#20 至近
「秘術とは、何のことですか、砲雷長!」
僕はスザキ大尉を問い詰める。何か情報をつかんでいると考えたからだ。
「実は事前に、魔力を無効化する技があるという情報が入っていた。おそらくさっき広げていたあの網が、その秘術なのだろう」
「ちょっと待ってください、そんな大事な情報、どうして僕らに知らせてくれなかったんですか!?」
「それが、植民地のとある部族に伝わる『秘術』によるものだという、怪しげな話だったことがその理由だ。信ぴょう性がなさすぎる情報を、簡単に口にするわけにはいかないだろう。しかも先ほど、戦艦 櫻火からの魔導砲は着弾した。そもそもが信じがたい情報ではあったし、現に櫻火の魔導砲をはじき返さなかった。ということは、あちらにそんなものが存在するとは到底考えられない。が、こちらの魔導砲発射直前に、やつらは不可思議な行動、すなわちあの網を広げ始めた」
「つい先ほど、見事にサヨの砲撃がはじき返されましたが、その網が原因と?」
「そうだ。だがそれは同時に、敵の魔導砲自身をも封じ込めることになる『諸刃の剣』でもある」
砲撃直前に網のようなものを船体に被せていたが、あれがその「秘術」とやらのようだ。その理屈は、分かっていない。
改めて、敵の主力戦艦であるキング・オブ・インヴィンシブルの姿を見る。今は網掛けされているが、例の破壊され煙を上げている四連装砲のすぐ後ろ、一段低いところに単装砲が見えた。あれが、敵が唯一保有する魔導砲か。
しかし、その魔導砲にも網掛けされた状態だ。あれでは自身の魔導砲ですらも封印したことになる。これでは、敵自身も打つ手がない。
よほど、こちらの魔導砲に焦ったのだろう。艦を失うわけにはいかないとばかりに、逃げに転じ始めた。
『敵艦、転舵反転、我が艦から離れます!』
『全艦、キング・オブ・インヴィンシブルを追撃する。なんとしてでもやつを仕留めろ!』
魔導砲は封じられたが、通常砲弾まで封じられたわけではない。距離五千まで接近した我が艦隊の通常砲が、一斉に砲撃を開始する。
第三艦隊も、後方にいる二十九隻の内、戦艦オライオン級二隻、巡洋艦十隻、駆逐艦十一隻を沈めた。キング・オブ・インヴィンシブルを護るのは、駆逐艦二隻のみ。つまり四十隻の敵艦隊はすでに九隻までその数を減らしていた。
とはいえ、我が艦隊も駆逐艦を七隻、海防艦四隻を失い、五隻の巡洋艦が大破して戦線を離脱した。三十二隻いた第二、第三合同艦隊は、戦闘可能艦を十六隻まで数を減らした。
しかし、敵にはまだ、あのキング・オブ・インヴィンシブルがいる。
あの象徴艦を殲滅しなければ、我が軍の勝利とは言えない。
『進路そのまま、最大戦速!』
「最大せんそーく!」
逃げにかかる大型戦艦を、追い詰めに走る。回頭し速力が低下したキング・オブ・インヴィンシブルの後方から、我が艦が迫る。距離、およそ三千。
その距離が、徐々に迫る。
『左砲戦、二十四度! 射撃用意!』
『射撃用意よし!』
『砲撃開始、てーっ!』
砲雷長の合図で、主砲が一斉に火を噴く。唯一、この第二砲塔を除いて。
が、そこでサヨが、とある言葉を口にした。
「第三射目があるって、あの巫女も砲雷長も言ってたよね」
そうだ。第三射があると、戦艦櫻火の魔女とスザキ大尉が共に言っていた。つまりは、こうなることを予見していたと言うのか。
だが、だとするならいつ、どこで、サヨの出番があると言うのか。魔導砲をはじき返すあの網を前に、どうしようと言うのか。
そのサヨだが、さすがに二射を放ち、フラフラになっている。僕はサヨを抱きかかえて、ベッドの上に座らせた後にラムネを渡す。
それをゆっくり飲みながら、宝玉の方をにらみつけている。戦う気力は、まだ落ちていない。
ここで勝利を得て、戦争を終わらせる。その執念を感じる。
それは、僕も同意だ。サヨの手を、思わずぐっと握る。
「絶対に、倒そう。そして、この戦争を終わりにしよう」
