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#19 秘術

『敵艦隊、視認! 当艦より二時方向、距離一万八千!』


 会敵したのは、日も暮れた夜の八時過ぎだ。新月の日で、月明かりもない真っ暗闇の中、夜目の効く見張り員が敵艦隊を捉えた。


『敵艦隊前方、駆逐艦七隻、巡洋艦三隻が、大型戦艦を囲み密集隊形で接近中!』


 さらに報告が続く。その艦隊の先頭集団十一隻だけが、独自に密集隊形を組んでいるとのことだ。


「密集隊形? なにそれ」

「つまり、小型、中型艦がぐるりと大型戦艦を囲んでいる、ということだ」


 サヨはこの初めて聞く言葉を僕に尋ねる。残りの二十九隻の艦隊は、通常通り七百から八百メートルほど離れつつ前進しているが、ある一隻だけがおよそ二百メートル以内に巡洋艦で囲い込み、さらにそこから百メートルほど離れた位置に駆逐艦が囲んでいると、見張り員の報告が続く。

 つまり、その中心にいる大型戦艦こそが今回の最大の敵、キング・オブ・インヴィンシブルだ。

 共和国なのに「キング」すなわち王という名を冠したこの戦艦は、まさにスラヴィア共和国がまだ王政であったころ、海軍力を高め世界進出を果たした時の王の名をつけられた船だ。

 正確には、この艦は四代目だという。帆船時代から使われている艦名で、この国を象徴する大型艦に代々名付けられる伝統的な艦名である。それは王政から共和制に変わった今でも受け継がれている。


『進路そのまま、右砲戦三十度、第二艦隊は密集陣形の艦隊に砲撃を集中する。射撃用意!』


 バタバタと周りが動き出す。この第二砲塔も、右三十度に構える。照準器で、僕は敵戦艦を捉える。

 が、この艦と敵の大型艦との間には、駆逐艦と巡洋艦がいる。このままでは魔導砲は手前の艦に当たり、届かない。第一、第三砲塔、および第二艦隊十一隻による活躍に頼るしかない。


『射撃用意よし!』

『通常砲塔、全砲門開け! 標的、周辺の駆逐艦および巡洋艦! 交互撃ち方、初弾観測による弾着補正後、二射目以降は発射間隔二十秒、撃ち―かた始め!』


 砲雷長であるスザキ大尉の号令と共に、ついに初弾が火を噴いた。この時点で、敵は我々の存在に気付いたはずだ。

 無論、敵も反撃してくる。もちろん砲弾も放ってくるが、それ以上に厄介なものを撃ってきた。

 密集隊形を組んだ駆逐艦が、一斉にこちらの戦艦目掛けて魚雷を一斉に放ったのだ。


『駆逐艦隊に打電、魚雷進路上に爆雷投下、魚雷群を排除せよ!』


 第二艦隊の司令官でもある艦長は、すぐさま第二艦隊にいる駆逐艦八隻に爆雷投下を命じる。

 やつらの狙いは、まさにこの戦艦震洋だ。が、第二艦隊にはもう一隻、同型艦である櫻火(おうか)もおり、遠目からでは両者の区別がつかない。だから、戦艦二隻目掛けて魚雷が放たれた。

