#13 突入
「敵艦隊多数が、円陣を組んだままスレイン海峡に向かいつつあるとの連絡が入った。艦数はおよそ五十。前回の倍だ。そこで第一艦隊と合流し、これを迎え撃つため出撃する」
ホセ島に着いて三日、またしても敵艦隊出現の報が入る。スレイン海峡を奪取した直後に和平交渉に入るという噂が流れたが、あれは嘘だったのか。しかもその後方からも、さらにニ十隻ほどの艦艇が集結しつつあるとの情報も遅れて入って来た。
バリャールヤナはその総力を挙げて、スレイン海峡奪還へ向かってきた。西方列強でも最大といわれるバリャールヤナ海軍の大艦隊を、我々はスレイン海峡という地の利を活かして迎え撃つ。
こちらももう一つの艦隊、第三艦隊を呼び寄せるべきではないかとの話もあったそうだが、残念ながらそれは叶わない。
理由は単純だ。南方にて西方列強諸国の一部の国が艦艇を集結しつつあるとの連絡を受けたからだ。どうやらバリャールヤナ連邦国に同調し、我が国へ攻め入る動きがあるようだ。その防衛任務のため、第三艦隊および各方面の防衛隊は動かせない。
現在、第一艦隊、第二艦隊合わせて二十六隻。大破した巡洋艦や駆逐艦もどうにか修繕を終えて合流し、どうにか数だけは揃えたものの、それでも敵の半分以下。後から来た敵の艦隊が合流したなら、三分の一の戦力で戦いを挑まざるを得ない可能性がある。
となると、魔導砲の有効利用が勝敗のカギを握る。
「今度も、がんばろうね!」
この絶望的な状況下で、この魔女はやけに元気だな。負ける気がしないと言わんばかりだ。
「なあ、トウゴウ伍長よ。結局あの魔女殿と、何をしてたんだよ?」
おまけにぼくは、第一砲雷科の連中からいじられる。ホセ島についた初日の晩に宿の部屋に来なかったことから、サヨとの関係を隠せなくなったからだ。
くそっ、大方は分かってるくせに、どうしても僕の口から何かを言わせたいらしい。特に、サイゴウ伍長だ。前回はごまかしてくれたこいつは、今はまったく逆で、どうにかして僕とサヨの関係を冷やかしたくて仕方がないと見える。
が、そんな雰囲気を嫌う御仁が現れる。
「おいっ! 何を下らん話で盛り上がっとるか! 皇国海軍人たるもの、敵と砲を交えることに集中せんか!」
そんな詰所に、砲雷長が現れた。皆驚いて起立、敬礼し、全員が慌てて持ち場へと向かう。
いつもはうざったい存在だが、今回ばかりは砲雷長に助けられた形だな。
「こうなったのも、貴様が元凶だ! 気合いを入れろ!」
もっとも、その代償として僕は、砲雷長にまた殴られる羽目になるのだが。
「また殴られたの? どうしてタクヤばかりが殴られなきゃならないのかな」
頬のあざが砲雷長によるものだと知ってしまったサヨは、僕の殴られた左頬を濡れた手拭いで拭きながら憤慨している。が、今回の原因はお前にもあるんだけどな。などと言えるはずもなく、また僕も自身の欲情に流されたことは否めないわけだから、何も答えられない。
「ともかく、次の戦いはかなり厳しいものになる。相手は三倍の敵だ。どんな形であれ、生き延びるぞ」
「そうだね、あの砲雷長にはむかつくけど、皆が生き延びるのが大事だよね」
やっぱり、どこか違うなぁ。ホセ島を出てからというもの、いやに元気になった気がする。いつもよりも自信がついたというか、そんな雰囲気を漂わせている。
食堂でも、他の乗員ともよく話すようになった。むしろホセ島では宿にこもりっぱなしで、時々外食に出かける程度だったというだけなのに、そのことがサヨに自信をつけさせる何かにつながったのか?
いや、明確なことが、一つある。
あの石碑に触れてからというもの、サヨの様子が少し変わった。積極さが増したというか、そうなったのはあの時以来だ。その後の二日間も外食に付き合ったが、その後はすぐに宿に戻らず、いつも以上に動き回っていた気がする。
一体、あの石碑は何だったのか? 魔女が元気になる何かでも、詰まっていたのか? いやそもそも、ホセ族に魔女はいたのだろうか?
