#55「せんせーと先生と最後に残ったもの」
曇り空の下、巨影が空を飛んでいた。
「いた! あそこ……!」
巨龍に姿を変え飛行していたみなもは、Fクラスと"L.A.S.T"の面々を目下に確認し、ゆっくりと高度を下げていく。その背に乗せたたくさんの人々を、振り落とさないよう慎重に。
「ごめんねー龍川さん。まーさん重かったでしょ」
「なっ……い、1キロしか増えてないから!」
「お、勝手に自白した」
着地し、姿勢を低くした龍の背から、槙野と林がすっと飛び降りた。次いで、みなもの背に乗っていたFクラスの女子生徒らが、次々地面に降りていく。
「ふう……大丈夫だよ。それより、勇真達は……」
変身を解き、一息ついたみなもは、廃校の反対側の方、森の方に目をやった。
「あっ、勇真!」
「やあ、みなも!! 丁度合流できたねッ!!」
そして、すぐに見つけた。熱苦しいその姿と、彼の後ろからついてくる鉄砕の姿を。
「はぁ、はぁっ……」
「あー、しんどい……」
さらに後ろから、息を切らして走ってきた、Fクラスの男子達の姿も。いくら巨大な姿になれるみなもといえど、10人を超える面々を一気に運ぶのは厳しいということで、当然の流れで地を走らされた男達である。
とはいえ、仮死状態にあった岸田と佐野も、ディーヴァが固有魔法を解いたことで目を覚まし、合流。Fクラスはようやく全員が揃うことになった。
「あっ、あそこ! 先生も焚火達もいる!」
「あれー? 浅井いなくなーい?」
「でも、キリカ先生元気そうだよ! 良かった……」
疑問を感じつつも、槙野と林は先頭となって走った。希望を胸に、走っていた。
このまま、きっと笑顔で終われるのだと、そう思っていたから。
「………………え?」
初めは、気のせいだと思った。徐々に信憑性が増していったけれど、いやいやまさかと、自分に言い聞かせた。
「!」
そして今、間近に来てその目で見たことで、槙野の中で確信に変わってしまった。
槙野も林も、後ろから追いついてきた皆も、呼吸が荒くなる。拍動が早くなる。否定したいけれど、否定する術がない。
「……なんで……浅井」
「……………………」
浅井正宗が、死んでいた。
心臓が無い。呼吸をしていない。何も喋らない。それらが嫌というほど、その現実を思い知らせてくる。
なんで。どうして。腑に落ちる"何か"を探すように、だらだらと額から汗を垂らしながら、槙野は周囲を見回した。
そして、見つけた。
「……お前らかぁ!!」
泣き叫んだ。
ディーヴァとチタンとシルバー──よもや、正宗の戦友となっていたなどと、思いもよらない彼らに向かって。
「……ああ。結果的には、そうなるだろうな」
目を逸らさずに、シルバーはそう答えた。
「なんだよ、それ」
なんでそんな風に、平然と言える? 槙野の中で、どうしようもない怒りが燃えた。
あの性根の腐った元恋人から自分を助けてくれたのは、他でもない浅井正宗だったのに。良いやつで、大事な友達だったのに。きっと、Fクラスのみんなにとって、コイツはそう言うやつだったのに。
まだ自分達は何も、彼に貰ったものを返せていないのに。
「うああああああああっ!!」
なのに、どうして。どうして。どうしてどうしてどうして──
「やめて!!!」
狂ったように振り上げた槙野の拳を、ぐっと掴む少女がいた。
「……焚火……」
「やめて、ください……違うんです」
泣きながら上げるその声に、何も言い返せなかった。そうして、押しつぶされそうなほど重い空気だけがそこに残った。
「渡会! 無事か!?」
かたや、数人の男子はハルの方へ駆けつけた。
「ごめん……僕は結局、何も守れないで……」
「んなことねえよ……お前が生きてて良かった」
彼らは言葉を交わした。この惨状の中に、せめてもの救いを探し出そうと。
「……ね、天使。一応聞くけどさ」
「無理よ。治せる傷は、全部治したけれど」
顔を伏せたまま、天使は林に言葉を返した。
「だよね。コイツもう、怪我とかじゃないんだもんね」
「…………ごめんなさい」
「ん」
それ以上何も聞かず、言わず、林は天使の頭にそっと手をやった。
啜り泣く声が少し、聞こえた気がした。
そうして。
彼自身が望んだ結末だったのか、それともそうではなかったのか。それはわからないけれど。
浅井正宗の物語が、幕を閉じた。
「…………まだなのです」
──だなんて、そんなの私が許さない。
「……先、生……? 何を」
焚火の声を無視して、キリカは正宗の方へとそっと近づいた。真っ赤に腫れた目も、ボロボロの髪も、生徒にはそんな姿を見せたくなかったけれど、そんなことはどうでもいい。
どちらも、もうすぐ消えてなくなるのだから。
「先生、研究していた魔法があるのです。先生の星座魔法……その、もう一つの究極形態」
人体実験によって、マナの回復が常人よりも速くなったけれど、それでもこの身に残ったマナはあと少し。これが、正真正銘最後の魔法だ。
