#14 突破
「ちゅ、中央突破!?」
「そうだ。ど真ん中を突っ切って、敵の艦隊に大打撃を与える」
「しかしそれは同時に、我々にとっても危険な策です。十字砲火を受けつつ、突入する羽目になりますよ」
「そんなことは承知の上だ。だから、夜戦を選んだ。そして、この三連装砲がまさに戦いのカギを握る」
まさか、例の首振り砲撃を円形陣のど真ん中でやろうと言うのか? 確かに当たれば大打撃だが、それで何隻沈められるのやら。
しかも中央突破となれば、一撃では右か左のどちらかしか狙えない。仮に一方を戦闘不能に陥れても、もう一方の健在な側からの砲撃にさらされることになる。
が、スザキ上等兵曹はなぜか不可解なことを言い出す。
「大丈夫だ、突入直前、敵は円陣形を崩すことになる。こちらから見て右側が左へと動き始めるから、それらを狙って三連装砲を撃ち込む」
どうして、敵が左に動くと分かるのか。まるで未来を見てきたような、不思議なことを言うお方だが、ともかく僕はこの上等兵曹の指示に従って砲撃をするのみだ。
『敵艦隊まで、あと二万七千!』
伝声管越しに、敵艦隊までの距離が知らされる。あと十分後には、先頭が敵の円形陣に突入する頃だ。
が、砲撃はその前から始まる。
『敵艦隊、発砲!』
『通常主砲、右砲戦、二十度に備え! 砲撃準備!』
震洋の第一、第三砲塔が回転を始める。砲身が上がり、発射態勢が整う。と同時に、砲雷長が叫ぶ。
『交互撃ち方、発射間隔二十秒、撃ち―かた始め!』
ズズーンという砲撃音が鳴り響く。と同時に、敵の砲弾も届き始めた。外では、何が起きているのか分からない。僕は照準器を覗いた。
すると、予想外のことが起きていた。いや、正確に言えば、予想内のことが起った。
何を言っているのかといえば、上等兵曹殿がおっしゃるように、右側の敵艦およそ三十隻が、左に動き始めたのだ。
まっすぐ向かってくる艦隊に対し、どうして一方だけがこちらに寄せてくる? が、そんなことはどうでもいい。千載一遇の機会が訪れた。
「魔導砲、発射準備だ。まもなく、右側の敵艦隊がすべて射程内に入る。それと同時に、一気にせん滅する」
また、あれをやろうと言うのか。僕は照準器を覗きながら、レバーを握る。敵の、こちらから見て右側の艦隊の先頭艦に、照準を当てる。
が、外は大変なことになっている。なにせ我々は、敵の艦隊のど真ん中に突入したのだ。敵だって予想外だろう。おまけに、円形陣を崩してやや右側がへしゃげた形になっているところに、その中央を我々は単縦陣で突っ込んでいく。
だから当然、死に物狂いで撃ってくる。特にこの戦艦震洋は大きな標的だ。いくら夜戦とはいえ、これほど目立つ艦ともなれば、狙われやすい。
『第二副砲塔、被弾!』
とうとう直撃弾が左側面に命中した。いびつながらも、十字砲火を浴びせかける真っただ中に突入だ。正気の沙汰ではない。
『右舷、後方に被弾!』
『艦内の損害状況、報告!』
『後部甲板上にも被弾しました!』
『甲板は構うな、出れば、砲撃の巻き添えを食らう!』
あちこちから、直撃弾の報告が入る。近くの着弾だけでも、生きた心地がしないというのに、先ほどから爆発音交じりの音と共に、ビリビリと揺れも来る。大丈夫なのか、この艦は?
