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第7話

 フードを目深に被ってリチャードと村に行くと、行きつけの雑貨店のおかみさんが声をかけてきた。


「コニー、あんたのお師匠のことを嗅ぎ回ってる連中がいるんだよ」


「知ってる。うちにも来たよ。留守だったから追い返したけど」


 コニーは必要なものを手早く告げながら、そう答えた。


「あの人は?」


「ああ、あの人は僕の父」


 コニーがそう言うとリチャードは照れたように顔を緩めて一礼した。父と紹介されたのがそんなに嬉しかったんだろうか。


「へえ。確かに似てるねえ。良かったよ。あんたがもし一人で留守番とかしてたら心配だからねえ」


「心配してくれてありがとう。……その人たち、何を聞いていたか知ってる?」


「お師匠のところに若い女が出入りしていないかって。けど、村の娘たち以外には見たこともないし。何だか偉そうだし、言葉に癖があるから外国からきたんじゃないのかねえ」


「そうかもしれないね。おかみさんも気をつけてね」


 購入した品を袋につめて店を出たところで、大柄な男たちの集団がこちらに向かってきているのが見えた。


「おやおや。無粋な連中が来たな」


 どうやらリチャードを見て何か騒いでいる金髪の男がモーリスだろう。リチャードが伯爵令嬢を脱獄させたときに居合わせたらしいから、顔を覚えていたのか。


 そうか、彼らにとっての魔法使いフィリップは、リチャードの方なのか。


「貴様。ついに見つけたぞ。アンブローシアをどこに隠した」


 リチャードはにやりと人の悪い笑みを浮かべる。


「どこにも隠してないぞ。それにしてもあの時腰を抜かして震えていた坊ちゃんが立派になったな」


「黙れ。さっさとアンブローシアを返せ」


「死人を返せというのはおかしな話だな。アンブローシアは死んだ。すでに処刑は終わっている。彼女の遺産もとっくに親族に分配されているんだ。今さら何がしたい?」


 魔法のないローレンシアならばそれで通ったのだ。彼の不幸は魔法が盛んなこの国の王族と結婚しなくてはならなくなったことだ。


 鑑定魔法があるかぎり、こちらがその結婚を認めることはない。婚約が解消されていない上に、その婚約者をどう扱ったかも鑑定でバレている可能性もある。


 どのみち破談じゃないか、とコニーはうっすら思っていた。


「……それとも、もう一度婚約者を殺すつもりか?」


 不意にリチャードの声が低くなった。


「仕方ないではないか。アンブローシアが生きている限り王命を果たすことができないのだ。我が国のためなのだ。居場所を吐かぬならその子供もろともローレンシアに連行する」


 モーリスが背後に連れていた男たちに合図すると全員が剣を抜き放つ。


「ほう。いつからローレンシアは他国で人さらいができるようになったんだ?」


 リチャードが肩に担いでいた箱を地面に置いて一歩踏み出す。


「坊主、おまえがやるか?」


 こちらに背中を向けたまま小声で問いかけてきた。問いではなく、すでにコニーの答えを知っていたような口調。


 捕らえられた婚約者を助けなかっただけじゃなく、自分の都合で殺そうとするなんて。こんな胸くそ悪い話はない。


 コニーはポケットに無造作に入れていた紙切れを取り出す。


 騒ぎに町の人たちが遠巻きにこちらを見ている。


「……真実の名の下に土より出でよ」


 同時に地面が発光し、人の背丈の倍はありそうな土の巨人が現れる。しかも四体。


 ……あれ? フィリップは一体だけ呼び出せるって言ってたような気もするけど、まあいいか。


 コニーはこちらに向かってくる男たちを見て命令した。


「我が敵に鉄槌を」


 土人形たちが拳をふりおろして男たちを吹き飛ばした。


「何をやっている、これはまやかしだ。さっさとやっつけろ」


 モーリスが叫びながらも自分はじりじり後ずさりしている。


 彼の部下は次々に倒されているが、土人形たちの攻撃は死なない程度にしているので命に別状はないだろう。ただ、剣は取り上げるようには設定してある。


 混乱状態に陥った部下の一人が闇雲に矢を打ち始めた。そのうちの一本がコニーの方向に飛んできた。結界を張ろうとした瞬間、矢が炎に包まれて消えた。


「上出来だ。チビすけ」


 上空から声が聞こえてきた。


 強烈な風と同時に二匹のドラゴンが現れた。一頭はフィリップの使い竜エグバート。もう一頭は白銀の身体を持つ……。


「オーガスト?」


 そしてエグバートの背中に乗った深くフードを被った人物が厳かに命じた。


「全員捕らえろ」


 白い指がモーリスに向けられた。それと同時に二体のドラゴンの翼から起きた風で竜巻が起きる。




「いやー。買い物の荷物が多かったから助かったぜ」


 リチャードはそう言って買ってきたものを家の中に運び込む。コニーも酒瓶が割れていないか点検しながら頷いた。あの後フィリップが連れてきたエグバートに乗せてもらって家まで戻ってきたのだ。


