#25 挟撃
チェルナイ港沖の洋上は、三つの異国の艦隊がぶつかり合う混沌の坩堝と化していた。
我々、東方連合皇国第二艦隊に加えて、 西からは精鋭のスラヴィア艦隊、 そしてさらにその西方から、野心剥き出しなバリャールヤナ艦隊が、この広い海上で相見えることとなる。
この三つ巴の戦場において、軍令部の決断は現実的だった。「スラヴィア艦隊を援護し、バリャールヤナを叩く」と。昨日の敵は今日の友、とはいかないまでも、より強大な悪意を討つため、スラヴィア共和国に恩を売る作戦にでた。
政治的なことは分からない。が、もしかすると何か、事前の密約が交わされたのかもしれない。でなければ、軍令部がこのような命令を下すはずはないだろう。
ともかく、我々はかつてよりの宿敵、バリャールヤナ艦隊に向けて進軍する。
『全艦、最大戦速! バリャールヤナ艦隊の頭を抑えにかかる!』
艦長の号令が響く。僕らの乗る戦艦「震洋」は、白い波濤を切り裂いて進撃を開始した。バリャールヤナの悪魔どもの東側より迫り、その先頭を抑えて、まさに今、バリャールヤナ艦隊がスラヴィア艦隊に対してやろうとしている戦法を仕掛けようとしていた。
だが、敵も馬鹿ではない。無論、バリャールヤナ連邦艦隊は我々の動きを察知していた。
まさかこのまま、丁字戦法にはさせてもらえないだろう。なんらかの動きをとるはずだ。そう思った矢先、まさにバリャールヤナが動いた。
『報告! バリャールヤナ艦隊前方が、進路転換!』
『何隻動いたか!』
『しばし、待機を!』
こちらの動きに呼応して、敵が動き出した。どうやら、我が艦隊に何隻かを差し向けたらしい。
が、こちらとの戦闘経験が豊富なバリャールヤナの奴らのことだ。まさか数隻ということはあるまい。
観測員からの報告はなかなか来ない。バリャールヤナも、スラヴィア艦隊を捉えてまさに砲撃戦を始めたところだ。そんな最中に、我が皇国艦隊が迫ってきた。当然、奴らは我々の戦法を知っている。
ゆえに、半端な数をこちらに振り向けるわけにも行かない。
待たされること十分ほどで、ようやく観測員から報告が入る。
『報告! バリャールヤナ艦隊、十五隻、我が第二艦隊側面に向けて接近中!』
『やはりな。半数を差し向けてるとはな。それだけ、我が魔導砲の威力を知り尽くした奴らだ、可能な限り、多数の艦艇を割いてきたか』
スザキ大尉が冷静に分析する。かつてスレイン海峡やコーカサス湾で煮え湯を飲ませてきた我が艦隊の「魔女」の存在は、彼らにとって悪夢そのものなのだろう。
バリャールヤナ艦隊の三十隻のうち、半数の十五隻がこちらへ回頭する。ネヴィリーム級戦艦を含む主力級が、我々の進路を塞ぐようにまさに立ちはだかろうとしていた。
「……数では、ほぼ互角か」
僕がつぶやくと、隣でサヨが、きゅっと唇を結んで頷いた。
「でも、バリャールヤナ艦隊の半数がこっちに来たってことは、向こうにいるもう一つの艦隊に対しては、むしろ不利になったんじゃない?」
「それはそうだが、あっちには魔導砲はないからな」
「そうだけど、スラヴィア海軍が世界でも最強の海軍だって、タクヤ、言ってなかったっけ?」
うん、そんなようなことは話したかな。あの世界最大の戦艦と戦った時は、まさにそれを実感したのは事実だ。今、ここに現れたスラヴィア艦隊だって、旧式艦などほとんどいない、最新鋭の艦隊だ。そんな連中二十五隻を相手に、バリャールヤナ艦隊がたった十五隻で敵うわけがない。
さて、僕は第二砲塔上部の扉を開く。暑い空気と共に、あの褐色の魔女たちが砲塔上部の手すり越しに、迫るバリャールヤナ艦隊を目にしている。その一人、アーティが僕に問う。
「バリャールヤナ、あれは、悪魔か?」
その問いに、僕は即答した。
「なんの正当な理由なく、我が国を掠め取ろうとした連中だ。悪魔以外の、何者でもない」
「スラヴィア、奴らも、私欲のため、我が国、乗っ取った。それと、何が違う?」
なるほど、一見、納得したような顔をして、腹落ちしてはいないと見える。それはそうだろうな。僕らには分からない蛮行が、この国でも行われてきたのだろう。
