#28 発現
不吉な予感は、すぐに現実のものとなった。
バリャールヤナ艦隊との海戦から数日後。逃走した残存艦艇三十隻が、スラヴィア共和国の植民地の一つである「バハナ王国」を攻撃しているという急報が入ったのだ。
バハナは、スズやニッケルといった貴重な鉱物資源を産出する島だ。敵は手負いのまま帰投せず、腹いせのように無防備な植民地を襲ったことになる。
「バリャールヤナ、ディスピケブル バスタード(卑劣なバリャールヤナめ)!」
スラヴィア第七艦隊の司令官、ネイルソン中将は激怒する。無論、即座に出撃を決定した。我々、第二艦隊も彼らに続くことを決定する。
問題は、シンドゥの魔女たちだ。
今回も、彼女らはついてこないものだと諦めていた。が、予想外なことに、アーティが彼女らを説得し、今回は出撃することとなった。
「えっ、ほんと!?」
「我ら、バリャールヤナ、叩く。奴ら、我らの、やっと手に入れた独立、奪おうとしている。だから、戦う」
心強い一言だ。サヨは思わず涙ぐむ。僕はそんなサヨの肩を握る。それを見たアーティが、こう叫ぶ。
「泣く暇、ない! 泣く時、それは、奴ら、倒した時!」
ああ、アーティの言う通りだ。今はまだ、始まりに過ぎない。これからが、本当の戦いだ。
戦いが終わってから、感情を表すべきだろう。今は心を一つに、すなわち、敵艦隊を撃滅することに全てを集中するべき時だ。
『進路そのまま、両舷前進半速!』
艦長の号令が、伝声管越しに響いてくる。その頃、第二砲塔ではちょっとした騒ぎになっていた。
シンドゥの舞姫たちが、替わる替わる、砲塔内に入ってくるからだ。
「ヤー、メリィ ソウバハ バダハイ!」
「アーシィ ジャガハ パー アイサハマラァ……」
好奇心丸出しな彼女らは口々に何かを話しているが、何を言っているのかまでは分からない。ただ、あまりあちこちを触らないで欲しいなぁ。特に、サヨの寝床のあたりは。
「ああっ! ダメだよそこは!」
「ヤハ カマール ハイ……ケィタナ、シャラァーラティ……」
なんとまあ、寝床の下に隠してあった下着を見つけられてしまった。あれは、僕と共に夜を過ごす時にだけ付けるやつで、見た目がなんとも刺激的だ。
褐色の肌を晒す彼女らが見ても赤面するほどのそれを見られ、両手で顔を覆い座り込むサヨだが、彼女らは容赦しない。ニヤニヤと、僕とサヨを見ては何やらやましいことを考えているに違いない。まあ、否定はしないが。
そんな日々を、三日もの間、過ごす羽目になる。やがて、目的地であるバハナの西方約百七十キロの地点まで達した。
そんな場所に、敵艦隊が現れたのだ。おかしいな、バハナ王国を占拠しようとしていたのではないのか? なぜ、こんな場所に現れる。いずれにせよ、敵は三十隻。我々はスラヴィア第七艦隊が二十四隻、我が艦隊もこのところの連戦で数を減らしたとはいえ、十四隻いる。
数の上でも、練度でも不利な奴らは、何もない海上に突如現れたのだ。攻撃しないてはない。
が、少し妙な気がする。
さらに接近すると、そこには異様な光景が広がっていた。
バリャールヤナ艦隊は、その島影すらない広い海上に展開していたが、その動きがおかしい。まさに敵艦隊は、単縦陣を敷いたまま停船していたのだ。
『敵艦隊、単縦陣のまま停船しています!』
観測員の報告に、艦橋がざわめく。
「停船だと? 故障でも起こしたのか」