まさに、正気の沙汰ではない。
が、ここにきてようやく、敵の先頭艦を射程に捕えた。
「敵の右先頭艦、射程内!」
「魔導砲、装填開始、砲撃準備!」
上等兵曹の指示と同時に、サヨが玉に触れて祝詞を唱え始める。
「八百万の神仏、我が右より迫りし邪悪なる者を、祓いたまえ」
玉が白く光り、と同時に青白い光がまっすぐに飛び出した。が、同時に僕はレバーを思いきり右に切る。
前回と同じだ。魔導砲が光り続ける間に、敵を薙ぎ払う。大型艦でも一瞬の一撃にすら耐えられない。ましてや、小型艦なら一瞬といえども沈められるほどの破壊力だ。
狙った敵は三十隻いるが、円形に散らばっていたら正直、全てに当てられる自信はなかった。が、どういうわけかたまたま、向かって右の敵だけこちらに寄り集まって来てくれた。
これほどの好機を、震洋本体が直撃弾に耐えながらも作り出したこの機会を、逃すはずがない。
光は二秒ほどで消える。しばらくして、僕は照準器を覗き込んだ。
船が、何隻か燃えている。
「こっちから見てみろ、そんな小さな照準器では、全体が見えない」
僕はスザキ上等兵曹のいう通り、窓を覗き込んだ。その光景に、僕は恐怖した。
三十隻いたはずの向かって右側の敵艦隊は、ほぼすべて焼き尽くされていた。後には、大型艦の船体のみが見える。小型艦は沈んでいく姿が見えるだけで、中には船首だけが水面から見えているだけのありさま。それもすぐに、沈んでしまう。
「ぼーっとしている場合じゃないぞ。まだ敵は半分、残っている」
と、そうだった。倒した敵はまだ半分に過ぎない。今度は向かって左側を攻撃しなければ。
ということで、サヨにラムネを飲ませようと僕はいつも通り駆け寄る。が、自分でふたを開けて、ごくごくと二本、自身の手でラムネを飲み干している。
「それじゃ、残り半分、行くよ」
あれ、サヨってこんなに元気だったか? 一発撃った後でも、かなりフラフラになるのがいつものパターンだ。だが、今のサヨはいつもと違い、やけに元気だ。
見かけだけではない、やはり、何かが変わった。
『戦闘不能の艦など、目もくれるな! 左砲戦、八十度に備え!』
『左砲戦、八十度に備えよし!』
『撃ち―かた始め!』
砲雷長の声も、やけに張りがいい。そりゃあそうだろう。あれだけの敵艦隊を沈めたんだ。生き残っている左側の副砲塔からも砲撃が続いている。あちこちに直撃弾を受けたものの、震洋もまだまだ健在だ。だがおそらく、乗員の何人かが死んでいるだろうが……仕方がない、今度ばかりは、普通の戦いではない。
「よし、左側は円形陣形を保っているため、殲滅は無理だ。大型艦のいる中央部に絞って砲撃を行う」
「了解です! サヨ、いけるな?」
「いけます! いつでも撃てます!」
僕は砲塔を敵の右翼艦隊、こちらから見て左側の艦隊に向ける。さすがに距離が遠すぎる。やや前寄りに出た我が艦だが、左側の先頭から大型艦のいる中央部までなら、ギリギリ射程内だ。
「左砲戦、十八度に備え」
スザキ上等兵曹が指示を出す。僕は砲塔を回転させて、そこにいた駆逐艦に狙いを定めた。
「第二射、用意!」
上等兵曹の号令と同時に、サヨが宝玉を握る。そして、いつものように祝詞を唱える。
「八百万の神々よ、我が船を狙う諸悪の根源を、打ち祓いたまえ、清めたまえ」
再び、宝玉が光を発した。と同時に、猛烈な閃光が光る。今度は左にレバーを傾ける。
照準器を覗いても、青く明るく光るその閃光によって遮られて何も見えない。ともかく僕は、一隻でも多くの艦艇が沈むようただひたすら、レバーを傾ける。
しばらくして、左側の窓からのぞき込む。およそ三十隻いた敵の残存艦艇の内、十二、三隻は戦闘不能に陥り、何隻かは沈み始めていた。
