ミカイルのために ※ジーク視点
俺は、この国の四大公爵家の内の一つ、東の領地を治めているザイフリート家の次男だ。
そして、そんな由緒ある名門公爵家の一員として、俺はそれなりに高い誇りを持っており、友人となる人間も俺が認めた同等の奴だけで十分だった。
母さんにはよく、色んな人達と交流をしなさいだとか言われていたが、格下の言葉など、この俺には取るに足らないものに過ぎなかった。
だから、ヴェラリール学園に入ってまず一番に声をかけたのは、俺と同じ公爵家の、ミカイル・アイフォスターという男だった。
初めて見たときは、あまりにも美しすぎるその姿に、まるで心がごっそり持っていかれたかのような、そんな感覚があって暫くその場から動けなかったことを覚えている。俺もそれなりに自分の容姿には自信を持っていたが、正直全く比べ物にならない。
もう一人、ロースリーン家の公爵令嬢であるリリアーナにも会ったが、彼女でさえもミカイルの美しさに敵うことはなかった。
ミカイルは、根本的に俺とは違う、神に選ばれた特別な人間なのだと思わざるを得なかった。
普段、他人のために手を貸すことなど絶対にしないこの俺が、あいつのためなら何だってしてやりてえと思う。それくらい、ミカイルは魅力的で、他の人間とは一線を画していたんだ────
幼なじみの話を聞いたのは、入学して数ヶ月が経った頃。
ミカイルは、誰にでも優しい。それは、格下の人間にも手を差し伸べるほどで、俺も何度、あいつの優しさを得ようとする奴らから牽制したか分からねえ。
そんなミカイルが、いつもの微笑みを強ばらせて話をしたのが、その幼なじみのことだった。
***
放課後、まだ教室のざわめきが残る中。
俺はいつも通りミカイルと帰ろうとあいつの席に行く。
「帰ろうぜ、ミカイル」
「あ、うん。ちょっと待ってね、すぐ準備するから」
そう言うと、ミカイルは慌てて教科書を鞄に詰め込み出した。
そんなに急がなくてもいい────そう、俺が声をかけようとしたところで、教科書の間から何かが落ちるのが見えた。ミカイルは気づいていないようで、俺は代わりに足元に落ちたそれを拾う。
それは、よく見ると手紙だった。宛先はミカイルで、差出人は見たことのねえ名前だ。てっきり遠くに住む家族からの便りかと思ったが、書かれてある姓は違う。
思わずそのままじろじろと見ていると、ミカイルが声を上げて、俺の手の中にあるそれを奪った。
「ああ、ごめんね、急に取っちゃって……」
「いや、俺もすぐ返さなくて悪かったな。……あ~、それ、言いたくなかったら言わなくてもいいけどよ、一体誰からの手紙なんだ?」
どうしても気になって、つい口から出てしまった。
ミカイルは初め、俺の言葉に少し驚いていたようだが、その後顔を反らすとどこか疲れたように、表情を暗くして言った。
「…………幼なじみからだよ。彼も一緒にこの学園に来る予定だったんだけど、家の都合で来れなくなってしまって……。だから、こうして学園のことを教えてほしいっていう手紙が僕のところへくるんだ。今日も空いた時間に返信を書こうと思って持ってきてたんだけど、思ったより進まなかったな」
「わざわざ学園にまで持ってくるってことは、それ、よく来るのか?」
「うん、そうだね……、週に一回は届くかな」
「もしかして、全部に返してる訳じゃねえだろうな」
「もちろん、全部に返信してるよ。そうしないと、彼が怒ってさらに手紙を送ってくるから……」
腸が煮えくり返りそうとは、こういうことを言うのか。爪が食い込みそうな程手を強く握ると、頭に血がのぼっていく感覚がする。
まさか、ミカイルの優しさにつけこんでこんな我が儘を言ってる奴がいるとは思わなかった。今すぐにでもその手紙を破り捨てて、二度とこんな真似はさせないようそいつに言い聞かせたいくらいだった。
