選択②
門番へミカイルと話がしたいと伝えれば、彼らは何を確認することもなく中へ入れてくれる。事前に約束をしていたわけでもないのに、こんなにもスムーズに入れるのは、やはりミカイルが予め手を回していたからなんだろう。
現に、僕が庭を見ながら石畳を歩いていると、彼はすぐ玄関を開けてこちらまでやってきていた。
「ユハ、いらっしゃい。……来てくれたんだね」
安心したようにミカイルが微笑む。
「……ああ。もしかして待ってたのか?」
「……うん、あはは……バレてた? ……僕が行っても良かったんだけど、やっぱりユハから会いに来てほしくてね」
「……分かってるとは思うけど、ミカに聞きたいことがあって今日は来たんだ」
「そうだよね。ここじゃ落ち着かないから、僕の部屋へ行こうか」
促されるまま、ミカイルについていく。彼は、つい先日別れた時のような様子のおかしいところもなく、極めて普段通りの姿を見せていた。
***
メイドが飲み物を用意して部屋を出ていく。
話を切り出す前に喉を潤そうとカップを持ち上げて飲めば、それは僕がいつも家で嗜んでいる一番好きなお茶だった。
「……これ、」
「ふふ、気づいた? ユハが好きだと思って用意したんだよ」
「そうなんだ……」
僕がミカイルの家へ来る保証もないのに、彼の思わぬ気遣いに胸が温かくなる。
カップを置いて一息つくと、知らず知らずの内に感じていた緊張もほどけて消えていった。
「……あのさ、父さんから聞いたんだ。僕が学園へ行けるように、ミカが僕を特待生へ推薦してくれるって」
「うん。それで、ユハはどうするか決めた?」
「……いいや、まだ決めてない」
首を横に振って答える。僕は静かに深呼吸をして、これまで考えてきたことを吐露した。
「僕は確かに学園へ行きたいと思っているけど、何もミカを利用してまで行きたいとは考えていないんだ。……ただ、父さんからはそうじゃないっていうのは聞いてる。僕の努力のおかげなんじゃないかって。もしもそれが本当なら、ミカの期待に応えたいし、僕だって一緒に行きたいよ。……でも、これは父さんから間接的に聞いた話だから、ミカの真意が僕には分からなかった。だから、今日は改めて聞かせてほしい。ミカはどうして、僕を推薦しようと思ってくれたんだ?」
じっと目の前のミカイルを見つめる。彼の、本当の気持ちを知りたかった。
「……そっか、ユハはそう思ったんだね」
ミカイルは一言そう言うと、酷く嬉しそうに唇を緩ませた。
「ユハは手紙でたくさん勉強を頑張ってるって書いてくれたでしょ。僕に置いていかれたくないからって。実はね、……それを見て、僕もこの一年間一緒に頑張りたいと思えたんだよ」
「……そうだったのか?」
「うん。僕は少しでもユハの力になれるのならそうしたかった。ユハを応援したかったんだ。……だからイーグラント卿には今回、この話をさせてもらった。ユハは決して僕を利用してるわけじゃないし、そんなに責任を感じる必要はないんだよ。それに、結局は僕が勝手に言い出したことだしね」
「…………」
「他に何か気になることはある? それならなんでも言って。全部正直に答えるから」
「じゃあ……、どうして僕にも話をしてくれなかったんだ? 父さんにだけ話して、僕に言わなかったのはなんでだよ」
「それは………」
「……? そんなに言いづらいことなのか?」
「……いや、少し恥ずかしい理由なんだけど……」
ミカイルは視線を逸らし、迷う素振りを見せていた。
しかし、一呼吸すると決心したように僕を見た。
「このことは絶対にユハの意思で決めてほしかったから。多分僕は、もし目の前でユハにこの話をして断られたら、無理矢理にでも頷いてくれるようにどんな手でも使うと思うんだ。でも、そんなことしたらユハは絶対に嫌がるでしょ? 嫌がるユハを、渋々受け入れさせて、一緒に学園へ行ってもうまくやっていけないのは目に見えてる。……だから僕の見てないところで、ユハには決めて欲しかった」
カップの縁をそっと撫でながら、ミカイルは目を伏せる。
かなり意外な理由ではあったが、確かにミカイルには多少強引なところがあるため、そう言われるとその有り様が簡単に想像できてしまった。もしもその状況が実際にあったなら、きっと僕はいつものように言いくるめられて、渋々頷いていたに違いない。
しかしミカイルは初め言い淀んでいたにも関わらず、ちゃんと本心を伝えてくれた。それは彼が本当に真剣に考えてくれているからだと思うし、結果的に誠実さもいっそう感じることができた。
「なるほどな……。でも最終的には結論を出さないでここに来た訳だけど、ミカにとっては想定外だったってことか」
「確かに驚きはしたけど、……それ以上にユハが、僕の気持ちを知りたいって思ってくれたことの方が嬉しかったよ」
「……そんなことが嬉しいのか?」
「うん……、僕にとっては特別なんだ」
「へえ……?────まあ、とりあえずお前の気持ちはよく分かったよ。その上で答えたいんだけど……、ちなみに、ここで僕が断ったらミカはどうするんだ?無理やり頷かせるのか?」
「えっ!? ……………こ、断るの?」
悲壮感を漂わせたミカイルが、小さな声でそう呟く。
僕はただ少しだけ意地悪をしてやろうと思っただけなのに、思いの外ダメージをくらっている様子がおかしくて、つい笑い声を上げてしまった。
