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16/21

#16 嫉妬

 久々の、櫻坂港だ。艦を降りて真っ先に僕とサヨは、街へと向かう。


「あーっ、久しぶりの祖国の(おか)だ!」


 歓喜するサヨは、その久しぶりの地面の感触を踏みしめては僕の手を握ったまま跳ねている。


「おい、あまり跳ねると転ぶぞ」

「大丈夫だよ、そんなに私、激しいわけじゃ……うわっ!」


 ほら、いわんこっちゃない。路上の轍に足を取られて、思いきり転んでしまった。慌てて僕はつかんでいたサヨの左手を引いて体勢を立て直す。


「あ、危なかった。ありがとね、タクヤ」


 微笑みを見せるサヨだが、これがあのバリャールヤナ艦隊を数十隻も沈めてきた魔女とは思えないほどの、眩しい表情だ。僕は思わず、顔が熱くなるのを感じた。

 こうしてみると、どこにでもいる娘にしか見えない。とても強大な魔力を持つ魔女には見えないな。どちらかといえば小柄で、軍服を着てはいるものの、ごく普通の娘にしか見えないサヨが、まさかあの三連装魔導砲を担う魔女だとは誰も思うまい。


「ねえ、洋茶屋に行こう」


 着いた途端にこれだ。要するに、甘いものが恋しいらしい。だから真っ先に向かったのは、櫻坂港では行きつけとなったあの茶屋だ。


「いらっしゃい。久しぶりだね」


 そう店員が声をかける。が、もちろん僕ではなく、サヨを見てそう言っている。それはそうだろうな。男の兵士など、珍しくもない。が、海軍服を着た女といえば魔女だ。この第二艦隊の各艦に一人づつだから、せいぜい十数人程度しかいない、そりゃあ顔も覚えられる。


「さーて、何食べようかなぁ」


 などとメニュー表を見るサヨだが、ここで食べる物はいつも、決まっている。メロンソーダとメルサボントーストだ。

 この甘ったらしい組み合わせが、サヨにとっては最高の食事のようだ。

 が、残念な知らせがもたらされる。


「ごめんねぇ。メロンソーダは今、ないんだよ。代わりに、ラムネなら出せるんだけど」

「えっ、そうなんですか?」

「この戦時下で、配給が滞ってるのよ。これでもまだ内地よりはマシらしいんだけどね」


 なんと、大好きだったメロンソーダが頼めないと知ってしまった。言われてみれば、メニュー表からも二重線で消されている。


「それじゃあ、ラムネとメルサボントーストで」

「あいよ。お隣のお連れさんは?」

「ああ、僕はメルサボン珈琲とトーストで」


 幸い、珈琲はまだあった。が、こちらも徐々に滞り始めていると店員は話してくれた。南方からの輸出が途絶え始めている影響が、ここでも出始めているのか。

 どうやら、西欧列強のいくつかの国が、我が国を警戒し始めたと見える。この露骨な禁輸政策も、その一環だ。

 それどころか、艦隊まで派遣して不毛な戦いまで仕掛けようとしている国がある。なぜ西方列強は、東方の国家の打倒に必死なのだろうか。


 と、そんなことを思いながら、サヨと僕はトーストと飲み物をいただく。そんなに二人に、軍服姿の者たちが近づいてきた。

 またサヨにちょっかいを出しに来た他艦の乗員か、そう思い見上げると、意外なことに女だった。

 軍服姿の女が、三人。それが意味することは、一つしかない。

 そう、他艦の魔女たちだ。


「あなたが、カンザキ上等兵?」


 そのうちの、背の高い一人がサヨに、そう尋ねる。


「は、はい、そうですが」

「三連装砲の魔女、と呼ばれているそうですね。先日の戦いでも、大活躍だったそうで」


 一見すると、サヨを褒めたたえているようだが、どうもその口調にはどこか、悪意が込められている。

 僕の感じたその直感は、その魔女の言葉となって露わとなる。


「ですが、あまり図に乗らないことですわ。霧隠神社の巫女ごときが、たかが魔力量の多さだけで震洋の砲を任されているに過ぎないのですから」


 それを聞いたサヨは、言葉が出ない。同じ魔女同士でありながら、刺すような物言いで接するこの相手に、なんと返せばいいのか分からずにいる。


「おまけに、男を侍らせているとか、なんて破廉恥な魔女なのでしょう。これが皇国最強の戦艦の魔導砲を任されているなど、恥知らずもいいところですわね」


 取り巻きの魔女二人が、それを聞いてクスクスと笑う。明らかなる敵意を向けられ、サヨは思わず目を逸らす。男恐怖症ではあるが、この手の冷酷な物言いをする人物もサヨは苦手だ。そこで僕が割って入る。