 敵魚雷は大量の炭酸ガスを放出しながら進むため、雷跡が見えやすい。その雷跡を頼りに、その進路上目掛けて駆逐艦が缶型の爆雷を次々に投下する。

 魚雷群の前で、水柱が立つ。この衝撃で何発かは爆破できたはずだ。が、その多くはまだ残っている。


『取舵二十度、最大戦速!』


 となると当然、全力回避をせざるを得ない。けたたましい機関音が、この第二砲塔にまで響く。と同時に、左へと動いた船体の反動で、サヨがこっちに飛んできた。


「うわっ!」


 それを受け止める。が、それはあまりかっこの良い受け止め方ができなかった。早い話、身体を張ってサヨが床に叩きつけられるのを防いだ、といったところか。

 で、ちょうどサヨのお尻の部分が、僕の顔の上に乗っかっている。


「ご、ごめん! 大丈夫!?」


 その柔らかい感触を顔一面で堪能できたことを喜ぶべきか、顔面中に強烈な痛みが走るのを嘆くべきか。悩ましいところだ。


『魚雷群、接近! 衝撃に備え!』


 回避運動はしたものの、そう簡単に避けられるものではない。僕はすぐさまサヨを抱き寄せて、床に伏せた。


「ひえっ!」

「衝撃来るぞ、頭下げて!」


 僕がそう言い終わるか否かのタイミングで、ガンッと音がした。どうやら一発、当たったらしい。が、それにしては揺れもなく、妙におとなしい。

 どうやら不発だったのだろう。幸いだった。もっとも、我が軍の魚雷も不発が多いという。まだまだこの魚雷という兵器は、改良の余地が残されているようだ。

 我が艦はこの一発だけで済んだが、もう一隻の櫻火はどうだったか。いずれにせよ、たかが一発程度ならばあの装甲を貫けまいが、それでもスクリューなど当たりどころが悪ければ、最悪、航行不能になる。


『魚雷群、全弾かわしました! 震洋、櫻火合わせて命中弾は三発、いずれも不発弾! 戦闘に支障なし!』


 参謀長から戦況報告が入る。どうやら第二艦隊はあの多数の魚雷をどうにかかわしたらしい。直後、艦長からの言葉が伝声管越しに聞こえてくる。


『これより、敵主力戦艦、キング・オブ・インヴィンシブルに突入する。敵主力艦周辺の防御陣形を崩し、敵戦艦に魔導砲の一撃を与える』


 艦長の号令で、主力艦への攻撃が再開された。一方の第三艦隊はといえば、後方にいる残りの艦艇への攻撃を続けている。魔導砲が放たれ、駆逐艦八隻と巡洋艦七隻に命中したとの報告が入る。

 第三艦隊の旗艦は戦艦「烈風」で、これも震洋と同型艦だ。その他、二隻の中型戦艦もいる。これらには当然、単装砲の魔導砲が取り付けられている。そのまま敵の後方にいる戦艦四隻を、第一艦隊の二隻の戦艦と五隻の巡洋艦で仕留めようというのだ。

 こちらが主力戦艦に集中している分、後方にいる大多数の敵艦隊を相手にする羽目になった第三艦隊だが、彼らの士気は我々に劣っていない。それどころか、敵艦隊殲滅する気満々で、そのど真ん中に突入しつつある。

 が、今は第三艦隊のことを気にしている場合ではない。少しでも敵の艦隊に穴が開けば、あの大型戦艦をこの三連装砲で狙い撃つ。その機会は、最大で三回しかない。


『巡洋艦、アストリア級、撃沈! 続いて駆逐艦アロー級、バリアント級、三隻撃沈!』


 通常砲および第二艦隊による総攻撃で、敵の防御陣が徐々に崩されていく。一瞬、敵の防御陣に穴が開いた。


『第二砲塔、主力戦艦に向けて砲撃せよ!』


 ようやく攻撃の機会が訪れる。サヨは宝玉を握りしめ、祝詞を唱える。僕は砲塔を旋回させて、大型戦艦中央に狙いを定めた。


「八百万の神、我に迫る堅固なる敵を、滅したまえ、清めたまえ」


 宝玉が白く光る。狙いはただ一点、敵の戦艦だ。そして、三連装魔導砲が一斉に閃光を放った。

 照準器の向こう側は、真っ白になる。光で先が見えない。が、最後はあの艦を捉えていた。確実に当たるはずだ。

 と、僕はそう思っていた。が、目の前の閃光が消え見れば、それが甘かったことを悟る。照準器に現れた光景に僕は、唖然とする。

 寸前のところで、敵の巡洋艦が飛び込んできていた。こちらの魔導砲をすべて受け止め、まさに船体全体が真っ赤に光っている。

 やられた。まさか、そんな捨て身の戦法を取るとは。燃えながら沈みゆく敵の巡洋艦を前に、僕はもっと周囲を見るべきだったと後悔する。


『敵巡洋艦、ハリケーン級撃沈! 主力戦艦、依然、健在なり!』


 が、どんなに悔やんでも、この一撃は戻らない。ここは切り替えるしかないな。しかし、サヨはがっかりしていないだろうか?