「でも、フィリップはどうしてこんなに早く帰ってきたの? 王宮に行くんじゃなかったの?」


 フィリップはすぐに転移魔法で戻ってきたらしい。コニーたちが留守だと気づいた直後、自分の作った魔法陣を使った気配がしたから助けに来てくれた。


「意外とあっさり終わったんだ。ローレンシアとの同盟について先行きを見て欲しいという依頼だったんだが、国王はローレンシアには金鉱脈に興味があるだけらしい。その金鉱脈はもうじき尽きると言ったらあっさり興味を失ったそうだ。政略結婚も完全に破談だな」


「金鉱脈、掘り尽くしちゃったの?」


「というより、今はほとんど採掘できていない状況らしい。元々が閉鎖的で他国との交易も進んでいない。さらに他の特産品があるわけではないから、今のローレンシア国王は国を変えようとしているんだ。だが、下にいる奴らがああいう態度では他国と同盟は難しいだろうな」


 捕らえられたモーリス一行は現在エグバートの住まいに押し込めている。二頭の竜に睨まれていたらさぞ肝を冷やしていることだろう。


 現在飲んだくれオヤジこと王弟アシュリー卿が彼らを引き取るべく軍を率いてこちらに向かっているらしい。


 ほんの少しフィリップの表情が優れないような気がして、コニーは問いかけた。


「祖国が危機だったら、やっぱり嫌? 僕にはよくわからないけど」


「……今のローレンシア王は子供の頃交流があったんだ。できれば同盟が成立すればいいとは思っていたんだが」


「その人はフィリップが魔女裁判にかけられるとき、助けてくれなかったの?」


「頑張ってはくれたみたいだがな。神殿の決定は王にも覆せないんだ。だから今の王は即位後神殿の権力を制限し始めている。魔女裁判も禁止された」


 つまり、その時友人を助けられなかったから、神殿を弱体化させようとしているということだろうか。


「……けど、王命でモーリスに政略結婚させるつもりって変じゃない? 王がフィリップと友達だったのなら……いや、変じゃないんだ」


 コニーは顔を上げてリチャードとフィリップの顔を見上げた。


「もしかして、モーリスは最初から利用されてたんじゃない?」


 かつてリヴィングストン伯爵令嬢の婚約者だったモーリスは、彼女が魔女裁判にかけられる時に庇うどころか見捨てようとした。身の潔白を証明しようと神殿にすり寄った可能性もある。彼は金鉱脈を持つアリンガム公爵家の人間だから、神殿としても寄付金とか増えて喜ばしい関係だったのではないだろうか。


 そして今回隣国との政略結婚に彼が選ばれた。今の国王と神殿の仲はあまり良くないからこそ、王に恩を売れると思ったのではないだろうか。


 ところがローレンシア以外の国は王侯貴族の結婚の時は鑑定魔法で相手を調査する習慣がある。モーリスの婚約者は生きていることがわかって、縁談が断られた。


 けれど、リヴィングストン伯爵令嬢が生きていると困るのは神殿の方だ。牢を破られ囚人を奪い去られたなどあってはならないことだ。だからもみ消さなくてはならない。


 それでモーリスは彼女を攫った魔法使いの家を探し当てた。


 ……秘密理に彼女を殺して再鑑定してもらえば、縁談が進められると思ったのかも。そういうときに動かせる兵力となると。


 リチャードがにやりとした。


「気がついたか。あいつが連れていた兵士はおそらく神殿兵だ。そうなると神殿が同盟の妨害のために動いていた、と罪に問われる。そして、十三年前の神殿の失態も明らかにできる。得をするのは?」


「……ローレンシア王?」


「そういうこと。なかなか強かでいい国王じゃないか。だったら大丈夫じゃないか? 時間をかければいずれ周辺国との同盟を取り付けられるだろう」


 リチャードの言葉にフィリップが驚いたように目を瞠る。


「師匠がそんな真面目なことをおっしゃるなんて」


「息子の前でいいとこ見せたいじゃないか」


 そう言うと、リチャードはコニーの頭を撫でる。


「……坊主、この弟子をもうしばらく頼めるか」


「え?」


「ちょっと神殿ぶっ壊してくるから。なあに、魔法は使わない」


 まるでお遣いにでも行ってくるような軽い口調でそう言って、そのまま裏口から出ていった。


 フィリップが頭を押さえてしゃがみ込んだ。


「ヤバい。師匠がやるっていったら必ずやる。やつらがおまえに矢を向けたの根に持ってたんだ」


「え? けど、魔法使わないんだったらそんなに大事には……」


「おまえな。師匠は従魔術師としても超一流なんだよ。ドラゴンや大型魔獣をけしかけるのなど朝飯前だぞ。エグバートも元はあの人の使い竜だが、他にも使役できるドラゴンがいるらしい。だから言っただろう、国一つでも滅ぼすって」