「あはは! ごめんごめん、冗談だって……! 僕も一緒に行くことにする。というか、行かせてください、が正しいか……?」
「……~っ! ほ、ほんとに!? 嘘じゃないよね……!?」
「なんでここで嘘なんかつくんだよ。本当に本気だ」
「……っ良かったぁ……!」
ミカイルは瞳を輝かせ、満面の笑みを浮かべた。
よっぽど緊張していたのか、まるで大量の花が咲き誇ったかのような、そんな弾け飛ぶ笑顔だった。
本来は僕が喜ぶべきなのに、ミカイルの方がこんなに喜ぶなんて。お礼に何か僕にしてあげられることはないだろうか、ふとそんな考えが頭を過った。
「あのさ……ミカ。何か僕にしてほしいことはないか?」
「え…? 急にどうしたの?」
「学園に行けること、本当に感謝してるんだ。だから僕も、何かで返せたらと思ってさ」
「……そんなこと気にしなくてもいいのに。……でもそれって、僕の言うことを聞いてくれるってこと?」
「あっ、もちろん僕に出来る範囲のことだけだからな!」
慌てて言葉を付け足す。
ミカイルのことだから、また無理難題を押し付けられてもおかしくはない。いくらお礼がしたいからといって、それだけは絶対に避けねばならないことだった。
「じゃ、じゃあ……」
随分と長い間考えて、ミカイルが意を決したような面持ちで顔を上げる。
「────僕だけを、見て欲しい」
「……ん?」
突拍子もなさすぎる言葉に、首をかしげる。
ミカイルも、自分が言ったことに対して何故か驚いたように目を見開いていた。
「あっ、ち、ちがっ! いや、違うわけじゃないんだけど……! ……え、えっと…つまり、僕以外に友達は作らないでほしいし、仲良くもしてほしくないっていう意味で、変な意味はないから……!」
「ああ、なるほど……? そうすると、前にした約束とほとんど同じじゃないか? ほら、去年僕達が離ればなれになる時にミカが言ってたよな」
「うん、そうだね……」
以前と同じことを言っているはずなのに、何故かミカイルは恥ずかしそうに顔を赤くする。最初の突拍子もない言葉もそうだが、妙に挙動不審だ。
だがしかし、今の僕にはこの願いを叶えてあげられそうにないことの方が重要だった。
学園には、当たり前だがミカイル以外にも沢山の生徒がいる。もしそこへ通うことになったら、これまで身近な人としか関わってこなかった僕でも、いろんな人と接する良い機会になるだろうし、そうなれば当然、友達が欲しいと思っていた。
しかし、ミカイルは友達を作らないで欲しいと言う。残念ながら、それだけは簡単に頷ける話ではなかった。
「…………ユハ?」
「ああ、ごめん。その……、僕にとって、一番の友達はミカだ。それは…変わらないと思う。でも、それだけじゃ駄目なのか?」
「……それって、他の友達が欲しいってこと?」
「そういうことになる……。なあ、前はそんなに疑問に思わなかったけど、逆になんでミカはそんなに友達を作らせたくないんだよ。交流が広がるのは良いことだろ?」
「……………………」
その瞬間、ミカイルの顔が恐ろしいものを見るかのように強ばった。
僕は何かいけないことでも言ってしまっただろうか。まさかそんな顔をされるとは思わず、困惑が隠せない。
「………………こういうこと言うのは、変?」
「変、っていうか…僕には分からない考えだから、どうしてなんだろうと思って……」
「と、友達に、自分以外の仲の良い人ができるのは、嫌じゃない……?」
「ああ……、それならまあ、分かるかも……」
「っそうでしょ……? それと、同じだよ」
ずっと動揺したように言葉を詰まらせながらこちらを伺ってくるミカイルを見て、言われてみれば、彼のその気持ちも分かるような気がした。
もしミカイルに僕以上の友達が出来たとしたらどうだろう。それは絶対に寂しいと思う。
ただ、だからといって友達を作らないというのはやっぱり違うんじゃないか?
「なるほどな。ミカイルの気持ちは分かった。でも……さっきも言った通り、僕の一番の友達はミカだよ。だからそんなに不安になる必要はないと思う」
「…………じゃあ僕を……ユハの特別にしてよ」
緊張が伝わりそうなほどの眼差しが僕をさしていた。吐き出すように呟かれたその声に、ミカイルの本気が伝わる。
「特別?」
「な、なんでもいいから。ユハにとって、僕だけが当てはまるっていう何かが欲しい」
「うーん……それなら、親友は?」
「それは恋人よりも大切?」
「こ、恋人!? 急に何言い出すんだ!」
「いいから教えて」
気付けば先程までの動揺は消え失せ、はっきりと言葉を放つ、いつものミカイルがそこにいた。
「……恋人よりも大切かどうかなんて、実際に比べる人がいないから分からない」
「じゃあこれから先も作らないで。そうしたら、僕だけがユハの特別だよね?」
「……それはそう…だな?」
「うん。それを守ってくれるなら、百歩譲って友達を作ってもいいよ」
そう言って、ミカイルは満足したように笑う。
いまいち納得しきれない部分はあるものの、とりあえずミカイルは僕の親友、という位置付けであれば良いのだろうか。それなら至極簡単な話だ。
それとさりげなく恋人を作ることは禁止されたのだが、別に恋愛をしに学園へ行くわけでもない。だからこれもさしあたって問題にはならないだろう。
このくらいの約束でミカイルへのお礼になるのなら、安すぎるくらいのものであった。




