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#11 掃討

 どうやら、足の速い艦だけでこのスレイン海峡に向かってきたとみえる。日が沈んだ頃に第一艦隊と合流して二手に分かれて、多数の敵を挟み撃ちにして魔導砲で挟撃、という作戦は、この時点で不可能になった。

 しかし、第一、第二艦隊で三十隻近い数になる。それと同数の艦艇だけ送り込んでも、勝利にはつながらない。魔導砲を持たない敵は、数の多さこそが強みだ。なればこそ、たった二十七隻だけ急行してきたという事実は、あまりにも不可解だ。

 まさかと思うが、第二艦隊だけをねらってきたというのか?

 十分にありうる話だ。あの要塞を一撃で叩いた三連装魔導砲の存在は、当然敵に知られていることだろう。だが、どうして第二艦隊がここにいると分かったのだろう。


『敵艦隊の、頭を抑える! 距離七千にて急速回頭し、一斉砲撃! 主砲、および副砲、砲撃に備え!』


 あれこれ詮索している場合ではない。早速、艦長の命令が聞こえてきた。敵の進路をふさいで一隻づつ各個撃破する、いわゆる丁字戦法をやろうというのか。こちらも単縦陣を組んだまま、前進を続ける。前方には駆逐艦二隻に巡洋艦が三隻、戦艦震洋は前から六隻目だ。その後方に他の艦が続く。


『進路そのまま!』


 距離はすでに一万まで迫る。が、双方ともに砲撃せず、正面同士、まるで追突覚悟で前進を続けてるようだ。が、まさかそのまま正面衝突するわけにもいかないから、どこかで回頭が始まる。

 と、その時だ、第二砲塔の扉を叩く音がする。まさに砲撃戦が始まろうというこの時に、誰だろうか? 僕は扉を開く。

 そこにいたのは、スザキ上等兵曹だ。僕は敬礼する。


「スザキ上等兵曹殿、まもなく砲撃戦が始まります。直ちに、持ち場へ戻られるよう進言いたします」

「それについてだが、私は今回、第二砲塔につくことになった」

「えっ!?」


 この上等兵曹殿は、意外なことを言い出す。サヨの男恐怖症のことは知っているはずだ。発射命令も、艦長に一任されている。にもかかわらず、どうして直接、上等兵曹がここに出向く必要がある?