「うわー……」


 終わったなー、ローレンシア神殿。


 ドラゴンはよく討伐対象にされるけど、実際に討伐された例はほとんどない。


 ……追い払ったというか、ウザいから向こうが面倒になって移動したのを、討伐したと言い張っていることが多い。実際どのくらいの数が居るのかもわかっていない。


 魔法使いの中で竜を使うのはごくわずか。竜を持つ魔法使いは一個師団に当たるとさえ言われる。それが複数。


 ……あまり考えたくない。考えないようにしよう。


「……とりあえず、ご飯にしようか。エグバートたちもお腹空いてると思うし」


 コニーは現実から目をそらせようと買って来た食材の箱に意識を向けた。




 あり合わせの食材でパンケーキとサラダを作って差し出すと、フィリップは黙ってそれを口に運んでいた。


「……フィリップ。僕考えたんだけど、王都の魔法学校に入れるかな」


「やめとけ。あそこはお手々繋いで仲良く魔法を学ぶところだ」


 王都にある王立魔法学校は王宮魔法使いを育てる機関だ。ただ、フィリップのような規格外な魔法使いはその学校には関わっていない。あくまで平均的な魔法の知識を教えているらしい。


 確かにコニーはここに居る間に魔法を覚えてしまっている。フィリップが作為的に試すように魔法陣に触れさせたからだ。だから、コニーに足りないのは魔法の知識だけかもしれない。


「それに、あそこに入学したら確実にこの国に縛られることになる。それは師匠も望まないだろう」


「それじゃ仕方ないからフィリップの弟子にしてもらおうかな」


 コニーはそう言ってフィリップの表情を窺った。フィリップは不機嫌そうに顔を顰めた。


「……おまえな。最初からそう言えよ。けど、師匠の方でなくていいのか?」


「だって、あの人放浪の旅してるじゃない? 僕がいなかったら誰がフィリップのご飯作るのさ? 一人にしたらダメダメなのわかってるし。それに結婚する気ないんでしょ? だったらしょうがないから弟子が面倒見てあげないと」


 本当は女性だと言われても今の姿では全く想像つかないけれど、普段の姿が偽りならば家庭を持って落ち着くというつもりはなさそうに見える。


 それなら弟子になってこのだらしない師匠を一生面倒見てあげてもいいんじゃないか。


「……おまえは気づいているんだろう? 両親の仲を引き裂いた原因が俺だって。俺を拾ってかくまったから師匠はおまえの母親と連絡を絶ったんだ。俺がいなかったら今頃……」


 フィリップはコニーにまっすぐに目を向けて、それから言葉を選ぶように少し間をおいた。


「……あの師匠にどういう育て方されるか考えると……もっと気の毒かもしれないという気がしてきた」


「うん。それはそうかも。だから、フィリップは気にしなくていいよ。父親がいなくても立派に育ったからね」


 両親のことも、どうすれば幸せだったかなんてわからない。けれど、コニーが自信を持って言えるのはこの目の前の生活能力皆無の魔法使いが一番心配だということだけだ。


「……勝手にしろ」


 そう言いながらフィリップは口元に少しだけ笑みを浮かべた。


 ローレンシア神殿は魔法使いは社会の病葉だと説いた。周りに影響を与える悪いものは排除しなくてはならないと。


 ……でも、その病葉は黄金でできたそれはそれは美しいものだったのに。


 フィリップの本当の姿は金色の髪と金色の瞳。そして魔法の才能を持ち、その力は多くの人を救ったかもしれない。金鉱脈を失いつつあるローレンシアには必要な才だったかもしれない。


 いつかフィリップが元の姿で自由に暮らせるようになればいい。そうすればローレンシアの人たちも自分が排除したものの大きさを惜しむだろう。


 その時までに、少しは生活態度を何とかしておくべきかな。


 コニーはそう思いながら食後の紅茶を淹れるために立ちあがった。




 後日ローレンシア国内のあらゆる神殿施設が竜に破壊される事件が起きた。それと同時に神殿所属の兵士が国境を越えて他国の魔法使いに危害を与えたことが告発された。


 魔法使いを重用している周辺国からの非難を浴びて神殿は権力を削られ、衰退した。


 そののちローレンシア王国は外交交渉により周辺の国々との友好条約を結ぶことになった。




 国境の村外れに大魔法使いフィリップが住んでいた。


 いつしかその傍らには一人の弟子が付き従うようになった。大魔法使いの偉大なる弟子は多くの竜を従え、師匠に仇なす者を追い払ったという。



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