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18/21

#18 布告

「つい先ほど、スラヴィア共和国から我が東方連合国に、宣戦布告が届いた」


 鳴鷲島にある島司令部の一室に集められた第一砲雷科の皆が、スザキ大尉より来るべき事態を知らされる。


「つまり、やつらは本気で我々を叩きにくる、と?」

「そういうことだな。すでに敵の四十隻の大艦隊は出撃したという報告が入った。第七潜水艦戦隊よりの報告では、すでにルマク港を出港してここ、鳴鷲島に向けて進撃中とのことだ」


 この島にたどり着いて五日後のこと。ついに宣戦布告文書が届いたとの報がもたらされた。これで正式に、我が国とスラヴィア共和国は戦争状態に入る。

 が、その前に敵の艦隊はすでにこちらに向かっているとの報ももたらされる。敵の艦隊は、間違いなくこの鳴鷲島を取りに来ている。でなければ、このタイミングでの布告は考えられない。

 となると、戦場はこの鳴鷲島を出てしばらく進んだところの、アユタマ海で会敵することとなる。深い海溝の真上の海で、身を隠す島もない。艦隊運用と数の差が、勝敗を決める。

 もっとも、我が艦隊は魔導砲がある。その砲がある限り、我が海軍の有利さは覆せない。


「ともかく、これより全艦、出撃する。総員、乗艦せよ」


 とうとう我が国は、もう一つの大国との戦争に突入した。ただ、その敵の海軍は、これまでのバリャールヤナ連邦よりも練度の高い国とされている。

 世界中に植民地を抱えていられるのも、その海軍力ゆえだ。まだ帆船の時代から世界の海に軍艦を送り込み、制海権を奪取し、その国の通商航路を遮断しては多くの国を屈服させてきた。何百年もの歴史ある海軍でもある。

 しかも、そんな国が魔導砲という我が国唯一の強みすらも手に入れてしまった。こうなると、我が皇国の運命は、いかに緒戦で勝利し、スラヴィア共和国との和平につなげるか、にかかっている。

 敵はすでに出航済みだという。国際法上、軍事行動を起こすのは宣戦布告後とされているが、単に演習のため公海上に出ていただけだとかわされるのがオチだろう。狡猾にもやつらは、先手を取ってきた。

 先行する潜水艦部隊から、時折、敵艦隊の位置が知らされる。その数は、依然として四十隻。この大艦隊との戦いで我々が突破されたなら、国土を失うことになる。


「機雷源を仕掛けようにも、海流が早すぎる上に広い海域だ。潜水艦部隊が接近しようにも、駆逐艦がぐるりと囲んでいて入る隙もない。こうなると、艦隊同士での正面決戦しかない」


 と、わざわざ第二砲塔にまでやってきて僕にそう告げてくるのは、砲雷長のスザキ大尉だ。どうしてこの人は、いちいちサヨにプレッシャーを与えに来るのかなぁ。


「サヨ……いえ、カンザキ上等兵にそう告げに来たからには、何か策があるのですよね?」

「いや、正直言うと、接近して三連装砲の一撃を与えるという以前話した通りの、通常弾砲により盾となる駆逐艦、巡洋艦を排除しつつこちらの魔導砲を敵の主力戦艦に一撃を与える、という作戦しかない」


 なんだそれは。だったらわざわざ、ここに来なくてもいいのに。そう思った僕だったが、スザキ大尉は砲塔を去る直前、こうサヨに言い残す。


「今度の戦いだが、間違いなく第三射を使うことになるだろう。そのタイミングは、私が知らせる。そのことだけは、忘れないでほしい」


 そう言いながら、大尉は出ていった。まるでどこかの魔女の予言と同じことを言う。まさか、敵も二発撃つことができるとか、そんな情報でも入手しているのか?

 いや、それだったら第三射以前の問題だ。魔導砲を通常の魔女ならば一撃しか撃てないというのは、常識だ。そもそも第二射まで撃てること自体、サヨの異常なまでの魔力量がなせる技だ。魔女が「巫女」としてあがめられることで、世界でも有数の魔女が住む我が東方連合皇国だからこそ現れた特異な魔女だというのに、そんな魔女が植民先の少数民族から現れるなど、この戦艦震洋の通常砲弾の最大射程である三万五千メートル先にある針孔に向けて糸を投げて通すほど、起こり得ない事象だ。

 だがその時、あの安国神社の巫女がスザキ大尉に話したのではないかとも考えた。だが、仮にスザキ大尉はそれを聞いていたとしても、根拠なしと一蹴するだろう。

 ということは、もしかするとスザキ大尉は別方向からの、何かそれなりの情報をつかんでいるのではないか。ただし、その情報に確証が持てないから僕らには話せない。それゆえに、第三射が必ず必要となると、そう言い残したのではないか?


