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顛末①

 あれ……ここはどこだろう。


 空には一面の青。目の前には橋の架かった川。

 そして、その向こうには知らない老夫婦が立っている。


 彼らは口に手を当て、何かを叫んでいるような様子だ。でも、僕のいる場所からは何も聞こえない。


 もしかして僕は会ったことはないけど、おじいちゃんとおばあちゃんだろうか。

 こっちにおいでって言ってるのか?


 とりあえず一歩、先に進んでみようとした。


 けれど、服の裾を引っ張られて足が止まる。


「ん……?」


 振り返れば誰もいない。

 いや違う。

 もっと下。視界に入っていなかっただけで、顔を下に向ければ小さな子供が立っていた。


 見覚えのあるその子は、僕が初めて会った時のミカイルにそっくりだ。

 でも、何故か顔を涙で塗り尽くしていて、僕をじっと見ている。


「ミ……カイル?」


 何か喋っているように口はパクパクと動いているけど、声が聞こえない。ただただ必死に、僕の服を掴んで、自分のいる方へと引っ張っていた。


「な……なんだ? そっちに行ってほしいのか?」


 あまりの必死さに、僕はそちらへ足を踏み出す。


「……なぃ……で……!!」

「え……。悪い、聞こえないんだ。もっと大きな声で……」


 ミカイルの方へ顔を寄せれば、言葉が微かに鼓膜を震わせた。


「い……か、な……ぃ……で……!!」

「い……かな、いで?」


 そして、はっきりと言葉を聞き取れた瞬間。

 目の前のミカイルが笑っているのが見えた。


「え……どういう……」


 視界が真っ白に染まる。

 体がぐわりと傾く。


 でも不思議とそこに不安はなくて。

 僕は流れに任せるように、その身を預けた。



 ***



「────っ!!」


 目を覚ます。比喩でもなんでもなく、自分の瞼がしっかりと開いて、瞬きをした。


「ユハ…………っ!!!」


 そして、そこには夢で見た時と同じ、涙でグシャグシャのミカイルが────ではなく、心配そうにこちらを見つめるアルト先輩と、どこかほっとした顔つきのタルテ先生が見えた。


「ユハ大丈夫かっ!? 体は? 痛いとこねえ!?」


 ペタペタと僕の体を触って確認してくるアルト先輩に返事をしようとすれば、声が全く出ないことに気がつく。


「アルト、一旦やめろ。……ほらお茶だ、飲め。三日も寝てたから喉がかすれて声が出ねェだろ」


 目の前に差し出されたのは、あの時とは違う、しっかりと濃い緑を色づかせたお茶の入ったカップ。その持ち主は、こちらを見て眉をしかめているタルテ先生だ。

 僕は先生によって頭を軽く起こされ、それを口に含んだ。


「あ……あ、りがとう……ござい…ます」

「はァ……とりあえず話はできそうかァ?」

「だ、だいじょうぶ……です」


 カスカスの声だったが話せないことはない。

 それよりも、ここが一体どこなのか気になった。

 真っ白な天井と壁に、ベッドが一つ置かれただけの狭々しい空間。窓から見える景色的に、ここが一階ではないことは確かだ。


「あー……ここは一時的にお前を療養させるために連れてきた場所だ。良くなればすぐ戻してやるから、あんま文句言うなよ」

「も……んくなんて、ないですよ……」

「ふっ……ならいい。そんでお前、どこまで覚えてる? ディーゼルのことは?」


 コクリと頷く。しっかり全部覚えていた。


「あの……あれから、どう……なったんでしょうか」

「そうだなァ。あー、何から話せばいいんだ」


 困ったように首をかくタルテ先生の横で、何故か申し訳なさそうにアルト先輩は眉を下げている。先程から口数が少ないのと何か関係がありそうだけど、僕には全然心当たりがなかった。


「あの……せん、ぱい……?」

「ユハ……、ごめんっ!!」


 しかし僕が話しかけた途端、先輩はガバリと頭を下げ、謝罪の言葉を口にした。

 

「えっ!? ど……どうして先輩が…謝るんですか……?」

「オレが……天使クンを煽りすぎたから……」

「……? ハインツの件に、ミカイルは関係あるんですか?」

「はァ……。とりあえず、詳しいことは俺から説明する」


 疲れきった顔をしているタルテ先生がそう言うと、僕に事の顛末を教えてくれた。


 まずはなぜ、ハインツがあのような行動に出てしまったのかということ。

 そしてその原因がミカイルにあり、彼の持つ魅了という力によって、ハインツがあれほどまでに錯乱してしまったということを。


「どうして……ミカイルはそんなこと……」


 でも僕は信じられなかった。ミカイルがそんな力を持っていたことはもちろんだけど、それ以上にどうして、ハインツにその力を使ってしまったのかが。

 ミカイルは、そこまでハインツのことが嫌いだったのか?……いや、それとも彼に好かれたいから魅了を使った……? それで、ハインツの持つミカイルへの好意がいきすぎた結果、いつも傍にいる僕に嫉妬して、あんな行動を起こしたとか……? 

