長期休暇①
ミカイルから先日届いた手紙に、そろそろ長期休暇に入るから帰れるよ、という言葉が書かれていた。
衝撃的な言葉に、思わず二度見する。
僕は知らなかったのだが、どうやら学園には一年ごと、学年が繰り上がる前に一月程の休暇が与えられるらしい。てっきりミカイルとはもう卒業するまで会えない気でいたから、こんなにすぐ再会することになるとは思わなかった。正直拍子抜けだ。
逆にミカイルは知っていたのに、どうしてあんなに寂しがっていたのかと疑問に思う。彼が発ってからもうすぐ1年の月日が経つことに、あまり実感も沸かなかった。
***
我が家の門の前に豪奢な馬車が止まる。
扉を開けて中から出てきたのは、約一年ぶりに会うミカイル。少し見ない間に僕より少し高かった背はもっと差が出たようで、顔つきも精悍さが増している。
ミカイルは僕を見つけると、恐ろしいほどの速さで駆け寄ってきて、僕に抱きついた。
「ユハッ……!! 会いたかった……!」
「うわあ! そんなに勢いよく走ってくるなよ!」
一瞬、よろめきそうになるものの、ミカイルの力強い腕が僕を抱き寄せた。
「ごめん……! どうしても、抑えられなくて」
「まあ良いけどさ…。……久しぶりだな、ミカ。もしかして、前に会ったときよりもまた大きくなったんじゃないか?」
「そうかな。自分じゃ気付かなかったけど、ユハが言うならそうなのかも…。確かに、この前抱き締めたときよりもユハの顔が下にある気がする」
「なんだと…? 僕もまだまだこれからだからな?」
「ふふ、ユハは僕よりも小さい方が抱き締めやすくていいなあ」
ミカイルは抱き締めたまま、前髪が触れあいそうな程近づくと、そのまま額をくっつけた。彼の長すぎる睫毛が、瞬きをする度にバサバサと動くのが見える。
「やっとユハに会えた……。この一年間は本当に長くて長くて……、どうにかなるかと思ったよ」
「僕はあっという間だったな。何しろ、ミカとは卒業するまで会えないと思っていたから」
「ええっ、そうなの? ……でももしそうだったら、僕は絶対に学園には行かなかったと思う」
「いや、それは駄目だろ。お前は公爵家を継がないといけないんだからさ」
「学園なんて行かなくても、勉強する方法は色々ある。ユハも、この一年間家で頑張ってたんだよね?」
「……まあな。僕なりに、努力はしたよ」
「そうでしょ。…………ふふ、なんか懐かしいな。やっぱり、ユハの傍が一番落ち着く」
「そんなこと言って、休暇が終わったらまた学園に戻らないといけないんだぞ?」
「うん……」
ミカイルは僕の言ったことを理解しているのかいないのか分からないような声で返事をすると、もう一度確かめるように僕を頭から抱き締めた。
久しぶりだから、暫くはミカイルの気の済むままにしてあげよう。そう思い、僕は暫くじっとしていたのだが、いつまで経っても動こうとしない彼の様子に限界が先に来たのは僕だった。
「ミカ、そろそろ離してくれないか」
「…………まだ足りない」
「僕はそろそろ動きたい」
「はぁ……、僕、ユハのそういうところ大好きだけど、大嫌いだよ」
「何を言ってるんだ?」
ミカイルはもう一度だけ、ぎゅっと確かめるように力を入れた後、ようやく僕を解放してくれた。
「ユハ、約束は覚えてる?」
「……当たり前だろ。まだ一年前のことだし、何回も手紙に書かれるから忘れたくても忘れられないくらいだった」
「だって、そうでもしないと不安で。僕が行く前にも、惰性で返事をしたとか言っていたし」
「それはお前が無理な約束を押し付けてくるからだ!」
「…………じゃあ守れるものは守ってくれたんだよね?」
「ああ。ミカが学園へ行く前から何も変わってない。僕に出来ることはやったよ」
「……友達はできてない?」
「いないに決まってるだろ。それより、ミカこそ沢山友達が出来たんじゃないか?」
「僕も友達なんて、ユハ以外に一人もいないよ」
いや、そんなわけないだろ────そう言いかけた言葉は、最後まで口から零れ出ることはなかった。
何故なら────
僕だけを映したミカイルの瞳が、
頬に優しく触れる彼の手のひらが、
目尻を下げて優しく微笑えむその表情が、
その全てが、本気だと、そう言っている様にしか見えなかったのだ。
そもそもミカイルと違って、僕はそんなことを強いた覚えはない。
しかし、僕に友達を作らないよう約束させたから、自分も律儀に守ったのか?とふと疑問に思う。
ミカイルはそんなに殊勝な性格でもないと僕は思っていたのだが、彼の真剣な目つきを見ると、本当に友達がいなかったのではないかと思えて仕方なかった。
「…………友達くらいはいた方がいいんじゃないのか?」
「なんで?僕はユハがいるだけで十分だよ。ユハにも僕だけがいればいいしね」
「…………」
「ふふ、でも最低限のことは守ってくれたみたいでよかった。安心したよ」
「……そんなに難しいことでもないものはちゃんと守った。……もう約束のことはいいよな?そろそろ家に入ろう」
