『悪夢に囚われし勇者』
「お腹空いたわねー…」
「まいったっすね〜…食糧はもう尽きちゃったっすよ」
ルビーのお腹がぐーっと鳴り、そして彼女は自らの空腹を訴える。だが、困ったことに携帯食はもう全てなくなってしまった。この量産機兵の残骸でも食べるか…?
アルマは頭を悩ませながら量産機兵たちを相手にする。
「フハハハハハ!!!愚か者どもめ!!私に出会ったのが運の尽…ぐげぼ!?」
「こんな感じの明らかに機械じゃないのが混じってるのも気になるっすね」
「そうね〜さっきからいろんな種類の魔物を見かけるわね」
何か喋っていたよくわからない悪魔にアルマは軽く体当たりを喰らわせ、そしてルビーが光球をぶち当てる。アルマもルビーも本気の攻撃ではなかったのだが、それだけで悪魔はダウンしてしまった。ドサリと音を立てて悪魔は倒れ込む。
しかし…
「さっきからルビーさん、全然本調子じゃなさそうっすね」
「まあお腹は膨れたけど…あれだけじゃ満足できないわ」
そう、ルビーが全然真の力を発揮できていないのだ。携帯食を食べたことにより彼女の腹は膨れたが…残念ながら、携帯食はあくまで携帯食…味に期待をしてはならない。本当はアリスがいたらよかったのだが、アリスは絶賛行方不明。仕方ない、ここはアルマが一肌脱がなければ。
「うーん、どこかでご飯でも作るべきっすかね」
アルマは結構料理は得意な方である。その腕はかなりのものであり、ルビーを満足させるのは余裕なレベルである。
しかし、いくら優秀な料理人がいたとしても材料がなければ意味がない…と言いたいところだが、どうやらルビーには食糧を調達する算段があるらしい。
この街でどうやって食糧を得るのか気になるところだが、それは一度置いておこう。
そもそも、食欲で洗脳から脱出することに成功したルビーに"常識"を当てはめること自体がどうかしている。
さて、材料と料理人が揃ったならあとは調理場が必要である。幸い、所々ボロボロではあるが民家らしきものもある。どこかに不法侵……お邪魔して、料理でも作ってみるとしようか。
そう思いながらアルマとルビーは敵に捕捉されない安全な民家を探す。料理してるときやご飯を食べてるときに敵が強襲してきたらもはや目も当てられない。まあなんだかんだアルマも長旅による疲れなどもあり、リフレッシュとしていい機会ではあった。
ということで極力戦闘を避けながら道を進んでいく。願わくば、きちんと家として機能している建物が見たいところだが。崩壊したどことなく『おろちばーす』の面影が残るこの街を、赤く蠢く謎の物体がまばらにこびりき、生命を侮辱しているかのような苔のような色合いをした大地を彼らは踏み歩いていく。
さて、どうやら彼らはいい感じの建物を見つけたようだ。彼らはかろうじて原型を保つ塀を飛び越え、敷地内に入ろうとしたが…
「…あれ、なんっすかね」
「量産機兵が…人間を連行してる?」
ノアとアルマは遠くから聞こえてきた大量の足音に気付き、視線をそちらへと向ける。まだはっきりとはわからないが…白髪で光の剣を持っている少年と、彼を取り囲む量産機兵が街の中央へと前進していた。
「ルビーさん、申し訳ないっすけど予定変更っす。あの人について探るっすよ」
「わかったわ〜まあ人間が食卓に並ぶのはいいことね」
「敵幹部とかならまだしも、普通に洗脳されてる人ならダメっすよ!?」
まあ敵幹部だとしてもそれを解体して料理を作らせるというのなら流石に勘弁願いたいが。
アルマとルビーは音も立てずにその謎の集団へと忍び寄っていく。そして、先回りし塀の角で立ち止まりコッソリと様子を見る。
「どう?アルマ。あの人間も美味しく調理できそうかしら?」
「人肉料理は絶対出さないっすからね。うーん、これは…」
モノ・セラノイドやオルタナリースなどもいるが…まあ、それらは脅威ではない。問題は彼らを見張っているおそらく護衛のシャドウロイド一匹と、例の白髪の少年である。
「目が明らかに洗脳されてる人のソレっすね」
そして、トキと同じく彼もまた洗脳されている者と判断…しかしおかしなことに、彼はトキほど弱体化していないように見える。ルビーにチラリと目を向けると…
「洗脳されてたら本来の力はほとんど出せない…って聞いたけど、アレは本来の力の8割くらいはあるんじゃないかしら?」
どうやら、ルビーも同じ見解のようだ。明らかにここの洗脳者だけ他のエリアと比べても強い。まあもっとも、あくまで体や能力の強さが八割というだけであり、実際はそれよりも劣るのだが。まあ、理屈はわからないが…これは厄介なことになってきた。
「真っ向勝負は少々避けたいっすね」
「そうね…私自身も本来の力を出せてるとは言いがたいし、それにできるだけ消耗も避けたいところだわ」
