表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/57

#7「正宗とヤバいカルト女」

「提出物が足りない?」


 ショッピングモールでの一件から数日が経った、とある昼休みの2年Fクラス。浅井正宗は自作の弁当を食べ進めていた箸を止め、会食の相手に聞き返した。


「はい。さっき浅井くんからも預かった数学の提出物なんですが、大半の人がやっていないみたいで」


 そう答えるのは、赤髪を長く伸ばしたクラスメイト。正宗とこうして昼食を共にするほどの友人になった焚火紫織。


 1クラス15人程度で組織されている山倉第一魔法高校では、クラスの係も担当が一名しかいないものが多い。焚火が担う提出物係もそうだ。


「魔法基礎論の宿題も3人くらいしか出していないと、昨日キリカ先生が……」


「今日も5人くらいバックれてるよな。少しはやる気出せねぇのかよ……ん?」


 昼休み中なのを抜きにしても、空席が多すぎる教室を見回しながら、正宗は呟く。


「でさー、なのですなのですーってウザくてー」


「わかるー! 可愛いと思ってんのかなアレ」


「…………多分俺たちも知ってる奴の陰口だよな、それ? 槙野、林」


 その最中、横の席で見知った人物の陰口をこぼす女子二人に、正宗は声をかけるのを抑えきれなかった。


 茶髪のサイドテールが槙野、その向かい側に座る黒い短髪が林。派手な爪や髪留めからも察せる通り、ちゃらちゃらとしていて授業態度も良くないクラスメイトで、正宗にとってもあまり好きになれない人種だ。


