祝祭①
祝祭当日。
今日は朝から予定が目白押しだ。他の実行委員が考えたオープニングセレモニーに、聖女様への祝福を表したイベント。それから僕達が企画したパーティー。
せっかくの行事に僕は朝から楽しむつもりでいたのだが、アルト先輩から魔法薬を渡すのが当日になるという連絡を受けて、泣く泣く参加を諦めることになっていた。というのも、僕の手元に魔法薬を置いておくのが不安なようで、実際に使う時に渡したいということらしい。
そういうわけで、祝祭も真っ只中の朝。
僕は魔法薬を受けとるため、一緒についていきたいと言ったミカイルと共に、アルト先輩の元へと向かっていた。
「あれ、天使クンも来たんだ」
「……僕がいたら不都合なことでもあるんですか?」
「そんなこと言ってねえじゃん。すぐオレを疑うのヤメテよ」
開口一番、早くもギスギスとした雰囲気に包まれる。こうなりそうで嫌だったからミカイルには来ないでほしいと言ったのだが、どうしても引き下がってくる彼に僕は根負けして、今に至っている。
「まあいいや。正直ユハ一人に持たせんのも不安だったからな」
「ええ……そんなに危ないものなんですか……?」
「いやいや、ちゃんと使用方法を守ってくれたら安全なモノだ。ユハに渡すのが心配だったのは、ついうっかり失くされでもしたら危ねえと思ったからさ。だから今日まで渡すのをやめておいたんだ」
「ああ、なるほど」
そこまで僕はおっちょこちょいでもないと思うのだが、かといって絶対に失くさないという自信もない。そういう意味では、事前に受け取っておかなくて良かったと思う。
「じゃあ早く渡してください。僕達も暇じゃないので」
強い口調でミカイルが告げる。それを見たアルト先輩は呆れた表情を浮かべ、「はいはーい、そう急かすなよ」と言うと、上向けた手のひらの上にポンと一つの木箱を現した。
箱の中に入っていたのは、片手で持てそうな小ぶりのビンが10本。薄い透明の液体で、パッと見ただけでは効能も何も分からない。
「これ、グラス一杯分のドリンクに数滴垂らすだけで3、4時間は持つと思う。パーティーの間だけ効果があれば十分だよな?」
「……! はい! 全く問題ないです!」
「一応多めには作ったけど、容量だけは絶対に守ってくれ。どんな魔法薬でも飲み過ぎれば毒になる。……まあその辺は天使クンがちゃんと見ててやってくれよ」
「……言われなくてもそのつもりです」
「ぼ…僕も、気を付けます」
恐る恐る、渡された木箱を受け取る。意外と軽い。
落とさないように、僕は取っ手をぎゅっと握りしめた。
「あっ、そうだ。ユハ明日……はオレが無理だ。明後日ヒマ?」
「えっ? はい……確か明後日は振替休日でしたよね?」
「そうそう。だからさ、この間約束したヤツ。オレとデート行こうよ」
「デ、デート!?」
「は……?」
確かに僕は一緒に出掛けることを約束したが、デートだなんて一回も聞いてなかった。驚きで開いた口が閉じてくれない。
その一方で、隣にいるミカイルからは押し殺したような低い声が聞こえてきた。顔も強ばり、心なしかどす黒いオーラを纏っているようにも見える。
「どういうこと……? ユハ」
「いや……僕もそんな風には聞いてない。ただ一緒に出掛ける約束をしただけで……」
「好きなもの同士が二人で出掛けるんだから、それはもう立派なデートだろ?」
「好き……? は……なに、それ。ユハはこいつのことが好きなの……?」
「えっ!? そ、そりゃアルト先輩のことは好きだけど……」
僕の言葉に瞳を大きく見開いたミカイルは、呆然とその場を佇む。
数秒。いや、もしくは数十秒か。言葉を上手く飲み込めない様子のミカイルはゆっくりと瞬きをすると、一呼吸おいて口を開いた。
