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第4話

……魔法を使うものは社会の病葉である。放置すれば病が広がり大樹を枯らす。我らは神の御名において、直ちにこの魔女を焼き清めなくてはならない。




「なー頼むよ。コニー、おまえのとこのお師匠さんにうちの商売になりそうな新製品開発してもらえねーかな」


 コニーがいつものように村に買い物に出かけると、鍛冶屋の息子がからんできた。


「僕には師匠はいないんだけど? それと、魔法は万能ってわけじゃないし、フィリップは男には不親切だから無理じゃない? あと、頼る相手間違ってる」


 アレは僕のお師匠ではないし、まして、僕が頼んだところで勤勉になるような人ではない。


「えー? 大魔法使いフィリップなら何でもできるんじゃないの?」


 あまり世間には知られていないけれど、魔法というのはほとんど知識の集積とそれを扱う才能の組み合わせなのだという。魔力も必要だけど、知識がなければ何の役にも立たない。つまり、ほとんどは努力によって成り立つのだ。


 なんでもできる訳ではないし、術者の能力によってできることも違う。


 コニーが居候している家の家主、魔法使いフィリップは主に占いを得意とする魔法使いだ。時にはかなりなお偉いさんからもお仕事依頼が来るのだから腕はいいのだろう。


 ただ勤勉な性格ではないので、必要以上の仕事をしたがらない。だからきっと、新商品開発など引き受けたりはしない。


 そもそも、魔法で金儲けを狙おうなんて、甘くない?


