかにかかっている。
僕は、唇を噛みしめるサヨの肩を強く抱いた。
次の戦いは、もう目の前に迫っているのだ。




