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邂逅

 それは、移動教室のため東館へ向かう道すがらの出来事だった。

 いつも通りミカイルと歩いていれば、渡り廊下に差し掛かった辺りで、前方に見慣れない人だかりがあるのを見つける。こちらに背を向けたその集団は、どうやら誰かを中心に人が群がっているらしい。肝心のその誰かは、周りの生徒よりも頭一つ抜き出てはいるものの、制服の上から着ているパーカーのフードをすっぽりと被っているせいで、顔も何も分からない。

 しかし、何を思ったか、その人物は突然後ろをくるりと振り返ると、思い切り僕と視線がかち合ってしまった。


「あっ! ユハだ!」

「……えっ……あ、アルト先輩!?」


 想定外の人物に目を丸くする。

 フードで彼のトレードマークである黒髪がすっぽりと隠れてしまっているが、遠くからでも分かる。

 タルテ先生の部屋以外で先輩と会うのはこれが初めてで、にわかには信じがたかったが、あのキラキラと宝石のような赤い瞳を持つ美貌は紛れもなくアルト先輩だった。

 彼は周りの生徒達に「ジャマだからどいて」と一言告げると、ニコニコと笑いながら、僕の方へ駆け足気味で寄ってくる。


「なーんかビビっときて振り返ったらユハだった! こんなとこで何してんだ?」

「僕はこれから東館で授業があるので、それに向かう途中なんです。先輩こそ、ここで何されて……ってうわっ!」


 先輩と話していたのに突然、ぐいっと肩を掴まれ、体の向きを変えさせられる。

 目の前に立ちはだかったのは、恐ろしいほどに怒気を纏ったミカイル。彼の目は信じられないものを見るかのように大きく見開かれており、その身を震わせていた。


「どういうこと。何でユハンがこいつと知り合いなの。僕、何も聞いてないんだけど」

「あ……」


 しまった。完全にやらかした。アルト先輩と出会えた喜びで、隣にいるミカイルのことをすっかり忘れてしまっていた。

 ひやりと汗が背中を伝う。耳元で警鐘が鳴り響いていた。

 僕は何も言葉にすることができず、思わずすがるようにアルト先輩を見やれば、先輩もまたやらかしたと言わんばかりの表情で、頬を掻き、口元をひきつらせていた。


「ねえユハ。そっち見るなよ、早く僕の質問に答えて」

「…………えっと、」

「あ~、まあまあ落ち着けって、天使クン。つか、オレたち久しぶりじゃん。元気してた?」


 アルト先輩が庇うように、僕とミカイルの間に入った。


「……………は? 今貴方になんて話しかけてませんが」

「うわ、冷てえなぁ。そんなに睨まなくてもよくね? 別にお前がキグしてるようなことは何も言ってねえのにさぁ」

「────危惧?」

「っ! ちょっと……!」


 危惧とは一体何だろう? ミカイルが、やけに焦っている。

 それに、この二人は会ったことがあるのか?

 僕がいなかった一年間、彼等に面識があってもおかしくはないのだが、それにしては何か含みがあるような言い方なのが気になった。


「変なことを言うのはやめてください!……ユハも、この人の言うことには耳を傾けなくていいから」


 じっとりと先輩を睨み付けながら、ミカイルが言う。彼にしては随分な態度だ。

 僕とアルト先輩が自分の知らない間に仲良くなっていたというのが心底気に入らないのだろうが、それにしてもミカイルがこれほどまで他の人に声を荒げているのは珍しかった。


「……そんなことより、早く教えてください。この際どっちでもいい。どうして二人が知り合いなんですか」


 僕から返事を得られないと踏んだのか、先輩に向かってミカイルが問いかけた。


「え~、オレとユハの馴れ初め聞いちゃう?」

「は?」

「ちょ、ちょっと先輩……!」


 ニヤニヤと面白そうに笑ったアルト先輩は、ミカイルをからかう方向に舵を切ったようだ。

 凍りつかせてしまいそうな程冷たい瞳を向けたミカイルを見て、慌てて僕は先輩を止めようと声を上げた。が、先輩は全く気にしない様子で言葉を続けた。


「アハハ! 話には聞いてたケド、そんなにユハが大事なんだ。────実はユハにはさぁ、オレの研究の手伝いをしてもらってんだよね。まあ手伝いっつっても雑務がほとんどなんだけど」