だが、スラヴィア共和国以上に、バリャールヤナ連邦国は残忍だ。何せ自国民ですらも「粛清」の名の下に、虐殺してきたのだから。
「バリャールヤナは、自国民の命すらも脅かす。その点だけは、まだスラヴィア共和國の方がまともだ。そんな連中の、他国民への扱いがスラヴィアよりまともであろうはずがない。現に我々はこの二年ほどの間、奴らと戦い続けてきた。一時は島を一つ取られ。そこにいた何千、何万もの同国民が虐殺された。もしもここで奴らをチェルナイの港に入れようものならば、陵辱と虐殺の限りを尽くすであろうことは、我々の同胞がその身で示してくれている」
それを聞いたアーティは、頷くほかなかった。まさかこの世にスラヴィア以上の残忍な国家が存在するなど、思いもよらなかったのだろう。かくいう僕も、スラヴィア共和國のことをよく知るわけではない。が、どちらがマシかと言われたら、当然、スラヴィア共和國だと言える。
それが証拠に、スラヴィア共和国の艦隊は優秀だ。少なくとも、自国民を無碍に殺すようなことはしない国であるがゆえに、兵の質は高い。
まさにそれを証明するかのような行動を、スラヴィア艦隊が起こす。
数を減らしたバリャールヤナ艦隊を目前にして、スラヴィア艦隊が動く。
それも、我々ですら全く予想外の動きを、彼らは見せる。
バリャールヤナ艦隊の圧力が半減した隙を、海戦巧者のスラヴィア軍が見逃すはずがない。混乱から即座に立ち直った彼らは、まるで狼の群れの如く。猛然とバリャールヤナ艦隊の残り十五隻のど真ん中目掛けて突撃を開始したのだ。
『スラヴィア艦隊、敵中央へ突撃を開始!』
まるで予想外の行動だった。艦長の声が、伝声管越しに響く。
『ちょっと待て、敵の砲火を受けながら、突撃を仕掛けたというのか!?』
『現在、およそ五千メートルまで接近、まもなく、敵艦隊中央を突破します!』
まるでナイフのように、残った十五隻を切り裂くように突っ込むスラヴィア艦隊。丁字戦法を逆手に取り、むしろ腹を晒した敵を分断にかかる。
ああ、やはりスラヴィア海軍は、最強と言われるだけのことはある。
驚異的な練度で、敵の艦隊をまさに真っ二つに引き裂こうとしていた。
『バリャールヤナ艦隊、分断されます!』
捨て身、いや、最強の海の勇者だからこそ可能な中央突破を、数を減らしたとはいえ有利な体制にあったバリャールヤナ艦隊相手に、あっさりとやってのける。敵の戦力を物理的に引き裂く、実に荒っぽい戦法だ。だが、それゆえに意表を突かれたバリャールヤナ艦隊は、一気に混乱に陥る。衝突を避ける為、突入したスラヴィア艦艇を避けるように、バリャールヤナの艦艇は右に回頭する。これには流石のバリャールヤナ軍も、陣形を崩さざるを得ない。揮系統が寸断されていくのが遠目にも見ても明らかだ。
『向こうばかりを気にしている場合じゃないぞ、こちらにも十五隻、接近しつつある』
スザキ大尉の一言で、はっと我に帰る。そうだった、こちらも敵艦隊を目前にしていた。僕は、照準器を覗く。
が、分断された味方を優先すべきと考えたのか、こちらに向かっていたはずのバリャールヤナ軍十五隻が、慌てて回頭を始める。友軍の危機を救うため、突破したスラヴィア艦隊の側面を突こうと考えたようだ。
だが、彼らは忘れている。彼らは、我々に背を向けた。 その瞬間こそが、我々にとってまたとない機会であった。
『砲撃開始! 敵艦隊、側面!』
『砲撃開始、撃ちーかた始め!』
艦長の号令と、スザキ大尉の復唱の後に、「震洋」の第一、第三砲塔が轟音を上げる。だが、敵までの距離はまだ一万メートル以上ある。通常の魔導砲では届かない距離だ。
だが、舞姫たちの力を得られれば。
そこで僕は、第二砲塔の上部にいる彼女らに告げる。
「これから、バリャールヤナ艦隊を攻撃する! 射程外砲撃を……」
と、そう叫んだ矢先、アーティ一人しかいないことに気づく。僕は、アーティに向かって叫ぶ。
「他の舞姫たちは!?」
すると、アーティはこう返す。
「やはり、我ら、スラヴィア、助ける、できない」
この期に及んで、なんと協力を拒否してきた。彼女らは、第一砲雷科の詰所に待機しているという。アーティだけが、砲塔上面に残った。
