表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

#1 遭遇戦

「タクヤ、本当に、戦争に行っちゃうの!?」


 サヨが、悲しそうな顔で僕を見る。


「この国を守るためだ。国からの召集令状を断ることはできない。仕方がないんだよ」

「だけど、その間、私は一体、どうすればいいの?」


 サヨが不安そうに僕にそう告げる。が、僕だって行かなくて済むなら行きたくない。しかし、この国の情勢がそれを許さない。


「必ず、必ず僕は生きて帰ってくる。約束する、だから待っていてほしい」


 サヨも、僕を説得したところで無駄だとわかっていた。国家による徴兵だからな。それゆえ、僕のこの一言にうなずくしかない。

 そして僕はこの町を去り、陸軍に配属されて最前線へと送り込まれた。過酷な戦いが続いたが、サヨとの約束を果たすため、そしてサヨと再会を果たすことを夢見て、とにかくがむしゃらに戦った。そのおかげで思わぬ軍功を得て、徴兵者では珍しく伍長にまで出世することになる。

 だが僕は、一年でサヨと思わぬ形で再会することになる。


◇◇◇


『艦影、多数視認! バリャールヤナ連邦海軍旗を確認、距離一万七千メートル!』


 まもなく日没を迎えようというこの時に、我が東方連合皇国と、交戦中のバリャールヤナ連邦国との勢力圏境界であるバスポラス海峡で、敵艦隊と遭遇する。

 そう、我々が戦争に突入することになったのは、バリャールヤナ連邦国が突如、我が国が実効支配を続けていたこのバスポラス海峡一帯を自国のものだと主張し、さらに我が国に宣戦を布告し、大艦隊と大部隊を繰り出してきたことが原因だ。

 世界最大の領土を持つこの国にとって、唯一我が皇国の領海が東側の外洋へ出る際の妨げとなっており、それを解消すべく、数にものを言わせてここを蹂躙しようとした。無論、それだけでバリャールヤナ連邦国の野望は止まらない。

 我が国の北方を、かすめ取ろうと考えていたのだ。

 となれば、我々とて黙ってその強敵に屈するわけにはいかない。

 しかし、偶然にも我々はこのとき、バリャールヤナ連邦国に対抗できる兵器を発明した。

 これが、僕がサヨと再会することになるきっかけとなろうとは、皮肉でしかない。


『これより、敵艦隊撃滅に向け接近する。各員、戦闘用意!』


 艦長のこの言葉に、僕の所属する砲雷科全員が、詰所から立ち上がる。砲雷長のゴトウ兵曹長が檄を飛ばす。


「各員、持ち場につけ、敵艦隊を完膚なきまでに叩きのめしてやるぞ!」


 全員、起立敬礼し、持ち場に向けて走る。僕も、持ち場である第二砲塔に向かおうとするが、砲雷長に肩をつかまれる。


「おい」

「はっ!」


 またか、と思った。このお方は、僕のことが嫌いだ。それは承知しているが、いちいち言うことが癇に障る。


「お前は女の相手だ。気楽なものだな」


 僕は黙って敬礼し、そのまま第二砲塔へと走る。何が気楽なものか。これから始まる戦いにおける切り札を支えるという、大事な役目なんだぞ。一体この砲雷長にとって、敵は誰なのかと問いたい。

 と思うが、そんなことを元・陸軍出身の僕が口にしようものなら何をされるか、十分に心得ている。左右どちらかの頬に、砲雷長の拳がぶち込まれるだけだ。すでに何度か、指導と称して殴られている。それも、三十人を超える砲雷科の人員の前で、だ。

 僕自身が歓迎されていないことは、よく分かっている。が、僕がここにいるのには、理由がある。

 それは、第二砲塔にいる「魔女」をお守りするためだ。


「あ、タクヤだ……」


 砲塔内に入って来た僕の顔を見て、その魔女はこわばった笑顔を見せる。

 僕の名前は、トウゴウ・タクヤ。今年二十一歳になったばかり。一方、第二砲塔で僕を出迎えるのはカンザキ・サヨ。もうすぐ二十歳になる、元・巫女だ。

 ただ、今はとても「巫女」とは言えない姿をしている。いわゆる「徴兵魔女」として連れてこられ、海軍服である白い軍服で身を包み、海軍帽を被っている。

 ちなみにこの第二砲塔には、僕とサヨの二人しかいない。というのも、サヨは大の男恐怖症だからだ。嫌いというより、拒絶体質といった方がいい。男を見ると身体が震え、話すこともままならない。場合によっては、失神することもある。それほどまでに男を拒絶する。