「あ……なんだ。そうだったんだ。へぇ………ユハは、こいつを……。は、はははは……」
……馬鹿みたい、僕────力なく笑い声をあげたミカイルは、そう小さく呟き、額に手を当て下を向く。
「ミ、ミカイル……?」
「そういうわけで、天使クンもいい加減ユハ離れしろよ。いつまでも一緒にいられるなんて、そんなのありえねえんだからさあ」
「…………ユハ。もう行こう」
「えっ、あ……ああ」
ミカイルに手を引かれ、その場を後にする。
いつもと違い、振りほどけそうな程、彼に握られた力弱い手。が、僕はあえてそのままにした。
後ろからは「いつものとこで待ってるからなー!」というアルト先輩の大きな声が廊下を響き渡っていた。
***
「ミカイル君……! 待ってたよ!!」
パーティー会場のあるホールへそのまま向かった僕達は、入り口に立つハインツによって出迎えられた。彼は僕の姿など視界にも入っていないようで、ただひたすらミカイルに話しかけている。
ちなみに、これが最近の日常だ。僕はあの日から、まともにハインツと話せていない。理由を聞いても何も答えてくれないのだ。
だから僕にはもう、どうすることもできなくて、そのことに未だ痛む胸はあるものの、道中一言も喋らなかったミカイルの方が今は心配だった。
「魔法薬はちゃんともらえたか?」
僕達が来たことに気づいたのだろう。中から出てきたジークに問いかけられる。
「ああ……ここに」
箱を持ち上げてジークに見せた。彼は鼻で笑うと目を細めて僕に言う。
「上出来だ。さっさと準備するぞ」
「……もっと素直に褒めることはできないのか?」
「うるせえ。時間ねえんだよ。つべこべ言わず早くしろ」
そう言って、ジークはすたすたと会場の中へ戻っていった。
ハインツとは反対に、ここ数週間でジークは明らかに態度を軟化させていた。まだまだ悪態ばかりではあるが、こういう些細な進歩が嬉しい。
「ミカイル、大丈夫か? そろそろ僕達も準備しないと」
ハインツに話しかけられてもなお、黙っているミカイルに僕は喋りかけた。
「あ……もう着いてたんだ」
「えっ? 嘘だろ……!? ミカイルがここまで連れてきてくれたのに……!?」
「……ごめん。考え事してて、はっきり覚えてない」
「……さっきのこと、そんなに気にしてるのか……?」
おずおずとミカイルに尋ねれば、彼は薄く微笑んだ。僕を見ているはずなのに、何故か合わない視線が少し怖い。
「もうだいじょうぶ。もういいんだ。ぜんぶ、ぜんぶね……」
ミカイルはうわ言のようにそれだけを呟き、また僕の手を弱い力で引っ張った。
冷たい彼の手に、少しだけ身震いする。
「────」
その時、僕は異様に強い視線を感じた。バッと、そちらを振り向く。
そこにいたのは、憎々しげに顔を歪め、僕を睨み付けているハインツ。そして、以前からの彼からは想像もできない、悪意のこもった眼差し。
「っ! ハ、ハインツ……?」
思わず僕は呼び掛けた。
けれどもハインツがそれに答えることはなかった。無言のまま、先にホールの中へと入っていってしまう。
他のものとは比べ物にならない。強い、強い憎悪だった。
思い出すだけでも恐怖で体が打ち震える。
何が彼をそこまで至らせてしまったのだろう。僕は知らず知らずの内に、何か仕出かしてしまったのか?
────疑問は尽きない。が、確実に言えるのはハインツに僕は嫌われてしまったということだ。悲しすぎて、涙も自然と滲み出てくる。
しかし、こんなところで泣くわけにもいかなかった。僕はミカイルに握られていない方の手でぐいっと目元を擦ると、引っ張られるがまま、会場の中へ歩みを進めた。