 うーん、辻褄は合うような気がするけど、いまいち何かが引っ掛かる。ミカイルがハインツに対して、そこまでの感情を抱いているようには僕は思えなかった。


「理由は気になるだろうが、俺からは言わねェ。直接本人に聞いてみろ。それが一番納得いくだろうからなァ」

「えっ……」


 しかしながら、タルテ先生が教えてくれる気はないらしい。僕のこの、胸中を渦巻くモヤモヤも晴れることは無さそうだった。

 だから僕は少しでも気分をスッキリさせるため、他に気になったことを聞くことにした。


「じゃあ……何でミカイルは魅了っていう魔法? を使えたんですか……? 魔力は、王族にしかないはずですよね……」

「……ああ。それは今から説明する。……が、ここから先は誰にも言うなよ」

「わ……分かりました」


 タルテ先生の強い眼差しに、僕の喉はゴクリと音を鳴らす。


「アイツ───アイフォスターは、聖女の末裔だ。魅了の力は、恐らく聖女も持ってたもンで、アイツが何の因果かそれを引き継いだんだろうよ」

「……えっ? 聖女様が魅了を持ってたって……。いやそれよりも、ミカイルの先祖様だったんですか!?」

「そんだけ声が出りゃあ元気だなァ。…まァ……俺も当時の王が残した手記でしか知らねェから詳しくは何とも。それと、アイツは魅了を使えるってだけで他の魔法は使えねェんだ」

「?……魔力があれば魔法は使えるんじゃないですか?」

「いや……魅了ってのは特殊で、そいつだけが持つ固有魔法なんだよ。だから俺もアルトも使えねェし、なんならその性質も解明されてねェから俺も詳しくは分からねェ」

「はあ……」


 タルテ先生にも分からないとは、かなり難しい問題のようだ。

 でも、ミカイルはいつからその力に気づいていたんだろう。僕達はこんなにも長い間一緒にいたというのに、教えてくれなかったことが、ほんの少しだけ寂しい。


「……で、次はディーゼルについてだが……」

「あっ、そうだ……! ハインツはあれからどうなったんですか!? 当然処罰とかもないですよね……?」

「そうだなァ……ディーゼルは確かに巻き込まれただけだ。ただ、実際にお前を殺そうとしたのは事実だから何もしないわけにはいかねェ。良くて停学処分。最悪退学ってとこか」

「ええ……!? そんな、退学は酷すぎますよ……!」

「とはいっても、お前の両親にそれじゃあ説明がつかねェだろ」

「あ……」


 母さんと父さん。それからトールの姿を思い出す。

 僕が家を出るとき、凄く寂しがってくれた大事な家族だ。そんな彼らが僕に何かあったと知れば、絶対に悲しむことは明らかだった。


「もっ、もう母さん達には言ったんですか……?」

「いや……お前がもう少し目を覚ますのが遅ければ言ってただろうが、まだ伝えてはねェ」

「じゃあ……! このまま黙ってておいてもらえませんか……!?」

「……正直、俺らとしてはそうしてェ。魅了魔法を外部のヤツらに知られンのが一番避けたいからなァ」

「じゃあぜひ、そうしてください。被害者の僕がいいって言ってるんですから、迷うことなんてないですよ!」


 タルテ先生は息をつくと、腕を組み思案顔で黙る。


「……オレはユハがいいならいいんじゃねえのって思うけど」


 すると、これまで黙って話を聞いていたアルト先輩が助け船を出してくれた。僕も釣られるように、そうだそうだと首を縦に振る。


「……はァ、分かったよ。お前の両親には話さねェ」

「……! あ、ありがとうございます……!」

「ただし。ディーゼル本人とはよく話し合え。お前が良いって言ってもアイツは罪の意識に苛まれるかもしれねェからな」

「あ……そういえば、ハインツは今どうしてるんですか?」

「アイツもお前と同じで眠り続けてる」

「え? どうして……」

「相当強力な魅了をかけられたんだろ。魅了を解くためには自分から違和感に気づいて、間違った情報を間違いだと認識させるしか方法はねェ。ディーゼルにはアイフォスターから正しい情報を再度伝えさせたが、脳が恐らくパンクして、今は気絶するように眠ってる。まあ特に身体的異常はねェから直に目を覚ますとは思うがなァ」


 僕はタルテ先生の言葉に、ほっと胸を撫で下ろした。

 

 ────良かった。あの時のハインツはまるで別人みたいに豹変していたから、魅了が解ければまた元の姿に戻ってくれるってことだ。それに例え、僕を殺そうとしてきたからといって、操られただけのハインツが罪を抱える必要はない。

 だって僕はただ、また彼と笑い合える日常が欲しいだけなのだから。

 

「……これで一旦ディーゼルについてはいいな?」

「はい。……それでミカイルは、その……」

「天使クンについてはオレから話す。オレも関係なくはねえから」


 アルト先輩が名乗りを上げる。

 極めて真剣な表情で、心なしか、いつもより背筋が伸びている気がする。


「こんなことをした理由については、本人から聞いてもらうとして……天使クンの現在は、自室で謹慎中。様子がおかしいところを何人かの生徒に見られてたみてえでさ、体調不良ってことにして休ませてるんだ」