 が、幼馴染である僕だけは、昔から普通に接することができる。もっとも、最初は僕すらも受け付けないはずだったが、とある出来事のおかげで……という話はともかく、サヨが唯一接することができる男ということで、僕は彼女の身辺の世話をするために陸軍から異例の転属をすることとなり、戦艦乗りになった。


 こうして僕らは思わぬ再会を果たすのだが、それが戦艦というのは喜ばしい状況ではない。ただでさえ陸海軍は仲が悪い。さらに僕が元陸軍人ということで、それだけで侮蔑の対象だというのに、さらにその役目が「魔女の世話役」となればなおのことだ。

 砲雷長ばかりか、主砲を担当する第一砲雷科の全員からも、いや、上層部を除くその他乗員たちからもあまり快く思われていないだろう。

 それでも僕はサヨを、この魔女を守ろうと覚悟を決め、この(ふね)に乗る。

 それは、とある兵器を使うためだ。


 我が戦艦「震洋(しんよう)」には、四十五センチ三連装砲塔を三基搭載している。内、二基が通常砲弾を使用する砲塔だが、この第二砲塔だけは違う。

 この第二砲塔だけは、「三連装魔導砲」という、特殊な砲を搭載している。

 通常の弾頭を放つ砲塔は、砲身を仰角四十七度まで上げて砲撃をする。しかし魔導砲は基本的には水平方向に発射するため、砲身を上げる必要がない。

 それは魔女の持つ「魔力(マナ)」と呼ばれる神秘の力を光線に変えて撃ち込むという、画期的な砲だからだ。重力や空気抵抗に左右されず、狙った獲物を真っ直ぐ貫く。

 これはまさに我が国にとって、切り札ともいえる兵器だ。

 しかし、通常の艦に搭載されているのは単装砲だ。しかし、この艦だけは三つの砲身を備えた特異な魔導砲を載せている。


『敵戦艦三、巡洋艦七、駆逐艦十二! 我が艦隊に向けて並走し、単縦陣で接近中!』


 ところで、やつらはまだ、この三連装魔導砲の存在を知らない。なぜならこの兵器は、今回が初めての出撃となる。我が艦隊は、戦艦二隻、巡洋艦三隻、駆逐艦が八隻という数の上では劣るものの、この新たな「切り札」ゆえにやつらよりはるかに有利な立場にある。


『右砲戦、八十三度に備え! 第一、第三砲塔、交互撃ち方、初弾よーい!』


 艦長のタチバナ准将閣下の声が伝声管を通じて響く。と同時に、第二砲塔も回り出す。

 が、この砲塔はまだ、砲撃はしない。魔導砲の射程は単装砲でも三連装砲でも、七千メートルと短く、その敵は一万七千メートルと遠い。この位置からでは届かない。ゆえに、射程距離の長い通常砲による砲撃から開始される。この艦の四十センチ砲は射程三万七千メートルだ。魔導砲を放つためには、接近しなければならない。

 が、一度接近を果たしてしまえば、その強力な砲が一撃で、戦艦の装甲すらも貫くという。

 しかしそれは、通常の魔導砲の話だ。この三連装砲は伊達に砲身の数が多いというわけではない。それを使う魔女も、もちろん普通ではない。が、接近しなくては力を発揮できないという点は、他の魔導砲と同じである。

 この接近のために、通常砲塔による攻撃が始まる。


『初弾、射撃用意よし!』

『撃ち―かた始め!』


 砲雷長の号令と同時に、ズズーンという、第一、第三砲塔の四十五センチ砲が火を噴く。艦橋の前に二基、後ろに一基ある主砲の内、前後の一基づつから砲撃が行われる。

 いくら射程三万七千とはいえ、日が沈んだ夜戦では、見張り員の目に頼るしかない。我が国の見張り員は一万八千先まで見えるというが、バリャールヤナ軍の見張り員は一万六千といわれている。それゆえに、夜戦は射程に限らず接近戦にならざるを得ない。