「失礼だが、魔女殿の所属と名は?」


 僕はその魔女に尋ねる。彼女は僕の言葉に答える。


(わたくし)、第二艦隊のもう一隻の戦艦である櫻火(おうか)の魔導砲手で、ヒトツバシ兵長と申しますわ」


 その名を聞いて、僕はピンときた。ヒトツバシ家といえば、つまりは皇都にある皇帝陛下の護りとされる安国神社の社主の家柄だ。その家系の巫女であることは間違いない。

 霧隠神社が「冥府」の護りならば、安国神社は「現世」の護りを司るとされている。いわば、光と影のような存在。その影の方が莫大な戦果を上げ続けたことに、そして光の存在であるはずの巫女の方がまるで影の扱いとなっていることに、苛立ちを感じているのではないか。

 いわばこれは、嫉妬である。


「小官は、戦艦震洋の第一砲雷科所属のトウゴウ伍長だ。聞き及んでいると思うが、小官以外の男に耐性がない巫女であるがゆえに、あの三連装砲の専属として赴任している」

「おっと、これは失礼いたしました、伍長殿」


 一応、下士官である僕に、その三人は敬礼をする。が、ヒトツバシ兵長の言葉は続く。


「つまりは、男が苦手であるがゆえに、こちらのカンザキ上等兵はあれほどの力を発揮される、という理屈なのでしょうか?」


 いちいち腹が立つやつだな。僕は言い返す。


「それとこれとは無関係だ。あくまでも、魔力量が多いというだけに過ぎない」

「いずれにせよ、先日のコーカサス湾での戦いでは、敵の命を数万も奪ったのですよ。さすがは、冥府の神に仕える非情なお方と思えましたので、男だらけの敵艦をためらいもなく打ち払ったのかと」


 これにはサヨもビクッとした。まるで、霧隠神社の巫女だから、敵を死に追いやったと言わんばかりだ。さすがに頭にきた僕は、こう言い返す。


「ヒトツバシ兵長殿は確か、現世の皇国を守護する安国神社の社主の家柄とか」

「ええ、その通りですわ」

「にもかかわらず、実際に我が皇国に刃を向けるバリャールヤナ軍から皇国を守護したのは、その冥府の(やしろ)の者ということになるのですよ。そのような英雄に向かって、今のはいささか品のない物言いではないか?」


 僕がそう答えると、やはりというかこの魔女はキレた。


「わ、(わたくし)が下品だと、そう仰りたいのですか!」

「艦長からも、また軍令部の方からも、今回のカンザキ上等兵の活躍で国が救われたと称賛の声をいただいた。それを、男を倒すために力をふるったなどとと称するのは、上品な物言いとはとても言えないだろう」


 僕のこのひと言に、栄えある安国神社の社主の家柄の魔女は言い返せない。ちなみに軍令部の方とはスザキ大尉のことだ、嘘ではない。僕は続ける。


「ですが、一つお忘れではないか?」

「……何をです」

「まだ、戦いは終わりではない、ということですよ。南方から、スラヴィア共和国軍が進撃中だ。その海軍力は、バリャールヤナ連邦軍と同規模かそれ以上のはず。つまり、魔女殿ご自身の力を発揮し、皇国を護る機会はまだあるということですよ。そこでこちらの魔女の鼻を明かす活躍をすればいいだけのこと。そのような機会を前に、安国神社を代々守り続けてきた家柄の巫女様が、霧隠神社の巫女に嫉妬する必要などないと、僕は思うのだが」