「おい、そこは危ないぞ!」
「我、お前たち、命、助けられた。だから、せめて、我、残る」
「残るって……おい、敵の砲撃が来るぞ!」
言ってるそばから、バリャールヤナ艦隊が砲撃を開始してきた。単縦陣で、まさに我が艦隊目掛けて一斉射撃を加える。
近くに数発が、着弾する。水柱が一斉に上がる。その飛沫を浴びつつも、砲塔の手すりにつかまったまま、アーティは動じようとしない。
「おい、こっちに来い!」
僕は叫ぶ。
「いや、ここで……」
「邪魔なんだよ! サヨが本気を出せないだろう!」
僕の一言に、かなり不機嫌な表情を見せる。が、敵の第二射が近くに着弾すると、さすがのアーティもその威力に恐怖を覚えたのか、手すりにしがみついたまま叫ぶ。
「イェット!」
「意地を張ってる場合じゃない! とにかく、砲塔内に入れ!」
この一撃で、渋々僕の言葉に従い、彼女は入ってきた。初めて入るこの三連装砲の内部を、珍しそうに見回す。
「スザキ大尉! 七千まで接近し、魔導砲を放ちます!」
『いつも通りの戦いだ。第一、第三砲塔、照準を先頭の巡洋艦アストリア級に砲火を集中せよ!』
砲雷長であるスザキ大尉の号令に呼応し、砲撃は敵の先頭に向けられる。敵の速力を落とし、この間のように三連装砲で薙ぎ払うためだろう。
『まもなく、敵艦隊まで七千!』
敵の戦列と、我が艦隊とがまさにすれ違おうとしていた。一、二発、艦後部に着弾したようだが、幸いにも装甲板を凹ませただけだ。これまでとは違い、同数での戦い。いつもならば向こうが倍以上というのが相場だったから、今回はこれでもまだ緩い方だと感じてしまう。
そろそろ、射撃の号令がかかるだろう。僕はサヨに向かって叫ぶ。
「サヨ、いけるか?」
するとサヨは答える。
「いつでも、大丈夫だよ」
そう言いながら、宝玉を握りしめた。それが、魔力を注入するものだと、アーティは悟っただろう。
そのサヨの脇で、彼女は何やら唱え始める。
「ナーナ、タラ、ヤン……」
別に宝玉を握ったわけではない。ただ手を合わせ、何やら詠唱を始めた。
「おい、何かしたんじゃないだろうな?」
僕はアーティに叫ぶ。すると彼女はこう答える。
「魔力、分け与えた。我、これを、使えない。この魔女に、託す、それだけ」
他の舞姫とは違い、少なくともアーティはバリャールヤナ艦隊への攻撃を支持してくれている。彼女にできる、せめてもの援護なのだろう。
『距離七千! 右舷同航戦、第二砲塔、掃射始め!』
まさに敵を魔導砲の射程に捉えたその時、スザキ大尉から砲撃命令が下された。僕は砲塔を、先頭艦に向けて回頭する。その間にサヨは宝玉を握り締め、祝詞を唱え始めた。
まさにアーティは初めて、サヨの魔力を発揮する様を直接見ることとなる。
「八百万の神々、呪われし艦に鉄槌を下したまえ! 清めたまえ!」
三連装の砲身から放たれた青白い閃光は、敵の先頭艦目掛けて放たれた。迸る光を放つ宝玉を前に、唖然とするアーティ。
が、そんな異国の魔女を気にしている場合ではない。僕はレバーを倒し、砲塔を回転させる。
その光の矢は、回頭しつつバリャールヤナ艦隊へと注がれた。
一瞬の静寂の後、爆発音が響く。もしもアーティ一人、外にいたら、この爆風で吹き飛ばされたであろうことは、言うまでもない。
『魔導砲、弾着! 艦隊十五隻、全艦命中!』
十五隻の敵艦が、まるで紙細工のように燃え上がるのが、照準器越しにも見える。その光景に、砲塔の脇の窓から眺めるアーティは唖然とする。
言われてみれば、前回は一隻づつ狙っただけだった。が、こういう戦い方があるということを、アーティは想像すらしていなかったようだ。
同時に、サヨの持つ膨大な魔力を思い知ることとなる。
『よし、残るバリャールヤナ艦隊も叩くぞ! 通常砲、撃ち方やめ! スラヴィア艦隊に分断された、前方の七隻に向かう!』
『はっ!』
ここで艦隊は大きく転進する。スラヴィア艦隊は中央突破後、バリャールヤナ艦隊後方の艦艇を囲むように回り込み、砲撃を加えていた。二十五隻対八隻、練度の差もあり、もはや戦いにはなっていない。三隻が炎上し、まさに沈没する光景がここからでも見える。