まだ顔が青いサヨは、無言でうなずく。しかしその目からは、闘志が失われていない。
『最大戦速! なんとしても、食らいつけ!』
ところで、すでに敵を射程内に捉えている。というのに、どうして全速で追いすがろうとしているのか? そんなところに、一度艦橋に向かっていたスザキ大尉が帰ってきた。
「左砲戦、用意だ!」
いきなり、射撃用意の命令が出る。
「ですが砲雷長、敵は魔導砲による攻撃をはじき返してしまう相手ですよ」
「それはあの網のせいだ。だから、あの網の目をくぐり抜けて撃てるまで接近する」
「えっ、至近距離で撃つんですか!?」
「それにだ、敵だっておそらく、魔導砲を撃てるように準備しているはずだ。つまり、魔導砲のあたりだけ穴を開けるはずだ。となれば、その穴にこちらの魔導砲を叩きこんでやれば、あの大型艦とてひとたまりもない」
背筋が、ぞっとした。恐怖と高揚感、その両方が同時に頭の先から足にかけて、全身に襲い掛かる。
敵魔導砲目掛けて、至近距離で撃つ。下手をすると、相打ちになるかもしれない。こんな危険な戦いは初めてだ。スレイン海峡の要塞攻撃の方がまだマシだと思える状況が訪れるとは、思いもよらなかった。
「照準器を覗き込め。敵の魔導砲に、常に狙いを定め続けよ。発射タイミングは、こちらが知らせる」
砲雷長であるスザキ大尉が、側面の小さな窓から敵の船体を凝視している。僕は 照準器を覗き込み、敵魔導砲に狙いを定める。
が、敵も魔導砲を回頭してきた。が、そこにあの網が絡まる。それを数人の敵の水兵が必死に取り除いている。
まさに、穴を開け、こちらにあれを撃ち込もうとしてるところだ。
距離は、すでに三百を切っている。まもなく、敵を追い越さんとばかりに我が艦は全速で迫っている。
その間も、主砲や副砲、そしてあまり使われたことのない魚雷発射管まで使われる。艦橋側面の甲板には、どこからか陸戦用の大砲まで引っ張り出してきて、砲撃している。
ところどころ、網がちぎれ始める。魚雷が当たり、大きな水柱が立つ。が、さすがは世界最大の戦艦、それでもびくともしない。やがて、距離は百を切る。
僕は、照準越しに敵の魔導砲を見た、まさに回頭し、こちらにその砲身の先を向けてきた。周囲の網が取り払われ、まさしくこちらに狙いを定めていた。まさに、スザキ大尉の言っていた穴が、そこには空いていた。
それを見た砲雷長からも、ついに砲撃命令が出る。
「第三射、撃てーっ!」
僕の照準器が、敵の魔導砲の砲身を捉える。あちらも奥から、魔力の重点による光を発し始めた。
そんな中、サヨは立ち上がり宝玉を握ると、あの呪文を放つ。
「ナーフ、バランニ、イヴァンディ!」
すでに敵艦は、目前だ。敵の魔導砲も光りだし、まさに発射寸前。
そしておそらく、互いの魔導砲が同時に火を噴いた。
船体が揺れる。が、第二砲塔は無事なままだ。ということは、敵の魔導砲とこちらの魔導砲の光が互いにぶつかり、打ち消し合ったと見える。その衝撃と思われる激しい爆発音が襲い掛かる。
だが、あちらは単装砲であり、こちらは三連装砲だ。
つまり、敵は一門の魔導砲撃は打ち消せても、残る二門の光を消す術を持たない。それは、敵が自身の魔導砲を放つために開けた穴から、艦そのものを捉える。
照準器の前の光が、白から赤に変わった。敵の戦艦が燃え上がった証拠だ、僕はそう悟る。
「やった、当たったぞ!」
あの冷静なスザキ大尉が、いつになく興奮している。僕は倒れかかるサヨを抱きかかえ、そのまま側面窓に駆け寄った。
敵のあの大型艦の船体が大きく傾きつつ、真っ赤に燃え上がっているのが見えた。
その脇を、猛烈な速度で駆け抜ける我が艦は、真っ赤に燃え上がったその世界最大だった戦艦を、通り過ぎる。
サヨを抱えたまま、僕は扉を開けて外に出た。距離はすでに五百ほど離れているが、それでも熱気を感じるほどだ。