 それでもこの魔導砲塔には、まだ遠すぎる。ここからあと一万は接近しなくては攻撃できない。


『だーんちゃく!』

『誤差修正、右に一.七度! 第二射用意! ってーっ!』


 砲雷長の声が伝声管越しに響く。さらに砲声も鳴り響く。初めて戦場に出るサヨは、その声と音を聴くたびにビクビクしている。そんな第二砲塔の魔女の手を、僕は握る。


「大丈夫だ。まもなく、サヨの力を見せつける時がくる」


 それを聞いたサヨは、まだ振えの止まらない手をぎゅっと握りながら、僕に黙ってうなずく。戦争さえなければ、サヨは今ごろは山中にある(やしろ)の奥で巫女として時折、神事に顔を出す程度の穏やかな暮らしをしているはずだった。

 それが戦争と魔導砲との発明が重なり、十八歳以上三十歳未満の魔女が国中から駆り出された。三百人もの徴兵魔女が陸、海軍に分かれ、魔導砲で戦うことを強いられた。

 サヨもその一人だ。が、サヨが戦場に投入されるまでに、数か月かかってしまった。

 その結果生まれたのが、この三連装砲だ。


『まもなく距離八千!』


 いよいよ、射程まであと千と迫った。軍服姿の似合わないサヨは立ち上がり、僕の前で起立、敬礼する。


「攻撃準備に、入ります」


 僕は黙って、返礼で応える。この砲塔の中心にある宝玉の前に立ち、その宝玉を両手で握りしめる。

 相変わらず、外では二十秒おきに砲撃が繰り返されている。当たっているのか、いないのか。いずれにせよ、敵艦撃沈の報が入らないところを見ると、ほとんどが外れているのだろう。


『駆逐艦、ネヴィルィーム級、撃沈!』


 と思ったら、ようやく撃沈の報が入って来た。しかし、十二隻ある駆逐艦の一隻が沈んだだけだ。しかも、敵は我が艦に狙いを定めて、集中砲火を加え始めている。

 近くに弾着し、揺れる船体。幸いにもまだ、直撃弾はない。が、元々は山に囲まれた地でのどかな巫女だったサヨからすれば、生きた心地がしないはず。だが、彼女は自らの役目を果たすべく、宝玉を握りしめる。


『敵戦艦ボルシェビーク級まで、距離七千!』


 いよいよ射程内だ。が、まだ砲撃開始の命令がない。


『確実に仕留めるため、距離六千五百にて魔導砲発射用意となせ!』


 砲撃を受けて揺れが大きいこの艦で、確実に敵艦に当てるために、さらに距離を詰めるらしい。激しい砲撃戦が続いているのが、この第二砲塔内からでもわかる。前後の砲塔から放たれる砲撃、そして近くに着弾して爆発する敵砲弾。それらを巧みによけつつ、我が艦、震洋は標的艦に徐々に接近を続ける。


『距離、六千五百!』


 いよいよ、砲撃準備の距離に入る。砲雷長から第二砲塔に指示が出される。


『砲塔修正、左〇.三度!』


 僕はそれを聞いて、照準器を覗きつつ砲塔を回転させるためのレバーを引く。


「砲塔修正、左〇.三度!」


 照準器が、敵の戦艦を捉える。だが、発射の合図はまだでない。やがて、距離はさらに縮まる。


『標的艦まで、距離六千!』


 観測員からのこの声に、ようやく艦長が砲撃命令を下す。


『第二砲塔、撃ち―かた始め!』


 ついに、我が砲塔に攻撃の機会が巡って来た。絶対に外すことができない。なにせこの魔導砲は、たった二発しか撃てないからだ。いや、正確には「二発も」撃てるといった方がいい。

 しかしその一撃は、強烈ですさまじい。

 宝玉を握るサヨが、魔力を込めるための祝詞(のりと)を唱え始める。


八百万(やおろず)の神仏よ、我が先に立ちふさがる悪しき者を、祓いたまえ、清めたまえ」


 宝玉が真っ白に光る。と同時に、猛烈な音と振動が、この第二砲塔から放たれる。

 僕は照準器越しに前方を見る。青白い光の筋が、まっすぐ標的のネヴィルィーム級に向かう。水平に放たれた魔導砲だが、魔女の放ったこの光は落ちることはない。それが魔導砲というものだ。