第二砲塔の上で、スザキ大尉がそう呟きながら双眼鏡を覗く。確かにそこには三十隻の艦艇が、まるで壁を作るように微動だにせず、一列に並んでいる。通常、海戦において足を止めることは死を意味する。標的になってくれと言っているようなものだ。
「まさか、誘っているのか……?」
スザキ大尉が呟く。だが、スラヴィア艦隊は止まらない。好機とばかりに、突撃を開始する。
『砲雷長! 砲撃用意よし!』
『撃ち方、待て。何かがおかしい』
スザキ大尉は慎重だった。だが、スラヴィア艦隊が砲撃を開始しても、敵は反撃こそすれ、動こうとしない。
何かが、おかしい。
と思った、その直後だ。観測員から信じがたい報告が入る。
『スラヴィア艦隊の砲弾、命中……いえ、敵艦に損害なし!』
距離があるとはいえ、オライオン級を含む二十四隻もの砲撃だ。しかも、世界的に見ても高練度な砲兵たちによる一斉砲撃。少なくとも、無傷では済まないはず。
だが、敵は全く無傷だというのだ。
続けて、第二射、第三射が撃ち込まれる。が、結果は同じだ。
四撃ほど加えたところで、スラヴィア艦隊は一旦、距離を置き始めた。
「アーティよ、あれを、どう思う?」
僕は第二砲塔の上にいるアーティに尋ねた。怪訝な顔で、アーティは答える。
「何か、ある。我ら、壁の魔導、同じような、仕組みが」
「同じような仕組み? だが待て、バリャールヤナ艦隊には魔女はいないはずだぞ」
「だが、見える。反射の、壁。だが、魔導のそれ、と、少し違う。その仕掛け、分からない」
どうやら、アーティが以前使ったあの魔導と同じようなものが、あの場所に展開されているのだろう。通常弾が効かないのはそのためだ。
と、いうことはだ。当然、魔導砲といえども……
が、その時、スザキ大尉が叫んだ。
『艦長、接近し、魔導砲による一斉砲撃を加えるよう進言いたします! 一点を集中砲火すれば、あれを突破できるかもしれません!』
それを聞いた艦長は、即座に命じる。
『全艦、全速前進! 敵艦隊に肉薄し、距離七千まで迫る!』
艦長の号令と同時に、第二艦隊が前進を開始した。単縦陣で、ちょうどスラヴィア第七艦隊の後方から内側に入るように迫る。
『第二砲塔、魔導砲の発射準備となせ』
そこに、砲雷長の命令が入る。
「了解! サヨ、砲撃準備だ」
「うん!」
サヨは宝玉を握りしめる。猛烈な勢いで迫る第二艦隊は、バリャールヤナ艦隊のおよそ八千まで迫っていた。
接近戦だ、当然だが、シンドゥの魔女たちの力はなくとも当てられる距離だ。
「全員、伏せろ! まもなく発射する!」
僕は砲塔上部に控えるシンドゥの魔女たちにそう叫んだ。アーティが僕の言葉を翻訳し、他の二十九人に伝える。
やがて、距離七千まで迫った。
『敵艦隊中央、ネヴィリーム級に照準! 合図とともに、魔導砲、一斉砲撃』
艦長からの命令が伝声管より入る。宝玉を握りしめたまま、サヨはその合図を待つ。僕は艦長の命令通り砲塔を回転させ、敵艦隊中央にいるネヴィルィーム級に狙いを定めた。
『今だ、一斉砲撃!』
その艦長の合図が入る。と同時に、サヨは祝詞を唱え始めた。
「八百万の神々よ、邪悪なる障壁を打ち砕きたまえ! 清めたまえ!」
宝玉が光り、三連装砲から放たれた青白い閃光が一直線に敵艦隊へ向かう。同時に、他艦からも一斉に魔導砲の光が放たれた。それが、一隻の敵艦目掛けて吸い込まれるように向かう。誰もが、あの壁の突破を確信した。
が、無情にも、その希望は打ち砕かれた。
『弾着! なれども、敵艦未だ健在!』
