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#2 魔女

 かつて、魔女は世界中に存在した。しかし今は我が東方連合皇国と、ごく一部の国や地域にしかいない。

 西方列強では、今から四百年ほど前に「魔女狩り」が行われた。中には魔女でないものもいたようだが、ともかく西方の国では魔女とされた者たちは、一人残らず火あぶり刑に処されたという。

 結果、魔女は西方列強国では絶滅してしまう。その他の国にも魔女は少なからず存在していたが、似たような理由で、その多くが虐殺されてしまった。このため世界の多くの国や地域から、魔女は消えた。

 一方で我が国では、魔女を「巫女」として敬い、年に数度の神事で無病息災、豊作繁栄を祝う祝詞(のりと)を唱えつつ天空を清める儀式で、その魔力を発揮してきたという歴史がある。それゆえに、我が国ではむしろ魔女は尊ばれ、多くが生き延びている。

 それゆえに、我が国の作り出した、魔女の力を用いる「魔導砲」への対応手段が、西方列強にはない。魔女がいないのだから、たとえ魔導砲の技術があったところで、それを用いる術がない。

 この我が国固有の切り札ともいえる兵器の登場で、我が国は小国ながらも、バリャールヤナ相手に勝利を得てきた。先の戦いなど、まさにその典型である。まさか四百年前に魔女狩りを扇動してきた連中は、それが自国の首を絞める結果になるなどとは想像だにしなかったことだろう。


「トウゴウ伍長殿」


 と、僕がサヨの食事を取りに行く途中、声をかけられる。振り返ると、そこにいたのは若い砲雷科の兵士で、確かサクライ上等兵だったか。

 こんなところで呼び止めるとは、何か意図があるな。僕は警戒しつつ、こう答える。


「なにか?」

「第二砲塔の魔女殿に、差し入れをお持ちいたしました」


 予想外の答えだった。見れば、通常の兵員食よりも豪華な食事を載せたトレイを持っている。士官並みの食事だ。


「先の戦いで我が艦隊が勝利できたのは、まさにあの三連装砲に住まう魔女殿のおかげです。第一砲雷科一同、それを痛感しました。それゆえ、どうにか士官の料理長を説得し、特別食を作ってもらったのであります」


 といって、僕にそのトレイを渡す。


「魔女殿は、トウゴウ伍長以外の方を受け入れられない方だとは聞いてます。が、この食事と共にひと言、魔女殿に我々の言葉をお伝え願いたいのです」

「何を、伝えたいと?」

「先の戦い以降、第一砲雷科一同、魔女殿に敬意を表してます。我らはあのすさまじい魔導砲の威力に心揺さぶられ、何よりも命を救われました。ですからぜひ、魔女殿に我らの感謝の意をお伝えください」


 そういうと、この上等兵は僕に敬礼する。どちらかというと冷ややかな目で見られ続けていた僕が、同じ第一砲雷科の者から感謝の意に満ちた目を向けられるのは初めてだ。僕も敬礼で応え、そのトレイをもって第二砲塔へと向かう。


 が、あの魔女の活躍に感謝する者ばかりではない。そのことを僕はこのすぐ後に、嫌というほど思い知らされる。

 通路を抜け、甲板に出る。砲塔の後方にある扉へ向かう途中、再び僕は声をかけられる。


「おい、トウゴウ伍長!」


 その声を聴いた瞬間、その主が誰かが分かった。振り向けばそこには、砲雷長が立っている。

 正確には、我が艦には三つの砲雷科がある。その中で最も大きな砲、三基の主砲を扱う第一砲雷科の砲雷長だ。

 この男が、実はとんでもない曲者だ。


「そこで何をしている!」

「第二砲塔に、食事を運んでいるところであります、砲雷長……」


 そう言い終わるか終わらないかで、いきなり僕の左頬に砲雷長の拳が飛んできた。上に食事の載ったトレイごと、僕の身体は甲板上に叩きつけられる。


「魔女とはいえ、上等兵だろう! こんな食事を用意するなど、贅沢だ!」


 せっかく第一砲雷科の皆が用意したというその特別食は、無残にも甲板上に散らばってしまった。


「しかも、我が国が誇る戦艦である震洋の甲板をこのように汚すとは何事か! トウゴウ伍長、直ちに清掃せよ!」


 自らが引き起こした問題であるにもかかわらず、僕にすべてを押し付けてその場を去っていった。

 空しく、悔しい。だが、上官相手では何もすることはできない。結局、僕は甲板掃除をさせられた上に、通常食をサヨのところに持っていくこととなる。


「美味しいね」


 そんな食事を、この三連砲塔を預かる魔女はさも美味そうに食べる。


「……すまない」

「えっ、どうしたの?」

「あ、いや、第一砲雷科の皆の言葉を伝え忘れていたことを、思い出したんだ」

「ほ、砲雷科の、みんな?」

「先の海戦での活躍に皆、感謝感激していると伝えてほしい、そうサクライ上等兵から伝言を頼まれた」

「そ、そうなんだ……顔も出さない私に、感謝だなんて」


 いや、皆の気持ちはよくわかる。このままでいけば、数で劣る我が艦隊は敗北とはいかないまでも、損害を被るのは必至だった。が、それを逆転させたのはあの三連装魔導砲だ。たった二発で、二隻の大戦艦をあっけなく沈めた。

