#50「シルバーと巫銀」
膝をついた正宗の体を、覆って守るほどの大きさの、白き盾。それが、シルバーの槍を弾いていた。
「その魔法は、なんだ……!?」
してやった──シルバーが初めて本気で焦った表情を見せたことで、正宗の胸にそんな気持ちが沸いた。もっとも正宗自身も、今ここで起きた現状を理解しきれていないのだが。
「お前の固有魔法は、"魔法無効化能力"ではないのか……? ならば、その力は何だ!?」
「それは固有魔法じゃねえんだとよ。俺の莫大な体内マナが起こす副次効果……だっけ。キリカ先生がそう言ってた」
正宗が立ち上がると、盾は白い光となって消えた。つまりそれは、仕込んだものではなく、魔法による産物。
「先生に教わらなきゃ、俺の固有魔法は"消虚"なんだって思い込んでたかもな。けど違った」
「あれが、固有魔法ではない……? まさか……!」
「"心刀・正宗"を初めてやった時から、妙だとは思ってた」
右手を前に差し出しながら、正宗は言った。
マナとはそもそも、非質量物質とも言われる、極めて曖昧な存在。故に、いくら正宗が莫大なマナをその身に宿していようとも、それを一旦に集めるだけで日本刀を形成するなど、本来不可能なのだ。
だがもしも、不可能を可能にすることができるとしたら──それこそが、魔法の本懐である。
そう。激闘に激闘を重ねる中で、正宗はいつの間にか目覚めていたのだ。
固有魔法に。無から有を生み出す、最強の能力に。だからあとは、その解釈を拡大してやれば良い。
「チッ……だが、そんな付け焼き刃で! "変銀自在"ッ!!」
シルバーは再び、手元の金属の塊を変容させた。今度はより鋭く、より長い、一撃での殺害に特化した槍へと。
「はああああああッ!!」
地面を蹴って勢いよく飛び出し、弾丸のような一刺しをかまそうとするシルバーに対して、正宗は凛としてその場に立ち、そして右手に力を込めた。
「──"闢槍・正宗"ッ!!」
瞬時に生まれる。白い光が集まり、シルバーのそれと同じ鋭さの、金色の槍が。
「らあああああッ!!」
弾く。
「がっ……何っ……!?」
シルバーの一突きを、振り回した槍の切先で弾き飛ばす。
「ならば……!」
シルバーはさらに金属を変貌させた。三日月を思わせる曲線の光沢。弓だ。極限まで細くした金属を弦として、そこに銀色の矢を引っ掛け、固有魔法によって柔らかく操作された弓を引く。その即席の遠距離武器で、まっすぐに正宗を睨んだ。
「"穿弓・正宗"ッ!!」
遅い。遅すぎる。正宗の音速の矢が、シルバーの胸を捉えた。
「なっ……ぐああっ!?」
突然の爆発に吹き飛ばされ、シルバーは地面を転がった。
正宗は、今度は弓を再生したのだ。シルバーのような即席品ではない、本物と違わない弓を。そして基礎魔法"シュトナ"を応用して作った、爆ぜるマナの塊の矢を放ってみせた。
「テメェがこねこねと粘土遊びしてる間に、こっちは一瞬で準備決め込んでんだよッ!!」
そう。劣勢だった正宗に逆転をもたらした最大の要因は、"速さ"にあった。
シルバーは体内のマナを実在の金属へと送り込み、自己意識をその金属へと接続させ、イメージ通りにマナを流し込み、金属の形を変化させることで、やっと固有魔法を発動する。
対して正宗は、体内マナそのものを瞬時に刀に、盾に、槍に、そして弓矢に変換するのだ。プロセスの数が圧倒的に少ない彼は、「敵の技に先んじて同じ技をぶつける」という荒技を可能にした。
(先生のやつ、何が"自分はいちゃいけない"だ)
自分をこの領域まで連れてきたのも、"心刀・正宗"のヒントを与えたのも、その前に正宗の"消虚"に最初に気が付いたのも。
否──そもそも、荒んでいた正宗を今の正宗たらしめた人物こそ、桜キリカではないか。
罪など背負っているものか。光だ。それ以外の何だと言うのだ。
「橘先生が言ってた。俺の拳には何も篭ってねえ、だから弱えって。今は違う。どうしてもあの手を掴まなきゃならねえ。だから、負けねえ」
正宗は、血潮の熱に突き動かされるように、拳をぐっと握りしめた。
あってはならない。この男に遅れを取るなど。
正宗が弟弟子になってから、橘希織花は2人に勝負をさせることが多かった。
銀は、正宗に負けたことがなかった。正宗より数年早く橘に魔法を教わっていた上、独学で武術も究めていた銀にとって、彼は取るに足らない相手だった。張り倒した後は、相変わらずとろいなと言いながら、その手を取ってやる。そんな、愛すべき義弟だった。
橘の葬式以来会うことのなかった正宗と、偶然の再会を果たした時は嬉しかった。この計画にも、橘の教え子として、賛同してくれると思っていた。
なのに──なぜ、その彼に、計画を阻止されようとしている?
「ッ……"変銀自──」
「"極拳・正宗"ッ!!」
「ぶっ……!?」
何故、刹那の間に装甲を纏った拳を喰らい、見苦しく鼻血を流している?
何故、上回られている? 師の無念を晴らすためだけに生きてきた自分と、ただ学校生活を送ってきただけの彼がぶつかり合って、何故こうなる? 何が違う?