ミカイルはそんな俺の様子に気がついて、焦ったように顔を横に振る。
「あ、でも、彼は僕にとって大切な友達なんだ。だからこれくらい、なんともないんだよ。つい愚痴みたいになってしまったけど、ジークがそんな顔をする必要はないから……」
「おい、そいつは今どこに住んでるんだ?俺が直接言い聞かせてやる。お前にそんな真似をする奴なんて……」
「それはやめて。本当になんでもないから。彼に何かしようとするのは、僕も嫌だ」
ミカイルの澄んだ琥珀色の瞳にじっと見つめられ、俺の怒りはまるで最初からなかったかのように消え失せる。
────この時、自分の急激な感情の変化に、多少の違和感があった。こんなに急に怒りが消えるのは今まで一度もなかったんだ。
しかし、ここまで口調を強くするミカイルは初めてだったから、俺がそこまで気にすることでもなかったのかもしれないと思い直す。
「お前が気にしてねえならいいけどよ……。もしなんかあったら、俺がどうにかしてやるからな」
「うん、ありがとう。とりあえず今日はもう帰ろうか」
いつも通り、穏やかな笑顔に戻ってミカイルが歩き出す。
先程まで喧騒があった室内は、心なしか静けさを増していた。恐らく、周囲の奴らもこの話に耳を傾けていたんだろうが、盗み聞きをしている卑しい奴らに俺はまた怒りが再発しそうになった。
けど、ミカイルに気づかれないようそれを抑えると、俺も一緒に教室から出た。
ミカイルは気にしないでほしいとは言ったが、それ以来俺の心にはずっと、その幼馴染みに対しての悪感情が消えることはなかった。
それはクラスの奴らも同じだろう。
ミカイルが幼馴染みの話をする度に、周囲の空気はピりついたものに変わる。それはやがて噂話のように伝染し、俺達の中でそいつは共通の敵となった。
だから、ミカイルが幼馴染みを学園に推薦したいと言い出したとき、俺は全力で止めた方がいいと説得をした。その優しさを、そんな奴のために使うべきじゃねえと思ったんだ。
けれどもそんな俺の抵抗も空しく、結局それが覆ることはなかった。
***
毎朝迎えに行くミカイルの部屋は、長期休暇を明けるともぬけの殻になっていた。何が起きたんだと急いで学園に行っても、あいつはまだ来ていない。
そのまま焦燥感が止まらず扉をじっと見つめて待っていれば、見たことのねえ男とミカイルが一緒に入ってきた。
何か嫌な予感がして俺は二人から目を離せないでいると、ミカイルはその男を幼なじみだと紹介し出す。その後すぐにタルテが入ってきたが、俺は怒りで頭を支配されて先生の話など、全く耳には入ってこなかった。
ミカイルに聞いた通りそいつは気が強く強情で、この俺に対しても物怖じをしなかった。それに付け加え、自分のした行いに自覚がない糞野郎で、ミカイルを手元に置いておきてえのか休憩時間になる度にあいつを呼ぶ。
ただでさえ寮の部屋も一緒になったと聞いたのに、どこまでも傲慢なそいつに反吐が出そうなくらい、嫌悪感が止まらなかった。
俺が手を出しそうになった初日以降、傷つけたくないから近づかないでほしいとミカイルにはじっと見つめられて言われ、その後暫くは俺から近づく気は失せていた。
だが、時間が経てば経つほどそいつが憎いという気持ちは膨らむばかりで、ミカイルもきっと、うんざりしているに違いなかった。
だから俺は、ある一つの誓いを立てることにした。
それは、あの幼馴染みも含め、この学園からミカイルの邪魔をする全ての不純物を取り除くことだ。
あいつのためなら、俺は何だってしてやれる。それはもうずっと、入学した時から変わらねえ。
但しやるからには、優しいミカイルにはバレねえよう細心の注意を払うべきだ。幸いにも、ここには多くの味方がいる。そんなに時間がかかることでもねえだろう。
あの糞野郎がいつまで持つかは知らねえが、俺はただ、ミカイルが幸せに過ごせるその時を待ち望むだけだった。