モノ・セラノイドなどは脅威ではないからいい、ただしシャドウロイドは別だ。アルマはシャドウロイドとは交戦したことがあるのだが、アレは長引くとかなり厄介となる。そして、まだ能力もわからない白髪の少年と同時に相手するのは避けたい。よって、彼ら二人が下した結論はこれである。
「さっさと終わらせてランチタイムと行きましょうか」
「!?」
「グガ!?」
「テ、テキシュ…」
彼ら二人が下した結論とは、奇襲作戦である。ルビーは後方から隙だらけの量産機兵たちを光球で次々と処理していき、そして護衛のシャドウロイドに一箇所だけ存在する脆い部分、つまり急所にも光球が次々と命中する。
「!!」
シャドウロイドはいきなり大損害を喰らってしまったわけだが、後ろを振り返りすぐに体勢を建て直す。そして影を伝って移動し、ルビーに一矢報いようとするが…
「どりゃあああああ!!」
「!?」
アルマはシャドウロイドがルビーへと向く瞬間を待っていた。アルマは鋼鉄よりもさらに硬い自分の身をシャドウロイドへとぶつける。シャドウロイドは反応が遅れ、その体当たりを避けることは叶わなかった。
結果、甲高い音が辺りに響きシャドウロイドの体は粉々に割れ、残骸が地面に散らばる。
「チッ…!」
白髪の少年は舌打ちをしながら彼らと距離をとり、剣を構えてアルマとルビーに対峙する。
悪夢に囚われた勇者を解放するための戦いが、今始まった。
「俺ハこノ街ノ守護者…シャアアアアア!!!」
「こりゃまた厄介な相手っすね、っと!」
白髪の少年がアルマに対して剣を振るってくるが、アルマはそれを難なく防ぐ。やはり弱い…フィジカルは八割再現できてるといっても、それ以外の面ではるかに落第点だ。もっとも、洗脳されている者は少しずつ強くなってくるらしいので放置しておくとどうなるかはわからないが。
「しーるどばっしゅ!」
「チッ…!」
お返しにアルマは盾を用いた数少ない攻撃手段であるシールドバッシュを披露するが、それはまた光の剣で難なく防がれてしまう。しかし、問題はない。
「人間ごときが…あまり手こずらせないでもらえるかしら?」
「ル、ルビーさん一応手加減頼むっすよ?」
ルビーが生み出した大量の光球がノアに直撃。とはいっても、ルビーが手加減しているのか…それとも小腹が空いて本気を出せないのか、もしくはその両方なのか。一発一発の光球の威力はかなり控えめであり、実際粉塵が空へと舞ったがノアは無事のようだ。
ただし…
「…回復魔法の使い手とは、人間にしてはやるみたいね」
「そリャどウも…!」
地から足を離し、空中を舞う白髪の少年は自らの体、主に損傷の激しい胸部を魔法で癒しているようだった。最低限傷口を癒し終えたノアは再び剣を構え、ルビーに対して飛びかかる。ルビーは光の薙刀でこれを受け止め、そして光の剣を弾き返す。しかしノアは…
「無駄ナこトを」
一度距離を取り、そして光の剣を生成。なるほど、これは…
「長期戦になればなるほどこちらが不利になるやつっすね」
そうとわかればあとは簡単…
———短期決戦で仕留めるのみ。
「割り込み失礼するっす!」
「!!」
再び剣で攻撃をしかける少年とそれを防御しようとするルビーの間にアルマが割って入り、少年の斬撃を盾で防ぐ。だが、少年が追撃として放つ斬撃は…
「タクサンイルマンモスー!」
「!?」
アルマが屈んだことによりその斬撃は空を切り、そして思わぬ行動に出たアルマに対して少年は驚き硬直する。その硬直を狙っていた、洗脳者は思わぬ行動に直面すると硬直するクセがあると聞いたことがあるためだ。
「よいしょ!」
アルマは瞬時に体制を整え、少年へと向かって飛びかかる。少年は慌てて迎えようとするがもう遅く、アルマに剣を弾かれ腕を押さえつけられた。そして…
「ちょっとちくっとするっすよー!」
アルマはそう言いながら少年へと頭突きを喰らわせる。アルマの頭は鋼鉄のさらに上を行くほどの硬度があるが、まあ…我慢してほしい。これも洗脳を解くためだ。
「ルビーさん、あとよろしく頼むっす!…手加減はするっすよ!?」
「お任せなさい。ちょっと半殺しにするだけだから」
「やっぱダメかも」
アルマは二度目の頭突きをすることなく、先ほどまで押さえつけていたノアから離れる。
頭にばかり負荷をかけてもしも後遺症が残ってしまったら洒落にならない。それを考慮して、アルマは細かなダメージ調整をルビーに託す。そしてルビーは魔法の詠唱を完了。
「じゃあね、人間さん。人間に生まれてきたのがあなたの罪だったわ」
「だからちゃんと手加減するっすよ!?」
よろよろと立ち上がる少年に一発の光球が襲いかかり、とうとう少年は倒れ意識を失う。
そしてこの少年こそが、アルマやルビーに続く『死の街』攻略に必須な三人目の勇者であることを、まだ彼らは知る由もないのだった。