風変わりなセット
深夜三時を少し回った頃だろうか。インターネット配信番組「真夏の恐怖パーティー」は深夜には珍しい程大盛況だった。日本国内に住む人間の殆どが寝ている時間帯であるにも関わらず、パソコン画面越しに大勢の視聴者が息を呑む。
著名な怪談師やトークに長けた芸人たちが、オカルト好きの視聴者たちを震え上がらせ楽しませる珠玉の怪談を披露していく。語り手たちの椅子には、肘掛けに燭台と蝋燭が取り付けられていた。自分の番が回ってくると蝋燭に火を灯し、語り終わると吹き消す。証明を落とし薄暗くしたスタジオの中で、その頼りない灯火のみが語り手の顔を照らす。
「その男は今もまだ彼女の部屋の隅にいて、夜な夜な語りかけてくるそうです……」
ちょうど語り終えた語り手の男性が僅かな余韻を残し、ふっ、と火を吹き消した。
出演者たちの拍手が起こる。
この椅子に蝋燭という、一見変わったセットには意味があるという。変わっているのは蝋燭だけではない。語り手たちの前には二脚の椅子が向かい合わせに置かれていた。椅子の上にはそれぞれ鏡があり、向かい合わせになるよう立て掛けられている。椅子の近くには不自然にバケツが置かれていた。さらに語り手たちは、怪談に似つかわしくない、子どもが遊ぶようなおもちゃを抱えている。
――スリーキングス。降霊術の一種である。このスタジオの妙なセットは、スリーキングスという降霊術をモチーフに作られていた。
日本で有名な降霊術といえば「こっくりさん」や「ひとりかくれんぼ」が挙げられる。スリーキングスという降霊術では、椅子を計三脚置ける広くて窓のない部屋を用意する必要がある。日本家屋で実現するのは難しく広く知られなかったのだろう。こういったものには正しい手順があり、それに付随するルールは何が何でも守らなければならない。
スリーキングスの場合はこうだ。まずは儀式の前に準備が必要である。窓のない部屋に自分が座る椅子を北向きに置く。その椅子が中心となるよう残りの椅子に鏡を置き、二脚の椅子を向かい合わせにする。椅子から離れた場所に水を入れたバケツを置き、ドアを開けたまま寝室に戻る。
寝室ではアラームを午前三時三十分に設定し、自分が子どもの頃に使ってた物を握って眠りにつく。
アラームにより時間通りに目を覚ましたら、用意しておいた蝋燭に火をつける。火が消えないよう注意しながら、午前三時三十三分までに椅子を置いた部屋に到着しなければならない。
そこで蝋燭や鏡を見ずに質問をしてみる。――返事が返ってきたなら、そこには自分以外の何者かが降りてきているのだ。
そして司会者の男はオカルト好きな視聴者たちに釘を刺した。 「何があっても責任は取れない、絶対に一人で行わないように」と。
さて、この降霊術には注意点がある。
まず質問を終えても自由に中断は出来ず、午前四時三十四分まではそのまま座っておかなければならない。
そして以下のいずれかに該当した場合、速やかに中断し、朝の六時を超えるまでは戻ってきてはいけない。
一つ目に、開けたままにしておいた儀式に使う部屋のドアが閉まっていた場合。そして二つ目にろうそくの火が消えてしまった場合。さらに三つ目に、名前を呼んでも反応がない場合である。
この三つ目についてだが、儀式中は親しい人間をドアの外に待機させておかなければならず、時間になったらドアの外で待っていた人は部屋に入る。この時相手に触れてはならない。座っている人の名前を呼び反応がない場合には、椅子の近くに置いたバケツの水をかけ気付かせること。強制的に覚醒させたあとはその場を離れ時間になるまで家には戻らない。
番組の冒頭で司会者の男がこれを説明すると、番組を盛り上げるためかブーイングも上がったが、「きちんと手順を踏まなければ成功しない」とスタジオをなだめる。つまり今回は雰囲気を出すため儀式に使う道具を置いただけであり、実際に降霊術を行うわけではないということだ。彼の言うとおり特に何が起こるでもなく番組は進行していた。
「怖かったですねえ」「まだ何か伝えたいというか、」「未練がね、あるんですかねえ」
一人語り終えると、出演者たちが感想や考察を交わす。それがまた視聴者層に人気で、コメント欄が賑わう。視聴者たちも思い思いに意見を述べた。
「お次は山田 エヴァ 万桜さん、お願いします」
出演者たちの声が落ち着いた頃、司会者はとある女優に話を振る。怪談師や芸人が多くを占める中、女優が混ざり視聴者の目にも珍しく映ったようだった。カメラが彼女を抜くと賛否のコメントが寄せられる。
多くは応援する声、残りは「女優さんが私達ホラー玄人を怖がらせることが出来るんですか?」という類の嘲笑を含んでいた。
次の更新予定時刻は2024.12.01.00:30頃を目標としています