 わざと煽り立てるような物言いをした。でなければ、こちらの気もおさまらない。無論、狙いはそれだけではない。

 この魔女が今、矛先を向けるべきはサヨではない。南方から攻めてくる新たな敵に向けさせる必要がある。僕のこの煽り文句に、この魔女は乗って来た。


「では、(わたくし)が、震洋の三連装砲を越える活躍をご覧にいれますわ」


 そう言い残し、三人の魔女たちは店から出て行ってしまった。あれ、あの三人、もしかしてここで何かを飲食するためにやって来たんじゃないのか? 僕の煽り返しで出て行ってしまったのだとしたら、この店にとって悪いことしたかもしれない。


「……ありがと」


 さて、そんな三人が去っていったあと、サヨが短く、僕にそう答える。


「別に、僕は当然のことを言ったまでだ。それに、あの魔女の言うことを真に受けることはない。我々は皇国を護るため精一杯のことをやり、その結果、膨大な戦果を上げた。ただそれだけのことだ。神社の格がどうとか、そんなものは関係ない」


 僕がそう言うと、少し安心したのか、再びメルサボントーストを口にし始めた。

 およそ十分ほどで、僕らは飲食を終えた。お金を払い外に出る。


「ねえ、タクヤ」


 一見平静を装うサヨだが、僕の腕に抱きつく。その身体は、やや震えている。やはりまださっきの魔女の言葉のショックから抜けていないようだ。

 そんなサヨを見て、ふとサヨの父親の話を思い出した。


 サヨは、父親から虐待を受けていた。それが、男恐怖症の元となった。

 ではどうしてサヨの父親は、サヨを虐待したのか?

 サヨは魔女、つまり巫女だ。ということは当然、その母親も巫女だった。

 つまり、巫女だからという理由で、サヨは虐待されたわけではない。

 二つの不幸が、サヨの父親を豹変させた。


 第一の不幸は、サヨの母親の死だ。実はサヨの母親は、産後の肥立ちが悪く、サヨが生まれてから三週間ほどで亡くなってしまった。

 不幸なことではあるが、それを父親は、サヨの魔力が大きすぎたからだとその後、考えることになる。

 そう思わせるきっかけとなった事件が、第二の不幸だ。それは、サヨの「魔力暴走事件」である。

 それはサヨが三歳の時に起きた。

 膨大な魔力を持つ巫女は、時折その魔力を抜いてやらないと何かをきっかけに暴発する。だが、当時のサヨにそれほどの魔力があるとは思われなかった。

 その時、サヨは一人、庭で遊んでいた。が、たまたま転んだ際、その膨大な魔力があふれ出してしまった。

 結果として、庭の先にある小高い丘を丸ごと、吹き飛ばした。たまたまそこに人はいなかったが、近くの家屋や多くの森の木々が消失した。当然、サヨの父親はその責任を問われる。

 これをきっかけにサヨの父親は発狂し、サヨを蔵に閉じ込めた。そして日々、呪詛の言葉を投げかける。

 「お前は、母親と町を破壊した悪魔だ!」と。

 やがて、その話を聞きつけた霧隠神社の者がおよそ一年後にサヨを引き取ることとなったのだが、その間、サヨは呪詛の言葉だけでなく、時折暴力を受け続けた。サヨを引き離されたその父親はその後、発狂したまま数年後には亡くなったと聞く。

 それほどの恐怖心を幼少期に植え付けられ、サヨは男恐怖症に陥った。男を見ると、父親の姿を連想して恐怖が蘇るというのだ。霧隠神社でも、この強大な巫女の世話は町の女たちが交代で侍女となって、任されていたという。社主でさえ受け付けないこの巫女は、そんな特殊な環境で育てられた。