 しかも、特注の三連装の砲塔。三本の青い光が、その大型艦のど真ん中を捉える。


 すでに日が沈んだこの海上が、パッと明るく照らされる。バリャールヤナ連邦の誇る大型艦であるネヴィルィーム級の船体が、魔導砲を受けて三つの穴を開けられ、さらに船体全体が溶け出す。それが発する光により、敵の艦隊が明るく照らし出される。鋼鉄すらも燃え出すほどの強力な一撃。三連装魔導砲から放たれたこの光は、二千名以上を乗せる戦艦をも一瞬で溶かした。

 やがて六千メートル先にいたその鋼鉄の大型艦は大爆発を起こし、さらに周囲を照らす。その光に乗じて照らされた、その後方にいる同型艦に照準が向けられる。


『第二砲塔、回頭、右七.三度!』

「回答、右七.三度!」


 照準の指示は砲雷長が出す。が、第二砲塔のみ、発射指示は艦長が出すことになっている。艦長がここ第二砲塔に向かって、伝声管で砲撃命令を伝えてくる。


『第二砲塔、第二射撃てーっ!』


 それを聞いたサヨは、宝玉の前で祝詞(のりと)を唱える。


「八百万の神、我に立ちふさがる極悪なる者を滅したまえ、清めたまえ」


 白く光る宝玉、そして再び放たれる青い光。だが僕は、外を覗いている場合ではない。魔力を出し尽くしたサヨが、真っ青な顔で、後ろに倒れかける。僕はそのサヨの身体を、左腕で受け止める。


「大丈夫か、サヨ!」

「う、うん、なんとか」

「早く、これを飲め」


 身体中の力が抜けたこの巫女、西方列強国が言うところの「魔女」に、僕は右手に持ったラムネを口に含ませる。それをゆっくりと飲むサヨ。

 魔力を使い切るとその分、血糖値が下がる。それを補うべく、糖分多めのこの飲み物に頼ることとなる。それだけ魔女の体内のエネルギーを使い切ったということだ。

 半分ほど飲み終えたところで、サヨはそばにあるベッドの上に座る。その上半身を支え、残りの半分を飲ませた。


「あ、ありがとう。なんとか立ち直った」


 穏やかな声で礼を言うその魔女に、僕はうなずく。そしてそのまま、外の様子を眺めた。

 もう一つの巨大な燃える鋼鉄と煙とが、視界に飛び込んできた。あれはサヨが放ち、沈めた二隻目の戦艦のものだ。


 魔導砲は、わが震洋のみならず、他の艦艇にも搭載されている。その各々の艦艇に乗り込んだ魔女が放った魔導砲によって、巡洋艦や駆逐艦が次々とやられているのが見える。が、艦に致命傷を与えられたものは、半分程度だった。残りの半分は大破か、あるいは狙いが外れて多少の損害を与えたのみであった。

 そう、サヨの放つ三連装砲と比べたら、まるで溶鉱炉の炎とロウソクほどの違いがある。しかも通常の魔女による魔導砲は、一発が限界だ。

 三連装砲で、それも二発も撃てるサヨは、他の魔女とは違う。まさにサヨは、けた外れの魔力を持つ魔女だ。


 戦艦二隻を跡形もなく消された上に、艦隊の大半が撃沈または致命傷を受けるという事態を受け、さすがのバリャールヤナ連邦艦隊も離脱を開始する。

 終わってみれば、戦艦二隻撃沈、一隻大破、巡洋艦は七隻中四隻、駆逐艦は十二隻中六隻が撃沈という結果に終わる。

 残った敵艦も無傷ではない。魔導砲による損傷、および通常砲撃による直撃弾でかなりやられた。

 一方の我が軍も無傷とはいかない。戦艦震洋にも敵巡洋艦の砲弾二発が命中した。ただし分厚い装甲ゆえに、ほぼ無傷同然だった。他に巡洋艦は二隻が小破、駆逐艦は一隻撃沈、一隻が中破という結果だった。

 とはいえ、敵に比べたら損害は小さい。なによりも、戦艦二隻を沈めたことは大きい。

 小国ゆえに、一隻とはいえ駆逐艦を失ったことは大きいが、一方で三連装魔導砲の威力を敵のみならず、世界中に示すこととなった。

 この戦い以降、「三連装砲の魔女」と呼ばれることになるサヨの初陣は、大勝利で終わった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
超強力なレーザー砲!男の子が大好きなヤツ! 2発しか撃てないとなると照準は外せない。 水平に撃てばいいから距離のことは考えなくていいだけマシですね。 小説のあらすじに誤字があります。1行め 名→な
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