が、さすがのサヨも二発目の後は顔を真っ青にして倒れる。僕は慌てて抱きかかえ、ラムネを飲ませる。
「ご苦労だった。後は味方艦隊による砲撃に任せて、敵に打撃を与えながら引き返すだけだ」
そう言い残し、スザキ上等兵曹が第二砲塔を去ろうとして、扉に手をかけた。
と、その時だった。僕に抱かれたままのサヨが、とんでもないことを言い出す。
「第三射、いけます」
僕は耳を疑った。第二射で、立つことすらおぼつかないサヨが、魔力切れの状態で第三射など撃てるはずがない。
「おい、それ以上撃ったら、命に係わるぞ!」
「だ、大丈夫……とっておきの、秘術があるの」
「ひ、秘術? なんだそれ」
それを聞いたスザキ上等兵曹が、サヨに尋ねる。
「どうして、その秘術の存在を隠していた?」
「隠していたわけでは、ありません。私は、ホセ島で、知ったのです」
「知った? あの島で、か」
「大きな石碑があって、そこに触れて、私はとある秘術を、教えられたのです」
ラムネを飲みながら、サヨはそう語る。
「だが、どう見ても魔力切れ寸前だ。それ以上の砲撃は、命にかかわるぞ」
当然、スザキ上等兵曹も反論する。だが、サヨはこう答える。
「私の魔力では、ありません。周囲から、魔力を集めるのです」
「魔力を、集める?」
「魔力とは、あらゆる物質の相互作用を媒体する、いわばラムネで言うところの水分のような存在。それらは常に周囲に満たされていて、魔女はそれらを体内に吸い込むことで魔力を得ているのです」
「まさか、その空中に漂っている魔力を、かき集めて撃つと言うのか?」
「そうです、私の体内の魔力ではありません。空気中を漂っている膨大な魔力、それを第三射として使います」
あの石碑を触った直後には、風景が見えると言っていた。が、今はそんな曖昧な表現ではない。その風景とは、もしやこのありとあらゆる場所に存在している魔力が見えたということか。
「ただし、今まで使っていたような祝詞では、それは放てません。特別な祝詞、いえ、呪文を唱えます」
ゆっくりと起き上がるサヨ。立っているのもやっとだというのに、さらに攻撃を加えようというのか?
「敵の艦隊は、逃げに入っている。このまま放っておいても勝てる戦いだ、これ以上、敵を撃つことはない」
「タクヤ、私たち、生き残るんでしょう。だったら、ここでバリャールヤナの船を徹底的に叩かなきゃ」
なんだか、いつものサヨと違うな。男恐怖症が治った代わりに、なにやら別の脅威が植え付けられたような、そんな具合だ。そんなサヨが、スザキ上等兵曹にこう叫ぶ。
「第三射、撃ちます。指示を」
「分かった。第三射、発射用意!」
サヨは立ち上がり、再び宝玉に触れた。
「左砲戦、百十度! 残存艦艇中央部!」
僕はレバーを左に倒し、敵の残存艦艇を捉えた。そこには、大きく回頭しつつ、我が艦隊の集中砲火から逃れようとする敵艦艇の姿があった。
「中央部、砲撃用意よし!」
「よし、第三射、発射!」
そういえば、艦長には第三射のことは伝えていない。だから、この第二砲塔の動きを見ておかしいと思うはずだ。が、そんなことに構っている余裕がないと見える。逃げる敵を追うのに、精一杯だからだ。
他の艦艇からも、魔導砲が撃たれる。何発かが命中し、敵艦艇が燃え上がる。そこに、通常弾の嵐が浴びせかけられる。
『第二副砲塔の仇だ、撃って撃って、撃ちまくれ!』
砲雷長がやけに敵愾心をあおっている。まあ、以前から威勢だけはよかったが、今の砲雷長はどことなく敵への恨みがむき出しだ。そう言えば前回、様子がおかしかったのは、もしかして艦内の知り合いでも失ったのか?