 コニーはそう思いながらさっさと歩き出した。




 村はずれの一軒家は壊れたところを継ぎ接ぎしたような奇妙な造りになっている。吹けば飛びそうな雰囲気なのに何故か谷から吹き下ろされる強風にもびくともしない。


 ここに大魔法使いと名高いフィリップ・アスキスが住んでいる。


 何十年も前から人々の噂になっていたので、初めてここを訪ねた時コニーは結構歳の行った人物だろうと予想していた。ところが。


「お、帰ってきたのか。ちょうどよかった。茶を入れてくれ」


 珍しくフィリップが机に向かって何か書き物をしていた。長い赤い髪とすらりと縦に長い長身の持ち主だ。優男風の整った顔立ちをしている。今年二十六歳。


「何やってるの? フィリップがお仕事なんて、明日崖崩れでも起きるの?」


「起きねえよ。あの酔っ払い親父がまた面倒ごとを持ってきたんだよ」


「アシュリー卿?」


 この家では酔っ払い親父で通っているが、アシュリー卿はこの国の王弟殿下らしい。


 らしい、というのはその男は大概酔っ払っていて、何かしら壊して帰って行く印象しかないからだ。


 偉い人だと聞いてはいるけど、あんなに酔っ払っていて普段ちゃんと真面目に仕事しているんだろうか。


「最近来ないなと思ってたけど……」


「さっき使いを寄越してきたんだよ。全く王族なんてのはどこでもろくなやつがいないな」


「……フィリップはよその国の王族も会ったことあるの?」


 コニーがお湯を沸かしながら問いかけると、フィリップは眉を寄せて不機嫌そうな顔になった。


「……あるよ。これでも一応大魔法使いフィリップ様だからな」


 何だろう。なんか悪いこと言っただろうか。


 コニーは明らかに相手の機嫌が下降したのに気づいた。


 過去に嫌な思いをしたのかもしれない。隣国ローレンシアみたいに魔法使いや魔法を学ぶことを忌み嫌う国もある。そうでなくても魔法使いを利用しようとする人たちもいる。


 ……まあ、フィリップが何かやらかして相手を怒らせたって可能性はあるし。


 コニーはフィリップの過去についてはあまり知らない。


 魔法使いフィリップの称号は師匠であるリチャード・フィリップ・アスキスから譲り受けたものらしいこと。師匠の養子になるまえのことは聞いていない。


 村の人たちはこの家は昔からあったけれどいつから魔法使いが暮らしているのか誰も覚えていないという。


 知っているのはぐうたらで酒癖女癖が悪くて、口が悪くて偉そうで、そして、たまに優しいこともあるってくらい。


 まあいいか。あんまり好きじゃない王宮関係の仕事して、疲れてるんだろうし。


 コニーは機嫌を取るために紅茶に今朝作ったクッキーを添えてあげることにした。


「お、茶菓子付きとは気が利いてるじゃないか」


フィリップはクッキーを見て目を輝かせた。甘いものが好きなのだ。特にコニーが作った菓子はお気に入りだ。


「珍しく仕事してるからご褒美だよ」


 簡単に機嫌取れるところは楽でいいんだよな……。


 コニーはそう思いながら買ってきたものを片付けようとその場を離れようとした。


 するとフィリップがぽつりと問いかけてきた。


「明日からしばらく王都に行ってくる。酔っ払いは今王宮を離れられないそうだから。客が来たら全員たたき返せ」


 いや、お客さんに対してそれはどうなの。


 そう思ったけれど平素の来客のほとんどが鍛冶屋の息子みたいな感じだから、まあわからなくもないかと納得した。 




 そうしてフィリップが出かけて行ったのを確かめてから、コニーは物置に駆け込んだ。


 フィリップが不在の時は掃除の絶好の機会だ。


 コニーは雑巾とハタキを装備すると、フィリップの部屋に特攻した。


 ここだけはいつ入っても足の踏み場もない。この部屋の主は掃除しても掃除しても一瞬で元通りに散らかすという希有な才能の持ち主なのだ。


 寝台の上までいろんなものが置いてあるとか、一体どこで寝てるんだよ。


 魔法使いとしての腕は悪くないのだろうが、生活能力は全くない。自分が来る前どんな生活をしていたのか。村の女性にでもお世話してもらっていたんだろうか。


 身寄りのない自分をここに置いてくれたけれど、それもいい家事労働者としてではないだろうか、という気もする。


 元々コニーはフィリップのことを自分の父親だと思い込んで慰謝料をぶんどるために来たのだ。……まあ、結局彼は父親ではないことがわかったけれど、そのままなし崩しにここで暮らしている。


 けれど、そろそろ自分も身の振り方を考えなくてはならない。


 将来物好きな人がフィリップと暮らしたいと言い出したら自分はお払い箱になる。弟子でもなんでもない居候がいたのでは嫁の来手もないかもしれない。


 どうするかなあ。そろそろ真剣にどこか奉公先を探すかなあ……。王都にならまだ知り合いの伝手はあるけど。


 そう思いながら落ちている本を拾いながら本棚に並べていると、ふと棚の隙間に挟まっているものに気づいた。


「魔女狩り裁判録?」


 なにやら薄っぺらい紙を綴った束。ずいぶん前から落ちていたらしくて、紙はボロボロで黄ばんで薄汚れている。虫に食われたのか縁もガタガタだ。


 魔女狩りが行われている国。一番有名なのは隣国ローレンシアだ。隣と言っても高い山脈の向こうにあるので国交はほとんどない。


 神殿が権力を持ち魔法や魔道を否定している閉鎖的な考えの国だと聞いた。


 そして、神殿は魔力持ちや魔法使いを捕らえては魔女裁判にかける。中には自分の敵を追い落とすために相手を魔女に仕立て上げたりする者もいるという。


 ボロボロの紙の束をおそるおそるめくると、手書きの文字。フィリップの字ではない。


『被告アンブローシア・リンドリー。リヴィングストン伯爵令嬢』


 日付は十三年前。ローレンシア王国首都の神殿で行われた裁判の記録だった。


「被告人は周囲を欺き悪魔と契約して悪しき魔法を習得し、それによって両親を死に至らしめ、その家督と遺産を我が物にしようとしたと、勇気ある親族からの告発があったものである……?」


 その書類は裁判の議事録のようなもので、淡々と経緯が記されていた。


 告発されたのはまだ十三歳の伯爵令嬢。


 直前に両親と弟を事故で失い、遺産を相続することになっていた。すると親族たちがこぞって彼女は魔女だと騒ぎ立てた。怪しい魔法で両親と跡取り息子である弟を殺したのだと告発した。


 その令嬢は公爵家の次男と婚約が決まっていたが、その公爵家も彼女の弁護には回らなかった。両親を失った少女を誰も守らなかったのだ。


「証拠は彼女は礼儀作法やダンスに費やすべき時間を、怪しげな書物を読みふけったり一人で森に入ったりと貴族の令嬢にふさわしくない暮らしを送っており、おそらくは悪魔と逢い引きをしていずれ悪魔との間に生まれた子を伯爵家に迎え入れるためであろう……?」


 いや、馬鹿なの? 証拠なのに推定ってあるの? 本読んだり森に入ったら魔女なの?


 単なる言いがかりにしか思えなかった。


 これって、親族たちが彼女の親の遺産目当てに共謀して魔女だと騒いだんじゃないのかな。魔法を嫌っている国では、変わり者は魔女だの魔法使いだのと言われると聞いたことがある。