 尊敬する人物の陰口でも言われていなければ、わざわざ自分から話しかけたりはしない相手である。


「あー。誰かと思えば、最近せんせーに媚び売ってるロリコン浅井じゃん」


「ろ……違えよ! 人として尊敬してるだけでだな……!」


「浅井くん! やっぱり同志だったんですね……!」


「そこ! 目をキラキラさせんな!」


 応戦してきた槙野、そして握手しようとこちらに手を伸ばしてくる焚火、正宗はそれぞれを丁寧に捌いた。


「つーか、あれ? 焚火さんってそんなに浅井と仲良かったー?」


「え……?」


 それを傍観していた林もまた、何か面白いものを見つけたかのように口を開き、きょとんとする焚火の紅い瞳を見つめた。


「あ、確かにー! 焚火さんって去年さ、いじめられて学校来なくなってたよね? サボり仲間の浅井と仲良しってワケー?」


 なんかゴミ箱に真っ黒い上履きが入っててさー、名前見たら焚火って──あははと笑いながら、悪趣味な思い出話に花を咲かす。


「……ッ」


 俯く焚火の傍ら、その露悪的な姿に耐えきれず、正宗はガタンと席を立った。


「テメェら、いい加減に……」






「──騒がしい」






「!?」


 鶴の一声。正宗は今までの人生で、今ほどその言葉が似合う声を聞いたことがなかった。気高くも聞いていて心地よい、一言で言うならば、"カリスマ性を感じさせる声"。


 故に、彼はつい固まってしまった。


「騒がしいのよ。私を歓迎しているつもり?」


 こつん。こつん。上品な足音が響き、ホワイトゴールドの艶を帯びたハーフアップの髪がゆらめく。


「健気なことね。"神の子"へのもてなし、ご苦労様」


「お前は……!」


 振り向いた先でその蒼い瞳と目が合い、正宗はつい言葉をこぼし、そして。


「……誰? 焚火知ってる?」


「さあ……?」


 首を傾げながら、焚き火に質問を投げた。


「え……ええっ、嘘!? 私よ!? この私!! 知らないの!?」


「知らねえよ。相手が知ってる前提で話すんじゃねえよ。相手の視点に立って配慮とかできねえの?」


「え……あ、ご、ごめんなさい…………じゃなくて!!」


 正宗の説教に負けそうになったところで、女子生徒は慌てて言い返す。少し話してみたけど、やっぱ知らねえ奴だな──正宗は胸中でつぶやいた。


「ふいー……あっ! 天使(あまつか)さん、ようやく来たのですね!」


「おっ、先生」


 女子生徒──天使の後ろのドアからひょこっと現れたとんがり帽子の担任を見て、正宗は言った。


「っと……ごめんなさい先生。ちょっとトラブルがあって、遅刻してしまったわ」


 何事もなかったかのように、ふわっと髪をかき上げて、天使はキリカにそう告げる。


「先生、まさかコイツ……」


「はい。去年からの休学が終わって、今日からFクラスの仲間になった、天使 真理愛(まりあ)さんなのです」


「そっか……あまり見かけない人だと思ったら、休学していたんですね。焚火紫織です、よろしくお願いします」


 正宗の横で、焚火は天使に頭を下げた。


「あっ……へ、へー! 私に一番に頭を下げるなんて? なかなか見る目があるわ、あなた」


 ようやく普通に対応してもらえたのが、よほど嬉しかったらしい。天使は焚火の様子を見て、心地良さそうに上擦った声を上げた。


「私の偉大さを見抜いた聡明なあなたには、私と友達になる権利をあげるわ。困ったことがあったらすぐに呼びなさい!」


「は、はいっ! よろしくお願いしますっ」


「それから──」




「……うるせェけど、悪い奴じゃなさそうだな。Fクラスに落ちちまったは、成績不振とかか?」


 イキイキとして焚火に食いつく天使を横目に、正宗はキリカに問いかけた。


「あ……いえ、成績は良好なのです。ただ……」


「ただ、何だよ? 他に──」


「浅井くん、見てください!」


「ん? どうした焚……びっ!?」


「これ! 幸せになれる壺を、天使さんがくれて!」


 ニコニコ笑顔で、謎の英文を刻印された西洋風の壺を抱える焚火を見て、正宗は思った。


 見覚えがある。自分の家にも、前にこういう輩が来たことがある。そしてなんやかんやで口車に乗せられた親が、5万くらいする壺を買わされたのを見届けてしまった覚えがある──!!


「やめとけ焚火! そんな怪しいもんを差し出してくるやつとダチになんのは!」


「え? でも、2千円で譲ってくれましたし……」


「しかもちゃんと金取んじゃん!!」


「ふふっ、当然よ。我がマリオス正教に伝わる正当な儀式道具なんだから」


「マリ……何? なあ先生、まさか……」


 聞き覚えのないカタカナに困惑しつつ振り向いた傍ら、キリカは正宗に向けて頷き。


「一部の国で小規模に信仰される宗教、マリオス正教。天使さんは、その日本支部とも言える信者の集落からやってきた方なのです」


「そう。私は日本支部の教皇……信者組織のリーダーの娘なの。つまりは神に選ばれた子、ってわけ」


「はあ……? そんで自称神の子サマが、この魔法の学校に、わざわざ宗教勧誘ってか? 場違いだぜ」


「ああっ、浅井くんっ」


 正宗は焚火から壺をそっと取り上げつつ、天使を睨みつける。だが同性でも怯むような彼の鋭い眼差しを前にしても、天使は気品と自信に満ちた表情を崩さなかった。


「正宗くん、そんなことはないのですよ。魔法と宗教には実は、無視できない関係があるのですっ。実は──」


「モーセが海を割れたのも、ただの平民だったジャンヌ・ダルクが兵士を率いて戦争やれたのも、そいつらがとんでもない魔法の使い手だったからだ、って話だろ?」


 昨日授業で言ってたよな、と正宗は付け加える。


 今までは神の奇跡だと思われていた歴史上の出来事が、実は奇跡ではなく人間の魔法によるものだった。


 現代の研究で明かされたその事実は、社会から宗教の権威を衰退させるのではないかと危惧された。しかし宗教家たちは、逆に勇敢な人間や賢者への褒美として、神が魔法の力を与えてくれたのではないかと考えるようになった。


 以来、宗教家の中には魔法の研究を熱心に行うものが現れ始め、宗教と魔法は強い関わりを持つようになった──先日の魔法史の授業で教えられたことを、正宗は胸中で思い出す。


「しかしなあ……それはそれとして、コイツ超怪しいだろ」


「いえいえ、天使さんは悪い人じゃないのですよー。ただ、ちょっと……去年強引な宗教勧誘をしすぎて学校中の生徒たちを困らせ、罰として停学とFクラス行きを喰らってしまっただけで……」


「アウトだよッ!!」


「一々うるさいのね、浅井は」


 焦りと共に声を荒げる正宗とは裏腹に、天使は相変わらずの高く透き通った一声を彼にぶつけ。


「別にあなたを取って食うつもりは無いわ。私の目的はただ一つ、信者を増やしてマリオス正教を繁栄させることだけだもの」


「何……ッ!?」


「さ、5限は確か全校集会だったかしら? 行きましょ、紫織」


 そして、彼のことを少しも気に留めていないかのように、顔を背けて廊下へと歩き出した。


「あ、天使さんっ! そっちは行き止まりですよ!」


「あら?」


「…………」


 その後ろ姿を、焚火が早足で追いかけていく。


(…………アイツ、信用していいのか……?)


 それを静かに見届けながら、しかし正宗は不安を隠し切れないのだった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