「そうなんですね……」


 ハインツの件で完全に忘れていたが、僕はあの直前、ミカイルによって襲われたことを思い出した。

 そっと、首筋を触る。時間が経っても、あの感覚はまだ忘れられそうにない。それに、あんなことをした理由だって、僕はまだ知らないままだ。


「……ちなみにミカイルへの処分って……」

「うん。天使クンに表立っての処分はない。アイツが引き起こした事件ではあるけど、肝心の魅了魔法が表に出せない以上、説明することができねえからな。で、たった今ユハが内緒にしてほしいって言ったから、実質この事件はお蔵入りだ」

「つまり、誰も罰は受けないってことですよね」

「うーん……一応天使クンには軽い罰を与えてるけどな」

「え? な、なんですかそれは」

「ユハに会えないこと」

「……僕に会えないこと?」


 パチパチと瞬きを繰り返す。


「そうそう。それがアイツには一番キクから」

「まあ……僕が倒れたって聞けば心配しますよね。といっても、僕はまだ何でミカイルがこんなことをしたのか知らないんですけど……」

「それは本人に聞いて。天使クンもきっとそれを望んでる」

「わ、分かりました」


 僕が頷けば、アルト先輩がタルテ先生の方を見る。


「とりあえず今日はここまでだ。お前も疲れただろうから、しばらくは休んでくれ」

「あ……分かりました」


 どうやら話は一旦、終わりみたいだ。

 タルテ先生は、一区切りついたという様子で、話を締めようとしている。


 でもその瞬間。

 部屋の扉が突然勢いよく開けられ、その空気も断ち切られた。


「っ!……イーグラント!!」


 そこにいたのは、息を切らしここまで急いで来た様子のジーク。

 しかも彼にしては珍しい表情で、僕を心配そうな顔で見ている。


 だけど、どうしてジークがここにいるんだ……?


 そう僕が疑問を感じていれば、そういやコイツも呼んでたんだった、と小さな声で呟くアルト先輩の声が聞こえてきた。

 しかしジークはそんな先輩にも、それから先生にも声をかけることなくズカズカと僕の元へと歩いてくると、小さく一言呟いた。


「……っ………無事、かよ……」

「えっ? ああ……」


 ぎゅっと眉根を寄せるジークから何を言われるかと思えば、囁くように言われたそれに思わず肩透かしを食らう。

 けど、僕の返答を聞いたジークは安心したように口角を緩めた。随分と優しい表情だ。


「騎士クンは倒れたユハを連れてきてくれたんだ。だからさっきユハが目を覚ました時に、俺が魔法で呼んどいた」

「ジ、ジークが助けてくれたのか……?」

「うるせえ。そんなに驚くことかよ」

「驚くだろそれは!」

「はあ……こっちはお前のせいで悪夢みてえなもん見せられたっていうのに。どう責任とってくれんだ?」

「……それは……悪かったな。でも助けてくれたのは純粋に嬉しいよ。ありがとう」


 照れくさそうにジークは耳を擦る。よくよく見れば彼の頭の色に負けないくらい、その場所も真っ赤に染まっていた。

 

「…………俺も、いろいろ悪かったな。お前に……変な難癖つけたりして」


 耳を澄ませないと聞こえないくらい小さなそれは、確かに僕への謝罪だった。

 まさかテイリットさんに引き続き、ジークからも謝ってもらえるとは。彼にはいろいろ苦労したが、それも全部報われたような気がする。

 僕の今までの行いは無駄ではなかったのだ。


「……はははっ! 僕を助けてくれただけで十分だ。それに僕も、いくら学園内といえどけっこう失礼なことを言った時もあったと思うしな」

「……俺は、お前のそういう……真っ直ぐなところは、嫌いじゃ…ねえ」

「そうなのか?」

「チッ……! 嫌いじゃねえってだけで好きでもねえからな。勘違いすんなよ」

「…………っふ! ははははは!!」

「おいなに笑ってやがる」


 素直になれない人って、皆こうなんだろうか。

 目元まで赤らめたジークが僕を睨んでくるけど、今はもう全然怖くない。


「なあ、ジーク」

「……なんだよ」

「僕達、改めて友達にならないか?」

「あ?」


 キョトンと驚いているジークに僕は笑う。だって、彼にこの言葉を言えるのが嬉しかったんだ。


「駄目なのか?」

「…………そんなこと言ってねえだろうが」

「じゃあ友達だな!」

「……そういうことにしといてやる」


 全く素直じゃない。

 でも、これがジークなのだ。

 

 僕は終始笑みが止まらずニヤニヤとしていれば、俺も入れろー!とアルト先輩が飛び込んでくる。


 ミカイルに襲われて、ハインツに殺されかけて。   

 一時は本当にどうなることかと思った。それに、まだ解決してないこともある。

 けれど、今こうして笑っていられるのが、何よりの幸せで、得難い日常に違いなかった。

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