 ところがだ、サヨはといえば、ラムネを一気に飲み干している。やる気満々だ。


「まだあと二発! ほら、あの巫女の予言でも第三射まで使うって言ってたじゃん、そう簡単な敵じゃないってことだよ、頑張ろう!」


 強いな、サヨは。こんなに力強いサヨを見たのは、初めてかもしれない。バリャールヤナ軍との戦闘や、男恐怖症の克服のために食堂に行ったり砲雷科の詰め所にやってきたりと、様々な経験を通じてたくましくなったものだ。

 そうだ、あと二回、機会はある。この程度で落ち込んでいる場合ではないな。


『再度、敵が防御陣を組み始めた。全艦通常砲、および震洋以外の魔導砲で、防御陣形を崩せ!』


 味方艦隊からも、そしてこの艦の第一、第三主砲塔からも砲撃音が鳴り響く。僕は、敵戦艦を照準器に収め、いつでも砲撃する機会を待つ。

 が、その時だ、青い閃光がその照準器の前をよぎる。

 あの光の太さ、おそらくは櫻火(おうか)からの魔導砲だろう。だが、それが狙った先は、巡洋艦ではない。

 そう、キング・オブ・インヴィンシブルの第一砲塔、あの四連装砲にそれが直撃する。一瞬で、あの四連装砲が吹き飛んだ。

 あのヒトツバシ兵長、巡洋艦を狙うふりをして、あの戦艦への一番槍を突いてきた。我々を出し抜いたな。

 だがそれはむしろ、我が艦にとっては幸いだ。これは、大いなる援護射撃となる。

 あのキング・オブ・インヴィンシブルの主力武装の一つである四連装砲を破壊できたのだ。敵の攻撃力が相当、落ちることとなる。

 敵の主力戦艦がその直撃の反動で、大きく傾く。が、さすがは大型艦だ、すぐに復元する。もっとも、自慢の四連装砲はもう使い物にならない。砲塔ごと吹き飛び、もはや影も形もない。

 逆に言えば、あのヒトツバシ家の巫女の魔力をもってしても、あの砲塔を吹き飛ばすのがやっとだったということか。いや、当たりどころが悪ければ、船体側面に穴をあけられただろうに。

 だが、この一撃で動揺した敵の戦艦キング・オブ・インヴィンシブルの周りに隙ができる。あの艦を捉える、絶好の機会を得た。

 が、その時、あの大型戦艦の艦橋の頂上や各砲塔傍に配置された測距儀などから、何か網のようなものを一斉に広げ始める。

 なんだ、あれは?


『第二砲塔、第二射急げ!』


 砲雷長から命令が来る。慌てて僕は、その艦の船体を照準器に捉える。周囲を見るが、もう巡洋艦は残っておらず、駆逐艦も他の艦との戦闘で、捨て身の防御に出られるような状況ではない。

 絶好の、機会だ。


「よし、サヨ、今だ!」


 するとサヨは、宝玉を握りしめて祝詞を唱え出す。


「八百万の神、我にあの手負いの敵を、消滅させたまえ、清めたまえ」


 距離はすでに四千まで迫っていた。猛烈な閃光が、あの大型戦艦めがけて放たれた。

 今度ばかりは、あれを守るべきものがない。直撃は確実だ。勝負あった。

 僕は、勝利を確信していた。この世で最強の魔導砲、あれを喰らって、無事で済むわけがない。第三射を使うまでもなく、敵の主力艦を沈められた。

 と、完全に僕は、油断していた。そこに、スザキ大尉がここ第二砲塔に飛び込んでくる。


「間に合わなかった……奴らめ、本当にとんでもない秘術を繰り出しやがったぞ!」


 いつもの大尉らしくない言葉遣いだ。その驚いて、僕とサヨは外に出る。


「うそ……」


 目前には、あの大戦艦が浮いている。あれだけの魔導砲を喰らいながらも、船体そのものはまるで無傷だ。まさか、サヨの放った魔導砲を、跳ね返した? その堂々たる姿を目の前にして、僕とサヨは愕然とするしかなかった。

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