「手伝い……? どうしてユハがそんなこと、」

「ちょうど良いヤツいねぇかなあ~ってその辺フラフラしてたら、たまたま暇そうに歩いてたのがユハだった。それだけだ。手伝いは誰でも良かったから、そのまま声かけたんだけど、まさかお前の友達だったとはなあ」

「……ユハが一人で? それはおかしい。側には必ず僕がいたはずだ」

「あ、その日はミカに用事があって一緒に帰れなかった時のことだ。帰り道で急に話しかけられて、少しだけ───そう、少しだけ書類の整理を手伝ったんだ。言い訳に聞こえるかもしれないけど、ミカには真っ直ぐ帰るって約束をしたから、その後正直に話せなかった。黙ってて悪かったよ」


 アルト先輩に合わせて、少しだけ嘘を折り込んで話をした。表情がちゃんと取り繕えているかは分からない。握りしめた拳の中は汗でじっとりと湿っている。

 とにもかくにも、本当のことを知られるわけにはいかず、ただじっとその場を耐えることしかできなかった。


 胡乱げな目で僕らを見ていたミカイルは、落ち着かせるように深くため息をつくと、アルト先輩へ再び視線を投げる。


「……もういいです。これが本当のことかどうかも分からないですし、これ以上は聞きません。ただし───」


 そこで一度区切ると、ミカイルは僕の腕を強く引っ張り、先輩から隠すように自分の後ろへ置いた。


「これ以上ユハンには関わらないでください。人手が必要なら他にも貴方を手伝いたいという人間はたくさんいるでしょうから」


 そう言うと、ミカイルは先輩の返事も聞かず、さっさとこの場から立ち去りたいと言わんばかりの勢いで歩き始める。背後からは先輩の呆れたような声が聞こえていた。

 しかし、ミカイルに腕を掴まれたままの僕は、彼の力強い手から逃げることもできず、そのまま一緒に引きずられるしかなかった。 


 

 渡り廊下には、僕達の騒ぎを聞きつけたのか、遠巻きにこちらを伺う生徒達で溢れかえっていた。最初はアルト先輩の周りにいた生徒だけだったはずなのに、今やその数は倍にまで増えている。

 だがしかし、そうなるのも無理はない。

 何故なら、ここにいたのは高貴な身であり、見目麗しい二人の美男子────アルト・ランヴォルグとミカイル・アイフォスターなのだ。

 先輩は普段、学園に通っている間は特に姿を変えるといったことはしないと言っていた。だからこそ、目立つ黒髪を隠すためにフードを被っていたのだろうが、人目を引くミカイルの側にいたのでは、それももはや意味をなしてはいなかった。

 ちなみにそんな二人の間に挟まれた僕にも、当然いろいろな視線が向けられている。それは、興味、敵意、羨望といったもの。かろうじて、クラスにいる時のような強烈な悪意を感じられなかったのがまだ救いだが、それでも僕の顔を上げられなくさせるには十分だった。


 なるべく気配を押し殺して、ミカイルに連れられるがまま、足を動かす。

 幸いにも、彼の歩く先をみな自然と開けてくれるおかげで、人混みの中を無理やり掻き分けていくような馬鹿な真似をすることはなかった。だからなんとか無事、その場を離れることができたのだが、僕にはまだ重要なミッションが残っている。

 それはこの目の前を歩く、怒り心頭なミカイルをどう静めるか、だ。

 後に訪れる彼に詰められる様子を想像して、既にもう僕の気分は重たかった。

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