↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
51/57

#50「シルバーと巫銀」

 膝をついた正宗の体を、覆って守るほどの大きさの、白き盾。それが、シルバーの槍を弾いていた。


「その魔法は、なんだ……!?」


 してやった──シルバーが初めて本気で焦った表情を見せたことで、正宗の胸にそんな気持ちが沸いた。もっとも正宗自身も、今ここで起きた現状を理解しきれていないのだが。


「お前の固有魔法は、"魔法無効化能力"ではないのか……? ならば、その力は何だ!?」


「それは固有魔法じゃねえんだとよ。俺の莫大な体内マナが起こす副次効果……だっけ。キリカ先生がそう言ってた」


 正宗が立ち上がると、盾は白い光となって消えた。つまりそれは、仕込んだものではなく、魔法による産物。


「先生に教わらなきゃ、俺の固有魔法は"消虚"なんだって思い込んでたかもな。けど違った」


「あれが、固有魔法ではない……? まさか……!」


「"心刀・正宗"を初めてやった時から、妙だとは思ってた」


 右手を前に差し出しながら、正宗は言った。


 マナとはそもそも、非質量物質とも言われる、極めて曖昧な存在。故に、いくら正宗が莫大なマナをその身に宿していようとも、それを一旦に集めるだけで日本刀を形成するなど、本来不可能なのだ。


 だがもしも、不可能を可能にすることができるとしたら──それこそが、魔法の本懐である。


 そう。激闘に激闘を重ねる中で、正宗はいつの間にか目覚めていたのだ。


 固有魔法に。無から有を生み出す、最強の能力に。だからあとは、その解釈を拡大してやれば良い。


「チッ……だが、そんな付け焼き刃で! "変銀自在"ッ!!」


 シルバーは再び、手元の金属の塊を変容させた。今度はより鋭く、より長い、一撃での殺害に特化した槍へと。


「はああああああッ!!」


 地面を蹴って勢いよく飛び出し、弾丸のような一刺しをかまそうとするシルバーに対して、正宗は凛としてその場に立ち、そして右手に力を込めた。


「──"闢槍・正宗"ッ!!」


 瞬時に生まれる。白い光が集まり、シルバーのそれと同じ鋭さの、金色の槍が。


「らあああああッ!!」


 弾く。


「がっ……何っ……!?」


 シルバーの一突きを、振り回した槍の切先で弾き飛ばす。


「ならば……!」


 シルバーはさらに金属を変貌させた。三日月を思わせる曲線の光沢。弓だ。極限まで細くした金属を弦として、そこに銀色の矢を引っ掛け、固有魔法によって柔らかく操作された弓を引く。その即席の遠距離武器で、まっすぐに正宗を睨んだ。


「"穿(せ)弓・正宗"ッ!!」


 遅い。遅すぎる。正宗の音速の矢が、シルバーの胸を捉えた。


「なっ……ぐああっ!?」


 突然の爆発に吹き飛ばされ、シルバーは地面を転がった。


 正宗は、今度は弓を再生したのだ。シルバーのような即席品ではない、本物と違わない弓を。そして基礎魔法"シュトナ"を応用して作った、爆ぜるマナの塊の矢を放ってみせた。


「テメェがこねこねと粘土遊びしてる間に、こっちは一瞬で準備決め込んでんだよッ!!」


 そう。劣勢だった正宗に逆転をもたらした最大の要因は、"速さ"にあった。


 シルバーは体内のマナを実在の金属へと送り込み、自己意識をその金属へと接続させ、イメージ通りにマナを流し込み、金属の形を変化させることで、やっと固有魔法を発動する。


 対して正宗は、体内マナそのものを瞬時に刀に、盾に、槍に、そして弓矢に変換するのだ。プロセスの数が圧倒的に少ない彼は、「敵の技に先んじて同じ技をぶつける」という荒技を可能にした。


(先生のやつ、何が"自分はいちゃいけない"だ)


 自分をこの領域(レベル)まで連れてきたのも、"心刀・正宗"のヒントを与えたのも、その前に正宗の"消虚"に最初に気が付いたのも。


 否──そもそも、荒んでいた正宗を今の正宗たらしめた人物こそ、桜キリカではないか。


 罪など背負っているものか。光だ。それ以外の何だと言うのだ。


「橘先生が言ってた。俺の拳には何も篭ってねえ、だから弱えって。今は違う。どうしてもあの手を掴まなきゃならねえ。だから、負けねえ」


 正宗は、血潮の熱に突き動かされるように、拳をぐっと握りしめた。






 あってはならない。この男に遅れを取るなど。


 正宗が弟弟子になってから、橘希織花は2人に勝負をさせることが多かった。


 銀は、正宗に負けたことがなかった。正宗より数年早く橘に魔法を教わっていた上、独学で武術も究めていた銀にとって、彼は取るに足らない相手だった。張り倒した後は、相変わらずとろいなと言いながら、その手を取ってやる。そんな、愛すべき義弟だった。


 橘の葬式以来会うことのなかった正宗と、偶然の再会を果たした時は嬉しかった。この計画にも、橘の教え子として、賛同してくれると思っていた。


 なのに──なぜ、その彼に、計画を阻止されようとしている?


「ッ……"変銀自──」


「"極拳・正宗"ッ!!」


「ぶっ……!?」


 何故、刹那の間に装甲を纏った拳を喰らい、見苦しく鼻血を流している?


 何故、上回られている? 師の無念を晴らすためだけに生きてきた自分と、ただ学校生活を送ってきただけの彼がぶつかり合って、何故こうなる? 何が違う?


