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#56(最終話)「魔法高校落ちこぼれFクラスの幼女先生」

 あれから、1週間ほど経った。


 ある日曜日、ハルはショッピングモールを訪れていた。


「これ! このスカートは!?」


「うん。可愛いと思う」


 世界で1番大切な幼馴染、蘆名ウタと共に。


「……あのなぁ」


 だけど、笑顔でハルが言ったその言葉を、彼女は気に入らなかったようで。


「そればっかじゃねえかさっきから!!」


「うぶっ!?」


 試着室の地面を蹴って飛び上がり、ハルの顔面に飛び蹴りを喰らわせた。


「何着ても可愛い、可愛い、可愛いって! オウムかお前! オウムでももうちょっと喋れるだろうが、このっ!!」


 全身骨折の痛みに耐え、1年以上の時をかけてリハビリを繰り返し、医者には一生寝たきりだろうと言われていた大怪我を、見事完治させてみせたのだ。その報酬がこれでは、流石にウタも我慢ならなかった。


「だ……だって、本当にどれも可愛いから……あばっ!?」


「だから!! それを色んな言葉で表せつってんだよ!!」


 続けて顔面にパンチ。今すぐ天使の治療にあやかりたいところである。


「もう……あたしばっか楽しみにしてたの、バカみたいじゃんかよ」


 ばつが悪そうな顔で、ウタはそう言い。


「ぼ……僕も、楽しいよッ!!」


「うわっ……!?」


 反撃するように強く言ったハルに、思わずたじろいだ。中学までの彼は、そんな風に強く言い返してくることは無かったから。


 彼の中で、魔法高校で、何かが変わったのだろうかと、ふと思った。


「小さい頃からずっと、ウタには迷惑をかけてきたから……ウタが何かを楽しめてるってだけで、僕は嬉しいよ」


「…………ばか。迷惑だなんて、思ってねえ」


「ははっ。ありがとう」


 ますます居心地が悪くて、ウタは顔を逸らした。


 勝手に自分だけ大人になりやがって、と。


「…………あの〜」


「?」


 そんな時、ふと声がした。


「ごめんね……試着室、使っても良いかな……?」


「あ、す、すみません……」


 そういえば、試着室の前の道を塞いでしまっていたか。申し訳なさげに尋ねてきた声に振り返り、ハルは目を丸くした。


「って、龍川さん……万丈くんも!?」


「やあ、ハルッ!! 正宗の仲間の獣戦士ッ!!」


「勇真、声大きい……」


 万丈勇真と龍川みなも。ハルにとって、そしてFクラスにとって恩深い2人。ぎゅっと繋いだ手を見るに、ハル達より関係は進行していそうである。


「ハル、友達か?」


「うん。山倉高校の。あれ、鉄砕くんも来てるんだね?」


 ウタとみなもが笑顔でぺこぺこと挨拶を交わしている中、ハルは万丈に尋ねた。服屋の奥の方に見えた、朧木鉄砕の姿を見つめながら。


「? いや、鉄砕は今日は一緒じゃないよ!!」


「え? でもほら、あそこにいるよ?」


「あれっ、ほんとだ。鉄砕くん、今日は用事があるって言ってた気がするんだけど」


 勇真もみなもも、心当たりは無いらしい。


「あっ。気付いてくれた」


 そんな彼と、ハルの目が合い。


「……渡会ィ!!!」


「ひぃっ!?」


 店内の全ての客が目を見開くような声量で、鉄砕は怒鳴るようにハルの名を呼んだ。そして、どたどたとその巨体でこちらへ向かって来た。


「え、えと、何か用ですか……?」


「用だと? ああ用だとも。何せ今日は、貴様と訓練の約束をしていたからな」


「え………………あ、ああーっ!!」


 やってしまった。やってしまった、やってしまった──だけど、もう遅い。


 ハルは、やらかしてしまったのだ。ダブルブッキングを。