なんということだ。この第二砲塔だけではない、第二艦隊全体に動揺が走る。魔導砲の一斉砲撃すらも弾き返すほどの壁だったとは、なんという仕掛けか。
つまりこれが、あの巫女の予言の正体か。バリャールヤナの「秘策」とは、この見えざる障壁のことだった。
と、その直後だ。
『敵、一斉砲撃来ます!』
動かない敵艦隊から、猛烈な砲火が放たれた。それまで沈黙を守り続けてきた敵が、いきなり撃ってきた。
『回避運動、取り舵七度!』
航海長の声が聞こえてくる。その十数秒後に、一斉に水柱が立つ。流石に動いている相手に初弾から当てられるほどの練度は、バリャールヤナ海軍にはない。が、そんなバリャールヤナ艦隊は、あれほどの防壁を見せつけながらも、全速で退却していく。
「くそっ、魔導砲が通じないなんて!」
我々の持つ最強の矛が封じられた。敵はそれを知っていて、あえて足を止め、我々をおびき寄せたのだ。挙げ句の果てに、悠々と逃げ出していく。
が、その時、サヨが僕の袖を引いた。
「タクヤ。アーティたちに、『魔導の道』を使うよう、頼んで」
「え? 舞姫たちに、例のあれを?」
「うん。今なら当てられる気がする」
何を言っているんだ。ついさっき、魔導砲の一点突破を弾かれたばかりじゃないか。僕は反論する。
「サヨ、さっきこちらの魔導砲を弾かれたばかりじゃないか。それに、敵も既に距離一万まで離れているし、ここで無理に長距離射撃をしたところで……」
「いや、あの壁、もしかしたら消えたのかもしれない。いや、間違いなく消えたはず」
そう、サヨは答える。不思議なことを言うやつだ。僕は尋ねる。
「どうして、魔導砲が当たると?」
「あの壁があったから、敵は撃たなかった、いや撃てなかったんじゃないかな。だって、通常弾どころか、魔導砲すらも跳ね返す壁は、味方の弾ですら跳ね返すはずだよ。ところが今、敵は急に砲撃を開始してきた。もしかしたら、魔導砲による一斉砲撃で、壁の効果が切れてしまったんじゃないかな。であれば、今ならこちらからの攻撃も通るはず。だから、二発目をなんとかして当ててやりたい」
サヨの確信に満ちた表情を見て、僕はハッとした。言われてみればあの壁、敵の弾も味方の弾も関係ないはずだ。敵の弾がこちらに届くと言うことは、その逆もありうる。そう考えた僕は、スザキ大尉に進言する。
「砲雷長! 舞姫と連携した長距離魔導砲攻撃を具申いたします! 敵の弾が届くのですから、こちらの魔導砲も届くはずです!」
その意図を、一瞬で理解したのだろう。
『言われてみればそうだな。魔導砲、発射準備!』
「はっ!」
『第一、第三砲塔も、射撃用意! 追撃戦に入る!』
「アーティ! 魔導の道を作ってほしい! 第二射を加える!」
僕はすぐに砲塔上部にいるアーティたちを呼ぶ。三十人の褐色の魔女たちが、第二砲塔上部で立ち上がる。
「サヨ、第二射、いけるか?」
サヨがラムネを片手に、ニヤリと笑う。
「当たり前じゃない。アーティが、力を貸してくれるなら、逃げる敵艦隊に、私の魔導砲を届けられるわ」
それを砲塔上部の扉口から聞いていたアーティが答える。
「サヨ、我ら、導く!」
再び、あの褐色の舞姫たちが、舞を舞い始めた。サヨが宝玉を握りしめる。
『目標、敵艦隊後方、ネヴィリーム級戦艦!』
スザキ大尉が命じる。距離は既に一万三千まで開いていた。この距離は、普通なら魔導砲は届かない。だが、シンドゥの魔女たちがいれば、この程度の距離でも当てられる。
と同時に、アーティが何かを唱えはじめた。