分からない。何も分からない。銀に──シルバーに分かることは、このままでは自分は負ける、そのことだけ。
「もうよせよ。勝負ついたろ」
はっとして、シルバーは正宗の顔を見上げた。
哀れみ。彼の顔にはもう、敵意も殺意も無い。敵に対し、圧倒的な優位に立っているというのに、その顔には「もうやめてくれ」と書かれている。
「……その、哀れみを……何故、橘先生に向けてやらないのだ、お前は……!!」
息を荒げながら、シルバーは叫んだ。
正宗はまた、悲しげに俯いた。
「もう、全部終わってんだ。橘先生がいなくなった世界に八つ当たりしたって、何にも──」
「やらねばならんのだッ!!」
喉が裂けそうなほど、シルバーは叫んだ。
『マナが体細胞に特異的に反応し、内側から体組織を破壊してしまう奇病……でも大丈夫。私が治しちゃったのです。もう怯える必要も、みんなにゾンビだなんて揶揄われることも無いのですよ』
あの英雄は、そう言った。
『ああっ、ちょちょ……泣かないでください! お礼は良いのです……その代わり、銀、私の弟子になって下さい。ふふっ、やってみたいことがあるのですよ』
あの師は、そう言って彼に微笑んだ。
「先生は……この世界を変えなければ、先生の死は歴史の闇に葬られる!!」
人として生まれてくることを許されず、人として生きることを許されず。自由を得たかと思えば、自分や正宗のような手のかかるガキの師となり、自己犠牲で桜キリカを救った。
彼女にも望みはたくさんあったはずなのに、その全ては世界の闇に踏み躙られて枯れた。
「あってはならないのだ!! 他人のために自分を犠牲にした先生が、数多の死者の一人として歴史の中に溶けていくなど!!」
橘の死はニュースになった。新聞にも載った。
単なる、「殉職した一魔法官」として。
経歴も、その思いも、知られることなく。そして、記憶されることもなく。
何百もの花のうち一輪が枯れ散ったところで、誰も気に留めないように。
「そんな………………そんなのは、あんまりじゃないかぁ!!」
「……お前、そのために……?」
涙が視界を滲ませた。水面に自分の姿が映るように、鮮明に、自分の本当の思いを、シルバーはとうに分かっていた。
シルバーにとって革命は、本当の目的ではなかった。桜キリカのことも、言葉で言ったほど恨んでいたわけではなかった。
ただ、世界の犠牲者である橘希織花に、報われて欲しくて。
忘れられない恋をしたあのひとに、どうしても救われて欲しくて。
だけど、彼女と比べた自分は、あまりにもちっぽけで愚かで弱いから。
「正宗ええええええええッ!!!」
こうして、怒りのまま叫び、剣を振るうことしか出来なかったのだ。
「馬鹿野郎がァ!!!」
「!?」
銀の剣が、悲鳴のような甲高い音と共に砕けた。
──ああ。
そんなに叫ばなくとも、そんなことは自分で分かっているのに。
「"消虚"ッ!!!」
最後に振るわれたその渾身の拳を、避ける気は湧かなかった。
「ッ、くそっ…………流石にしんどいな」
息を荒げながら、正宗は真っ白な床に寝転んだ。致命傷は負っていないものの、1日に何度も何度も戦い続けては、流石に満身創痍だった。
「てか、危なかった」
雲が角張った作り物らしい青空を向きながら、正宗はそう呟いた。
最後の一撃、あれは明らかに焦りすぎだった。武器を破壊したからと安直に殴りかかったが、十分避けられる大ぶりな一撃だった。何故かシルバーが動かずに喰らってくれたから勝てたが、カウンターで自分が死んでいてもおかしくなかった。
「はぁ」
自分もまだまだだなと、正宗はため息をこぼした。
だが、それでも勝ったのだ。子供の頃はコテンパンにされ続けた兄弟子に。
「…………」
ふと横を向くと、倒れて気を失ったシルバーの姿が目に入った。
「反発しちまったけど……正直、気持ちは分かるよ」
聞こえていないであろうことを確認し、正宗は言った。
「俺も橘先生が死んでから、正義が分からなくなったけど……アンタと違って、グレただけの半端者だ。それに引き換え、先生のためだけに、こんな大層な革命起こそうとして……そこだけは尊敬するよ、アンタを」
けど──正宗は、疲労困憊の体に鞭打って立ち上がり。
「俺はもう、何も壊れて欲しくねえ。花が一輪枯れちまったなら、二輪目が枯れねえように、抱きしめていたい」
右手に生成した日本刀を、無機質な地面に突き立て、その面を大きく切り裂いた。
途端に、異次元空間に穴が空き、その奥に廃校のコンクリートの地面が見えた。ディーヴァの結界も、こうして壁ではなく地面から破れたのだろうか──今となっては、関係のないことだが。
「ほら、帰んぞ」
正宗は、シルバーの腕を乱暴に引っ張って引きつけ、次元の裂け目に飛び込んだ。
着地し、空を見上げる。廃校の屋上であった。紫の禍々しい空は、いつのまにか綺麗な銀色の空に戻っていた。差し込む一筋の太陽は眩しく、だが温かい。
後は、彼女に会うだけだ。
「さてと」
正宗は、前方に視線を戻し。
「……え」
そして、"それ"を見た。
「…………先生ェ!!!」