が、当然、分断されたバリャールヤナ艦隊の前方七隻も黙ってはいない。そのスラヴィア艦隊の側面後方へ進路を変えて、再びスラヴィア艦隊を混乱させるべく態勢を整えつつあった。
が、そんな最中、我が第二艦隊が一撃で敵の半数を撃滅した。炎上する味方の艦隊と、迫り来る皇国艦隊を見て、バリャールヤナ艦隊七隻の動きに迷いが生じる。
果たして、どちらを撃つべきか? いや、数の上ではもはや戦いにすらならない。スラヴィア艦隊、皇国艦隊のどちらにも、数の上では劣る。
とはいえ、撤退すら困難な状況だ。彼らにとって、スラヴィア艦隊と我が艦隊とが砲火を交えないことに違和感を感じているはずだ。こちらも明確にスラヴィア艦隊と共闘
すると伝えていないのだが、あちらの動きはまさに我が艦隊の攻撃が、バリャールヤナ艦隊にのみ向けられると知っての動きをしていた。
やはり、なんらかの密約がなされているな。僕でさえも、そう勘づいてしまう奇妙な連携ぶりだ。
ともかく、今はバリャールヤナ艦隊を撃滅することに専念するべきだろう。
『バリャールヤナ艦隊七隻、距離一万八千!』
『通常砲、撃ちーかた始め!』
砲雷長のごうれいで、次々と放たれる徹甲弾。前方にはスラヴィア艦隊、後方には我が皇国艦隊、逃げ場を失ったバリャールヤナの巡洋艦や駆逐艦が、次々に鉄をも貫く弾の餌食になる。やがて駆逐艦三隻が炎上する。
両側から挟み撃ちにされたバリャールヤナ軍の残存部隊は、混乱状態のまま西方へと進路を取った。分断された艦隊をなんとか一か所に集結させ、態勢を立て直そうというのだ。
しかし、その動きすらも、歴戦のスラヴィア海軍には読まれていたようだ。
『スラヴィア艦隊、二手に分かれました! バリャールヤナ軍を包囲、殲滅にかかる模様!』
集結しようと全速で振り切ろうとするバリャールヤナ軍を、スラヴィア艦隊はぐるりと囲んだ。そして、スラヴィア艦隊二十五隻の全砲門が向けられた。
そして、一斉同時射撃を加えた。
数十発の砲弾と魚雷が、海面を白く染めて敵残存艦に殺到する。 ネヴィリーム級戦艦二隻が舵を破壊されて航行不能になり、身動きの取れない駆逐艦の群れに魚雷が突き刺さる。残り五隻いた艦隊が、一瞬にして爆炎の中に消えた。もはや、全滅だ。
それはすでに戦いではなく、一方的な掃討戦だった。
ついに合流する相手を失い、洋上で途方にくれるバリャールヤナの残存艦七隻。そこへ、悠々と接近した我ら第二艦隊も、巡洋艦や駆逐艦がとどめの通常砲と魔導砲を放つ。
次々と炎上し、海に沈んでいく敵艦。そして最後に残った旗艦に対し、サヨが第二射の準備を整えた。
「これで、終わりにする」
サヨの瞳に迷いはない。再び、祝詞が唱えられる。
「八百万の神々、手負いの艦を! 清めたまえ!」
二度目の閃光が放たれ、ネヴィリーム級戦艦に命中する。あっという間に、炎に包まれる大型の敵戦艦。その眩いばかりの炎の光が、バリャールヤナ艦隊の最後の希望を断ち切った。
海上に漂うのは、黒煙と残骸のみ。 突如現れたバリャールヤナの艦隊は、ここに全滅する。
静寂が戻った洋上で、無線機ががなり立てた。通信士が驚きの声を上げる。
『スラヴィア共和国艦隊旗艦より、入電! 宛先は、我が第二艦隊司令官!』
「内容は?」
『「貴艦隊の奮戦、援護に、感謝する。宛、連合皇国艦隊司令官、発、スラヴィア第七艦隊司令、ネイルソン中将」、以上です』
あのプライドの高い海軍大国が、後発の小国と見下していた我々の艦隊に、感謝を伝えてきたのだ。それを聞いたスザキ大尉は、ふっと口元を緩めた。
「どうやら作戦通り、貸しは作れたようだな」
僕とサヨ、そしてアーティは、傷つきながらも威容を保ったまま退却していくスラヴィア艦隊を見送った。 サヨが、甲板の手すりにもたれて大きく息をつく。
「終わったね……とりあえずは」
「ああ。さて、帰ろうか、チェルナイへ」
「チェルナイ、もっといい店、教えて、やる」
夕陽に染まる海を背に、戦艦「震洋」はゆっくりと舵を切った。だが僕らは知っていた。この勝利の後に、更なる困難が待ち構えていることを。