「まもなく、作戦が始まる。その際、艦長ではなく私が直接、第二砲塔の攻撃命令を出すことになった」

「それは、艦長命令ですか?」

「そうだ。この通り、命令書もある」


 そういって、軍印の押された命令書を僕に見せる。間違いなくそこには、魔導砲の発射はスザキ上等兵曹に一任するとある。


「ですが、どうして……」

「我々はこの後、距離七千で回頭する。その時、おそらく敵も同時に回頭をはじめるだろう」

「あの、どうしてそんなことが分かるんですか?」

「そうなると丁字戦法はできず同航戦となり、互いに並走しながらの戦闘となる。そうなれば、数に劣る我々の方が不利だ」

「いえ、今のところは、まだ敵は回頭しておりません。先手を取れば、確実に丁字戦法に……」

「ともかく、命令だ。まもなく、戦闘が始まるぞ」


 人の話を聞いちゃいない。とにかくこの上等兵曹が、第二砲塔に入って来た。当然、サヨは驚く。


「あああ、あの、ここは……」

「魔女殿のことは承知している。が、今度の戦いで生き残るためだ。魔女殿には悪いが、覚悟してもらう」


 生き残るための覚悟。この言葉で、サヨは震えを止める。そして宝玉に手を当てて、自らの出番を待つ。


『距離、七千です!』


 ついに距離七千だ。いよいよ回頭指示の命令が発せられる。


『左へ回頭、取舵一杯!』

『とーりかーじ、いっぱーい!』


 先頭の艦から順に、左に順次回頭を始める。このまま敵の先頭を取ることができれば、丁字戦法になる。

 が、照準器を覗いた僕は、敵の動きを見て驚いた。

 なんと、敵も同時に右へ回頭を始めた。まさにこちらに側面を向けるように、向こうも動き出したのだ。

 なぜだ、完全に動きを読まれているぞ。スザキ上等兵曹が言った通りになってしまった。


「予想通りだな」


 が、スザキ上等兵曹は焦る様子を見せない。想定済みだったと言わんばかりだ。


「ですが、上等兵曹殿。このままでは丁字戦法はとれず、不利な同航戦になります」

「そうなる前に、敵をたたく。そのために、私がここに来たのだから」

「あの、何をなさるおつもりで?」


 僕は尋ねるが、スザキ上等兵曹は何も言わず、敵の動きを脇の小さな窓から見ている。時折、腕時計を見ながら、再び敵を見るという動作を繰り返す。

 一体、いつになったら魔導砲を撃たせてくれるのか。僕もサヨも、焦りが出始める。すでに射程内には三隻、いや五隻を超える敵艦がいる。


『第一、第三砲塔、撃ちーかた始め!』


 砲雷長が、通常砲塔へ攻撃命令を伝える。いよいよ、戦闘が開始された。が、これはほぼ同航戦だ。まだ三分の一ほどが回頭したばかりであり、その距離はおよそ六千。この短い距離で、撃ち合いが始まった。

 が、まだ三連装魔導砲に、攻撃命令は出ない。

 全体の半分近くが回頭を終えて、砲撃戦に入ったところでようやくスザキ上等兵曹が口を開いた。

 が、驚くべきことを口にする。


「トウゴウ伍長、まずは先頭艦に照準を合わせる。私の合図と同時に、魔導砲発射。発射と同時に、第二砲塔を右へ目一杯、回転させよ」

「えっ、待ってください。発射しながら、砲塔を動かすのですか?」

「復唱は?」

「はっ! 第二砲塔、発射と同時に右へ回頭いたします!」

「発射のタイミングは、こちらから出す。先頭艦を狙ったまま、しばし待機せよ」


 いつもなら、僕とサヨしかいないこの第二砲塔に、第三者が入り込んできた。いつも以上にピリピリする。が、相手は一度、助けられた人物だ、サヨにとっても、失神するほどの恐れる相手ではない。

 すでに第一、第三砲塔、および副砲が攻撃を始めており、敵の弾も時折、届く。時折、ズシーンという発射音が断続的に響く。また、近くに敵の弾が着弾して大波が起きる。

 もしもこのまま同航戦となれば、数に劣る我々の方が不利になる。その前に、敵に打撃を与えなくてはならない。

 それをひっくり返す秘策が、上等兵曹にあるということか?

 その上等兵曹が、ようやく号令を発する。


「今だ! 第一射、発射!」


 上等兵曹の号令と同時に、サヨは宝玉に手を当てて、そして祝詞を唱え始める。


八百万(やおろず)の神仏、我が前に並びし邪の者を、祓いたまえ、清めたまえ」


 真っ白な光が、宝玉から発せられる。その祝詞を唱えている間に僕は、命令通りに先頭艦に照準を合わせる。そして、ズズーンという音と振動と共に、魔導砲の青白い光が発せられた。

 照準器の前が、どうなっているか分からない。が、僕は上等兵曹に命じられた通りに、レバーを思いきり右へと傾ける。サヨが魔力を発し続ける中、第二砲塔は右へと回転し始めた。

 一体、この回転に何の意味があるのか? ともかくも魔導砲はおよそ二秒間、光り続ける。

 やがて光が収まり、同時に僕はレバーを放す。そして僕は、照準器を覗いた。

 あれ、敵の艦隊は、どこだ?


「そんな小さな照準器では見えんよ。この窓から、敵を確認してみろ」


 スザキ上等兵曹の言われるがまま、僕は上等兵曹に変わって、砲塔側面の窓から敵を見る。その目の前の光景に、僕は唖然とした。

 およそ十隻ほどの艦上部が、燃えている。本来、艦の上部にあるはずの艦橋や砲塔、煙突などは吹き飛ばされており、船体のみとなって赤々と燃え続けている。

 まるでウナギを蒲焼きにする際に、その腹を包丁で切り開くように、サヨの放った魔力が一列に並ぶ艦の上部を切り裂いた。そう表現した方が分かりやすい。

 およそ半数の艦が、炎に包まれている。あれではとても、戦闘など不可能だ。

 そういえばサヨの放つ魔導砲は、二秒は光り続ける。その間に目一杯、砲塔を振ってやれば、その光の筋がまるで刀剣のように、並んだ艦列の上半分を切り裂くというわけか。

 目一杯、砲塔を回転させた理由は、そういうことか。でもどうやったら、こんな戦い方を思いつくんだ?

 その前に、どうしてこうなることをスザキ上等兵曹は見越していたのか?