 そんな悲惨な過去を持っていることも知らず、さっきの魔女のあの物言い、腹が立たないはずがない。


 そんなサヨだが、八歳の時にたまたま神社脇の崖の近くを歩いている時、足を滑らせて下に落ちてしまった。巫女の姿が消えて、町中が大騒ぎになる。

 が、その時たまたまその崖下の小川の沢で釣りをしていた僕が、ケガをして動けないサヨを見つけた。


「あれ、巫女さんじゃないか、どうしたの?」


 当時九歳の僕が、声をかける。が、男恐怖症のサヨは僕を見て、顔を青ざめて逃げようとする。が、足に大けがをしており、動けない。


「ちょ、ちょっと待って! 動かないで」


 僕は持っていた手ぬぐいを川の水に浸し、足についた泥汚れを落とす。その間もサヨは、恐怖で震えている。

 今思えば、あれは男恐怖症から来るものだったのだが、そんな事情を知らない僕は、彼女を励ます。


「大丈夫、大丈夫だから」


 僕はてっきり、崖から落ちた時の恐怖で震えていると思ったから、そう言って慰めようと試みた。そして、その手ぬぐいを川で洗い直し、それを怪我をした足に巻き付ける。

 サヨとしては、思わぬ出来事だったようだ。男なのに、懸命に怪我を清め、痛みを減らそうとしてくれる。その上で僕は、サヨを背負った。


「あ、あわわわわっ!」

「大丈夫だよ、巫女さん。この上の霧隠神社まで連れて行ってあげるから」


 僕が背負っている間も、サヨはずっと震えていた。が、この崖はかなり大回りしないと神社までたどり着けない。およそ二時間ほど、僕はサヨを背負って歩くこととなる。

 途中、空腹でお腹を鳴らすサヨを、傍にあった岩場に座らせる。たまたま腰に携えていたおにぎりを、サヨに渡す。


「お腹すいてるみたいだけど、いるかい?」


 すこしぽかんとした表情で僕をじーっと見つめていたが、空腹には耐えられず、僕からおにぎりを受け取る。そして、がつがつと食べた。

 それからまた、僕はサヨを背負って斜面を登り始める。

 相手は八歳だが、年齢のわりに小柄だった。僕は薪を背負って歩くことが多かったから、この小柄な巫女を担いで歩くことなど造作もない。やがて、サヨの震えは止まっていた。

 そして、霧隠神社が見えてきた頃に、ようやくこの巫女は口を開いた。


「な、名前……」


 おどおどとしながらも、僕に何かを尋ねてくる。


「名前?」

「あ、あなたの、名前、聞いて、ない」

「僕は、トウゴウ タクヤ。巫女さんは?」

「私は、サヨ。カンザキ サヨ」


 思えばこれが、僕とサヨが初めて交わした会話だった。

 その後、僕は神社にサヨを送り届けた。後で知ったことだが、男に背負われて平然としたサヨの姿を、その場にいた巫女や侍女たちは驚愕したという。やがて僕は、その出来事をきっかけに時折、サヨの唯一の男の世話係をすることとなった。


「あれから、十年かぁ」


 僕の横で、ぼーっと空を見つめるサヨがそう、呟いた。もしかして、サヨも僕と同じ思い出を、思い出していたのか。


「そうだな、十年だな」

「まさか、こんなところで二人、並んで歩くことになるなんて、あの時は思わなかったなぁ」


 うっとりとした眼差しで、僕の顔をじっと見つめるサヨ。僕はそんなサヨの手を、ギュッと握りしめた。


「今度も、生き残ろう。そして戦争が終わったら……」

「うん、そうだね」


 すでにサヨは、先ほどのあの安国神社の巫女から受けた罵声など、忘れたかのように穏やかな顔に戻っていた。強くなったと、僕は改めて思う。いくつかの死線を乗り越えたこと、そして第一砲雷科の皆のおかげでもある。

 皮肉なことだが、戦争によってサヨは変わることができた。平和な世であれば、今も僕以外の男を拒み続ける巫女のままだったことだろう。

 とはいえ、今度の敵は、並みの敵ではない。

 スラヴィア共和国といえば、南方の大陸や島々に、多数の植民地を持つ国だ。その国が今、多数の艦艇を我が東方連合皇国に差し向けてきている。

 まだ宣戦布告はないが、それも時間の問題だ。ゆえに、第三艦隊がすでに我が国の南端である鳴鷲島にて待機している。

 そんなスラヴィア共和国軍に関する新たな情報が入ってきた。

 なんと彼らも、魔導砲を備えた艦を所有しているというのだ。

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