と、そんな戦いの最中に、彼らにとっても全く予想外のことが起る。そう、第二砲塔が再び青い閃光を吐き出したのだ。
その時に唱えた祝詞が、今までのものとは全く違う。
「ナーフ、バランニ、イヴァンディ!」
聞いたことのない言葉だ。今までの祝詞とは、明らかに違う。呪文と言っていたが、その言葉はバリャールヤナ語とは明らかに違う。
が、宝玉が光る。そして第二砲塔の砲身から、再び青い閃光が放たれた。
僕は夢中でレバーを左に倒す。そしてすぐに右に倒し変えた。中央部を狙ったから、左右に敵が分かれている。そう思って、左右に砲塔を振ったのだ。
「ドンピシャだ。敵の大多数を、沈めたぞ」
スザキ上等兵曹が窓を覗き込み、そう告げた。が、大多数ということはまだ、敵は残っているということか。
となると、サヨは第四射を撃つと言い出しかねない。気丈にも宝玉にもたれかかって立っているが、見ていて辛い。
「サヨ、まさか第四射もいけるなんて、言わないよな?」
僕はこう言い放つ。が、サヨはこう答える。
「それは無理。このコーカサス湾内の魔力をかなり使い切ったから。魔力とは、物質や光の秩序を媒介するもの。もしこれ以上撃てば、震洋を中心にこのコーカサス湾一帯の物理法則が崩壊し、物質や光を構成するあらゆるものがその結びつきと運動の力を失い、消滅してしまう」
恐ろしい言葉を放つサヨだが、第三射目とはつまり、この大きな湾に存在する魔力を使い切るぎりぎりの一撃だったということか。ただしその威力は、サヨの普段の一撃と同じだった。ということは、普段のサヨはこの湾内に広がっている魔力とは倍のそれを、その小さな身体の中に宿しているということになる。改めて、サヨの魔女としての力の大きさを思い知らされた。
が、スザキ上等兵曹がこう告げる。
「どのみち、第四射は不要だ。トウゴウ伍長、砲塔の上から周囲を見てみろ」
すでに砲撃が止んでいる。僕は上等兵曹殿のいう通り、第二砲塔の上扉から身を乗り出す。その光景に、僕は驚愕した。
周囲一面、見渡すが、そこには大型艦の船体部分、沈みかけた巡洋艦、それらが十数隻見えるだけだ。その残った艦艇めがけて、味方の一部が砲撃を続けている。艦橋も武装もないただの土台だけの戦艦の残骸に、味方巡洋艦の砲弾が命中して、そこから浸水を始めて沈んでいくのが見える。
一方で、敵駆逐艦の姿は見えない。どうやら沈んでしまったか、生き残ったのせよ速力に任せて逃げ出したかの、いずれかのようだ。
味方ももちろん、無事ではない、何隻かが火を噴いている。そりゃそうだろう、敵の陣形中央に向かって突撃し、十字砲火を浴びたのだからな。何隻かが大破、中破したようだ。が、半数以上の味方艦は戦闘可能な状態であり、今回も大勝利といってもいい。
こうして、戦いは終わった。が、僕の仕事が終わったわけではない。
「第三射が撃てるなんて、聞いてないぞ」
早速、僕はスザキ上等兵曹と共に艦長室に呼び出されて、そう詰め寄られた。
「いえ、小官も初めて知りました。なんでも、ホセ島で石碑に触れてから、新たな秘術を会得したのだと、そうサヨ、いえ、カンザキ上等兵は申しております」
苦しい言い訳だが、事実だ。だから、僕はそう答えるしかない。
「実際問題、魔女殿は第三射が撃てるとは思えない状態でした。が、あの三発目は、まさしく魔女殿自身が提案し、放ったものなのです」
「ところで、その魔女殿は、カンザキ上等兵は大丈夫なのだろうな」
「今、第二砲塔内のベッドで横になっております。魔力切れによって命を落とした、ということはありません。健在です」
「そうか。しかしその、ホセ島の石碑とはいったい……」
やはり艦長も気になるか。僕も気になる。が、ここで詮索したところで、何か得られるわけではない。そんな中、スザキ上等兵曹が話題を変える。
「そんなことよりも艦長、やらなくてはならないことが一つ、あります」
「ああ、そうだったな」
急に石碑の話から、別の話題へと移った。艦長が尋ねるが、この上等兵曹殿、とんでもないことを言い出した。
「はい、艦内にいるスパイの拘束、およびその後の処置を、その裏切り者に突きつけるのです」