「一向に現れないと思い、街中探してみたら……まさか、俺を無視して女性と良い雰囲気とはな……さぞかし楽しそうだな?」


「そ、そそ、それは……」


「覚悟は良いな、貴様ァ!!」


「ひいぃぃ!?」


 鬼の、いや修羅の形相となった鉄砕にぷるぷると震えながら、ハルは後ずさり。


「ほら、逃げんなー」


「え、ちょ、ウタ!?」


 ウタに背後から掴まれたことによって、逃げ場を奪われた。


「あ、あああ…………うわあーーーーーっ!!!」


 そうして、これからも続く。


 日陰者だったあの頃とは違う、彼の騒がしくも幸せな日々が。






 焚火紫織は、いつも独りだった。


 両親と死別し、拠り所だった叔母の家を自らの魔法で燃やしてしまい、面倒を見てくれた祖父母とはうまくやれず、学校とバイトを両立しながら、ままならない日々を送っている。


「…………っ」


 だから、何となく落ち着かなかった。


「「う……うおおおおおおぉぉぉお〜!!!」」


 自分の家に友達が3人も遊びに来ていて、しかも内2人はテレビに張り付いて号泣している、この光景が。


「"幼女天使ディバイン・ティンパニ"……なんて感動的な物語なのぉ!? 神の子よ!! テインちゃんは、私の次に神に近い聖人よぉ〜!!」


「ティンパニで戦う主人公のインパクトで序盤から視聴者を引き込んで、後半からシリアスと小さな女の子の懸命な頑張りで泣かせてくる魂胆ですかィ……見え見えなんだよォ!! 見え見えでも泣くけどなァ!!」


「あはは……楽しんでくれて、私も嬉しいです」


 共感しまくり、泣きまくっている天使と、感動しすぎてどこぞの異空間魔法使いのような口調になっている林を見て、焚火はそう言った。


「焚火。生地良い感じになったから、焼こっか」


「あ、はいっ! 熱加減は任せてください」


 横から話しかけてきた槙野の方を見てみると、焼き菓子の生地を完璧に仕上げたところであった。曰く弟妹が何人もいて、休日はよくこういうお菓子を作り、食べさせてあげているんだとか。


 そんな彼女の生地を受け取り、焚火はオーブントースターの電源を入れた。そして中で発生した熱を、菓子が綺麗に焼き上がるように、完璧に制御していく。より効率的に、より安全に、より完全に。


「……色んな人がいるよね。生地作んのが得意なあたしがいて、焼くのが得意な焚火がいて」


「槙野さん……?」


「んで、食べるのが得意な由香と天使がいる」


「ふふっ……そうですね」


「今まであたしは自分のこと、魔法が使える奴らより劣ってると思ってた。でも今は違う。こうやって、それぞれに得意なことがあって、あたしにもきっと、あたしにしか出来ないことがあるんだって信じてる」


「ええ。きっと」


 きっとそうだと、焚火も信じていた。何せ、恩師が言ったように、いつだって、何度だって人は変われるのだ。


 初めは自分を嫌い、バカにしていた槙野と、今はこんなに親しいのだから。きっと、不可能なんてない。


「だから、あたし頑張るよ。大した魔法使えなくたって、笑顔で山倉高校を卒業してみせる」


 微笑んで夢を語る彼女の心が、悪意や悲しみに壊されてしまわないように。


(……私が守るんだ。そうだよね、お父さん、お母さん)


 彼女はこれからも、胸に火を灯して戦い続けるのだろう。


「ずびっ……紫織、何してるの!! もうクライマックスよぉ!!」


「まーさん!! お菓子おかわりィ!!」


「はいはい」


「ふふっ」


 焚火紫織はもう、独りではない。






 とある森の奥の、違法魔法学研究施設にて。


「"変銀自在(メタル・モルフォーゼ)"!」


「ぐあああぁ!?」


 詠唱の直後、生成された金属のハンマーで、シルバーは群がる白衣の研究員達を、その手に持った銃火器ごと吹き飛ばした。研究施設の白い床に、気絶した研究員達の体が転がっていく。