 まあ、自分の知る魔法使いが変な人ばかりなのは否定しないけど。それでも、こんなずさんな裁判はありえない。


「……判決は有罪。火刑に処す……か」


 本人の自白に関して何一つ記述がない。まして、彼女の両親の死因についても再調査したような記述もない。


 どー考えてもおかしいって。まあ、証拠がなくても拷問して自白させるって聞いたことがあるから、まともな裁判じゃないよな。


「……魔法を使うものは社会の病葉である。放置すれば病が広がり大樹を枯らす。我らは神の御名において、直ちにこの魔女を焼き清めなくてはならない」


 判決文の最後はそう締めくくられていた。酷い言われようだ。


 魔女裁判は原則有罪だ。この伯爵令嬢は陥れられたに違いないけれど、抗うことはできなかった。十三歳の若さで火あぶりにされたのだ。


 こういうの見ると隣国に生まれなくて良かったってつくづく思う。


 魔力があろうとなかろうと、言いがかりをつけられたら裁判でもれなく有罪とかマジで勘弁してほしい。滅茶苦茶生きづらい国ではないだろうか。


 やれやれ、読むんじゃなかった。なんでこんな悪趣味なものが本棚にあるのやら。


 気分が沈んでしまったけれど、気を取り直して片付けを続けようとした。


 そこで、不意に首筋にピリッと痛みが走った。


 コニーはぞうきんがけの手を止めて窓の外を窺った。こちらに向かって歩いてくる十人ばかりの集団がいる。


 うわー。普通の客じゃないって僕でもわかる。あんなにかっちりと隊列を組んで歩いている集団って軍隊しかいないよね。バレバレじゃん。


 服装は普通の旅装ではあるが、軍隊としての訓練を受けていることは隠しきれていない。


 この国の王族や軍関係からの依頼は酔っ払い親父ことアシュリー卿が全部引き受けている。大勢が押しかけてくることをフィリップが嫌っているからだ。


 軍隊がこの家に来る理由はない。そもそもフィリップは今アシュリー卿の依頼で出かけているのだ。


 彼らは何者なのか。


「ローレンシアだ」


 コニーは思わずつぶやいた。


 王都にいた頃異国の軍人がよく酒場に来ていて、剣にじゃらじゃらと装飾をつけるのはローレンシア軍人の誉れだと聞かされた。ただの飾りではなく何らかの軍功を挙げると鞘に下げる飾り紐を上司から賜るのだそうだ。


 こちらに近づいてくる男たちが腰に履いた剣に実用的とは思えない派手な色の下げ緒や飾りをつけているのが短い外套の下から見えた。


 ローレンシア軍人だというのなら、魔法使いに対して友好的ではないことは明らかだ。


 フィリップを裁判にかけに来たとか? けど、わざわざ国境を越えてくるだろうか。


「まあ、とりあえず客は追い返せって言われてるし」


 留守中に敵と思われる輩がこの家に近づいてきた場合の対処法がいくつかある。この家には防御の魔法がかけられているが念のためだと言っていた。


 扉の脇に飾られた額入りの魔方陣に触れて教わった呪文を唱える。


「コンラッド・ハートの名において命じる。……刃には刃を、花には花を、言葉には言葉を」


 コニーの指先が魔方陣から離れた瞬間、家全体がわずかに揺れた気がした。まるで背筋を伸ばすかのように。


 その直後、扉を軽く叩く音が響いた。


「こちらは魔法使いフィリップ・アスキスの家だろうか。いきなりで申し訳ないのだが、開けてもらえぬだろうか」


「フィリップは不在です。お引き取りください」


 コニーが答えると、ドアに大きく衝撃が来た。同時に向こう側で悲鳴が上がる。


 あちゃー。なんかいきなり攻撃してきた。さては、ボロ家だと思って体当たりでドアを突き破ろうとしたな。


 コニーは苦笑いした。あの魔方陣はフィリップが作ったもので、この家の防御を強化する魔法が発現するのだ。相手の敵意に反応して、万一攻撃してきたらその倍の力で跳ね返される。


 相手が友好的なら扉は開く。つまり、彼らの自業自得だ。


 魔法使いめ、と悪態をついているのも聞こえる。何やらつぶやいているのを聞いて、コニーはそれがローレンシアの聖典の一句だと思い出した。やっぱり彼らはローレンシア人だ。


 そう思っていたら先ほど話しかけて来た代表者らしき人物の声が聞こえた。


「我々はフィリップ殿の旧知の者だ。どうか話を聞いてもらえないだろうか」


 知り合い? ローレンシア人が? そんなことあるのか?


 そもそも、大概の魔法使いはあの国には行こうとしない。ローレンシアは宗教的に魔法を否定しているのだ。


 うっかり行けば下手をすると火あぶりにされかねない。それに、魔法使いと交流すれば連座で火あぶりにされかねないから誰も関わりたがらない……と聞く。


 だからもし友人でも人前で公言したりはしない。


 っていうか、扉に体当たりしたあとでそう言われても真実味がない。


「魔法使いに嘘をつけばどのような報いがあるかご存じならば、お話だけなら伺いましょう」


 コニーはそう答えた。嘘ではない。


 相手の嘘やごまかしを見通す魔法は存在する。フィリップの書棚にあった魔法書に書かれていた。ただし、コニーは魔法使いではないのでこれははったりだ。


「私の名はモーリス。ローレンシアから来た」


 ドア越しだが声だけでまだ若い男であることはわかった。


「フィリップ殿が奪った私の婚約者を返していただきたい……とお伝え願えるだろうか」

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