と、そんな詮索をしたところで意味はない。もうホセ島から離れてしまったし、それを調べようとしたところで、何のとっかかりもない。
ともかく、今は三倍の敵を相手に、どう戦うかを模索するしかない。
さて、三倍の敵を前に、軍令部から発せられた作戦はこうだ。
大艦隊といえども、狭いスレイン海峡に入れば、七十隻の艦隊ともなれば行動範囲が限られてしまうため、その数を活かすことができなくなる。
それを、島の両側に設置された魔導砲と艦隊の砲撃によって、各個に撃破する。地上からの砲撃支援も加えて、数の劣勢を補う。陸軍との共同作戦というわけだ。軍令部が陸軍の戦力に頼らざるを得ないとは、相当なことだ。
こうして我々は、スレイン海峡に入る。夏島、冬島の間にて、敵の艦隊が現れるのを待つ。
が、信じがたい情報が入ってくる。
「敵艦隊、円陣形のまま、コーカサス湾にて停船!」
なんと、敵はこのスレイン海峡の手前にあるコーカサス湾で停止した、というのだ。
「どういうことだ。てっきり、敵はこのスレイン海峡に突入するものと思っていたのに、何を考えている」
スザキ上等兵曹がそう呟く。このお方、とても上等兵曹とは思えないほど、頭の切れがいい。
「単に、我々の態勢を知って、手をこまねいているだけではありませんか?」
「いや、そんなに甘い相手ではない。やつらは我々が、コーカサス湾に突入せざるを得ない、何かそんな策を仕掛けてくるのではないか。でないと、やつらがあそこで停船する意味などない」
あれほど広い湾内に出れば、数で劣る我々が勝てる見込みはなくなる。敵に大打撃を与えることはできるだろうが、こちらも相応の打撃を受ける。
だから当然、にらみ合いが続く。こちらもスレイン海峡を動かない。わざわざ広い海の大艦隊に突入するなど、愚の骨頂だ。
しかしだ。情勢が変わったのは、その翌日のことだった。
「悪い知らせだ」
艦橋から戻って来たスザキ上等兵曹が、そう詰め所でつぶやく。
「一応、お聞きしてもよろしいですか?」
「ああ、つまりは、我々はコーカサス湾に突入して、一隻でも多くの敵艦を沈めなくてはならなくなった」
えっ、そんな戦い方はあり得ないと思っていたし、そんな状勢になるなどとは到底考えられない。我々はここ、スレイン海峡に居座ってこそ、彼らと互角に戦える。
「軍令部からは、スレイン海峡にて敵艦隊を迎撃せよとの命令を受けているのですよね?」
「いや、つい今朝方、軍令部からはコーカサス湾に突入せよとの命令が来た」
「なぜですか。それでは我々の犠牲が大きくなってしまいます」
「当然、そんなことは分かっている。が、そうせざるを得ない状勢に変わってしまったからだ」
どうも理解不能なことを、スザキ上等兵曹ともあろうお方が述べられる。そんな状勢に、どうやったらなるのかが僕にはピンとこない。
が、スザキ上等兵曹は、その情勢変化についてこう告げた。
「南方で、西欧列強の一部が動いているという話は、聞いているな」
「はい、それは」
「西欧列強の中で、バリャールヤナ連邦国と並ぶ大国、スラヴィア共和国が東方に大艦隊を派遣してきたとの情報が舞い込んだ。その数、およそ四十隻」
「えっ、バリャールヤナ連邦国だけでなく、スラヴィア共和国までが我が国に攻めてきたのでありますか!?」
「北方と南方からの挟み撃ちだ。当然、第三艦隊だけでは太刀打ちできない。だから我々は不利を承知で、ただちにバリャールヤナ艦隊に戦いを挑むことになった」
なんてことだ、あのバリャールヤナ艦隊だけでも手いっぱいだというのに、もう一つの西方諸国の、しかもバリャールヤナ連邦国に次いで大きな国を相手にしなくてはならないと言うのか。
「で、どうするのです?」
「こちらが少しでも有利となるように、今宵、夜戦にて決着をつけることとなった。そういうわけだから今夜、我々はコーカサス湾に突入する」
この話を、サヨに何と話せばいいのだろうか。半ば、死にに行くようなものだ。こうしてスレイン湾手前で待っている間に、敵の後方艦隊も合流しつつあり、七十隻の艦隊がまさにその湾内に集結しつつあった。
これらが完全に集結し終える前に、可能な限り打撃を与える必要がある。
「大丈夫だよ。私が、何とかするから」
ところがだ、その戦いの話をしても、サヨは一向に動じることはない。
「いいのか? だってお前、三倍近い敵が待ってるんだぞ」
「私の魔導砲で、叩きのめしてやればいいじゃない。前回だって、倍の敵艦隊を完膚なきまでに破ったんだからさ。」
「いや、あれは第二艦隊の倍であって、今回は第一、第二艦隊を合わせた数の、その三倍ほどの敵が……」
「とにかく、大丈夫なの。私に、任せて」
どこからこの自信が湧いてくるのだろうか。僕には、まったく理解できない。ともかく、あの石碑に触れてからというもの、やはりサヨの様子が変だ。
が、その日の夕刻にはスレイン海峡の出口に到達し、まさに日が暮れたその時、敵の艦隊を捉える。
『哨戒艇より通信! 敵艦隊、円陣形を組んで前進中! 数、およそ六十!』
恐ろしいことに、敵はまさに我が艦隊のおよそ三倍近くにまで増えていた。その艦隊が、我々の動きを読んでこっちに向かってくる。
我々はといえば、単縦陣のまま前進を続ける。我が戦艦震洋の両脇にのみ、護衛の駆逐艦がついている。が、ほぼ一列のまま、敵の艦隊に突っ込んでいく。
まさかどこかで回頭し、前回と同様に魔導砲の首振り砲撃を行おうというのか?
ところがだ、そんなときに、またあのお方が現れる。
「スザキ上等兵曹!」
「トウゴウ伍長、今回もまた、この魔導砲の砲撃を一任された。指示に従え」
「はっ! ところで上等兵曹殿、もし御存知でしたら、教えてほしいことがあるのですが」
「なんだ、答えられる範囲ならば聞くが」
さすがのスザキ上等兵曹もピリピリしている。その気持ちは、痛いほどわかる。が、我々一兵卒といえども、これほどの魔導砲を抱える砲塔の砲撃士だ。できれば、この先に行われる作戦について、その概要だけでも聞きたい。
「これより我が合同艦隊は、どのような作戦に出るのでしょう?」
敵は円形陣形だ、となれば、右か左かに回り込みつつ、その片方へ攻撃を集中させる。夜戦であるから、右側に狙いを定めれば、左側にいる艦隊は我々を狙いにくくなる。せめて艦隊の半数を魔導砲で打撃を与えることができれば、敵は撤退に追い込まれるかもしれない。
それが、この状況での戦い方の常道だと、僕は考えていた。が、スザキ上等兵曹から発せられた言葉は、その予想を裏切るものだった。
「敵の円陣形の、中央突破を行う」