残る駆逐艦二隻は、守るべき艦を失い、全力でその場を離脱して敵の残存艦隊と合流し、そのまま残存艦と共に立ち去っていく。さすがに震洋であれを追いかけるのは無理だ。立ち去る敵艦隊は、闇の中へと消えていく。
だが、勝敗は決した。こちらの犠牲も大きいが、敵は主力の戦艦を失った。
かつて、スラヴィア共和国が王国であったころ、海洋進出を決断し日の沈まない国へと国となるべく繁栄の基礎を築いた王の名を冠した艦が、水中に没していった。その意味は、決して小さくはない。
「ああ、また私、大勢の人を冥府に送ってしまったのね」
その光景を目の当たりにして、僕の腕の中でそう呟くサヨだが、僕はこう返す。
「あちらが仕掛けてきた戦いだ。その報いを、受けただけの話だよ」
「でも、皆が望んでそうしたわけではないでしょう? あの魔導砲の魔女だって、スラヴィア共和国の人じゃないっていうし」
「いずれ、人は死ぬ。遅いか早いか、それだけのことだ。それが戦死であっても、誰にでも平等に訪れる運命に従っただけだと、霧隠神社でもいわれていただろう」
冥府の主を祭るとされる霧隠神社では、死というものを「冥府での生」として説いている。やがて冥府でその寿命が尽きれば、現世に帰ってくると。
つまり、人は現世と冥府を輪廻する。それが僕らの死生観だ。
それをよく知っているはずの巫女であるサヨは、沈みゆく敵艦に向けて手を合わせ、祈りをささげていた。
「……八百万の神よ、この戦場で命を失った者たちを、迷いなく冥府の入り口へ、導きたまえ」
サヨが手を合わせて唱える祝詞を聞きながら、僕も手を合わせる。すぐ脇でスザキ大尉も手を合わせていた。
さて、その翌日。
「予想通り、第三射が決め手になったな。象徴艦を失ったスラヴィア共和国がこのまま戦意を失い、戦争継続を諦めてくれるといいのだが」
艦長室にサヨと僕、そしてスザキ大尉が呼び出される。戦況報告後に艦長が、ぼそっとこう呟いた。
実はサヨはまだ、艦長が苦手である。それはそうだ、共に食事を摂る他の乗員らとは異なり、あまり話をしたことがない相手だからだ。
もっとも、そんな相手を前に卒倒することがなくなっただけ、サヨは強くなった。今ではちょっと人見知りの激しい巫女、といったところか。
その艦長の言葉を受けて、スザキ大尉が答える。
「ですが、スラヴィア共和国の艦隊はまだあと五つ存在します。それらがすべて、ここに投入されるわけではありませんが、彼らとて魔導砲を使える以上、バリャールヤナとの戦いをも超える戦闘が予想されます」
「そうだな、よく考えてみれば、名誉ある象徴艦をやられたわけだ。それがかえって敵の戦意高揚につながるかもしれん。やれやれ、戦いには勝ったが、自らの首を絞めることになるかもしれんとは」
艦長も軍帽を脱ぎ、頭を抱えている。僕もこの戦いの勝利が、戦争終結の近道だと思って目一杯戦った。だが、それがかえって敵の戦意を上げてしまうのではと、軍令部の一員であるスザキ大尉は分析する。
しかし、そういう話はサヨのいないところでしてほしかった。これでようやく戦いが終わると思っていたサヨが、明らかにがっかりした顔をしている。
「とりあえずさ、敵の艦隊は逃げていったし、鳴鷲島には戻れるから、しばらくは休めるよね」
そんなサヨは僕と一緒に食堂で食事を摂りながら、そう語る。一つの戦いが終わったことで、ほんのわずかでも休息が取れることをサヨは喜んでいるようだ。
「ほほう、魔女殿はやはり、陸に行きたいのでありますか?」
「えっ!? それはそうでしょう」
「いやあ、そこでトウゴウ伍長と一緒に過ごされるんですよね。うらやましい限りですなぁ、伍長殿。まさかそのまま、裏通りの茶屋に入っていかれるのでは?」
「いや、そんなことはだな……」
「にしても、以前、鳴鷲島で伍長殿の腕を抱き寄せてはしゃぐ魔女殿の姿は、それはそれは端麗美なお姿でございました。並々ならぬつながりを感じましたよ」