「"星誕"。死者を生き返らせる魔法。といっても、開発中の段階なのですけど」
「!」
生き返らせる。その言葉を聞いて、その場は一気にどよめき始めた。
常識として、あり得ない話なのだ。天使のように傷を癒せる魔法使いは存在するが、それはあくまで"治癒"に限られる。"死者蘇生"を成し遂げた魔法使いなど、過去に類を見ないのであった。
「確かに正宗の心臓は止まり、対外反応は起こさなくなりました。それでもまだ、脳を含め体の一部は、完全には機能を停止していないはずなのです。だから、蘇生も間に合うはずです」
「でも……どうやって、そんな魔法を……?」
尋ねる焚火を真っ直ぐに見て、キリカは答えた。
「先生の、命を使います」
「……!!」
事実だった。橘を目の前で失い、もう誰も目の前で死なせまいとしたキリカが成してきた研究。理論上は、恐らく成功する究極魔法。その代償として、桜キリカの命が確実に失われることもまた、理論上証明済みであった。
「ダメよ! 浅井が生き返ったって、先生が死ぬんじゃ──」
「紫織、真理愛。良いのです。先生は、正宗の先生なのですから」
そして、キリカにとってそんなことはどうでも良かった。
大好きな教え子を、救えるのなら。
「……"星誕"発ど──」
「勝手なこと抜かしてンじゃねェ」
「え……?」
不意に手を掴まれて、キリカは思わず詠唱をやめてしまった。
「ヴォイド、さん……?」
「オレサマの目の前でテメェ、生きると口にして見せたよなァ? それが今度は死ぬだァ? 先生のくせに不誠実なンだよ」
「何を……」
「トゥルマーヒン理論」
「!」
唐突にヴォイドが口にした、魔法学の専門用語。当然、Fクラスの面々も、さらにAクラスの3人すらも首を傾げそうになった。
だが、キリカはその言葉を知っていた。
「お前が使おうとしてる魔法、トゥルマーヒン理論で式化してみろ」
そう言って、ヴォイドは空間に黒い穴を開けた。小さな穴から出てきたのは、一枚の紙とペン。
「早くしろ」
「は、はい……!」
ヴォイドに言われるがまま、キリカは数式を書き始めた。魔法高校どころか、大学の魔法学科の中でも高度な分野。キリカとヴォイドのみ分かる理論の世界で、2人は思考を交差させ。
「……よし。ここにいる全員のマナをかき集めれば、テメェを死なせずにこれを発動できるかもしれねェ」
「! ヴォイド、本当か!?」
シルバーが後ろから問いかけた。ヴォイドの秀才ぶりをよく知る彼でさえ、彼女が死者蘇生を可能かもしれないと言ってのけたのが、未だ信じられなかった。
「本当だよ。てかむしろ、このガキの自己犠牲理論には穴があって、そっちじゃ蘇生が成功しねェ。良いから早く集まれ。輪になるだけでいい、魔法の発動はオレサマとガキでやる」
「……どうして……?」
「あァ?」
信じられないといった顔のキリカを見て、ヴォイドは少し考えた後、口を開いた。
「……笑えよ。取り返しのつかねえことをしといて、今度は自分を慰めようとこんな罪滅ぼしをしてんだ。オレサマを笑え、そンで──」
「ありがとうッ!!」
「なっ……!?」
自分でも、何がしたいのか分からなかった。自分で言う通り、きっとただの自己満足の罪滅ぼしなのだろうと思っていた。
「チッ……茶化せって言ってンだろ」
だけど、キリカが──愛しい"彼女"にどこか似ている少女に、泣きながらお礼を言われたその瞬間、ヴォイドの中に温かい何かが溢れた気がした。
「……なァ。こんなオレサマでも……私でもまだ、変われると思うか?」
「はい、きっと……ありがとう、なのですっ……!!」
ぐっと掴まれたその手は、どこか心地良かった。
「ああ、クソッ……早くしろテメェら!! コイツの肉体が完全な機能停止を迎えたら、間に合わなくなる!!」
「皆さん、お願いしますなのです! あと少しだけ、力を貸してください……!!」
2人はここにいる全ての人々へ向けて、心から呼びかけ。
「当然です、先生っ!」
「紫織……!」
1人。
「やるわ! 私は神の子だもの、死くらいなんとかしてみせるッ!」
「ああ! ほんの少しでも、希望があるのなら!」
「真理愛、ハル……!」
2人、3人。
「俺らも行くぞ!」
「私達も!」
「無能のオレ達も、やっと役に立てるんだ! やるぞッ!」
集まっていく、Fクラスの仲間達が。キリカは全員の名前を呼んで、その度に温かい涙をぽろぽろと溢した。
「僕、魔法使えないですけど……力になれるでしょうか……?」
「たりめえだ、早く来いチタン。オレサマがテメェのマナを抽出してやる」
「僕達も行こうッ!! みなも、鉄砕!!」
「うんっ」
「ああ。俺達に勝ったFクラスが、葬式で不戦敗退など許さんぞ」
正宗が、Fクラスが繋いできた絆が、集っていく。
「シルバー。弟弟子くんを助けなきゃね♪」