「おい、いつまで見ている!」


 愕然とする僕に、上等兵曹が怒鳴る。そうだ、まだ戦いは、続いている。


「第二射も、同様にやる。まだ敵は半分、残っているんだ。射撃用意!」


 魔力を大量に使い、ふらふらのサヨを抱き寄せて、ラムネを一本開けて飲ませる。それをサヨは乾燥へちまが水を吸い取るがごとく、それを勢いよく飲み干す。


「よし、残る健在な敵艦もさっきと同様に、大多数を叩くぞ。再び、健全な敵艦の先頭に狙いを定めよ。こちらの合図で、第二射、発射だ」


 僕は照準器を覗き、標的となる敵艦を探す。距離はだいたい七千。届かないことはないが、まだこちらから見る限りは回頭し始めたところだ。

 その後続艦も回頭を始める。が、先頭艦は我が艦隊に並行するかと思いきや、さらに回頭を続ける。攻撃のためというよりは、転進し逃げに入ったといったと見える。

 が、そんな敵を、逃すはずがない。


「今だ、第二射、撃てーっ!」


 上等兵曹の号令と同時に、サヨは再び祝詞を唱える。


八百万(やおろず)の神々、窮鼠となりし負い目の敵を、薙ぎ払いたまえ、清めたまえ」


 宝玉が、再び光る。と同時に、青白い光が発せられた。僕はその光が現れると同時に、再びレバーを右に倒す。

 おそらくは、側面を晒した敵の上部を、青白い魔力の光が切り刻んでいることだろう。無論、艦橋のような高い部分は吹き飛ばされているに違いない。

 光が収まると、僕は慌てて砲塔を左に動かしながら照準器を覗いて、敵の艦隊の方を見る。

 すでに日は暮れていたが、明るく燃え上がる敵の艦列によって、その様子が手に取るようにわかる。

 全滅、とはいかなかった。今度は七隻ほど。とはいえ、二十七隻中、十七隻を戦闘不能に陥れた。そのうちの何隻かは爆発を起こし、沈み始めている。

 おっと、忘れてた。そんなことをしている場合じゃない。僕はサヨのところに駆け寄り、青ざめたサヨを抱え、ベッドの上に寝かせる。

 少し首を持ち上げつつ、ラムネを口に含ませた。ごくごくと飲むサヨの顔に、血色が少し、戻る。


「これで、この第二砲塔の役目は終わりだ。あとは他の艦の魔導砲によって、敵艦隊を掃討する。ご苦労だった」


 砲声が響く中、第二砲塔から出るスザキ上等兵曹は、そのまま艦橋の方へと向かったようだ。轟く砲声や機関音の中、僕はサヨにこう告げる。


「どうやら、今回も生き延びたようだな」


 それを聞いたサヨは、黙って笑みを浮かべる。そしてそのまま、眠りにつく。

 艦上部を失った敵艦隊など、もはや動けぬ幽霊船のごときで、ただの的に過ぎない。残った敵も次々と通常砲や他の艦からの魔導砲を当てられ、沈んでいく。気づけば二十七隻中、逃げ延びたのは一隻のみだった。足の速いネヴィルィーム級駆逐艦のみが、どうにか射程外へと逃げ伸びた。

 元々は五十隻の大艦隊だったが、その半数を沈めたことになる。その後に現れた残りの二十三隻だが、当初の予定通り第一艦隊と挟撃、第一艦隊の持つ魔導砲によって、その半数近くを一気に沈める。あちらの持つ魔導砲は単装砲ながらも大いに威力を発揮し、敵を消耗していった。敵は結局、十隻ほどまで撃ち減らされて敗走した。

 怖いくらいの大勝利だ。今回も、サヨの魔導砲によって勝ったようなものだ。

 にしてもだ、まるで我々の動きを読んだかのようなあの動きはなんだったのか。敵は、こちらの回頭と同時に同じ方向へ回頭を始めた。まるで、示し合わせたかのように。

 単なる偶然なのだろうが、それにしても何やら気味が悪い。しかも、それを想定して戦術を変えた上等兵曹にも驚きだ。むしろあそこで敵が回頭せず、当初の作戦通りに丁字戦法を行っていたら、はたしてサヨの魔導砲はあれほどの威力を発揮できただろうか? むしろ、この予想外の行動のおかげで、敵は大打撃を受けた。

 だが僕は、何かそこに、偶然だとばかり言いきれない何か作為的な何かがあるように感じる。これは、気のせいだろうか?

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