 無論、砲雷科の皆も、何もしなかったわけではない。魔導砲の射程まで接近すべく、砲弾を撃ち続け援護を続けた。それがあったからこその勝利だ。

 魔女の力だけではない、第一砲雷科の全員の力による勝利ともいえる。

 そのことを、砲雷長が一番分かっていないことに僕は憤る。が、文句を言える立場にはない。挙句に、さっきのあの仕打ちだ。悔しい限りだな。


「そういえば、どうしたの、その左頬」


 その時に殴られた左の頬のあざに、サヨが気付く。


「あ、ああ、ついさっき甲板で転んだんだ」

「普段はあれだけ器用なのに、時々ドジだよねぇ、タクヤは」


 僕は砲雷長に殴られるたびに、転んだだのぶつけただのと話しているから、ドジな男としてサヨに思われつつある。まさか男恐怖症のサヨの前で、本当のことを言うわけにはいかない。

 けらけらと笑うこの元・巫女の姿を見て僕は、笑顔で返す。

 この笑顔を、消すわけにはいかないな。

 が、そんなとき、扉を叩く音がする。思わず、ギクッとするサヨ。

 誰だ、まさか砲雷長が乗り込んできて……と思ったが、そこにいたのは砲雷科の三人。そのうちの一人はさっき、特別食を運んできてくれたサクライ上等兵だ。


「さっきの食事の代わりです、これを、魔女殿に」


 そう言って渡されたのは、サイダーと羊羹。僕はそれを受け取り、深々と頭を下げる。


「伍長殿、上等兵に頭を下げるなんておかしいですよ」

「いや、すまないことをした。僕がもう少し、慎重に行動していれば」

「しょうがないですよ、あの砲雷長が相手じゃあ」


 そう言いながら、三人は第二砲塔の扉から離れていく。が、少し離れた場所で振り返って、彼らはこう叫ぶ。


「三連装砲の魔女殿っ! 感謝してます! 此度の戦いでの勝利、ありがとうございました!」


 あまり大きな声で叫ぶと、今度は自分たち三人が砲雷長から殴られることになるんだぞ。そう思った僕だが、そんなことくらい彼らはおそらく、承知の上でのことだろう。

 が、そんな男たちに向けて、サヨが応えた。顔は出さないが、扉の隙間から右腕だけを出した。そして、震える手で敬礼をする。

 男恐怖症のサヨにしては、目一杯の勇気を振り絞ったのだろう。その敬礼に応えるように、三人も起立、敬礼する。そして再び振り返り、そのまま去っていった。


「差し入れだって」


 もらったサイダーと、竹皮で包まれた甘い羊羹を黙って受け取るサヨだが、なんだかちょっと元気がない。


「どうした?」

「私もっと、力が欲しいなぁ」

「力? もう十分すぎるほどの力を持ってるじゃないか」

「ううん、そういうのじゃなくて、感謝に応えられる勇気が欲しいって、そういう力のことよ」


 何やら寂しげに語るサヨに、僕はこう答えた。


「いや、十分に応えられたと思うよ。現に砲雷科のあの三人は、にこやかな顔で返っていったからな」


 それを僕から聞き安心したのか、サヨは再び笑顔を取り戻す。

 僕は守りたい、この笑顔を。たとえ砲雷長から理不尽な目にあわされても、このけた違いの魔力はあれど男が苦手なこの魔女を守りたいと、心から思った。


 サヨは徴兵されるまでは、とある山地の社に住んでいた。が、時折、カゴに乗せられて遠くに足を運ぶことがあった。

 サヨの魔力(マナ)は絶大だ。その力は、土砂降りの嵐をも沈め、あるいは雨の降らない日照りの空に恵みの雨をもたらすことができる。

 それゆえに、「豊作の巫女」と崇められていた。もっとも、その姿を目にすることができたのは、彼女を世話する侍女たちと、僕だけだった。

 本来ならばこんな殺伐とした戦場にいるべき者ではない。が、時代がそれを許さなかった。

 だから、僕は何としてでもサヨを守る。この戦争が終わるまで、守り抜く。そして、戦いが終わったら、僕とサヨは……とにかく今の僕は、この魔女を守護するのが使命だと、改めてそう決意した。

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