 しかし、だとすると、どんな情報をつかんだのだろうか。気になって仕方がない。

 あえてサヨと僕にだけ知らせてくれた方が戦いに専念できると思うのだが、なぜ肝心なことをわざわざ隠すのだろうか。頭の切れる士官であることはよくわかったが、もう少し現場のことを考えてくれないものだろうかと思う。


 さて、そんな悶々とした気持ちを抱えたまま、僕は第一砲塔へと呼ばれ、そこで徹甲弾の最終検査に立ち会っていた。といっても、僕が検査をするわけではない。スザキ大尉が行う検査を、僕が再確認するというそういう任務だった。


「この砲弾は最下段に回せ。重心が偏っていて弾着がずれやすいから、接近戦向きだ」


 この新しい砲雷長は、砲弾を転がしつつ、その転がり具合から個々の砲弾の弾着精度を見積もっている。遠距離砲撃用は当然、きれいに転がるもののみ。ほんの少しでもずれたなら、近接戦闘用として後ろに回す。接近戦ともなれば、多少の弾着ずれは問題となりにくいからだ。

 僕もその後に同じ検査をしてみるが、正直言って、違いが分からない。だから、再検査に僕を選んだこと自体が間違いじゃないかと思うのだが、スザキ大尉は敢えて僕にそれをさせる。

 曰く、魔女の加護をいつも受けている身だから、こういう時、勘が働きやすい。

 そんな屁理屈で、第一砲雷科の皆をたぶらかしつつ、こんな面倒な再検査に付き合わされている。そもそも、弾の重心が真っ芯にあるからといって、弾着精度が良くなるというわけでもない。だから、この検査自体に根拠があるわけではない。

 が、何かそれらしいことを事前にしておかないと、皆が不安に陥ってしまう。そういう意味で、この「検査」自体には意味がある。

 バリャールヤナと戦っていた時も、その数に圧倒されていたが、今度の敵の軍艦は、数も多いだけでなく練度も高い。自らを「世界最強の海軍国」と謳っているほどの国だ。現に世界中にある植民地のおかげで「日の沈まぬ国」とまで呼ばれている。

 そんな国を相手にするんだ、油断ならない相手ではある。

 スザキ大尉自身も、こんな検査にさほど意味があるとは思っていない。あくまでも第一砲雷科の皆に少しでも安心感を与えるため、敢えてこんなことをしている。

 そうこうしているうちにも、敵は迫りつつある。その先発隊ともいわんばかりに、敵の哨戒艦が姿を見せる。


『敵、哨戒艦を発見せり! 距離、四万七千!』


 射程外に現れた敵艦、とはいえ、武装がほとんどなく我が艦隊の位置をスラヴィア主力艦隊に知らせるためだけの艦艇だ。その数も、たったの五隻。

 とはいえ、可能ならばあまり位置を知られたくない。そんなとき、スザキ大尉がとある提案をする。


「距離、三万八千まで迫ったら、砲撃を加える」


 一瞬、耳を疑った。この艦の通常砲弾の射程は三万五千。およそ一割、届かない。


「砲雷長、そんな距離で撃ったところで、射程外です当たるはずがありません」

「いや、この徹甲弾は着弾すると、水平に進む。それに今はやや向かい風。炸薬量を少し増やして砲撃してやれば、ギリギリ届くはずだ」


 また無茶な事を言う。当たれば確かに大戦果だが、当たらない確率の方がはるかに高い。だが、砲雷長の命令だ。しかも、艦長の許可も取りつけたという。となれば、従うしかない。


「第一砲塔のみで狙う。このまま前進」


 砲塔を回転させず、正面に迫る敵をそのまま捕らえようというのである。いつもの交互撃ち方ではなく、三発の一斉射撃。これまた無謀な戦いである。


「砲塔、右に〇.二度、砲身はまだ上げるな」


 本気で撃つつもりだ。ただし、敵に悟られないよう、ぎりぎりまで砲身を上げない。


『距離、三万九千!』


 ついに目標となる距離三万八千メートルまで接近する。が、敵は哨戒艦。我が艦隊の海防艦並みの小さな艦艇だ。

 そんな小さな標的を、射程外の、しかも真正面からの砲撃で当てようというのだ。正気の沙汰ではない。


「よし、仰角四十五度!」

「はっ、仰角四十五度!」


 砲身が、ゆっくりと上がり出す。しかし、敵はその動きを捉えていない。

 それはそうだ。敵は小型ゆえに、こちら側の艦橋くらいしか見えていない。が、こちらの測距儀は敵の哨戒艦を捉える。


『距離、三万八千!』」


 射程まで、あと三千というところで、スザキ大尉は砲撃命令を出す。


「仰角四十五度、射撃用意よし!」

「三連装、一斉射、撃ちーかた始め!」

「はっ、三連装斉射、撃ちーかた始め!」


 ジリリリリと、発射を告げるベルが鳴り出す。と同時に、通常弾三連装砲が一斉に火を噴く。といっても、この三連装砲は一斉に発射するわけではない。一斉砲撃の際は、ほんのわずかな時間だけずれて、右側の砲身から発射される仕組みだ。