「そうだね。僕もご挨拶しないと」
何故か、ミカイルの表情にうすら寒いものを感じて、振り払うように僕は玄関まで向かった。頬に触れてくる彼の手のひらが、やけに熱かった。
***
今日はミカイルが一日、僕の家で寝泊まりすることが決まっている。彼曰く、半日じゃ足りない、ということで、僕もせっかく会えるなら色々話が聞きたいと思っていたし、快く了承したのはつい先日の事だ。
玄関では、待機していた母さんが出迎えてくれた。
「ミカイル様、お久しぶりです」
「アディーラ様…今日はお世話になります」
「遠慮しないで、ゆっくりしていってくださいね。……それにしてもなんだか、暫く見ないうちにすごく大人びた感じがしますわ」
「ふふ……そうですか? ユハンにもさっき言われましたよ」
「うちのユハンは全然変わらないでしょう?」
「……そうですね。でも、僕はユハンが変わっていなくて安心しました」
ミカイルがそっと微笑む。それを横目に、僕はたった一年でそんなに変わらないだろ、と口を尖らせていた。
母さんは久しぶりにミカイルと会えて嬉しそうだ。幼い頃はよく彼に、母さんが取られるのではないかと不安だったのを思い出す。
今にして思えば、ミカイルは母さん達の前では猫を被っていたため、当時の愛らしい彼の言うことに拒否など出来るはずがなかったのだ。だからいつも僕が反抗すると、叱られる嵌めになったのではないかと思う。
あの頃はその理不尽さのせいで、やりきれない想いを胸に抱え込んでしまったが、成長した今ではそれも大分薄れていた。
夕食まではまだ時間があるから、ゆっくり二人で過ごすといいわ────母さんにそう言われ、僕は自分の部屋へミカイルを招待した。ここに彼が訪れるのも、随分と久しぶりだ。
「ミカ。学校での話、もっといろいろ聞かせてくれよ」
「うーん、そうは言ってもほとんど手紙に書いた通りだよ? 毎日授業を受けて、部屋へ帰ったら課題をする。その繰り返しで特に言うこともないんだけど……」
「僕が聞きたいのは、クラスメイトのこととか先生の話とか、どんな人達がいるのかってことだ。さっきは友達なんていない、なんて言ってたけどさ。クラスメイトとは話くらいするだろ?」
ミカイルは少し黙った後、表情を僅かに強ばらせて僕に問いかけた。
「………なんで、ユハはクラスメイトの話が聞きたいの?」
「なんで、って……。そりゃあ、どんな人達がいるかは気になるよ」
「それって、僕以外の人に興味があるってこと?」
「え? まあ、そうなるのか……?」
そういう意図で聞いたつもりは全くなかった。
しかしながら────どうやらそれはミカイルの地雷だったらしい。彼は今まで浮かべていた穏やかな笑顔を完全に失くすと、僕を冷ややかな瞳で見つめてきた。
辺りを険悪な雰囲気が漂い始める。
沈黙を破ったのは、ミカイルの声ではなく、誰かが扉をノックする音だった。
「ユハン、ミカイル様が来てるって聞いたんだけど……」
入ってきたのは父さんだ。
ミカイルは父さんを見ると先ほどまでの冷たい表情を一転させ、いつもの微笑を浮かべた。
「お邪魔しています、イーグラント卿」
「ああ! ご挨拶するのが遅くなって申し訳ないです」
「いえ、僕ももう少し遅く到着する予定だったんですが、気が競ってしまい……、当初の約束した時間より大幅に早く着いてしまいました。むしろ謝るのはこちらの方です」
「そんなそんな! ミカイル様が謝るなど滅相もない!!」
父さんは大袈裟に手を顔の前で振る。険悪な雰囲気も一緒に霧散したようで、僕はほっと一息ついた。
「父さん、なんだかんだミカイルとちゃんと話すのは初めてだよな?」
「ああ、そうだね」
父さんは仕事柄家を外すことが多かったから、ミカイルが家へ遊びに来ても滅多に会うことはなかった。
僕の言葉に頷いて、父さんがミカイルを見る。
「改めて、いつもユハンと仲良くしてくださり、ありがとうございます」
「そんなにかしこまらないでください。むしろ、ユハンが僕に仲良くしてくれているんです。お礼を言いたいのは僕の方ですよ」
「そうなんですか……? でも、ユハンもミカイル様のことを大切な友達だと思っているはずです。現に、今年の誕生日はミカイル様へ手紙を書きたいからと言ってペンをプレゼントに……」
「うわあっ! 父さん! それは言うなよ!!」
「ええ!? だめだった!?」
まさか父さんにそれをバラされるとは思わず、僕は立ち上がり大きな声で遮った。
しかし、残念ながらそれは全く意味をなさなかったようだ。ミカイルは訝しげな表情で、こちらを見上げていた。
「ユハン、どういうこと?」
「あ、あ~、……そ、そういえば僕、母さんに用があるんだった! また後で!」
母さんに用などあるわけもなく、僕はその場から逃げ出した。どうしても、ミカイルにプレゼントでもらったペンのことを言うのは気恥ずかしかったのだ。