「よし。これで全部か」


「シルバーおつかれー。こっちも終わったよ♪」


 そう言って、通路の奥からディーヴァが歩いてきた。チタンと共に別ルートから侵入した彼女も、一仕事終えてきたらしい。


「って、何だそれは」


「あー。チタン、さっき足怪我しちゃってさ」


 そう答えるディーヴァは、人を抱えていた。


「……あの、1人で歩けますから……!!」


 お姫様抱っこをされ、顔を真っ赤にしたチタンを。


「ダメダメ。安静にしててよね、ダーリン♪」


「ッ…………!!!」


「はぁ……お前達、そういうことは家でやれ」


 あの日からずっとこれだ、全く──シルバーは胸中で愚痴りながら、反対側の通路へ目をやった。


「ヴォイド、移動しよう」


 そうして声をかけると、茶髪の少女はゆっくりとこちらを振り返り。


「……おう」


 素直な返事とともに、すたすたと歩いて来た。


(……随分口数が減ったな)


 それは良いことなのか、悪いことなのか。今までの口調がかなり粗暴で失礼だったことを考えると、もしかすると良いことなのかもしれないが。


「まだ迷いがあるのか?」


 そんなシルバーの問いかけに、ヴォイドは頷きをひとつ返した。


「ヴォイド。いつでも相談乗るよ」


「魔法学に疲れたら、一緒に化学の勉強しましょう。こっちも楽しいですよ」


 ヴォイドが彼らをどう思っているのかは、彼らには分からない。それでも彼ら自身は、ヴォイドのことを大切な仲間だと思っていた。


「これからだ、ヴォイド。これから、何度でも考えていこう。俺達には、成すべきことを成す時間が与えられたからな」


 そう言ってシルバーは、胸ポケットに潜ませていた身分証を取り出し、彼女に見せた。


 "国連特務捜査組織L.A.S.T"──そこに書かれたその名が、拉致・殺人未遂及び魔法傷害の罪を無罪放免とする代わりに、彼らに与えられた仕事だった。


 国連の秘密のエージェントとして、命を賭けて戦い、違法な魔法学研究を阻止する。この施設へ来たのも、そのためだった。


「……わーってるよ」


 そしてヴォイドもまた、彼らと共に、その道を選んだ。


「いつだって、何度だって、人は変われる……だろ」


 "彼女"が言っていたその言葉を、信じ続けて。


 そして、そんな彼らの運命は、この場所で加速する。


「やい! やいやい、お主ら!」


「? 誰だ」


 どこからか、知らない声がした。とても幼い、恐らく女の声だ。壁から──いや、奥にある扉の向こうから。


「わらわか? わらわの名を呼んだのか!?」


「だから、そう言っている。この施設は我々が制圧した。姿を見せ、降伏しろ」


「降伏ゥ〜? はっはっは! それはこっちのセリフじゃあ!」


 そう言いながら、奥の扉からすたすたと歩み出てきたのは。


「……ん?」


 シルバーが、そして"L.A.S.T"の面々が思わず首を傾げてしまう、そんな少女だった。


「わらわの名は、"X-065"!」


 ばばーんと自分で言いながら、その少女、いや幼女は盛大に登場した。


「……お前、その姿は……」


 シルバーは、信じられないといった顔で呟く。その身長はとても低く、その髪は、どこかの魔女っ子教師を思い出させるような、真っ白な髪だった。


「"キリカ・リターン計画"の最高傑作! 人工魔法使い・桜キリカの完璧なるクローンなのじゃ!!」


「………………はぁぁ!?」


 そうして、彼らは始めるのだろう。


 彼らが幸せになるための、彼らの本当の物語を。






 とある平日の朝。


「あっ、正宗! おはようございますなのですっ」


「よう、先生」


 小さな墓地にて、正宗は偶然居合わせたキリカと挨拶を交わした。


 そうして、2人は並んで座り、拝んだ。


 "橘希織花之墓"──そう書かれた墓を。


「正宗、もう体は大丈夫なのですか?」


「ああ、おかげさんでな。あれからみんなも変わりねえか?」


 生き返ってしばらくは、体がうまく動かなかった。だから正宗がまともに外へ出たのは、実に8日ぶりであった。当然、こうして制服を着るのも久しぶりだ。