「ナーナ、タラ、ヤン……」
舞姫たちの詠唱と舞が、高まる。サヨも、祝詞を唱えた。
「八百万の神々よ、今こそ壁を失いし悪の使いに、償いの光を届けたまえ! 清めたまえ!」
これが三度目となる、長距離魔導砲撃。琥珀色の光を纏った青い閃光が、海を越えてまっすぐと敵の戦艦へと向かっていく。
僕は固唾を飲んで、照準器を見つめた。もし、あの壁が少しでも生きていれば、その弾道が弾かれるかもしれない。
が、それは杞憂だった。光は何物にも遮られることなく進み、逃走するネヴィリーム級戦艦の背中に突き刺さった。
強烈な閃光が、敵戦艦を真っ赤な溶けた鉄に変える。すぐに弾薬庫にその火が回ったのか、誘爆して巨大な火柱が上がり、巨体が粉々に吹き飛ぶ。
溶けた鉄が、前後にいる敵の僚艦にも降り注ぎ、やがて煙を上げはじめた。こうなると、砲撃どころではない。そのうちの後方の巡洋艦一隻は、溶けて砕け散った敵戦艦の炎の真ん中に突っ込んでいく。
そこに、こちらの砲撃を見て、砲撃を再開したスラヴィア艦隊からの一斉砲撃が浴びせられる。たちまちのうちに、巡洋艦は砲弾の雨を受けてその燃え盛る鉄の塊の中で沈んでいく。
先頭の十八隻ほどがなんとか逃げられたものの、その後方十二隻はその後、スラヴィア・皇国合同艦隊による砲撃で海の藻屑と化した。
「やったぁ!」
「ヴァーディ!」
サヨと三十人の魔女たちが、歓声を上げる。そして、砲塔の真上で互いに抱き合った。
「やっぱり、読み通りだった」
僕は燃え上がる敵艦を見ながら、しかし戦慄していた。
サヨの読みは正しかった。あの「見えざる壁」は、強力無比だが、弱点があったのだ。
おそらく、あの防御陣形――停止して密集した状態――でなければ展開できない代物なのだろう。おそらくだが、移動しながらでは使えない。だから前回、どうにか誘い込もうとしてたのだろう。
だから、奴らは止まっていたのだ。我々を誘い込み、魔導砲を無効化するために。
しかし、だ。魔導砲の一斉砲撃でようやくその壁を打ち砕いた。
だが、あれを大規模に使われたなら、どう対処すべきか。いや、それ以前に、もっと大きな問題がある。
どうして、魔女のいないバリャールヤナが、あれほどの力を手に入れたのだ?
使われ方によっては、強力な武器だ。防御だけとはいえ、敵が絶対に攻められたくない場所に使われたら、手も足も出ない。
「タクヤ、どうしたの?」
考え込む僕を見て、サヨが心配そうに覗き込む。
「あ、いや……勝つには勝ったけど、敵の底知れなさを感じてね」
その後、僕はスザキ大尉に呼ばれる。
「先の、あの敵の魔導砲防御だが、事前準備と停止状態を必要とする『設置型』の結界のようなものだと考えるべきだな。が、これは厄介な仕掛けだぞ」
スザキ大尉も僕と同じことを考えていた。それはそうだろうな。戦い方を、根本的に変えなくてはならない。
「今後、どう対処すべきなのでしょう?」
「分からんな。状況に応じて、対処するしかあるまい。ともかく、ああいう兵器を敵が持ったと言うことを肝に銘じておこう。……しかし奴らめ、どうやってあんなものを開発できたというのか?」
戦いは終わった。だが、バリャールヤナが開発した「対魔導砲兵器」の存在は、これからの戦いが、単なる力押しでは勝てない、より高度な情報戦と駆け引きになることを示唆していた。
遠くの海で燃え尽きる敵艦の炎は、まるで僕らの前途を不気味に照らしているようだった。