 同時発射では、砲弾同士が作り出す衝撃波が互いの弾道を狂わるためだ。そのため、斉射の時はそれぞれの砲身の発射時間をずらす。

 射程外にいる敵に放った弾は、八十七秒で着弾する。音速の倍近い速さで飛翔する砲弾は当然、目に見えることはない。


『だーんちゃーく!』


 見張り員からの弾着観測が知らされる。が、あがった水柱は敵のほんの少し手前だ。

 が、この徹甲弾、その仕組み上、水中をしばらく水平に進み、その直線上に敵がいればぶち当てることが可能だ。

 だが、いきなり一発目から当てることなど……と思いきや、なんといきなり当てた。


「弾着確認! 哨戒艦一隻、撃沈!」


 まさかの初弾命中である。これには第一砲塔にいる砲撃手らも開いた口が塞がらない。が、しばらくして歓声に変わる。


「すげえ、いきなり当てたぞ!」

「さすがは、弾を選りすぐった甲斐があったというものだ!」


 皆、口々に喜ぶ。一方の僕自身は、驚きを隠せない。こう言っては何だが、スザキ大尉は最初から哨戒艦に当たると分かっていたかのようだ。だからこそ、敢えて士気を上げるため、哨戒艦を撃ったのか。

 まさに、神業である。それを見た残る四隻の哨戒艦は、姿を消す。

 これで敵は、我が艦隊の正確な位置を把握できなくなった。


「スザキ大尉にお伺いしますが、先ほどのあれはいったい、どういうトリックなのですか?」


 その後、第二砲塔に現れたスザキ大尉に、僕は尋ねた。


「なに、簡単なことだ」


 やはりというか、こうなることを予見しつつの砲撃で会ったことを示唆する口調で答える。


「ねえ、何のこと?」

「今日の昼間に、第一砲塔が正面にいる哨戒艦を沈めただろう」

「ああ、そうだったね。一撃で仕留めたって聞いたよ。でも、通常砲弾の当たる確率はかなり低いはず。どうやって当てたの?」

「……だから、それを今、尋ねているんだが」


 まったく、魔導砲とは言え、同じ三連装砲を持つ魔女とは思えない物言いだ。が、スザキ大尉はこう答える。


「今回は、正面に向けて撃っただろう」

「はい、それは分かります」

「ということは、だ。船体がもっともぶれにくい砲撃を加えたということだ。だから敢えて、炸薬量も増やして放った。これで命中しない方がおかしい」


 通常は右、または左側に向いて砲を放つ。魔導砲とは違い、通常砲塔はその炸薬の反動で船体を揺らす。無論、それにある程度耐えるだけの幅を持たせてはいるものの、完全に揺れないということはあり得ない。

 それに比べて、正面砲撃は船体の重心を通る軸上にその反動が伝わる。砲撃の反動でも、ほぼ微動だにしない。そんな好条件で放てば当然、三発中一発くらいは当たりそうな気がする。

 加えて、あの一見無駄に見えた検査も、あながち無駄ではなかったのかもしれない。それほどまでにきれいに飛んで行き、水中をまっすぐ進んだ。だからこその撃沈だ。

 そしてこれは、我が皇国が初めてスラヴィア軍の艦艇を沈めたことになる。かつて、友好条約まで結んだ相手に、我々は攻撃し、それを撃退した。

 小さな勝利だが、敵は当然、動揺する。一方で味方は鼓舞される。一種の賭けだったのだろうが、それでもスザキ大尉の考える作戦はいつ見ても見事だ。


「と、いうわけだ。私の言う通りに砲を放てば、確実に勝利に導ける」


 そう、自信満々に応えるこの新しい砲雷長だが、それは一種の虚栄だろう。

 全知全能の者などいない。スザキ大尉だって同じだ。だが、そう信じさせることで、我が国に勝利をもたらそうというのだ。

 覚悟の、度合いが違い過ぎる。


 さて、そんな哨戒艦を沈めたその翌日。ついに我が艦隊は、敵の主力艦隊に迫る。


『潜水艦部隊より入電! 敵艦隊と我が艦隊の距離、およそ五万!』


 まもなく、敵の大艦隊に迫ろうとしていた。すでに日は暮れかかっている。

 夜戦に持ち込み、夜目が鍛えられた我が艦の見張り兵によって、敵を素早く察知できる。

 まさに両軍が、この南洋の暗い海の上で、会敵しようとしていた。

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