「ひええっ、そ、そんなに私、端麗じゃないですって!」
やっぱりあの時の姿を見られていたか。まあ、覚悟はしていたが、ここまで大っぴらにからかわれると、三連装砲の魔女といわれるサヨも、顔を真っ赤にしてあたふたしている。
とはいえ、サヨも強くなったものだ。こんなからかい方をされたら、以前なら卒倒していた。それが男を相手に言い返せるほどまでになった。僕はそんなサヨをみて、なんだか安心する。
「ところでトウゴウ伍長殿」
「なんだ」
「御存知でしたか? あの島の表通りにある浴場では、身体をほぐしてもらうのが良いということを」
「浴場? そんなところ、あったのか」
「ああ、嘆かわしや。やはり魔女殿の顔しか見ていないのですか、伍長殿は」
「そうそう、その浴場で心身ともにほぐしてもらうことで、その後の交わりの快感たるや、かつてないほどの絶頂に達するとまで言われております。それは鳴鷲式と呼ばれる、作法の一つなのでございますよ」
どうしてこいつら、そんなやましいことばかりに詳しいんだ。で、結局僕らがその浴場に向かうところを、また付け回してからかうだけのことじゃないか。いや、でもそれは、有益な情報ではあるな。
顔を真っ赤にしながらも、どうにかおにぎりをもしゃもしゃと食べるサヨだが、その後、軍服を脱いでいつもとは違う姿で現れる。
そう、巫女の姿である。手には祓串をもち、十七つの白い箱の前に立つ。
今度の戦いでは、十七人が戦死した。副砲と魚雷発射管の担当兵が、その犠牲になった。その水葬を執り行うため、サヨは魔女から巫女へと姿を変える。
「十七人の英雄と、そしてこの戦いで亡くなった敵味方双方の兵士たちが、無事に冥府へたどり着かんと願い、祝詞をささげます」
そう告げるとサヨは、深々と艦長、そして七つの白い箱に向かって一礼する。そして祓串を振って、祝詞をささげる。
「掛けまくるも畏き、七名の御霊は石槍大伸、神都の社の深い林の木々に、禊ぎ祓いたまえしこの時に、彼の者たちの禍事、罪、穢れあらむをば、は、祓へ給ひ清め給へと白すことを聞こし召せと、恐み恐み白す……」
以前にも同じ祝詞を唱えたが、あの時はたどたどしく、どことなく怯えながら唱えていた。その時と比べると、まさに見違えるほど落ち着いた巫女になった。
最後に、その祝詞の書かれた紙を艦長に手渡し、一礼する。それを合図に、銃が放たれる。
「ささげー、筒!」
銃声と同時に、一体づつ、白い箱が海へと送られていく。その方角は、冥府のあるとされる東の方。その先には冥府の使いが迎えに来るという。
いやあ、そんなことはないな。この広い海を越えたその先には、それこそ一つの大陸があり、その半分ほどがスラヴィア共和国の植民地が広がる。さらにその大陸を越えた先に、スラヴィア共和国の本国がある。
冥府の使いどころか、どちらかというと敵地に近い方角に我々は、彼らを送り出しているようなものだ。
もっとも、死んでしまえば敵も味方もない。そんなことを思いながら、僕は敬礼を続ける。
こうして、海葬の儀は終わった。艦長が叫ぶ。
「これより、鳴鷲島に帰投する。進路変更、面舵百八十度で転舵、反転する」
「はっ、進路変更、鳴鷲島に向かいます」
航海長が、艦長の言葉を受けて艦橋へと走っていく。ちょうど第二砲塔にたどり着く頃には、艦が大きく回頭を始めているところだった。
「とりあえず、終わったな」
「うん、終わった」
「このまま、何事もないといいのだけれど」
「そうだねぇ。そのまま、霧隠に戻りたい」
凪いだ海を眺めながら、僕らは叶わぬ願望を互いに口にした。しかし、戦いまだだまだ続くようだ。我が国が西方列強に蹂躙されるまで、この戦いは続くのだろうか。
だがこの直後、思わぬことが起きる。それはこの戦いをより拡大する方向へと向けるものではあった。が、それは僕ら以上に、むしろスラヴィア共和国にとっては、悪夢のような出来事だ。
すなわち、ルマク島の反乱、である。