「ああ。ろくでなしの兄弟子でも、一つくらい与えてやらないとな」
競い合いも、争いも超えて、一つになっていく。
(そうだ……)
ここに集うたくさんの仲間達を見ながら、キリカは思った。
(魔法は人殺しの道具じゃないって……憎み合うためにあるんじゃないって……人を救えるんだって、証明してみせる)
きっと橘希織花も、それを望んだのだろうから。
全員で手を繋ぎ、ヴォイドは、そしてキリカは詠唱した。
「「"星々流転"──!!」」
瞬間、全員の身に異変が起きた。
「力が、吸われていく……?」
血を抜かれるように、何かが吸い取られていくのを感じながら、シルバーは言った。他の面々も同様に、気力のような何かが体から抜けていき、代わりに疲労が溜まっていくのを感じていた。
「今、マナをオレサマとこのガキに送り込ませてンだ。そしてそれをさらに、浅井正宗の死体へ送り込む」
「浅井くんの体に?」
焚火の問いかけに頷きを返したのは、ヴォイドではなくキリカだった。
「正宗の、物質生成の力を利用するのです」
「! あの固有魔法に勘づいていたのか? ヴォイド、キリカ」
シルバーは言った。なにせ、正宗が"心刀・正宗"をはじめとした生成の固有魔法を自覚したのは、シルバー戦が初めてだった。それなのに、この2人はあの力にとっくに気付いていたのか──と。
「ああ。コイツの体の奥底に眠る固有魔法を、マナを送り込み操作することで無理やり引き起こす。そうすりゃあ──」
「! 正宗……!」
呼びかけるキリカの目に、希望の光が灯った。
復活していく。左胸にぽっかり空いた穴に、マナが集まっていき、そのマナが凝縮され、彼の第二の心臓が作られていく。
「成功……なのです……!!」
いける。このままいけば、きっと。
「……いや、駄目だ!!」
「!? ヴォイドさん……!?」
振り向くと、ヴォイドは汗を浮かべながら、ああクソ──と、悔しげな声を漏らしていた。
「足りねえ……オイ、回復魔法使い! お前の回復、治せんのは外傷だけか!?」
「えっ……そ、そうよ。ダメージは癒せるけど、体に溜まった疲労はどうにもならないわ」
「そういうことか……オレサマの計算ミスだ。体内マナの回復速度は、ソイツの健康状態の如何にある程度比例する! 戦り合って満身創痍のオレサマ達は、マナが回復しきってねェ……!!」
「そんな……あと少しだけ、足りない……!」
ヴォイドに近い景色が見えているキリカも、すぐにそのことを悟った。
足りない。マナが、あと1人分だけ。
あと一息なのに。ハッピーエンドは、もうすぐそこにあるのに。悲しみの闇を、どうしても振り払えないなんて。
「……嫌なのです、そんなの……!!」
嫌だ。
「誰か……」
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
「……誰かーーーッ!!!」
幼い少女の涙の悲鳴が、空に響いた。
その声が、届いたのかもしれない。
「…………オイ。どういうことだ」
ヴォイドは正宗の死体を見ながら、驚愕の声を漏らした。
マナ不足によって停止していた回復プロセスが、進んでいる。このままいけば、無事に蘇生が完了する。
だが、何故? さっきまで不足していたマナが、どうして──?
「おいクソガキ! こいつは、いった……い……?」
問いかけようとして、ヴォイドは固まった。
「……お前、何空を見上げてンだ……?」
何故か手を止め、空を見上げて、その瞳を震わせているキリカを見たことで。
そして、キリカはその目で見ていた。
「……あ……あぁぁ…………ああああああ……!!!」
幼児のように泣いた。
いる。幻なのかもしれないけれど、いや、だけど、でも、そこにいる。
「よく頑張りましたね、キリカ」
2度と会えないのに、ずっと会いたかった、彼女が。
「先生ぇ……ごめんなさい、なのですっ……私はまた、あなたに……助けられて……」
「大丈夫。立派な先生になって、変われたじゃありませんか。あとは私に任せてください」
目の前にある。あの、優しい微笑みが。
「……先、生………………?」
「? シルバーさんまで……何が見えているんです?」
隣にいるチタンからの問いかけを無視してまで、シルバーも"それ"を見上げていた。
「あっ! 銀ったら、可愛い可愛いキリカを殺そうとするなんて……でも、最後にかっこいいお兄ちゃんになれましたね?」
聞こえた。シルバーにも、確かに。どうしてももう一度だけ聞きたかった、あの声が。
「そして……お疲れ様、正宗。だけど、君の大団円はまだまだ先ですよ」
不透明だけど確かにそこにいる、そんな姿で。
守護霊のようにそっと舞い降りて、正宗の頰に手を当てて。
「いつも見守っています。行ってらっしゃい、正宗」
そして、正宗の頬が、何故か一粒の涙に濡れて。
「…………たち、ばな、せんせい」
その心臓は、その命は、この世界に帰って来た。