 分からない。何も分からない。銀に──シルバーに分かることは、このままでは自分は負ける、そのことだけ。


「もうよせよ。勝負ついたろ」


 はっとして、シルバーは正宗の顔を見上げた。


 哀れみ。彼の顔にはもう、敵意も殺意も無い。敵に対し、圧倒的な優位に立っているというのに、その顔には「もうやめてくれ」と書かれている。


「……その、哀れみを……何故、橘先生に向けてやらないのだ、お前は……!!」


 息を荒げながら、シルバーは叫んだ。


 正宗はまた、悲しげに俯いた。


「もう、全部終わってんだ。橘先生がいなくなった世界に八つ当たりしたって、何にも──」


「やらねばならんのだッ!!」


 喉が裂けそうなほど、シルバーは叫んだ。






『マナが体細胞に特異的に反応し、内側から体組織を破壊してしまう奇病……でも大丈夫。私が治しちゃったのです。もう怯える必要も、みんなにゾンビだなんて揶揄われることも無いのですよ』


 あの英雄は、そう言った。


『ああっ、ちょちょ……泣かないでください! お礼は良いのです……その代わり、銀、私の弟子になって下さい。ふふっ、やってみたいことがあるのですよ』


 あの師は、そう言って彼に微笑んだ。






「先生は……この世界を変えなければ、先生の死は歴史の闇に葬られる!!」


 人として生まれてくることを許されず、人として生きることを許されず。自由を得たかと思えば、自分や正宗のような手のかかるガキの師となり、自己犠牲で桜キリカを救った。


 彼女にも望みはたくさんあったはずなのに、その全ては世界の闇に踏み躙られて枯れた。


「あってはならないのだ!! 他人のために自分を犠牲にした先生が、数多の死者の一人として歴史の中に溶けていくなど!!」


 橘の死はニュースになった。新聞にも載った。


 単なる、「殉職した一(いち)魔法官」として。


 経歴も、その思いも、知られることなく。そして、記憶されることもなく。


 何百もの花のうち一輪が枯れ散ったところで、誰も気に留めないように。


「そんな………………そんなのは、あんまりじゃないかぁ!!」


「……お前、そのために……?」


 涙が視界を滲ませた。水面に自分の姿が映るように、鮮明に、自分の本当の思いを、シルバーはとうに分かっていた。


 シルバーにとって革命は、本当の目的ではなかった。桜キリカのことも、言葉で言ったほど恨んでいたわけではなかった。


 ただ、世界の犠牲者である橘希織花に、報われて欲しくて。


 忘れられない恋をしたあのひとに、どうしても救われて欲しくて。


 だけど、彼女と比べた自分は、あまりにもちっぽけで愚かで弱いから。


「正宗ええええええええッ!!!」


 こうして、怒りのまま叫び、剣を振るうことしか出来なかったのだ。


「馬鹿野郎がァ!!!」


「!?」


 銀の剣が、悲鳴のような甲高い音と共に砕けた。


 ──ああ。


 そんなに叫ばなくとも、そんなことは自分で分かっているのに。


「"消虚"ッ!!!」


 最後に振るわれたその渾身の拳を、避ける気は湧かなかった。






「ッ、くそっ…………流石にしんどいな」


 息を荒げながら、正宗は真っ白な床に寝転んだ。致命傷は負っていないものの、1日に何度も何度も戦い続けては、流石に満身創痍だった。


「てか、危なかった」


 雲が角張った作り物らしい青空を向きながら、正宗はそう呟いた。


 最後の一撃、あれは明らかに焦りすぎだった。武器を破壊したからと安直に殴りかかったが、十分避けられる大ぶりな一撃だった。何故かシルバーが動かずに喰らってくれたから勝てたが、カウンターで自分が死んでいてもおかしくなかった。


「はぁ」


 自分もまだまだだなと、正宗はため息をこぼした。


 だが、それでも勝ったのだ。子供の頃はコテンパンにされ続けた兄弟子に。


「…………」


 ふと横を向くと、倒れて気を失ったシルバーの姿が目に入った。


「反発しちまったけど……正直、気持ちは分かるよ」


 聞こえていないであろうことを確認し、正宗は言った。


「俺も橘先生が死んでから、正義が分からなくなったけど……アンタと違って、グレただけの半端者だ。それに引き換え、先生のためだけに、こんな大層な革命起こそうとして……そこだけは尊敬するよ、アンタを」


 けど──正宗は、疲労困憊の体に鞭打って立ち上がり。


「俺はもう、何も壊れて欲しくねえ。花が一輪枯れちまったなら、二輪目が枯れねえように、抱きしめていたい」


 右手に生成した日本刀を、無機質な地面に突き立て、その面を大きく切り裂いた。


 途端に、異次元空間に穴が空き、その奥に廃校のコンクリートの地面が見えた。ディーヴァの結界も、こうして壁ではなく地面から破れたのだろうか──今となっては、関係のないことだが。


「ほら、帰んぞ」


 正宗は、シルバーの腕を乱暴に引っ張って引きつけ、次元の裂け目に飛び込んだ。


 着地し、空を見上げる。廃校の屋上であった。紫の禍々しい空は、いつのまにか綺麗な銀色の空に戻っていた。差し込む一筋の太陽は眩しく、だが温かい。


 後は、彼女に会うだけだ。


「さてと」


 正宗は、前方に視線を戻し。


「……え」


 そして、"それ"を見た。






「…………先生ェ!!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。