「ぜーんぜん変わらないのですよっ。昨日だって紫織が……紫織が、そのー…………」


「ははっ、言うな言うな。ロクなことじゃねえだろ」


 思い出しながら気まずそうにするキリカの姿を見て、正宗はけらけらと笑った。


「……本当に、いつもの日常が帰って来てくれたのですよ。みんなのおかげで」


 ありふれた日常。騒がしくて、落ちこぼれらしく欠陥だらけで、トラブルが絶えなくて。


 それでもそんな日々が、キリカにとっては眩しく尊いものだった。


「でも、この日常もきっと、不変ではないのです」


 快晴の太陽を上から被ったキリカの顔には、ふと影が差し込んだ。


「きっとまた、辛いことがあって、悲しいことがあって……もしかしたら、本当にどうしようもないようなことも」


 それはきっと、彼女が彼女である限り──否、人間が人間として生きていく限り、避けられない運命なのだろう。


「先生……」


「でもねっ!」


 キリカは顔を上げた。その瞳にはもう、隠しごとも、鬱屈した絶望も無かった。


「いつかこの痛みが、めいっぱいの幸せに変わる日まで、一生懸命生きていくのですよ。それで、橘先生に伝えるのです。生きてて良かったー、って」


 いつだって、何度だって、人は変われる。彼女はそう言っていたし、キリカもそうだ。誰だって変われるのだ。それならきっと、絶望をいつか幸せに変えることだって出来るはずだ。


「だから正宗も、ぜったい魔法官になるのですよっ!」


「おう。お前が辛いことを幸せに変えるってんなら、俺は世界を守って世界を変えてやるよ」


 それは、子供っぽい純粋すぎる願い。まだ現実を知らない、青い願い。


 だけど、彼らはこれからなのだ。今はきっと、青すぎるくらいの夢が丁度良い。


「……じゃあな、橘先生。また来るよ」


 そうして、時を未来へと進めるために、正宗は立ち上がり歩き出した。


「先生! 早く行こうぜ!」


「あ、ちょっと待って欲しいのですよ〜っ!」


 慌ててキリカも立ち上がる。今ここにある幸せのスピードに、置いていかれないように。


「あっ、そうだっ」


 それでも、時折振り返って、ここに帰って来よう。


「ありがとうなのです、橘先生。私を、桜キリカにしてくれて」


 キリカが始まったあの日を、キリカを始めてくれた彼女を、思い出すために。






「こ……今度は3年Aクラスと!?」


 Fクラスの面々は、一斉に声を上げた。


「ごめんなさいなのです……先生、クジ運ダメダメなのですよ……」


 "L.A.S.T"の襲撃によって中断されていた、マーリン杯の再開。それは良かったが、正宗達Fクラスの2回戦の相手は、優勝候補である3-Aだった。


「あら、丁度良いじゃない。ウチにはこの私がいるんだもの、最強クラスじゃなきゃ相手にもならないわ」


「それは言い過ぎだと思うけど……まあ、覚悟決めるしかないよね」


 天使もハルも、気合い十分だった。


「そ、そそ、それより先生!! そのっ、勝ったら本当にデートしてくださるんですかっ……!?」


「もちろんなのですっ」


「しゃアアアー!!! ウオーッ!!!」


「し、紫織落ち着くのですよ……」


 焚火は、もはや気にかける必要すら無かった。


「ははっ……最強と戦うってのに、お前ら変わんねえな」


 正宗は思わず笑みをこぼした。


 彼らだけではない。他のFクラスの生徒達も、驚きはしたが、それでも誰1人として諦めていない。


 彼らはもう、劣等生の集まりではないのだ。


「うんうん、みんな気合い十分ですねっ!」


「当たり前だ! 行こうぜ、キリカ先生!」


「了解なのです! それではっ!」


 きっとこれからも、苦難と試練の道が続いていくのだろう。


 だけど、彼らはきっと大丈夫。


「いざ、挑戦なのですっ! いつだって、何度だって!」


 魔法高校の落ちこぼれFクラスには、

 幼女先生がいるのだから。




おしまいなのです

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